「アルルっ、大人しく我が妃になれっ」
「やだよっ」
「いつまでもそう意地を張るな。お前と私は運命の糸で結ばれている……お前にもすぐ分かるはずだ。さあ、誓いのくちづけを交わそうっ」
「意地なんて張ってないっ。やだって言ってるでしょ!?」
その日、道でばったり顔を合わせた途端、この始末だ。いつもの光景とは言え……ううう、こんな日常やだなぁ。
ボクの名前はアルル・ナジャ。十六歳。古代魔導スクールに通う魔導師の卵だ。今、ボクにしつこく迫っているのはサタン。自称闇の貴公子で、どういうつもりかボクを自分の妃にしようとしている……らしい。
勿論、ボクにその気はないから、いつもきっちり断わっている。だけどサタンは全く聞く耳持たない。だから必ずこんな言い合いになって、最後にはボクが魔法でドカン、というのが毎度のパターンだ。
「もーっ、いいかげんにしてよっ」
例によって限界を感じたボクがサタンに魔法をぶちかまそうとしたとき、思いがけず、サタンがボクの手を掴んで引き寄せた。
「アルル」
サタンの真剣な顔が間近にある。ドキリとして、ボクはうろたえた。
「な、なんだよっ」
サタンは上位魔族で、とても強い魔力を持っている。エメラルド色の髪は長くて背中にまで垂れ、頭には二本の大きな角がねじくれて直立している。
いつもおちゃらけるか、何かカンチガイしてるかでとにかく変な言動ばかりの彼だけど、こうして真面目な顔をしていると見とれてしまうほどにかっこいい。
「アルル……なぜ私では駄目なのだ?」
揺らめく炎を思わせる、赤みがかった金色の瞳がボクを覗き込む。
「私は真剣にお前を想っている。お前を、我が生涯の伴としたいのだ……」
「そ、そんな……」
何かを言い返したいけれど、言い返せない。
そんなボクの様子を見てサタンは笑みを浮かべ、ボクの手を握り締めていた指を緩めるとそのままボクの左手の指をなぞった。
「この指に……相応しい指輪を贈ろう、アルル。お前に相応しいのは、輝く黄金か、真紅のルビーか……」
「……ちょ……ちょっと待って……」
何とか、ボクは声を絞り出す。
「勝手に決めないでよ。ボクは……」
「アルル」
再びサタンがボクの手を握った。先を言わせまいとでもいうように。そのまま、顔が近付いてくる。
えええええ? 待ってよ、何なの、この唐突な展開はっ。
でも、炎の瞳に見つめられたまま、ボクは動けない。
少しずつ、少しずつ。くちびるが触れ合うまで、後、ほんの少し――。
「ぐっ」
不意に、肩のカーくんが小さく鳴いた。
「やっ、やだあぁああっ!」
金縛りが解けたように体の自由を取り戻して、ボクはじゅげむを放っていた。
「どわあああ――っ」
高めた己の気を叩きつける上位魔法じゅげむは、実の所気を受け止めてしまうサタンにはあまり効かない。それでもボクの前から吹き飛ばしてしまうだけの威力はあって、サタンは木の葉みたいに宙に舞った。
「ば、ばたんきゅーっ」
あああああ、危なかったぁーっ。
至近距離で食らったせいか目を回してしまったサタンを置いて、ボクはその場から逃げ出していた。