こうして、ボクは迷いの森から脱出したのだった。

 ところで、森の外に出たボクがまっすぐに向かったのは、街の薬屋だった。

 唐突だが、ボクはしもやけになってしまったのだ。あのダンジョンでアイスストームばかり使い過ぎたせいだ。

「いやあ、この時期にしもやけだなんて珍しいねぇ」

 薬屋のお兄さんは亜人で、いわゆる魔物ではないんだけど人間ではない種族。単に少数民族と言ってもいいかもしれない。

「だけど、薬があってよかったよ。最後の一つだからね」

「やっぱり、時期外れだからですか?」

 薬を塗りながらボクは尋ねる。

「いや、材料がないんだよ。最近は手に入りにくくてね」

 お兄さんが語るには、しもやけの薬の材料はこの辺ではババウ岩というのが取れるのだが、最近その岩のあるモケモエの遺跡に魔物がはびこって、手が出せない状態なのだという。

「それ…ボクが取ってきましょうか?」

「え? 君が?」

 お兄さんはボクをじろじろ見た。うーん…あまり頼り甲斐があるとは思われなかったみたい。仕方がないけどね。ボクはまだ魔導師の卵だし、十六歳の女の子に過ぎない。

「いやあ、やっぱり駄目だよ。第一あそこはお屋敷の所領だからね。勝手に入るわけにはいかないさ」

「お屋敷?」

「ほら、あそこに見えるだろう」

 言われた通り、お兄さんの示した方を見ると…確かに大きなお屋敷が丘の上に建っているのが見えた。随分お金持ちの家みたいだ。

 お兄さんが言うには、あのお屋敷も魔物で一杯なのだそうだ。それじゃ危険なんじゃないですか? と聞くと、そうでもない、とのこと。なんでも魔物たちはあのお屋敷のお嬢様に従っていて、まるで女王に対するようにかしづいているのだという。

 実際、とお兄さんはのんびりと世間話でもする様子で続けた。

「お屋敷のミノタウロスがここらに夕飯の買い物なんかに来てもいるけど、別に暴れるわけじゃないし、穏やかなもんだよ」

 ………ん?

 なんか聞き覚えのある名を聞いた気がする。

「あの…もしかしてそのミノタウロスって、頭が牛で体が大男の…?」

「ああ、そうだよ」

「それで、そのルルーお嬢さんって…青いロングヘアでタカビーそうでナイスバディの…」

「そうそう、美人だよなぁ」

 ……………………………。

「ボクっ、どーしてもやらなきゃならない用事ができたから、お屋敷に行ってきますっ!!」

 思わず、ボクはこぶしを振り固めて叫んでいた。

 お兄さんは呆気に取られてる。でも、店を飛び出して行くボクの後ろから、「ついでにババウ岩が取れるように話をしてきてくれよー」なんてちゃっかり言って手を振っていた。

 

 そんなわけで。

 今、ボクはルルーの屋敷の前にいる。

 思えば、ルルーには散々な目に合わされてきたものだ。昨日迷いの森に追い込まれたのもそうだけど、以前にもライラの遺跡で彼女の仕掛けた色んな罠に苦しめられた。…いや、苦しんだのは地雷を踏んだときくらいだけど…でもあれはしゃれにならなかったぞ。この時は結局一度も顔を合わせなかったけれど、結構恨みは溜まってたのだ。

 ぜえぇええったいに泣かせちゃるっ!!!



 で。

 ボクはルルーの屋敷の中に入った。呼び鈴を鳴らそうかと思ったけど、あまり歓迎されそうにないので止めておく。中に入ると…げげげっ!? そこは迷宮になっていた。ルルーって…一体どういう趣味してるんだろう? 自分の住んでるところを迷路にするなんて、まるで誰かさんみたいだ。…なんて思いながら歩いていたら、床に文字が刻んであった。

『サタンさま…あたくしへの愛に目覚めるまで、永遠に迷宮をさまようのよ』

 ……! 閉じ込めるための迷宮なんて…!

 自分から入っては来たものの…ぞっとしないなぁ。

「き、貴様はっ!?」

 と。角を曲がったところで、ばったりと出くわしてしまった。…ミノタウロスだ!

「ル、ルルーはどこなのっ!?」

「ブモーッ、ルルー様と会わせるわけにはいかんっ」

 ボクの無け無しの強気もどこ吹く風。ミノタウロスはまたも斧を振り回して突進してきた。

「うわ、わわわわっ」

 ひええっ。こんなの、とてもかなわない。腕力じゃ絶対に無理だし、魔法で立ち向かうしかないんだけど、普通のレベルのファイヤーやアイスストームじゃまるで効き目がないみたいだ。するとダイアキュートで増幅させた魔法で攻撃するしかないんだけど、ミノタウロスの猛攻はその隙を与えてくれない。

 とうとうボクは逃げ出した。後ろからミノタウロスが追ってくる。うわぁ、これじゃ昨日と同じだよぉ。

 ボクはむちゃくちゃに走って逃げる。

 唐突に体が浮いた気がした。

 それは錯覚で、実際にはボクは落ちたのだった。床が抜けたのだ。でも、そう気付いたのは硬い床に叩き付けられるほんの一瞬前。

 そう。ボクはまんまとルルーの罠にはまってしまったのだった。

 

 

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