とにかく、ボクは歩き始めた。

 迷いの森――ここが一体どんな所なのか、当然ながら知る者はいない。これまで入って戻った人がいないんだからね。ただ、変な結界に囲まれているとか、磁場が狂ってるとか、魔物の巣だとか…そういう噂には枚挙がない。そして少なくとも、魔物の巣だという点は当たっているようだった。――もっとも、このくらい人里離れた場所なら、どこでもこのくらいは魔物が出現するのかもしれないけれど。

 現れる魔物たちをなぎ倒しながら進んでいると、誰かの泣き声が聞こえてきた。

「ええええん、てててえん」

 魔物の子だ。全身黄色で、額に小さな角を持ってる。

「どうしたの、いじめられたの?」

 相手が魔物なのに、ボクがそんなことを聞いたのは…勿論、その子がとても小さな魔物であまり危険はなさそうだったのと、やっぱり泣いている子を放っておけなかったからだ。

「うん…あいつら三人がかりで、ヒキョウなんだ」

 しゃくりあげながら魔物の子は頷いた。

 うーん…魔物も人間も、いじめっこってのは変わらないなぁ。

「ねぇ…泣いてるの楽しい?」

 ボクは言った。魔物の子は首を横に振る。

「そう。じゃあ、もう泣くのはおしまい。楽しいほうがいいでしょう?」

「へーんだ、説教ババァ、べーっだ!」

 なんて憎たらしいガキ! 魔物の子はあかんべーをするとテテテと森の奥へ駆けていってしまった。

 

 …まあ、それはともかく。

 それから、ボクはかなり長いこと森をさまよったけれど、一向に外に出ることはできなかった。その間もひっきりなしに魔物たちは襲ってくるし。この森に入ったら二度と出られないというのは、本当なのかもしれない…。いやいや、ここで弱気になってちゃだめだよね。

 そんな時。

「やあ」

 転移の魔法陣を見つけて転移した先に、その魔物は立っていた。全身が真っ青で、額に角を生やした比較的小柄なやつだ。穏やかな目をしていて、少なくとも今すぐ襲いかかってくるという様子ではなかった。

「キミは人間だね。迷い込んだのかい?」

 ボクが頷くのを見ながら、魔物は一方を指し示した。

「あっちに地下に降りる入口がある。そこから出られるよ。運がよければね」

「え…」

 驚いたボクに、魔物は続けて言った。

「今まで、この森に迷い込んだ人間で外に出られたものはいないよ。私たちが殺したんだ。…でも、君は少し違うみたいだからね。出してあげる」

「…ボクが?」

 ボクの一体どこが、他と違うって言うんだろう?

「ここは私たちの最後の砦なんだ。森の外では、私たちのような力のない魔物はたちまち滅ぼされてしまう。だからこの森に入った人間は殺さなければならない。さもなければ私たちが殺されてしまうからね。…でも、君は違った。戦っても、気絶したらそれ以上は攻撃しなかった」

「や、それはたまたま…」

「なに?」

 つい口を滑らすと、魔物の目付きが変わった。ボクは慌てて口を閉じる。

「…とにかく、先へ進むといい。言っておくが、出られるかどうかは君次第だからね。それから、私が教えたってことは内緒だよ。他のみんなは一人として人間を許さないだろう。仕方ないよね。それだけのことをしてきたんだからね」

「…ごめんなさい」

「…君が謝らなくてもいいよ」

 魔物は小さく笑った。それからトトト、と小走りに立ち去ろうとして、ふと振り向いて言った。

「それからね。『ありがとう』って、息子のテテテが言ってたよ」

 そしてその姿は森の中に見えなくなった。

 

 

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