後悔はしていない。

 ボクがボクである為に――未来に進む為には避けられない事態だったし。

 あの決断は正しかったと、今でも思っている。

 それに……なにより。

 ――今、ボクは幸せだから。








きたるもの







 はじまりは、「いつものいさかい」で。

「我が妃に手を出すとは……今日こそは許せんっ! 覚悟するがいい、シェゾ・ウィグィィよ!」

 ――ジャッジメント!

 天雷が地を撃って轟く。

「いつもながら、なにワケのわからんコト言ってやがる。そっちこそ後悔させてやるぜ、つるっぱげ魔王が!」

 ――アレイアード!

 暗黒の力が雷を迎え撃つ。

 それはお馴染みのケンカだった。誤解と曲解、そして――もしかしたら、小さな真実を踏まえた。

「もうっ、二人ともやめてよ!」

 争いの元となった少女が、色を変えて駆け込んで来た。

「何考えてるの、こんな街中で! みんな迷惑してるじゃないか!」

 そう。ここはごく普通の街角。

 突如始まった強力過ぎる魔法の応酬に、最初は興味津々だった野次馬たちも散り散りに逃げてしまっている。

「ケンカしないでよ!」

 ――ボクのために争わないで。

 彼女は、そんなヒロイン節に酔っていたわけではなかっただろう。そういう性格ではない――というより、そちら方面に関してはまだまだ未熟な点がある。

 それでも。元は自分を巡る誤解から始まったはずのこの争いで――実際そんなつもりはなかった――少なくともそう言い張るだろう闇の魔導師はおろか、彼女の夫を自称する魔王までもが、

「うるさい、お前は黙っていろ!」

 と怒鳴りつけてきたのには、髪を逆立てた。

「――おい!?」

 意外にも、最初に気付いたのはその気の短さを周囲に知られている闇の魔導師の方だった。

 いや……彼のことばかりを取り沙汰するが、実際には魔王も、そして誰より彼女が、相当に激しい気性の持ち主なのである。

 彼女は呪文を唱え、極大爆裂魔法を放とうとしていた。

「バカか! こんな街中でそんな呪文を使うなっ」

 ついさっきまでの自らの行為は、どこかへ飛び去ったらしい。それは、ようよう異変に気付いた魔王も同じこと。

 そして。気の合わないはずの二人は、この時、偶然にも全く同じ行動を取った。

 怒りに任せた彼女の極大魔法は、この街中では危険過ぎる。

 それを思えば、自分の周囲だけに魔障壁を張って防いでも無意味だ。

 といって、街そのもの――建物、人間それぞれ――に障壁を張るのは難しい。

 ――故に。

 彼らは、障壁を彼女を覆う形で張ったのである。

 彼女の魔法の威力を抑える為に。

 だが。

 二人分の魔障壁は、強すぎた。

 強力に封じ込められた障壁の中で。彼女の魔法は発動し、しかしどこにも放たれることが出来ず。

 行き場を失った莫大なエネルギーは、障壁の中にいた唯一の者――彼女自身に襲いかかったのだ。

 


「――!」

 叫んだのは誰だったのか。

 彼女のいた場所の大地は大きくえぐれ、熱気を含んだ土煙がもうもうと舞い上がっていた。

 道の端で、悲鳴を上げて青いロングヘアーの美女が座り込み、魔王は呆然と立ち尽くしている。

 そんな中、闇の魔導師――シェゾ・ウィグィィは、一人、その穴に駆け寄っていた。

 彼らのように虚脱することが出来ない己にかすかな失望と皮肉を感じつつ、覗き込む。

「……」

 穴の底で何かが動いた。

 シェゾは、自分の背丈ほどもえぐれた穴の中に滑り降りた。

「アルル!」

 抱え起こす。

 彼女は無事だった。――無事に見えた。

 五体は満足だし、怪我をしているようにも見えない。ショックが激しかったのか昏倒しているようだが、呼吸はしている。

 しかし。抱え起こした腕に、違和感を感じた。

 なんといったらいいのか? ……感触が違う、としか言いようがない。

 といっても、彼が彼女の体に触れたのは、これまで数えるほどしかなかったが。

「……?」

 土煙が薄まり始め、はっきりと見え始めた彼女の姿を見て、その違和感は高まった。

 思えば、彼は今まで彼女の服装すらろくにチェックしたことはなかった。なので、具体的にどこがどうだと説明することは出来ない。だが……なんとなく。先ほどとは何かが違っているように思える。

 それに。

「……っ」

 身じろぎし、うっすらと彼女が目を開いた。

 現れたのは、変わらぬ金無垢の瞳。

「なに……どうなったの……?」

 言いながらぼんやりと視線をさまよわせて……自分を抱き起こしている男に目を留めた、その数瞬の後。

 その目が驚愕に見開かれた。

「……シェゾ!?」

 信じられないものを見た。

 そんな風に。

「嘘っ。どうして、どうしてキミがここにいるんだよ!

 だって、キミは……………キミは、ボクが……」

 震える声で何事か言いかけた彼女に構わず。シェゾは己の内に膨れ上がった違和感に対する形容を、ようやく探し当てていた。

「アルル。

 ………お前、老けたか?」

 男が横っ面を張り倒された音が、とんでもなく大きく響き渡った。



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