地下六階。
寒い。吐く息が白くなっている。
魔法陣で出現した場所は、丁度十字架の形になっている通路の根元。先に進む扉は二つある。
一番北、十字架のてっぺんに当たる扉を開く。
そこはかなり広い部屋になっていた。部屋の中央の天井には穴。地下五階の床にもまだ穴が開いていたから、そこから降りてきてもよかったみたいだね。
でも、床には穴はない。どうやら、この地下六階がダンジョンの最深部のようだ。
「きぃい」「かぁあ」「ぴぃいい!」
行く手に、トリオ・ザ・バンシーが立ち塞がった。
白いシーツみたいなローブをまとった彼女達は、こうみえてアンデッド。
「きぃいいいいいいっ!!」
「わぁあああああっ」
のーみそに突き刺さる悲鳴!
なんとか倒せたけれど……あ、アタマがぐらぐらするよぉ…。
その先に進むと、ボックスがあった。中身は魔導水晶。瀕死になった時、一度だけ復活させてくれる、超高級アイテムだよ。
その部屋で行き止まりになっていたので、最初の通路に戻った。もう一つの扉を開ける。そして先に進んでいると……。
「コレヨリ先ニ進ムコトハ マカリナラヌ!」
扉の前に、そいつは立っていた。天井に頭をこすり付けようかという巨体を、少し窮屈そうにかがめて、まるで通せんぼするみたいに。
体には、頭にも腕にも、縦横に縫い目が走っている。生体的ゴーレム――いわゆる、ホムンクルスというヤツだろうか。その迫力は、これまでの魔物の比ではない。
「ど、どうして?」
「早々ニ引キ返セ!」
ぶうん、と丸太のような腕を振る。
「わぁあっ」
危うく避けると、巨人の拳は壁に激突した。ずぅん、と鈍い音が響いて、ぱらぱらと剥がれた壁のかけらが落ちる。
けど、巨人は全然、痛いともなんとも感じてないみたい…。無表情にボクに視線を巡らせる。
ひ、ひええ…今のボクじゃ、まだこんなやつには叶いそうにないよぉ。
ボクはダッシュで逃げ出した。巨人は追ってこない。扉の前から動くつもりはないみたい。
やれやれ、助かったぁあ…。
でも、つまりあの扉の奥にはそれだけ重要なものがあるってコトだよね。むー…。
「お嬢さん、お嬢さん」
考えながら通路を歩いていると、声をかけられた。
「だ、誰!?」
「ひ、魔法は撃たないで」
声の場所を探すと、足元にちっちゃなヒトがいるのを発見した。毛皮の縁の付いたフードを被っている。あったかそうな格好だ。
「いやぁ、お嬢さんも守護者には苦労してるみたいだねぇ」
「守護者? あの縫い目だらけの巨人のコト?」
「そうそう。あいつときたら、テコでも動かないよ」
「うーん…」
やっぱり、どうにかして力づくでどかせるしかないのかなぁ。
「ところで、いい方法があるんだけど…」
小人さんが言う。
「え、ホント?」
「ほんと、ほんと。まぁ、家でゆっくりお茶でも飲みながら」
そう言って、小人さんは駆けていく。後に付いていくと、大きなドームみたいなものが見えてきた。大きいとは言っても、入口は小人さんサイズ。ボクは到底お邪魔できそうにはない。氷を積んで作った家だった。
小人さんはその中に駆け込む。――と。
「ふふふ…かかったなぁあ!」
「え?」
「かかれ、フロストジャイアント!」
「あああ!?」
がきぃいいん! そんな声とも軋みともつかない音をたてて、氷の家が立ちあがったのだ。氷のブロックで出来た頑丈そうな手足、四角くて大きな頭。おへそのところにある入口からは、まだ小人さんの顔が見えている。…操縦席なの?
わ、罠だったんだ!
