ルルーのイヤリングには不思議な力が宿っていた。魔物に向ってかざすと、煙が出てきて相手を包む。もっとも、殆どの場合払いのけられちゃうんだけど、ごくたまに魔物を眠り込ませてしまう。マジックアイテムなんだ。

 地下8階は6階と同じになんの光源もない、真っ暗闇だった。ライトで照らす。…ん? 何か書いてあるよ。なになに。

「体重の重い方は通らないでください」

 と。

 うっわあぁ!

 どっし〜ん!!

 いきなり、ボクは下に落っこちちゃった。いったぁ〜い! 床が抜けたんだ。う、ひっどい。ボクの体重は重くなんかないよぉ。

 そこ…地下9階はやっぱり真っ暗。照らしてみるとごく狭い部屋で、扉も何もない。あったのは宝箱が一つだけ。とりあえずそれを開けて、ボクはワープで8階に戻った。

 この階には同じように穴の開いている床が何ヶ所もあって、そのたびに痛い思いをしなくちゃならなかった。その上、そうやって落ちた9階は全て扉のない部屋で他には行けず、ワープで上に戻らなくっちゃならない。

「…なんだろコレ」

 8階の通路の突き当りに、奇妙な絵…ラクガキかな? が描いてあった。何か生き物の絵みたいだ。――多分。ボクが今までに一度も見たことのないヤツで、黄色いウサギみたいなカンジだった。ひたいに赤い点。そして右目は黄色、左目は青になっている。

 …なんなのかなー、これは。

 

「我に与えよ!」

 突然、誰かが叫んだ。

「な、何を?」思わず、ボクは聞き返しちゃう。

「血を!」

 そう言って現れたのは、言わずと知れたヴァンパイアだ。こいつには炎系の魔法が一番。ボクはファイヤーを唱えた。でも、ヤツは闇の力で回復しちゃう。ううっ、首筋から血を吸われた。ボクの魔力が吸い取られる。ただでさえ、この階にはあの魔力の吸い取られちゃう床があるっていうのに、冗談じゃない。やだ、やめてよ!

 ヴァンパイアは倒したけど、灰が残った。これを撒くとまた復活しちゃうんだよね…風に飛ばしちゃえ。(売るって方法もあるんだけどね。でも、商人たちはこんなものを買い取って一体どうするんだろう…)

 にしても、魔力を吸い取るだなんて、まるで誰かさんみたいだ。もっとも、あいつがどうやって魔力を吸い取ったのかってコトをボクは知らないけど…眠ってたから。

 …なんてことを考えていたら。

「や、やっと見つけた…ぞ…」

 誰かさんが現れた。ボクは溜め息。

「はぁ…あんたもよくやるねぇ。足元がフラついてるよ…」

 シェゾはもうフラフラだ。

「今度という今度こそ、必ず!」

 が。

 あ。倒れた。

 ボクはシェゾをつつく。つんつん。…シェゾは動かない。

 ダメだこりゃあ。

 ヘンタイおにーさんはほっといて、この階の探索を続けよっと。

 

 ある壁に、ヘンなくぼみがあった。なんか人間の形みたいな。? 首をかしげながら通路の突き当たりに進むと、あれ? なぜか、壁に扇風機が埋まっている。

 ゴオオオォ〜ッ!!

 うっわぁあああ〜っ! いっきなり風を出して、ボクは吹き飛ばされちゃった。うげっ。壁に激突。そ、そうか…この壁のくぼみは、そういう意味だったのか。ちなみに、別の場所にあったボタンを押したら、扇風機は消えてなくなってしまった。おかげで通路は通れるようになったんだけどね。ヘンなの…。

 通路を通って、そこにあった小部屋を覗いた。

「ぶーぶー。わたしゃピグラ。金くれ」

 そこにいたのはブタの魔物。背中に魔導杖だの剣だの沢山背負っていて、どうやら商人の類らしいってことは分かるんだけど…。

「ちょっと、いきなり何よ」

 流石にむっとする。でも、ブタ――ピグラは全く気にかけた様子がない。

「わたしゃすごい杖を作れる」

「…ホントに?」

「ほんと、その名もグレートスタッフ。すごいすごい。前金で10,000、完成したら10,000くれ」

 …金10,000!? ボクにはものすごい大金だ。第一、ボクはリュンクスに財布を取られてしまっているのだ。魔物を倒しつづけて、ある程度たまってきてはいるけれど…。でも、本当にそんなすごい杖が手に入るなら、ぜひ欲しいところだし…。

「あの…今は10,000持ってないんだケド」

「ビンボー人、キライ」

 みなまで聞かず、ピグラはさっさと部屋に戻っていってしまった。

 ううう、金10,000ぐらいすぐにためてやるんだから!

