「守護者を倒したのか」
「シェゾ…」
仕方なく、鍵のかかったままのボックスを抱えて外に出ると、白銀の影が待っていた。
「な…何の用なの?」
「そう身構えるな。…お前、その箱を開ける鍵が欲しいんだろう」
「え?」
「なら、地下四階の作業室まで来い」
そう言うと背を向けて、シェゾの姿は掻き消えた。
「地下四階の作業室って…鍛冶屋さんが使う壷があった部屋…だよねぇ」
「ぐぅ?」
「うん…。怪しいけど、鍵があるなら欲しいしね。…行こう」
ボクは作業室に向かった。
ぴぃいいい〜〜〜ひょろろ〜〜〜
奇妙な縦笛を吹くと、籠の中から這い出た蛇が、ボクを乗せて空に舞いあがる。天井の穴をくぐり、上へ上へと。
「来たか」
ドアを開けると、部屋に佇んでいたシェゾがこちらを向いた。その側には例の鍛冶屋さんのつぼ。
「…鍵は?」
「今はない」
「え? だって」
「気の短い奴だな。今はない、と言ったんだ。これから作るんだからな」
「キミに気が短いだなんて言われたくないよ。…作るって?」
「ああ。このるつぼを使ってな。お前、鍵の鋳型を持っているんだろう?」
「いがた?」
そのまま返すと、シェゾはちょっと苛ついていた。
「オウム返すなっ。鍵を作る原型になる型だ。持ってないのか?」
そう言われても…。あ、そういえば、鍵の形のへこみのついた変な板があったっけ。
「もしかして、コレのこと?」
「持ってるんじゃねぇか。出し惜しみしやがって」
別に出し惜しんだわけじゃないんだけど…。
「『銅鉱石』は俺が持ってる。これで作業が出来るはずだ」
懐から石みたいなかたまりを取り出して、シェゾはそれを壷の中に放り込んだ。壷の側面に付いた模様――多分古い魔導文字だ――にてのひらをかざすと、文字は輝き、かぁっと壷の内側が輝き始める。
「この施設では、あの守護者や籠の蛇のような魔導生物も作られていたようだが、最も中心的に研究が進められていたのは「時」の魔法だ」
壷の出す光に照らされながら、シェゾが言った。
「時?」
「時空系の魔法は、使いようによっては最も効果が大きい。しかし扱いには極端に技術を要する、ひどくデリケートな分野だ」
「時空系の魔法…。ワープとかテレポートみたいな?」
「さぁな。
……ここで行なわれていた研究が最終的にどういう方向に到達したのか…何故ここが廃棄されるに至ったか。俺は知らん。その辺りまでは記録には残っていなかったからな。
ただ、その箱の中に収められているものが、何らかの成果と呼べるものであるのは確かだ」
壷の中身は完全に熱でとろけ、光り輝く液体になっている。
シェゾは壷を傾けて、液体を慎重に鋳型に流し込んだ。
鋳型自体に冷却の魔法が仕掛けてあったのか、流し込まれた液体は見る見るうちに熱を失い、固まっていく。
コンッ
シェゾが軽く板の裏側を叩くと、完全に固まった鍵が、型から外れて床に落ちた。
「…あっ」
拾おうとしたら、先にシェゾの指がそれをさらう。
「さて。…箱を渡してもらおうか」
鍵を持って、シェゾは嗤った。
「な…何言ってるんだよ。コレはボクが見つけたんだよ?」
「だが、鍵は俺が作ってやったぞ。…よこせっ」
「鋳型はボクが持ってたんじゃないか。そんなのズルいよっ。
シェゾのズルっ。ズルズルっ」
「…あのなぁっ。人が気絶してる間にアイテム盗んでいくよーなやつに言われたくないぜ!」
「うっ…」
シェゾはだいぶ苛々してきたようだ。
「早くしろっ」
「い、嫌だよ…。折角苦労して手に入れたんだもん」
それに…。ここでシェゾに渡してしまったら、最期に安心したかのように口を閉じた、あの守護者を裏切る事になるような気がする。
「くっ…強情なやつめ。いいだろう、ならば力づくだ!」
そう言い放ち、シェゾは蒼いマントを払った。
「ダイアキュート!」
ボクは呪文を唱える。
ワンパターンの方法だけど、こうして地道に魔力を高めておかない事には戦えない。
でも。
「はぁ〜〜っ…」
剣をかざし、シェゾも魔力を高めている。
「アレイアードっ」
「わぁっ!」
いきなり大技! 危うくかわしたけれど、煽られて体勢が崩れた。
「闇の剣よ、切り裂けぇっ!」
「あうっ」
皮一枚。でも斬られて血が飛び散る。
「ダ ダイアキュート!」
重ねて、ボクは魔力を上げ続ける。ヒーリングをかけている余裕はない。狙うのは、一発逆転。魔力を高め続けて、一瞬の隙に全てを叩き込む!
呪文を唱えながら、シェゾの背後に走り込んだ。シェゾが振り向く、その一瞬。
「ファファ……ファイヤー!!」
会心の一撃! マトモに入った。やった!
「…え!?」
熱風と炎が消え去った後。そこに、ボクはいまだ立っているシェゾの姿を認めた。
彼の体の周りが淡く光っている。あれは障壁魔法の残滓だ。
シェゾは、全くダメージを受けていない。
「さっきとは逆だな…」
彼は既に呪文を唱え終わっている。
「終わりだ。アルル・ナジャ」
初めて。そう、初めてボクの名を呼んで――シェゾは、滑らかな動作で剣をボクに向ける。
透き通った刀身が闇に染まるのを、ひどく間延びした感覚で馬鹿みたいに眺めていた。
そして。
「ぐーーーーっ!!」
一転して、闇は淡い薄桃の光に変わった。
カーくんが、その額のルベルクラクからビームを放ったのだ。
「なっ…!? また、コイツかっ」
それでも、シェゾは耐えた。数瞬の間。
しかし、圧倒的な光の奔流の前に、弾き飛ばされる。
「くっ…」
そして、身を起こそうとした顔面に。
「ぐっぐーっ!」
「ふぎっ!」
ジャンプから繰り出されたカーくんのキックが、ものの見事に炸裂したのだった。
「む、無念だっ…」
顔に丸い足形を付けて、シェゾは完全にばたんきゅーした。