地下10階はやっぱり真っ暗だ。

 ライトで照らすと、そこは9階と同じようにだだっぴろい空間だった。ただ違うのは、四方の壁にずらりと扉が並んでいたこと。全部見て回らなくちゃならないみたいだ。扉の奥は独立した部屋になっていることは珍しく、たいてい更に扉があり、複雑に繋がっていた。西北に、珍しく小部屋があったけど…奥への扉はおろか、小石一つない。のだけど。んんんっ、臭いぞ。今までの経験からして、こういった何もない部屋や突き当たりにはまず何かが隠されていた。たとえば、壁の中にアイテムだとか。そこでボクは壁を叩いてみたのだけど…。ボロボロ…剥がれ落ちた壁の中から出てきたそれは…何? おっきいぞ!? それは4階にいた赤いカエルの商人、むほほだった。な、何でこんなとこに?

 むほほからの買い物は、やっぱり毒消し草が多い。

「あなたの血、すすりたい」

 するするとすばやい動きで床を滑ってくるのは、下半身が蛇の女の魔物・ラミアだ。きれいな顔で口をカッと開けると、二股に裂けた舌がムチのようにボクを打ってくる。ラミアは毒を持っているから、毒消し草は必需品。…んんっ。考えてみたら毒を持っている魔物ってみんな女の魔物だなぁ。なんでかな。

「ギエエエエッ」

 ラミアと戦っていると、突如暗闇の中から光る目。巨大な金色の鳥・ガルダが羽音を響かせ現れた。うわっ、二対一なんてツラいよぉ。…と、思ったら。ううっ…。ガルダはラミアを捕まえると、ばりばりと食べてしまった。血の匂いが充満する。ぐ、グロいよ…でも戦わないと、次はボクの番になっちゃう。

 

 魔物と戦いながら、ボクは奥の通路を歩いていた。

「こ、これは!?」

 え、何? 急に誰か女の人の叫びが響く。

「しまった!ここまで来たのに、こんな落とし穴に引っかかるなんて〜えぇぇ……!!」

 …誰か(って、もう決まってるようなものだけど)は落ちていったようだ。ボクが行ってみると、床に大きな穴。穴は真っ暗で、どのくらいの深さなのか想像もつかなかった。小石でも落としてみよーっと。

 ポトリ。

 ヒュ――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――ッ……コツン。

 ひええ、おっそろしく深い。こんなところに落ちたら到底無事ではいられないよ。ナンマンダブ…。

「いったいわねぇ! 誰よ、小石なんて投げたのはっ!」

 ……こ、コイツ人間か?

 

 穴を越えて行くと、小部屋があった。奥の壁に小さなくぼみがあって、そこに黒い鍵が置いてある。ボクは早速それを取った。…と。

 ゴゴゴゴゴ…

 どこからか音が聞こえる。…あ、あれっ!? 出口がなくなっちゃってる! まさか…

 ボクは鍵をくぼみに返した。

 ゴゴゴ…

 再び音がして、出口が現れた。

 うーん…どうやら鍵を取ると扉がなくなっちゃう仕掛けみたいだ。これは諦めるしかなさそうだね。

 尚も奥に進むと、突き当りに鍵のかかった扉が立ちふさがっていた。これは多分さっきの黒い鍵で開けるんだろうけど…どうしようかな。

 何か、あの仕掛けを作動させないようにできないかなぁ。あのくぼみ、形は鍵に合わせてはいなかった。だからきっと…重さか何かに反応してるんだよね。つまり、同じ重さのものを代わりに置いとけばいいんだけど、でも鍵とぴたり同じ重さのものって? …ん? そんなの、どこかで聞いた気がするぞ。

「らっきょと鍵の重さは同じ」

 4階にあった意味不明のプレートだ。このことを言ってたのか。

 でも、ボク、今らっきょなんて持ってないよ。

 ううう。ボクはワープで、一階のよよよの店までらっきょを買いに行った。階によっては一部しかワープを使えないところもあるから、結構大変。でも、帰りはどんぱうんぱてカンタンだもんねー。…ん? あああああっ!! そうだ、どんぱうんぱを部屋の外に仕掛けて、鍵を取ってから転移すればよかったんじゃないか。ううっボクのバカぁああっ。