ごっつい氷の巨人――フロストジャイアントは、すっごく強そう。
「騙すだなんて…ヒドイじゃないか!」
「ふふふふ、騙される方が悪いのだ!」
つぶらな瞳をして、小人さんはぬけぬけとそんな事を言う。ううう…そりゃ、ボクはちょっとはお人好しかもしれないケドさぁあ。
「ファイヤー!」
唱えていた呪文を、ボクは放つ。氷の巨人には、やっぱり火で対抗するしかないだろう。
ぶぅおおおおおっ
「うわっ!?」
すっさまじい冷気。バーベガジとは比較にならない、地吹雪みたいな空気がボクに吹き付けられる。
さ、寒いぃいいい。
ぶぅん
その隙を突いて、フロストジャイアントが鉄拳を振るう。
がきん!
だが、拳はボクに到達する前に食い止められた。ボクが展開したシールドの威力だ。
「ファイヤーっ!」
フロストジャイアントのお腹に向かって、ボクはファイヤーを放つ。
「きゃうっ」
小人さんは真っ黒こげ。
がくん。
途端に、フロストジャイアントは停止した。
マップ上、未踏査の地域は後ほんの僅かだ。
守護者が立ち塞がっている扉の向こうは別にして、最後の部屋にボクは入った。
Tの字の形をしたその部屋には、ボックスが二つ。
…それはともかくとして。
この部屋には先客がいた。
「…またお前か」
「シェゾ…」
マズい。マトモに鉢合わせしてしまった。
ボックスの中身をあらためていたらしいシェゾは、うざったそうにボクに向き直った。どうやら、ボックスの中身はばくはつたまごと能天草だったみたいだ。…って、今はそれどころじゃない。
「チョロチョロと…こんなところまで降りてきているとはな。
…まぁいい。さっきはよくもやってくれたな。今度こそ、手加減なしにお前を我が物にしてやる!」
「な…ななな、何言ってんのよ」
って、いけない。シェゾが欲しがっているのはあくまでボクの魔力で、それ以外のものではない。アタマでは解ってるんだけど…咄嗟には、どうにも焦ってしまう。まさか、それが狙いでわざと舌足らずにしているわけでもないんだろうケド。
「闇の剣よ…」
魔剣を呼び出したシェゾが、ゆっくりとそれを構える。
「切り裂けっ!」
走った衝撃波を、ボクはかわした。呪文を唱える。
「ダイアキュート!」
螺旋の形に、ボクの周りを魔力の光が駆け登っていく。
魔物は、倒すと大抵、金を落としていく。何故かは知らないけど。この地下に降りてくる間に、軽かったボクのおサイフも大分重みを増してきていた。それに、シールドを売ったらかなりのお金になったし。
そう、ボクは上の店に戻って、三冊の魔導書を買っておいたのだ。
おかげで、今のボクはダイアキュート、ばよえ〜ん、イリュージョンの、三つの魔法を取り戻す事が出来ている。
ダイアキュートは魔力を増幅してくれる魔法だ。比較的基本に近い魔法だけれど、これが使えるのと使えないのでは、戦い勝手に圧倒的な差がある!
「ダ ダイアキュート!」
「サンダーストームっ」
青白い雷が空間に縦横に走る。
「…っ!」
かすった。痛みで、思わず中断しそうになった呪文を、どうにか続ける。
「ダダ ダイアキュート!」
シェゾも、以前に比べてかなり魔力を取り戻してきているようだ。
「どうした…逃げてばかりか?」
かざした魔剣に、魔力が集中する。
「アレイアード!」
闇を司る古代魔導!
しまった…! まともに食らってしまう。
「ぐぐーっ」
「なにっ!?」
カーくんの額が輝き、ボクの周りを半球状に覆う光が闇の奔流を遮った。一瞬で淡いその光は砕け散ったけれど、それで充分!
「ファファファ……ファイヤーっ!」
「ぐぁっ…!」
攻撃をマトモに食らう位置にいたのはシェゾも同じ。
炎が引き起こした爆発的な熱風に弾き飛ばされ、壁に激突する。
声もなく、シェゾはばたんきゅーした。