「失礼しまーす、マスクド校長先生?」
校長室の中を覗き込むと、今日はちゃんと、正面の執務机に長身の姿があった。
「ん、あ、アルルくん? は、入りたまえ」
ちょっと慌てているみたい。なんでかな。
ボクが今日ここに来たのは、もちろんちゃんとした用事があってのこと。
「――それで、つい指輪をはめちゃったんです。それで、今頃申し訳ないなと思うんですけど……」
ボクは変身の指輪を校長先生に返しに来たのだった。
人の物を勝手に持って行っちゃったわけだし、なにより、こんな物騒なものそうそう身近に置いておきたくない。
「そ、そうか……」
ボクはキョロキョロと部屋を見まわした。
「あ、でもやっぱり、あの扉はありませんね」
今日もあの不思議な部屋に通じる扉はどこにもない。隠し部屋ってヤツなのかな。と、校長先生がなんだかゲホゲホ咳き込んで、言った。
「あ、いや、……アルルくん、それは私のものではないよ」
「え? でも……」
「多分、その時空間の歪みが生じていて、どこか別の場所に通じる扉が一時的に出現していたんだろう」
私はその部屋とは無関係だ。うん、全くうそ偽りなく。
そんな風に繰り返してる。
「そうですか……じゃあ、これはどうすればいいのかな」
箱に入れた指輪を見ながら途方にくれていると、「君が持っていなさい」と校長先生が言った。
「え、でも……」
「魔力が消却されて、それは今や何の力もないただの指輪だ。持っていたところで害はないよ」
「そうなんですか……」
「うむ。それに、なかなか似合うんじゃないかな、その指輪。アルルくんも、たまにはアクセサリーなど着けてみてもいいだろう。あ、学業の妨げになるようではダメだがね」
マスクの下で見えないけど、校長先生は確かにウインクしてみせたように思えた。
「はい……。でも、これじゃシェゾの方のと同じになっちゃったなぁ」
「何、シェゾ?」
思わず呟くと、聞きとがめたらしくて校長先生が問い返した。ボクは慌てて口をつぐむ。
「いえっ、何でもないんですっ。そ、それじゃ失礼しましたー!」
「あっ、アルルくん! 待ちたまえ、話はまだ……」
校長先生が何か言っていたけれど、ボクはもう部屋の外に飛び出していた。
実を言えば、昨日、ボクはばったりシェゾに出会っていた。
当分会いたくなかったような、そんな妙に気恥ずかしい思いがしたけれど、用事もあったので、ここで会えてよかったと言うべきなのだろう。
シェゾの方も同じような気持ちらしくて、いつもみたいにヘンな事を言い出してはこなかった。……って言うか、会った途端、二、三歩飛び退られたんだけど。ちょっとムッ。
「はい、これ。返すね」
ボクが差し出したのは、赤い石のはまった古風な指輪。この場合、シェゾに代金を払わせちゃったりしてるんだから、返すのが当然というものだろう。
でも、ボクの手のひらの指輪をじっと見て、シェゾはこう言った。
「……いらん。それはお前にやる」
「え? でも、そんなわけにはいかないよ。返すってば」
「いい。やるっ」
そう言って、その数瞬、シェゾはボクの顔を見た。……あ。
「シェゾ、顔赤いよ」
「!」
ばっ、とシェゾは自分の腕で自分の顔を隠す。と思ったら、脱兎のごとく逃げて行ってしまった。
「ちくしょおおお〜〜〜っ」
とか何とか悪態をつきながら。
アレは……何かヘンなこと思い出してるな。
とっとと忘れて欲しいよ。
そんなわけで、今、ボクの手元には二つの指輪がある。
あんなことのあったものだし、そう気軽に身に着ける気になんてなれないけどね。
「アルルさんっ、あなた、シェゾに指輪を買ってもらったんですって!?」
「う、ウィッチ?」
学校の廊下で、ウィッチに捕まった。
「ど、どうしてそれをウィッチが知ってるの?」
「やっぱり……! ドラコさんの言ったとおりでしたわ。シェゾがぷよまん本舗で指輪を買っていたって……」
あ、カマかけられた。
ウィッチはキッとボクを睨んだ。
「アルルさん、あなた、どういうおつもり?」
「ど、どういうって……?」
「あなた、シェゾとつ、付き合う……とか、そういうつもりじゃないんでしょう」
「えええっ!? そんなわけないよっ」
「だったら、どうして指輪なんか買ってもらうんです。その気もないのに、相手をつって物をせしめるなんて、最低な女のやることですわ。そんなの、この私が許しませんっ」
ウィッチの腕に「風紀」の腕章が見えた……ような気がした。
と、その時。
「アルル――――――っ!!」
ごーっと、衝撃波のような勢いで現れたのはルルーだ。
「あなた、サタン様に指輪を贈ってもらったんですってぇ!?」
「ええ? そ、そんなの知らないよ」
「嘘おっしゃい、キキーモラに聞いたのよっ」
キキーモラ? ……あ、まさか、変身の指輪はサタンのものだったのかな。
「ルルー、その、それは誤解だよっ。この指輪はそんなんじゃなくて……」
「まぁっ、学校にまで持って歩いてるのね。あたくしに見せつけて自慢でもしようって腹づもり!? キィイーッ、その傲慢な態度、許せないわぁっ」
ルルーに傲慢なんて言われたくない。でもっ。あああっ、ルルーがまたキレたぁ――っ。
「まぁっ、ふたまたまでかけてたなんて、ますますもって女の風上にも置けませんわ。お仕置きして、根性入れ直してさし上げますっ」
ウィッチがメテオの呪文を唱え始める。
「二人とも、誤解だってばぁっ」
「「問答無用っ!!」」
二人の声が綺麗にハモる。ひええええーっ。
ボクは学校の廊下を全力疾走で逃げ出した。その後ろを、二人が全速力で追ってくる。
「お待ちなさいっ」「逃がしませんわよっ」
「ふええええん、なんでこうなるの――っ」
校内に、ボクの声が空しく響き渡った。
終わりっ☆