地下四階。
現れた場所は、十字路の真ん中のようだった。
四方に道がある。えーと…どっちに行こうかな。
迷っていると、サッと何かが走り込んできた。
「クゥーンクゥーン」
半人半犬の女の子、スキュラだ。ボクの周りをうろうろと嗅ぎまわり、様子を窺うように飛び回る。ヤな感じ…。
注意しつつ、立ち去ろうとすると…。
「がううっ」
スキュラが襲い掛かってきた。
「アイスストームっ」
「きゃいんっ」
スキュラは一瞬飛び退いたけれど。
「噛むわよぉ」
いったぁ〜いっ! スキュラに噛み付かれた。
「ファイヤー!」
「きゃいいいんっ」
スキュラは逃げていった。
けど…ううう、この体の重〜いカンジ…。
ボクは毒に犯されてしまったのだ。
毒消し草も、毒出し草も、持ってきてないよ…。
一階のショップには売っていたけれど、あそこまで戻るのは大変だ。
吐き気をこらえながら南の扉をくぐると、なんてことだろう。パキスタが露店を開いていた。これも日頃の行いがいいせいかな?
毒出し草を買って一息。
ちなみに、ここにも魔導書が売られていたケド…。
「幻影の魔導書、1200Gだ〜な」
か、買えない……。ううう。
戻って、東の扉をくぐる。幾つもの扉を抜けると、長い廊下の先に魔法陣があった。…ここは行き止まり。どうやら地下一階に戻ったみたいだケド、全く扉がない部屋だ。ボックスの中には能天草。
戻って、通路の反対の先にあった魔法陣に乗る。…ここも行き止まりの部屋だった。さっきの部屋と大きさは全く同じだ。ただ、雰囲気は違う。…ここは地下四階よりも下の階のようだ。でも、この部屋から出る事は出来ない。戻るしかない…。
十字路に戻って、北の扉をくぐる。すぐに魔法陣があった。
…転移したのは真上、地下三階らしい。進んでいくと、また魔法陣。その魔法陣は地下二階につながっていた。…なんだかどんどん上に戻ってるような…。
「失礼しまーっす!」
「は、はい?」
唐突に礼儀正しく声をかけられて、ボクはつい、間の抜けた返事を返してしまった。
「キミは…?」
現れた、金髪の女の子にボクは尋ねる。
赤いワンピースに白いエプロン、レースのヘアバンドをしていて、いかにも「メイドさん」みたいな格好なのだ。
「私は、キキーモラと申します」
軽く会釈して、女の子は言った。
「では失礼して、お掃除を始めさせていただきますね」
「え?」
言うが早いか、キキーモラは猛烈な勢いで床を磨き始めた。
「ちょ、ちょっと!」
これじゃボクは身動きとれない。
前に立ち塞がる格好になったボクに向かい、キキーモラは容赦なくモップを振り上げた。
「まぁ、きたなーい!」
「わあっ」
濡れたモップを顔に押し付けられる。
ぷつん。
何かがキレた気がした。
「ファイヤーッ!!」
「きゃああっ」
モップを焦がされたキキーモラは身を翻す。
「またお願いしまーす!」
あっという間に、キキーモラはどこかへ立ち去った。
まったく…人の顔が汚いだなんて、失礼しちゃうよ! …汚くなんかないよね?
更に魔法陣を越え、とうとう地下一階へ。通路を真っ直ぐ進んでいくと…。
「チッ…なんなんだ、一体!」
ボクは慌てて身を隠す。シェゾだ。
「散々ぐるぐる引き回されて、結局は行き止まり、何もないだと!? とんだ無駄骨だったぜ!」
忌々しそうに吐き捨てて、その姿がフッと掻き消えた。
このダンジョンではワープやテレポートのような大きな魔法は使えないはずだから、多分どんぱうんぱなんかの転移アイテムを使ったんだろう。
それにしても…この先は行き止まりだって?
ボクはマップを取り出す。
これまで通って来た階には、まだちょぼちょぼと未踏査の地点がある。けれど、それらの場所にはこれまで通ってきた場所からは行く事が出来なかったはずだ。
つまり、この道の先がどこかに通じているか、あるいは道を切り開くアイテムなり仕掛けなりが置いてないことには、もうどこにも進む事は出来ないはずなのだ。
だけど…そういう大事なものを、シェゾが見落とすとも思えない…。
………。何か、条件があるのかな?
ボクはマップを見た。そこで未踏査の部分を確認する限り――そして、これまでのパターンを考える限り、多分、このダンジョン北東の正方形の部屋を、延々と下へ下へと降りていくような行程になるはず。下へ下へ…落ちる。…どこかで覚えのあるフレーズだなぁ。
『時を追え! 丸く丸く丸く!
落ちろ落ちろ! 奈落の底に!』
丸く…円を描いて……時を追って、螺旋を辿る?
ボクは先へ進み始めた。
地下一階の部屋には魔法陣は一つ。
でもすぐにその魔法陣には乗らず、時計周りにぐるりと回って、マップを塗りつぶすように動いてやっと乗る。
移動した地下二階の部屋に魔法陣は二つ。これも同じように時計周りに部屋を回る。
地下三階…四階…。
ぐるぐると時計の針のように螺旋を辿りながら、ボクは下へ下へと降りて行く。
そして、地下六階。
ここには魔法陣は一つしかない。他には何もない。行き止まりだ。
それでもぐるりと輪を描いて部屋を回った時――最後の地点に、忽然とボックスが出現した!
「ぐー!」
「うん。やっぱり、そういう仕掛けだったんだね」
ボクはボックスを開けた。中には――。
「へ?」
中には真っ黒い傘が一本、入っていた。いわゆる、こーもり傘ってやつだ。
「どう見ても…ただの傘だよ、ねぇ?」
「ぐー?」
これが一体、何の役に立つっていうんだろ? 今日は雨なんて降りそうにないいい天気だし、第一、こんなダンジョンの底だ。…ウォーターエレメントとまた出会ったら、役に立つかな。
ボクは傘を開いてみようとした…のだけど。あれ? 開かない。
壊れてるのかな。これじゃホントのガラクタだ。
あーあ…。
それでも、ボクは傘を持って、道を戻っていった。