「あーあ……ヒマですわ〜」

 カウンターに頬杖ならぬ頬をそのままついて、ウィッチは大仰にため息をついた。

「えーと……これとそれと。マンドレイクも買っておくかな」

 アルルは構わずに棚の商品を物色している。

「ぐぅ」

「あっ、ダメだよカーくん。お店の品物を勝手に口に入れちゃあ」

「めんたま草は250Gですわよ、アルルさん」

 抜け目なく勧告して、ウィッチはため息を続ける。

「どうしてこんなにヒマなのかしら。そりゃそんなに広くはないけど程好いスペースの店内。置いてある品物だってこのわたくしが吟味した高品質かつ希少なものばかり。これだけの品揃えの店はこんな田舎にはそうそうありませんわ。それに、天才魔女のわたくしが自ら調合した薬。これだけは他では絶対手に入りませんことよ! ……なのにどうしてこんなに客の入りが少ないのかしら」

「それが問題なんだと思うケド……」

 選んだ品物をカウンターに並べて、アルルが苦笑した。

 ショートボブに大きな瞳の可愛らしい彼女は、近くの街にある魔導学校に通う魔導師の卵である。ついでに言うならこの店の常客だ。

 魔女のウィッチは修行をかねて小さな薬局を経営している。とはいえ、あくまで修行の一環のため、店を開けるのは研修生として通っている魔導学校の終わった放課後や休日のみ。しかしながら魔導学校の校長の口利きで学校で使う薬材の一部を卸しているので、経営自体に関して困窮するようなことはない。だが、それにしても休日の昼間、しかもこんなにいい天気の日に、店内にいる客がアルル一人というのだから、ため息をつきたくもなるだろう。

「あら、どういう意味ですの、アルルさん」

「え? えーと……だから、キミの薬が……」

「失礼ですわね! わたくしの薬は一級品ですわよ。マスクド校長先生にだって認めていただいています!」

 それは嘘ではない。

 だけど、ウィッチの薬って恐いんだもん。……当たったとき。

 アルルは思った。

 ウィッチの薬学に関する知識や技術はプロ顔負けのもので、実際その作った薬も素晴らしいのだが……たまに、ごくたまに「失敗作」が生まれる事がある。

 薬学の天才が作っただけあって、「失敗作」もまた尋常のものではなかった。偶発的な作用、異常な事態を引き起こすものが少なくなかったのである。幾度かの経験を経て、人々は学習したのだ。ウィッチの作った薬には手を出すな、と。

 いくらあっという間に治る風邪薬があるからといって、万が一にも笑いが止まらなくなったり通りすがりの人間に熱烈に恋してしまうような状態になる危険を冒すくらいなら、大人しく普通の風邪薬を飲んで、二、三日寝込んでいた方がマシということだろう。

 といっても、この店にはウィッチの手製の薬しか置いていないというわけではない。なのにこんなに客の入りが少ないのは……結局のところ、この店が街ではなく森の中にあることと、やはり置いてある薬材の傾向のせいかもしれない。

 この辺りでは手に入れにくい、希少的なもの……ひるがえせば、マニアックすぎるのだ。

 一般の人間には用がない。

 早い話、こんなものを買いに来るのは魔導師――それもかなりな魔導オタクくらいのものなのだ。

 だが、悲しいかな。今この店で顔を突き合わせている二人の魔導オタクはそのことに気付くことができなかった。

 ついでに言うならこの辺りに住むプロの魔導師、しかも重度の魔導オタクというと、実はただ一人しかいなかったりするのだが……。

「あーあ……イヤですわ。どうしていつもいつも、来るのはといえばアルルさんばかり」

「あっ、そーいうコト言うかな。ボクが来なかったらいよいよ閑古鳥だよ」

「あら、他にもお客ぐらい……いますわよ」

 何かを思い出したのか、ウィッチのしかめっ面が深くなる。

 その時、店内にカランカランと鈴の音が響いた。扉に取り付けられたドアベルの音だ。

「いらっしゃいませっ…………なんだ、またシェゾですの」

「……いきなりゴアイサツだな」

 ちょっとムッとした表情もあらわな青年――シェゾが、この薬局の顧客リストを埋めるもう一人……要は常連である。

「前から思ってたが、お前、接客態度がなってないぞ」

「あら、だってそうするに値するお客が来ないんですもの。仕方がありませんわ」

「お前なぁ」

「ま……まぁまぁ」

 シェゾの眉間の皺が深くなるのを見て、アルルが割って入った。

「アルル……お前も来てたのか」

「ま……まぁね」

 アルルは少し身を縮める。

 彼女はこの黒ずくめの青年がほんの少しだけ苦手だった。どんな相手にも比較的好意的に接し、仲良くなれる彼女にしては珍しいことだが。まぁ、総てはシェゾの言動のせいである。

「何度も言ってますけど、店内では「お前が欲しい」っていうのはナシですわよ」

「ウルセェな……分かってるよ」

 言い捨てると、シェゾは二人に背を向けて陳列棚に向かった。

 シェゾはアルルを狙っている。と言っても命を狙っているわけではない。勿論、彼女の心を狙っているとか、はたまた端的にカラダが目当てだとかいうわけでもない……コトバの下手な彼はどうもその手の誤解を受けやすい傾向にあるようだが、とりあえず当人にその気はないらしい。彼が狙っているのはアルルの魔導力だ。彼女自身は無自覚なことだが、彼女の中には強大でしかも高い純度を持つ魔導力が眠っているらしい。世界最強の魔導師に固執するシェゾはアルルの魔導力を己が内に取り込もうと目論んでいるのだ。そのために彼は常に直截な行動を起こす。……要は、アルルに出会うたびに勝負を挑んでくるわけだ。ちなみに、その際にところ構わず「お前が欲しい」と熱烈な愛の告白ともとれる台詞をほざくため、周囲からは変態の烙印を押されていたりするのであるが……。

