街外れの公園にボクは駈け込んだ。
ここには普段からあまりひとけがないのをボクは知っている。
ずっと走ってきたので、胸が苦しかった。その上、口にはずっと指輪をくわえていたのだから尚更だ。
ボクは地面に指輪を置いて、はあはあと息をついた。
……あ、人心地ついてきた。
よし。
ボクは指輪を見る。
どう使うのかとか、具体的なことはもももは言ってなかったと思う。でも……変身の指輪を右手にはめたらこうなったんだから、多分、この解除の指輪を左手にはめればいいんじゃないだろうか。
うん、なんだか間違いない気がしてきた。そうに違いない。
早速、ボクは指輪をはめてみようとした……のだけど。
ね……猫の手って、不器用だっ。
勿論サイズが全然違うから、最初からぴたりとはめようなんて思っていない。ただ、指を指輪に通そうとしているだけなのに、どうもダメ。といって腕全体を突っ込むには指輪は小さすぎる。
うううううう…………。
殆ど手のひら攣りそうになりながら、ボクが指輪をはめようとしていたとき。
ざしゃあっ。
そんな、土を蹴散らす音が真後ろから聞こえた。
「見〜つ〜け〜た〜ぞ〜!」
シェゾだっ。
「この泥棒猫っ、とっととその指輪を返せ!」
案の定、シェゾは怒っていた。
だめだ、今ここで指輪を取りあげられちゃったら、もう二度と手に入れられないかもしれない。(ボクは一生猫のまま……? そんなのイヤだ!)
走って、また逃げるべきだろうか? いや、それでもう一度逃げ切れるかどうか。
それよりも……。
「無視してるんじゃねぇ。ほら、こっちに来いっ」
背を向けてうずくまったまま、ウンともスンとも言わない仔猫の態度はどう思われたのだろう。
シェゾはボクの両脇に手を入れて、茂みから引っ張り出そうとした。
だ、ダメだぁあ!
でも、最後まであきらめまいとしていたボクの気持ちが、女神様に届いたのだろうか? その瞬間。まさにその時。殆ど偶然に、指輪がボクの左手の指の間に通ったのだ。
途端に、視界が急激に変化する。ボクは立ちくらみのように瞬間めまいを感じた。でも……咄嗟に見た、ボクの腕。白い毛並みには覆われていない。人間の肌。指輪のはまった指も、すらりとして指輪にぴたりと合っている。
やった! ボク、元に戻れたんだ!
……だけど。
「きゃああああああああ――――――っ!!」
もう一度うずくまって、ボクはあらん限りの声で悲鳴を上げた。
そう。ボクは、素っ裸だったのだ。
全く、ボクが迂闊だった。猫の間は全然服なんて着てなかったわけなんだから、当然、こうなることを予測するべきだったのだ。でも……猫でいた時は、服ってもの自体を忘れていたんだもの。
「きゃーっ、きゃーっ、いやーっ」
ボクはもう、恥ずかしくって情けなくって、うずくまって悲鳴を上げることしか出来ない。
「アルルっ!?」
公園の入り口の方から、サタンの声がした。ボクの悲鳴を聞いて駆けつけたみたい。……って、やだあっ。これ以上誰も来ないでえぇ!
「シェゾっ、貴様、アルルに何をしたっ」
サタンは鋭く怒鳴った。確かに、この状況ではボクがシェゾに何かされたという風にしか見えなかったかもしれない。
シェゾの返答は聞こえなかった。
シェゾはボク(猫)を引っ張り出して抱えた時の姿勢のまま、固まっていた。
サタンの声ではっと我に返ったらしい彼は、でも、すぐに口元を押さえて顔をそむける。サタンが追及した。
「ええーい、答えんかっ」
「いふぁ、ちょっほ待へっ……」
シェゾは鼻血を出していた……。
って、そんなのはどうでもいいよ。この状況で、ボクはこれからどうすればいいんだよー。ひ〜ん。
「アルルさんっ、これを」
「キキーモラ?」
どこからか現れた彼女が渡してくれたのは……あっ、ボクの服一式だ。
幸い、男どもはお互いが牽制し合うのに精一杯だ。ボクはキキーモラに盾になってもらいながら大急ぎで服を着こんだ。
ああ……安心した。やっぱり、人間が裸のままなのは無防備過ぎてよくないよ。
「助かったよ。でも、キキーモラ、どうしてここに?」
彼女が何か答えるより早く、黄色い塊がボクに飛びついた。
「ぐー!」
「あっ、カーくん」
「カーバンクルに案内してもらったんですよ。アルルさんが困ってるんじゃないかしらって思いまして」
「あ、ありがとう〜、二人とも」
ホントに助かったよー。
そう言いながらカーくんを抱っこして、ボクはちょっと首を傾げた。
「ん? カーくん、キミ、ちょっと太った?」
「ぐっ!?」
「あっ、カーバンクルちゃあ〜〜ん! 来てくれたんだねっ」
なんてことを言っていたら、余計なことに、サタンがこっちに気付いて飛びついてきた。
「アルル、無事かっ。無事なんだなっ」
「さ、サタン……」
「うむ。よしよし、怖かったろう辛かったろう、こんな変態にひどい目に遭わされて。だが私が来たからには大丈夫だ。今、変態を滅殺するから、安心して見ていなさいっ」
「かっへなコトを言うなっ!」
シェゾは相変わらずしまりがない。
「そうしたら、一緒に私の屋敷に行こう。アルル、私はもう、お前と離れているのが心配でたまらん。すぐに結婚式を挙げようっ。式は盛大にするぞ。それからすぐにハネムーン旅行に出かけて、勿論新居もどーんと建てよう。それから、子供の数は……」
「えええいっ、いー加減にしろっ。ワケの分からんのはこっちだ。一体どうなってるんだ!? 誰か説明せんかーっ」
サタンの妄想は尽きることなく、そしてそれに噛みつくシェゾの声もエンドレスにうるさい。
「……キキーモラ……。ボクね、猫になってる間魔法が使えなかったんだ」
男達の大騒ぎを見ながら、ボクは呟いた。
「そうなんですか?」
「それで、ちゃんと使えるようになったか、試してみたいと思うんだケド……」
「そうですね。それに、ちょうど私も、汚いものをお掃除しちゃいたいと思っていたところだったんです」
そう言うと、キキーモラはモップを構えた。
それから先のことは、いちいちここで言わなくてもいいと思う。
だって、それこそいつも通りの結末だったからね。