魔導物語2

 

 ボクの名前はアルル・ナジャ。この間誕生日を迎えたばかりの16歳。

 今、ボクは旅をしている。

 目指すは魔導の最高学府、古代魔導スクール。魔導師の卵のボクは、いつか世界一の大魔導師になることを夢見ている。スクールに入るには当然高い魔導の力を持っていることが必要で、それを示すためにスクールまで自分の力だけで辿り着かなければならない。魔導スクールはとっても遠いから大変なんだけど、ボクは頑張るんだ。

「にゃあおおぉ」

 と。突然ボクの行く手を遮ったのは、でっかい山猫型の魔物――リュンクスだ。うわぁっ。身構えたボクだけど、リュンクスはボクの身体を掠め、身を翻して駆け去った。ほっ…助かった。…って、あれぇ!? 大変だ。ボクの財布がないっっ! ジョーダンじゃないっ。まだまだ先は長いっていうのに。

 ボクは慌ててリュンクスの後を追った。もちろん、追いつけたもんじゃない。だけど諦めるワケにもいかない。あれにはボクの全財産が入ってるのだ。



 ………。

 いつのまにか。

 ボクの前には一人の魔導師が立っていた。ついさっきまで影も形もなかったのに。きっと転移の魔法かなにかで現れたのだろう。状況の不自然さも忘れ、ボクはしばし、その魔導師――ボクよりいくらか年上に見える、おにーさんだ――にみとれてしまった。彼は、ボクが今までに見た男の人の中でもダントツにカッコよかったのだ。ゆるい波を持った白銀の短髪。キレイな…だけど冷たげな、アイスブルーの瞳。もちろん顔の造作自体も整っていて申し分ない。長身に白銀のローブをまとい、金の縁取りのマント。肩の飾り布は青に金の縫い取りがしてあって、その青と合わせたのか、青いバンダナをしていた。

 文句なしの美青年だ。

 だけど…何かがおかしい。

 こんなところに、こんなにタイミングよく。それもあるけれど。何より、その目つきが。

 ボクのことを一個の人間として見ていないみたいな…そう、まるで、罠にかかった獲物を見るような。

「な…何の用なの」

 やっとの思いで、ボクはそれだけ言った。言いながら後ずさる。ホントなら一息に逃げ出したいところなんだけど、早い話、身体がすくんでしまっていたのだ。すると魔導師のおにーさんは笑った。陰のある…言うならば、邪悪な笑みだ。

「お前の全てが…欲しいだけだ」

 …へっ?

 あああああああっ。ヘンタイだわ、この人っっ!

 だけど彼はボクのそんな驚愕なんてまるで意に介することもなく、何やら呪文を唱え始めた。…スリープの呪文だ! だけどそう気づいたときはもう遅く。ボクは深い魔法の淵に引きずり込まれていた…。



 ………。

 い、いたたたた…。

 それからどのくらい経ったのか。目を覚ましてボクはうめいた。頭ががんがんする…。辺りを見まわす。全く見覚えがない。暗くて冷たい石造りの部屋だ。扉は鉄格子になっていて、外で大きなダークドラゴンがウーロン茶をすすっていた。どうやらここは地下牢らしい。

 眠っている間にあの魔導師に閉じ込められたんだ。

 なによ、あの魔導師っ。ちょーっといい顔してると思って!

 とにかくこんなところに長居は無用だ。ボクは呪文を唱えようと…あ、あれ? ま、魔法がつかえないっ!? …眠ってる間に魔力を吸い取られたんだ! これじゃせいぜい低レベルのファイヤーやアイスストームくらいしか使えない。

 ……仕方がない。魔法が使えないんだったら、残された手段はただ一つ。

 ボクは色気で魔物をだまして鍵を奪い取った。

 こんな地下牢からはさっさと脱出してやる!



 地下牢はかなり古いものらしく、壁という壁に植物のツルだか根が絡み付いていた。出口を探すついでにあちこちの牢を開いてみたけど、どうやら今ここにつかまっているのはボクだけらしい。以前つかまっていた人が掘ったらしい穴なんかはあったけど、途中で諦めたらしく通れなかった。でも、ボクは諦めるつもりはない。ある牢の中には、恐ろしいことにミイラが転がっていた。きっと、あいつに魔力を吸い取られてしまった犠牲者のなれの果てだ。ぞぞぞっ…早く脱出しないと、ボクも同じ運命になっちゃう。

 ボクは襲ってくる魔物たちを倒しながら進んだ。なんだか、少しずつ魔力が戻ってきてるような気がする…。いつのまにか、ボクはヒーリングやダイアキュートなんかの、基本的な魔法を使えるようになっていた。

 んんんっ…? ある部屋の中に、お湯のカタマリが浮かんでいた。お風呂…かな。どーやって入るんだろ? でも…地下牢は寒くて身体は冷え切っている。それに、結構身体も汚れちゃってるし…。ボクはお湯に浸かった。ふうっ、いい気持ち…。



 気力も体力もリフレッシュして、ボクは出口を目指す。乾いた風が吹いてくる…出口だ! だけど、そこにダークドラゴンが立ち塞がった。「さっきのようにはいかんぞ」って、騙されたことで怒ってるみたい。だけど、ボクだって引き下がるつもりはないからね。

「アイスストーム!」 「んー気持ちいいー♪」

 げげげっ。憎たらしいことにドラゴンは文字どおり涼しい顔。そっか、こいつは氷属性なんだ。だけど、それならっ。

「ファイヤー!」 「あちゃちゃちゃちゃっ」

 熱さにのたうつドラゴンはしっぽでボクを打とうとした。ひええ、あんなのが当たったらダダじゃすまないよぉ。だけど。

ぐきっ。

 狭い地下通路。しっぽが引っかかってドラゴンは腰をひねっちゃった。チャーンス!

