ウラノスの杖と引き換えにするルベルクラクという宝石を求めて、ボクはライラの遺跡に入った。ロープを使って地下に下りる。そこはどうやら迷宮になっているらしかった。どの迷宮もそうであるように、魔物の気配がうごめいている。

 入ってすぐ左手には、きれいな金の金具のついた木製の扉があった。ただし、鍵がかかっている。地下牢から脱出するとき、ボクは何種類か鍵を手に入れていたけど、当然ながらそれらの鍵が合うことはない。諦めて右の通路に進むと、すぐどん詰まりの袋小路になっていて、大きなカタツムリみたいな魔物・よよよが露店を開いていた。

 人と魔物とは基本的には対立している。もちろん、昔ほど深刻なものではないが、人がその住処とする町や村を離れて魔物たちのテリトリーに侵入すれば、彼らは容赦なく牙をむいて襲い掛かってくる。だが例外もいて、例えばこれら魔物の商人たちがその好例だろう。彼らは非常に友好的で――というより、単に商魂たくましいと言うべきか。客が魔物だろうと人間だろうと分け隔てなく商売してくれる。なんにせよ、ボクらのような冒険者にはありがたい存在だ。

 よよよの店で装備を整えて、ボクは先に進んだ。開かない扉は無視するしかない。と。突然何かがきらりと光を反射してボクの鼻先を掠め飛んだ。慌てて飛び退る。それは銀色の長い針で、壁に突き立ったその先はぬらぬらと光沢を放っていた。毒が塗ってあるんだ! あっぶないなぁ…。用心しながら先へ行く。扉の一つに穴のあいてるものがあって、ボクは中を覗きこんだ。…ひっええ〜! すっさまじく邪悪な気を発した恐ろしい魔物がいる。ゲームで言ったら最終ボスってヤツだよ。ここは入らないほうが良さそうだ。

 やがて、ボクは壁にかかったプレートを見つけた。

「左へ進んでみなさい」

 …? なんだろ。ボクは素直に従ってみた。突き当たりにまたプレートがある。

「私からの贈り物だ。有効に使いなさい」

 その下には、何故かカレーライスと死蜂が置いてあった。カレーライスというのはこういった冒険中、ボクらの体力を全快、そして勿論お腹も満たしてくれる、とっても有難いマジックアイテムだ。さっきのよよよの店には売ってなかったし、とっても嬉しい。それから死蜂。これは確か敵に向かって放つと、主人の代わりに攻撃してくれるアイテムだったと思うけど…。でも、なんでこんな所に置いてあるんだろう。

 ま、いいか。

 ちゃっかりアイテムをいただいて進む。冒険の間は下手に遠慮なんかしてたら生き残ってはいけないのだ。

 T字路に差し掛かると、白い封筒が落ちていた。手紙…? 何でこんな所に。読んでみよっと。

「よく私の仕掛けた針をかわしたわね。誉めてあげるわ。でも次の仕掛けはどうかしら? ほーほほほ! ルルーより」

 …何、これ。それより、さっきの針はこのルルーって人が仕掛けたものだったのか。むかむか。ひっどいなぁ!

 

 通路の先には階段があった。どうやら、この迷宮はまだまだ地下に続いているらしい。これまでに回ったところではルベルクラクらしいものなんて何も見つけられなかったし、もし開かない扉の中にあるのだとしても、まず鍵を見つけないことにはどうしようもない。ボクは地下 2階に降りた。

 と。

「やっと追いついたぞ!」

 そう言いながら飛び出してきたのは、あああーっ、あの銀髪の魔導師だっ。

「あ、あんた!」

 なんて執念深いヤツ!