 それから、ボクは気になっていた上階の隠し部屋のいくつかに行ってみることにした。

 6階の隠し部屋には三冊目の魔導書があった。でも、これまでの古ぼけたそれとは違う。目にもまばゆい金色の装丁だ。これに書かれていたのは、体を光の帯が取り巻いて、あらゆる攻撃を反射できるようになる呪文。

 ボクは、 ばよひひひーを覚えたっ。

 4階の隠し部屋には…何故かスキュラがうずくまっていた。この階の暑さに当てられちゃってるみたい。アイスストームを唱えてやると、スキュラは嬉しげに立ち上がってどこかへ駆け去った。その後には…魔導杖が置いてあったよ。ラッキー!

 4階のもう一つの隠し部屋には…うっ。蛇だ。それも、牙から透明な毒液を滴らせている…毒蛇。ボクは息をつめて立ち去ろうとする。…ん? 蛇の口の中に、何かが光ってる。立ち止まってボクはうかがった。…青い石だ。ゴクリ。ボクは息を飲んだ。蛇はまるでボクを試すみたいに、口を開けてじっとしている。ボクは覚悟を決めた。そっと…ホントにそっと手を伸ばすと、蛇の口の中から石を抜き取った。…何事も起こりはしなかった。がっくりと力が抜ける。蛇は、まるで「試験は終わった」とでも言わんばかりに、するすると隙間に消えていってしまった。

 ボクは手の中の石を見つめた。キレイな宝石だ。もしかして…これがルベルクラク? …ううん。違う気がする。確証はないけど、ルベルクラクはこの迷宮の最深部にこそある…そんな気がしてきていたんだ。

 とりあえず、これは持って行こっと。

 ボクはマップを広げた。後行ってないところは…っと。

 そういえば、 1階に炎が吹きだして奥に行けない部屋があったなぁ。…ん? 待てよ。

 ある思い付きを試すべく、ボクは再びその部屋に行った。例によって、奥に行こうとするとゴーッと炎が吹き出す。でも。

「ばよひひひー!」

 ボクは呪文を唱えた。おおおっ、炎をはじくよ。ふふふん、熱くないもんね。

 炎の壁の向こうには…黄色い宝石が浮かんでいた。

 これもルベルクラクじゃないよね…多分。

 どんぱうんぱで、ボクは8階に戻った。

 お金はだいぶたまったケド…前金10,000と、後金10,000。それに必要なアイテムを買い揃えるとしたらかなりキツいなぁ。んんっ…仕方がない。

 もももの店で、ボクはマンドレイクとルルーのイヤリングを売った。かなりのお金になったよ。よっし、これで大丈夫かな。

 

「十時間ぐらいで完成する。その時来てくれ」

 ピグラはそう言うと部屋に閉じこもった。

 十時間かぁ…結構あるなあ。

 もうちょっとだけ、先に進んでみようかな。実は、9階への階段は随分前に見つけていた。でも先に進むってことより、ルベルクラクを見つけるってことが重要な目的だもんね。とはいえ、既にボクはこの迷宮の探索自体にかなり熱中しつつあったんだけど…。

 

 ボクは階段を降りた。

 地下9階。相変わらず真っ暗だ。ライトを唱えて、先に進…うわあああっ!?

 ゴロゴロ、どっか〜ん!!

 すっさまじいカミナリだ。し、しびれるうぅう〜!! ダメだ、このままじゃ進めない、よ、よぉー。

 んんんっ、でも幾多の仕掛けを解いてきたボクをナメちゃいけない。

「ばよひひひー!」

 反射の呪文でカミナリもへっちゃら。ふふふん、しびれないもんね。

 と。

「・……」

 ヨロヨロのシェゾが現れた。

 さっき倒れたばかりなのに、だいじょーぶなのかなぁ。

「な、何を言う! 俺は倒れてなんかいないぞ」

 どこか慌ててシェゾはそんなコトを言った。

「あれ? それじゃさっき見たのは?」

「あ、あれは…ぶ、分身の魔法だ!」

 …はい?