 ファイヤー連続攻撃っっ。

 ダークドラゴンは真っ黒こげ。ボクは先に進んだ。



 …なんだろう。何かの気配がする。重い雰囲気…。

「誰なのっ!?」

 角を曲がって、ボクは誰何した。油断なく身構える。

 …え?

 バサバサと羽音をひびかせながら舞い降りてきたのは、赤い丸々と太った鳥……かな? 尻尾は蛇みたいになっている。魔物だ。随分間抜けな顔してるけど。

「おじょーさん、お茶しなーい?」

 …ずけっ。中味も間抜けだ。緊張感ないなあ…。

「キミ、誰?」「ふっ…私はミイル・ホォルツォ・ベンジャミン」

 意外に立派な名前を持った鳥は澄まして答える。

「ボクのご飯になりに来たの?」ボクは言った。「へっ?」「ボク、お腹すいてたんだ」ボクは持っていた塩を振りかけた。そしてファイヤーの呪文を唱え始めると、ミイルは目に見えて震え始めた。「や、食べないで。ウラノスの杖をあげるから」「え、ホント!?」

 ウラノスの杖といったら、術者の能力を最大限に引き出す、伝説の魔導杖だ。

「ただし、ただではやらんぞ。ライラの遺跡の地下にある、ルベルクラクという宝石と交換じゃ」

 なんか急にエラそうな態度になったけど。ま、いいや。本当にそんなすごい杖が手に入るのなら。

「オッケー。交渉成立ね」

 そうと決まれば、ますますさっさとこの地下牢を出なければ。ボクが先に進もうとすると、

「あ、最後に一つ」とミイルが呼び止めた。

「やっぱり、一緒にお茶しな―い?」

「しつこいっっ!」

 ボクの蹴りがミイルの顔面にめり込んだ。



 ボクは先を急いだ。角の向こうから光が床に落ちている。日光だ。やったあ、出口だ!

 だけど、地下牢の主はそう簡単に逃がしてくれるつもりはなかったらしい。銀髪の魔導師がそこに待ち構えていた。

「おとなしく地下牢で待っていればよいものを…。お前の魔力、ゆっくりと吸い取るつもりだったが、仕方がない。ここで死んでもらうぞっ」

「やだよっ」

 ジョーダンじゃない。魔力を吸い取られるのも、殺されるのもごめんだ。ボクは、魔導スクールに入って世界一の魔導師になるんだからっ。

 魔導師は剣を構えた。あれは魔剣だ。水晶の刀身がほの暗く光っている。

アレイアード!

 げっっ。古代魔導!?

 激しい衝撃とともに、ボクは壁にたたきつけられた。

 くっ…。まさか、古代魔導を使えるやつがいるなんて。

 古代魔導は太古に滅んだ古代魔導文明の忘れ形見だ。呪文自体は現代でもいくつかは伝わっていて、ボクも名を知っているけれど、実際に使える人の話は聞いたコトがない。

 この魔導師はその使い手のようだ。人の魔力を吸い取ろうだなんてセコいことしてるわりに、ちょっと手強いかも…。

「闇の剣よ…」

 なんてことを考えてる暇もなく、魔導師は剣を構えなおした。嫌な予感。わっ、それ、ちょっと待って!

「切り裂けっっ!」

 鋭い衝撃波がボクを切り裂く!

 くっ…でも、ボクだって!

「アア アイスストーム!」

「うううっ!」

 威力を増幅された氷柱の嵐にさらされた魔導師は苦痛にうめく。だがすぐに態勢を立て直して、衝撃波を立て続けに放った。反撃の暇がないくらいに。ぐひょい、くるしい〜っ。意識を保つので精一杯だ。だけどボクも諦めない。ボクの攻撃も、魔導師を確実に捉えていく。お互いに満身創痍だ。その時、魔導師が聞き覚えのない呪文を唱えた。

「アレイアード…スペシャルッ!」

 うわあああっ。これまでとは比べ物にならない。すっさまじい破壊力だ。しかも、それを立て続けに放ってくる。…でも、それはつまり、彼も短期に決着をつけたがってる…かなり辛い状況にあるということ。

 負けるもんかっ。

「ファファファ…ファイヤー!!」

「む…無念ッ」

 魔導師は倒れた。

 やっ…やったあああ!

 こうして、ボクは晴れて自由の身になった。早速魔導スクールへの旅を再開…の前に、ちょっと寄り道。

 ミイルと約束したウラノスの杖を手に入れるため、ライラの遺跡に向かったのだ。

 ライラの遺跡は遥か古代に華やかな文明を築いたライラ族の栄華の跡だ。この地下深くにルベルクラクという宝石が眠っている…ハズ。

 このくらいの寄り道はいいよね。

 実は、ボクは後にこの寄り道を激しく後悔することになる。だけど、このときはそんなことを少しも知りはしなかったのだ。そう、ほんの少しも。

 

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