「今度はさっきのようにはいかないからな!」

 フンだ、また返り討ちにしてやるっ。

 とはいえ。こいつはかなり手強い。そこらの魔物なんかとは比較にならないくらいだ。さっきだって、どうにか勝てたってくらいだから。でも、またあの地下牢に逆戻りだなんてことは絶対に避けたいよぉ。

「闇の剣よ…切り裂けっ!」

 相変わらずの間断ない攻撃に必死に耐えながら、ボクはさっき魔物から手に入れた白い手袋をつけた。んんんっ、気持ちいい。手のツボが刺激されて魔力が一時的に増大する。

「吹け、嵐よ! アイスストーム!」

 攻撃力をすさまじく上乗せされた氷柱が魔導師を襲う。幾度かは耐えていたけれど。

「む、無念っ」

 魔導師が倒れると同時に、手袋が音をたてて破れた。あ、危ないところだった…。さっさとここを離れようっと。

 

 この階にも例の扉は沢山あって、そのどれもが開かなかった。

「…なに、これ」

 ボクは再び通路にかけられたプレートを見つけて首を傾げた。

「私に会うには、海より深い知恵と大地より強い力が必要だ」

 ふと首をめぐらすと、左手の壁にも同じようなプレートがあるのが目に入る。

「しかし出会うことの出来たものには生涯の愛を誓おう」

 さらに、その突き当りにも。

「ちなみに私は絶世の美形だから安心しなさい」

 …ヘンなのぉ。

 誰がこれを書いたのか知らないけど、あんまり係わり合いにはなりたくない。だって自分で自分のことを「絶世の美形」だなんて言うヤツなんて…ねぇ?

 とりあえずプレートのことは忘れて、先へ。長い通路を歩いていると…あれっ? なんだか、魔力を吸い取られている気がする…。どうやら、この通路の床に仕掛けがあるようだ。とはいえ、先に進まないわけにもいかない。行けるところには全て行ったんだし、後はこの先に次の階への階段なり、扉を開ける鍵なりないことには…。

 …あっ。

 果たして、突き当りには緑色の鍵がきらきらと光を反射して転がっていた。やったぁ。それじゃ、早速戻って鍵を開けなくちゃ。

 帰りも当然ながら魔力を吸い取られる。問題の通路を抜けるころには、魔力はすっからかんになってしまっていた。ひええ、こんなところを魔物に襲われたらひとたまりもないよぉ。慌てて仙人酒を飲んで魔力の回復。で、先に行こうとすると。

「がぁお! 鍵を返せぇ!」

 ばさばさと翼を鳴らして、半人半竜の少女・ドラコケンタウロスが飛んできた。あちゃあ…やっぱ、そう簡単にはいかないかぁ。鍵、返そうかな? でも…あんなに苦労して見つけた鍵だ。それにここまで来てすごすごと引き返したくもない。

 ドロボウみたいで気がひけるけど、ボクは鍵を返すことを拒んだ。ドラコは鋭い牙を剥き出しにして怒った。鋭い蹴り、引っかき攻撃。ひええ…。ボクはカレーライスを食べて回復。でもドラコもカレーを持っていて、こっちが攻撃した分回復しちゃうから始末におえない。あ、そうだ。カレーと一緒に手にいれた、死蜂を使ってみよう。ボクは死蜂を放った。ところが、死蜂の攻撃が届く前に、ドラコはそれを叩き落としてしまう。…と。ええー!? 叩き落された蜂はなんとボクを刺したのだ。ひええーん、ひどいよおぉ。

「もう、許さなーい! すううーっ…」ドラコは大きく息を吸いこむ。「くらえっ、ファイヤーブレスっ」猛烈な炎の息だ。だけどボクだってダイアキュートを唱え済み。

「アアアア アイスストーム!!」

 強烈な冷気が炎を打ち消す。氷柱がドラコを打ち倒した。

「いったいなぁ・・ほえほえほえ」

 ドラコはばたんきゅーだ。

 その時、ボクの頭の中に何かの言葉が響いた。

 …ボクは失っていた魔法、ばよえーんとワープを取り戻した。

 晴れて鍵を手に入れたボク。早速1階に戻って扉を開ける。ちょっち怖いケド、さっき見たすっごい魔物。やっぱりあれがルベルクラクを持っているのかな…。恐る恐る扉を開ける。ところが、そこには何もいなかった。なんだ、イリュージョンだったんだ。だまされた!