「お前を油断させるためにな!」

「ほんとかなぁ…」

「そんなことはどうでもいい! 今度こそ力をもらうぞ!」

「はいはい、どうぞどうぞ」

 ボクはぞんざいに応える。そしてふふんと笑った。

「何度やっても同じだと思うけどね」

 …それでどーなったかって? 今度こそばたんきゅーのシェゾを置いて、ボクは9階を一巡した。

 この階は、時々ヴァンパイアやマミーが邪魔をしてくるくらいで、いたって平穏。マミーなんて、「包帯がほどけて中が見えかかってるよ」って言ったら「キャー!」って逃げてっちゃうし。…ええと。って言うか、この階には通路ってものがないんだ。あるのは中央の小部屋くらいで、後は完全にワンフロア。…正確には壁に沿っていくつかの部屋があるのだけど、扉がないのでここからは入れない。これらは既に8階から落ちて入ったところばかりだ。中央の小部屋の扉にはこんな文字が書かれていた。

「褒美として良いものをやろう」

 中にあったのは黄金リンゴと…どくどくと脈打ってる、亀の心臓。黄金リンゴは知識や経験、果ては魔力や生命力なんかまでを飛躍的に高めてくれる不思議な果物。味もサイコー。すごい貴重品なんだよ。亀の心臓は一見キモチ悪いけど、実はその心臓の鼓動が続く間は持ち主の生命力を維持しつづけてくれるお役立ちアイテムだ。

 でも…こんな貴重なアイテムを気前良くくれるなんて、誰なんだろう。

 それはともかく。

 ボクは重大な問題にぶつかっていた。すなわち、この階には階段がないのだ! 勿論、床に穴も開いていない。

 まさか、ここでこの迷宮は終わりなのかな。さっきのリンゴがクリアの証とか…? でも、まだルベルクラクをみつけてないし、なーんかスッキリしないぞ。

 うーん…何か手がかりはないかなぁ。

 床や壁をくまなく検分したボク。…ん? 床に小さなくぼみがある。それこそ、うっかり見落としてしまうようなものだけど、明らかに人工的なものだ。

 …待てよ。

 ボクはマップを見直した。この階のマップ。最初に落ちた隠し部屋群と今いるフロアは壁で区切られている。その形…見覚えがある。これは、8階の壁に描いてあったラクガキ…もとい、絵の生き物の形だ! すると…。

 ボクはくぼみの位置をマップ上でチェックする。

 …やっぱりそうだ。両目とひたい。その位置にくぼみはある。くぼみ…何かをはめ込む? …そういえばあの絵はひたいの点は赤、右目は黄色、左目は青で描いてあったなぁ…やっぱり、これかな。

 ボクは上階の隠し部屋で見つけた二つの石をくぼみにはめ込んでみた。青い石は左、黄色い石は右に。あつらえたようにぴたりとはまった。…でも、何も起こらない。

 やっぱり、まだ足りないんだ。

 ボクはマップを広げる。んんっ…? 8階に、まだ行ってないところがあるよ。隠し部屋だ。だけど、その部屋の真下に当たる位置は壁の向こう側で、ワープで行こうにも…あ、そうか。

 ボクは8階に戻った。そしてある穴から9階の隠し部屋に落ちて、そのまま移動。部屋の端っこ…つまり、問題の8階の隠し部屋の真下からワープした。

 その隠し部屋は中程度の広さで、真ん中に一つ小部屋がある。…そこに何があるかは確信していた。

 ボクは赤い石を手に入れた。

 9階に戻って、赤い石をひたいに当たるくぼみにはめ込む。

 ボクの背後から光が沸き起こった。振り返ると、三つの石が光で結ばれ、その三角形の真ん中に転移の魔法陣が浮かび上がっていた。

 わああ…。

 なんだか、いよいよ核心に迫ってる気がしてきたよ。胸がドキドキしてくる。

 うん、この魔法陣に入る前に装備を整えておかなくっちゃね。そう言えば、ピグラに頼んだ杖がそろそろ完成しているころ。後金もたまってるし、早速取りに行こう。

 ところが。小部屋の中には誰の姿もなかった。ピグラも、勿論杖もない。

 ………。

 …あああああっ、だまされたっ。お金だけ持って逃げたんだ!

 ふええぇえん、ボクの金10,000、返してよーっ。

 傷心の心を抱えながら、ボクは転移の魔法陣で地下10階に向ったのだった。

 

 

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