「じゃあ……つまり、アレは未来のアルル、ということなんですの?」

 問い返したルルーに、サタンは頷いてみせた。

 サタンの居城の一つ。古びた洋館の一室で。

「密閉された空間で魔力が暴走した為に、時空の乱れが起こったようだな」

 ”彼女”は確かにアルル・ナジャだった。だが、彼らの知る――先ほどまで共に在った少女ではない。

 ちなみに、”彼女”は時空移動の影響で消耗した体を、別室で休めているはずだ。

「ではアルルは……現在のアルルはどうなったんですか?」

 取り縋る口調のルルーに、サタンは答えた。

「恐らくは、未来へ弾き飛ばされたのだろう。あのアルルと入れ違いにな」

 世界には、厳然として「存在量」が定められている。異なる世界からの来訪者が現れるのなら、その質量分、この世界の何かが異世界へ消えているはずなのだ。

「じゃあ……あの子は無事なんですね」

「恐らくはな。カーバンクルちゃんも大丈夫だと言っているし……」

「ぐーっ」

 魔王の視線を受け、黄色い生き物は「そうだ」と言わんばかりに飛び跳ねた。

 ルルーは大きく息をついて肩の力を抜いた。ようやく安心できたのだろう。

「未来のアルル、か……」

 窓際で腕を組み、壁に寄りかかって、シェゾは呟いた。

 といっても、顔面にはうっすらと赤い手形がついているので、しまらないことこの上ない。その視線が、窓の外の何かを捉えた。

「未来……」

 ルルーも呟いている。何事か考え込んでいるようだ。うっとりして赤くなったり、さっと青ざめてイライラと爪を噛んだり。

「言っておくが、彼女に未来を問いただしても意味は無いぞ」

 サタンが言った。

「え!? あ、あたくしは別に……。どうして意味が無いんですの?」

「未来は一つではないからだ」

「…………え?」

「未来は幾つもの必然と偶然によって編み出されるもの。今こうして話している場にも、幾つもの”未来の可能性”があり、それぞれの未来が派生している。

 あのアルルがいた未来は、我々にとって確かに可能性の……未来の一つではある。

 だが、その未来が必ずしも我々にとっての未来になるとは限らない、ということだな」

「………え、ええと……」

 ルルーは”?”をいっぱい頭上に浮かべていたが。

「――は、はい。わかりましたわ!」

 理解力に乏しいとサタンに思われたくなかったらしい。力強く頷いた。微妙にひきつったその笑顔に、サタンは微かな笑みを向けつつ。

「とにかく、あまり騒がないことだ。時空関連はデリケートなのでな。彼女にも部屋でおとなしくしてもらわなければ。この世界の事物と干渉すると、何か影響が出ないとも限らない」

 その上で、一刻も早く我々のアルルを呼び戻す準備を整えなければな、と続けた。

「シェゾ、手を貸してもらうぞ。お前にも責任が………ん? どこへ行った」

「え?」

 二人は室内を見まわした。いつのまにか、闇の魔導師の姿は無い。

「あいつ……逃げたのね!?」

 叫んだルルーの傍で、窓の外に目をやったサタンが言った。

「――いや。逃げたのは、どうやら”彼女”の方のようだな」

 窓から見える景色の中に、細身のシルエットが見えていた。



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