 1階の扉は全部開けたけど、ルベルクラクらしいものは見つけられなかった。再び二階に降りる。…ちなみに銀髪の魔導師はどっかに行っちゃったみたい。倒れてた場所にはいなかった。二階の扉を開けて回る。壁に穴の開いているところがあった。覗いたけど、何も見えない。それから、その向い側の壁を見ると、一本の矢が突き立っていた。どうやら、ここの床を踏むと矢が飛び出す仕掛けだったようだ。矢には何かドレスのきれっぱしのような布がついていた。…こんな地下迷宮に、なんだかミスマッチな感じ。

 そしてボクは再び床に置かれた手紙を発見した。

「サタン様は私のものよ。諦めてお帰りなさい!」

 …また、ルルーって人の書いたものだ。なんなんだろう…ボクにはわっかんないよ。

 それはさておいて。僕はマップを広げた。マップって言っても、自分で紙に書いていったものなんだけど、マッピングはこういった迷宮の探索には欠かせない仕事。マップを見ると、全部見て回ったつもりなのに、一階に空白のままの場所が何ヶ所かあった。こういうことは珍しいことではない。つまり、入り口のない隠し部屋があるのだ。だけど隠されているということは、そこに重要なもの…つまりはルベルクラクが隠されている可能性が高いということ。よーし。

 こういうときのために、ワープという呪文はある。ワープは空間転移魔法の一種で、迷宮探索に使われる。要するに平面的な位置はそのままで、高さだけを移動するのだ。つまり、こういう階層状になっている場所で、地下から上階へ簡単に移動できるのである。逆は出来ないのが欠点だけど、とにかく、これを応用すれば隠し部屋に入るのはそう難しくない。勿論、テレポートみたいな完全な転移魔法が使えればそれにこしたことはないんだけどね。これはすごく難しい上位魔法だから、まだボクには使えない。

 ボクは 2階に降りて、1階の隠し部屋の真下に当たる位置に立ち、ワープを唱えた。そして隠し部屋に入ったんだけど…。

 第一の隠し部屋は一見何もないように見えた。でもよく見ると、部屋の中に何故か一輪、花が咲いている。何でこんな所に…? ボクは花を抜こうとした。ところが、これがなかなか抜けない。うんせ、うんせ…よーし、今度こそっ。やっと抜けた! 途端に、恐ろしい悲鳴が響き渡った。それはマンドレイクだったんだ。ボクは貴重なマンドレイクを手に入れたけど、かなりのダメージを負ってしまった。ううう、頭ががんがんするぅ…。

 ちなみに、ここらの階に出るセイレーンという魔物も、すっごい歌声で攻撃してくるんだよね。外見はとってもきれいなお姉さんで、踊り出すとついついみとれちゃうくらいなんだけど(いや、それが曲者なんだな)。けど、たまにマイクで思いっきりぶん殴るっていうひどく直接的な行動に出ることがある。まあ、そうするとマイクが壊れちゃって、次の歌の攻撃までに間が空くから、隙が出来ていいんだけどね。……痛いけど。

 第二の隠し部屋は、今度こそ正真正銘なにもなかった。ただ、壁に杖の絵が埋めこまれている。なんだろう…なにか意味があるのかな。ボクは首をひねる。んー…確信はないけど…。ボクはファイヤーを唱えてみた。すると絵が燃え出して、中から本物の魔導杖が転がり出したよ。やったぁ!

 そして第三の部屋。ここは今までの中で一番小さい。だけど、一番曲者だった。奥へ進もうとするとごぉーっと炎が吹き出して壁を作り、進めないのだ。何度か試してみて、諦めるしかなかった。なにか方法を見つけなくっちゃ…。

「どうして?」ボクの前に立ち塞がったレイス (死霊)が呟く。どうしてって…いや、あの…。この魔物は本当にヘン。ボーっとするばかりでろくに攻撃してこないし、こっちが攻撃すると悲しげに「どうして」と呟くのだ。うーん…とりあえず進路の邪魔をしないでくれれば、攻撃しないんだけどな。

 2階に降りて、先に進む。奥に更に下に続く階段があって、近くの壁にこんなプレートがかかっていた。

「次の関門はワープ地獄」

 …なんか、遊ばれているような気がするのは気のせいだろうか。ライラ族っていうのは、よっぽど奇人の集団だったに違いないよ。

 

 

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