 それなりに長くなってしまった付き合いの中で、アルル自身はシェゾのことを心の底から悪い奴だとは思わないようになっている。助けたことも助けられたこともあり、共に戦ったこともある。だから彼を友達だと考えてもいいと思っているのであるが、いかんせん、シェゾの方の考えていることが不透明なため、そうも割り切れない部分もある。一度、「友達でしょ」と言ったら思い切り鼻で笑われたという苦い思い出もあることだし……。

 だから、シェゾの前に出るとアルルはどうも身が硬くなってしまうのだった。どう対応していいのか分からない……そんな居心地の悪さだ。

「あ、えーとそれじゃあボク……」

「アルルさん、まだお会計は済んでいませんわよ」

 店を出ようとしたところでウィッチの言葉に引き止められた。そうだった。まだ品物をカウンターに置いただけだ。

 ウィッチが品物を一つ一つ確かめながらレジに打ち込んでいく。シェゾはというと、黙々と商品を店内用の買い物籠の中に放り込んでいる。

「……すごい量だね」

「まとめて買ってるからな。……おい、ウィッチ。竜の鱗はないのか?」

「あら? その棚にありませんこと?」

「ないぜ」

「いけない、切らしてたかしら。仕入れておかないと……」

「チェックくらいちゃんとしておけよ……いつ入るんだ?」

「悪かったですわね。ええと、来週になりますわ」

「分かった」

 短く返すと、シェゾは再び目を陳列棚に戻す。

「……まったく、愛想のカケラもありませんわね」

 ウィッチが呟いた。

「まぁ、シェゾが愛想よかったら逆に恐いと思うケド」

「それもそうですわね」

 その時、再び鈴の音が響いた。ドアベルの音。

 この店の常連二人がここにいるということは、今度こそ正真正銘、新しい客ということだ。

「いらっしゃいませ!」

 ぱっと顔を輝かせたウィッチが見たものは……本当に新顔の客だった。この近隣で見覚えのない、黒い髪の男。

 この辺りはあまり人の出入りが頻繁ではないので、外部からの客が訪れるのは珍しい。

 男はキョロキョロと中を見回している。

「何かお探しですの?」

「えっ、……いえ」

 声をかけられて、瞬間、男はびくりとした。こちらを見る表情は気弱げに見える。

「済みません。あの、人を捜しているんです。こちらに来ているとうかがったのですが……」

 アルルとウィッチは顔を見合わせる。

「シェゾ……シェゾ・ウィグイイさんはこちらにいらしてますか」

「俺に、何の用だ?」

 シェゾが視線だけ投げてよこした。

「あ、あなたが! あの、来てください、一緒に!」

「――はぁ? なんなんだそりゃ。ワケ分からんぞ」

「す、済みません」

 男は慌ててぺこりと頭を下げる。

「あの、あなたに来て欲しいというのは、仕事を依頼したいんです」

「仕事?」

 シェゾは眉をひそめる。

「――分かってて言ってるのか?」

「報酬はできる限り、街のみんなで払います」

「そうじゃない。俺は――」

「古代魔法を操る闇の魔導師であるあなたになら、きっとできると思うんです」

「…………」

 シェゾは男を正面に見据えた。

「あ……私はグロストといいます。今、私の街は大変なんです。……魔獣が出て……」

「魔獣?」

 思わずアルルが口を挟む。

「ええ。恐ろしい奴です。勿論町の人々も倒そうとしたのですが、誰も戻ってきませんでした。みんな殺されたんです。今、町の人々はおびえて暮らしています。だからあなたのような強い力を持った魔導師に、それを倒してほしいんです」

「……その魔獣ってのはどんな奴なんだ?」

「名前は……イクスグレイズ。正確な姿は分かりません。見た者はみんな死にましたから。ただ、闇の魔獣と呼ばれるだけあって、真っ黒い姿だと言われています」

「――ちょっと待てよ。闇の魔獣だと?」

 シェゾが声を上げた。

「お前、俺が闇の魔導師だと知っていただろう。なのに、闇の魔獣を倒させる気か?」

「そうですが……」

 きょとんと見返したグロストに、呆れたようにシェゾは続けた。

「あのなぁ……同じ属性の間では力は働きにくい。いくら強い力があろうとも、同じ属性の敵の前では威力は半減しちまう。子供でも知ってる理屈だ」

 それはその通りだよね、とアルルは思う。より強い効果を得たいのなら、正反対の属性の力を使うべきだというのが一般的な考えだ。火には水、風には土、闇には光……。

「できま……せんか?」

「……別に、不可能ってわけじゃない」

 シェゾは息をついた。

「同じ属性でも、どちらかの力が圧倒的に勝っていた場合は別だ。それが強い炎なら、小さな炎を吹き消すこともできるからな」

「それじゃ……」

「ダメだ」

 シェゾはにべもなく断じた。

「リスクが大きすぎる。それに、俺には別にお前の街とやらのためにそこまでする義理もいわれもない」

「ですから、報酬は払います!」

「街の一大事に――「お前みたいなの」を送り出してくるようなところじゃ、たかがしれているからな」

 そう言い捨てるとシェゾは戸口に向かいかけて、しかし思い付いて戻るとカウンターに籠を置いた。

「ウィッチ、会計」

「あ」

「全部で2760G」

 はっとしてレジを打とうとする彼女にそう言った。

「釣りはいい」

 カウンターに1000Gコインを三枚置くと、シェゾは荷物を手早く道具袋に収めて店を出ていった。

「シェゾ!」

 アルルは声をかけたがそれに応えることもなく。扉が閉まると、ドアベルがガラガラと音をたてた。

 

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