 …はぁ。

 でも、折角だし。

 ボクはくぼみにらっきょを置いて、代わりに黒い鍵を手に入れたのだった。

 思った通り、扉は黒い鍵で開いた。

 そこはすごく狭い小部屋。…でも、別に何にもな…ん? 壁に小さなボタンが埋もれている。うーん。何が起こるか分からないけど…押してみよっと。

 カチ。

 途端に部屋が揺れ始めた。

「ご利用ありがとうございます。このエレベーターは地下100階直通でございます。少々揺れますので、ご注意ください」

 え、何、なに、何〜!? う、わああああああああ。

 エレベーターはすごい速さで地下100階までボクを運んだ。

「地下100階です。またのご利用をお待ちしております」

 あ、あーっビックリしたっ。

 にしても、100階だって。真面目に一階一階降りてたらどのくらいかかったのか想像もつかないね。

 地下100階は…明らかに、これまでとは様相が異なっていた。壁はむき出しの岩じゃなく、白いしっくいできれいに固められ、コウモリの模様(紋章?)が描いてある。床には赤いじゅうたん。ふかふかした歩き心地で、かなり上等なものだと分かる。もちろん明かりもともっていて、ライトを唱える必要はなかった。要するに、間違いなく誰かの手が入っている…それも今使っている。現役の居住空間の気配があるのだ。

 こんな遺跡の、それも地下深くに、一体誰が住んでるっていうんだろうか。

「があぉ!」

 元気に飛んで来たのは、またまたドラコケンタウロス。

「あなた誰? 早くここから消えないと許さないわよ!」

 威嚇だか警告だかをするだけして立ち去る。…なんだかこれまでに出会った魔物たちとは様子が違うなぁ。

「立ち去れって言ったでしょ!」

 二度目に出会ったときは戦闘になった。以前出会ったドラコとは比べ物にならないくらい強い。なんとかばたんきゅーさせたけど…。んっ?

 ゴゴゴ…

 西の方で、何か重たい音がした。何かの仕掛けが動いたみたいだ。

 同じように、トリオ・ザ・バンシーやメデューサがボクに対してよく意味の分からないことを言っては襲い掛かってきた。

「ここはサタン様に許された方だけが入ることを許された聖域ですよ。立ち去りなさい!」

「サタン様のハーレムを乱すやつは許さないわ! ここで死になさい!」

 ハーレム…? なんだか、あまり聞きなれないコトバだけど。そう言えば、この階に出る魔物はみんな女ばっかりだ。

 一つだけはっきりしているのは、彼女たちがひどく怒っているということ。…それからもう一つ。どうやら、ここの主の名はサタンというらしいってコトだ。

 トリオ・ザ・バンシーを倒したとき、やっぱり西の方から重い音が響いた。

 見に行かないってわけにはいかないよね。

 最初は何もなかったはずの西の通路に、扉が一つ現れていた。

 くぐると、これまでの通路から一回り小さな廻廊になっていて、ぐるりと回るともう一つ扉があった。それをくぐると更に小さな廻廊。ぐるりと回って、最後にたどり着いたのは小部屋の扉。

 扉には文字が刻まれていた。

「男は立ち入り禁止」

 …ヘンなの〜。

 まっいいや。ボクは女の子だし、問題はないハズ。

 ボクは扉を開けた。

 ………。

 小部屋のはずなのに、そこは存外に広く見える。豪華な調度が整えられていて、その一つ、豪華な椅子に一人の男の人が腰掛けて、優雅にコーヒーを飲んでいた。

 その人はボクより10かそこらくらい年上だろうか。大人の人の年齢ってよく分かんないんだケド…でも、おにーさんと呼ぶにはちょっと無理があるような気がする。長い緑の光沢の髪を背中に垂らしていて、男らしい、なかなか凛々しい顔立ちをしていた。気品があるっていうのかな。いかにも「エラそう」な雰囲気。イヤミってほどじゃないけどね。こういう豪華な部屋でお茶を飲んでるのが似合うって言うか。

 この人が「サタン」なのかな…?

 でも、このまがまがしい気は何?

 やがてコーヒーを飲み終わると、彼は立ち上がってボクに近づいた。

「こ、こんにちはっ」

 思わず、ボクは間が抜けた挨拶をしてしまった。でも男の人…サタン? は全く構った様子がない。

「あ、あの……」

 そして言った台詞は、ボクには理解しがたいものだった。

「ほぅ。私の仕掛けた罠を抜けて、ここまで来れるとはな」

「え?」

 彼は無遠慮にボクの全身を眺め回す。

「それに美しい…私の妃となるに相応しい女の子だ」

「……な?」

 理解するまでに数秒かかった。

「やだよっ!」

 思わず飛びすさる。

「恥ずかしがることはない。そのうち私の魅力に気がついて、離れられないようになる」

 サタンは、まるでボクの意見なんか聞いちゃいなかった。そりゃボクだって人並みに恋愛に憧れてるし、いつかは結婚もしてみたい。でも、まだ早すぎるよ。何より、こんな得体の知れないやつとなんてゼッタイにごめんだっ。

「よ、寄るなぁ――――っ!」

「さあ、熱き口づけを交わそうではないか」

 サタンはボクの腕をつかんで引き寄せる。その力は外見から想像するよりはるかに強かった。逃れられない! ごく間近にサタンの顔がある。そうなってから、初めてその瞳が金色がかった朱だということに気が付いた。人間には有り得ない色……魔族だ。

 いやだああぁあああああ!

「ちょっと待ったあああああああ!!!」

 

 

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