「おい」

 ルルーが去って静かになると、唐突に誰かがそう言うのが聞こえた。

「どこ見てるんだ。こっちだこっち!」

 シェゾの足元に、不機嫌そうな顔でラグナスが立っている。

「……何やってんだ? お前」

「何やってるはないだろ! お前のせいで動けないんだよっ」

 シェゾの足がラグナスの靴を踏んでいた。

 と言っても、ラグナスは別に痛そうじゃない。なにしろ靴は大きくてぶかぶかなので、そのつま先を踏まれても彼自身はどうということもないのだ。

 ラグナスは色んな次元世界を渡り歩いてる「勇者様」だ。でも、目下の目標は「自分に掛けられた呪いを解く」こと。なにしろその呪いのせいで、今の彼は十歳くらいの子供の姿になっちゃってるんだから。お陰で金色に輝く勇者の鎧もぶかぶかのズルズル。ヘッドギアは傾いでしまっている。背中に背負った光の剣はとても重そうで、下手をすると地面に引きずりそうだ。

 シェゾが足をどけると、ラグナスは腰をかがめて靴の汚れを払った。

「ったく、気をつけてくれよな。ちゃんと周り見て歩いてるのか?」

「そりゃ、悪かったな。お前が小さすぎて見えなかったんだよ」

「なんだって?」

 呪いで子供にされているラグナスは、「小さい」とか「子供」という言葉には過敏に反応する。

「お前こそ、足元にいる奴にも気付かないなんて、間が抜けてるんじゃないのか」

「なんだと? このチビガキっ」

「チビチビ言うなっ」

「ホントのことだろ、ガキ」

 シェゾはボクにしたみたいにラグナスの首根っこを掴んでぶら下げる。まるっきり軽んじられたような扱いに、ラグナスは真っ赤になって暴れた。にしても、いくら子供とはいっても鎧だって身に着けてるのに、シェゾも結構力持ちだね。

「ガキじゃない、オレは十七歳だっ」

 ラグナスはシェゾの手を振りほどいて地面に立った。

「もー、あったまきたぞ! 勝負だ、変態魔導師っ」

「誰が変態だっ、クソガキ勇者!」

 あーあ……。二人はケンカを始めちゃったよ。

 ケンカと言っても、ただの殴り合いではない。なにしろかたや勇者、かたや闇の魔導師なのだ。

「ライトスラッシュ!」

 背中の剣をすらりと抜いて、ラグナスが光の斬撃を放った。小さな体で、長い剣を引っかけることなく鮮やかに抜いたのは、流石は勇者といったところだろうか。

「闇の剣よっ」

 対するシェゾは魔剣から放つ闇の波動でそれを相殺。更に波動はラグナスに到達する。

「うくっ」

「フン、話にならんな」

 やっぱり、力負けしているみたい。

 だけど、子供の姿をした今の状態がラグナスの真の力ではないのだ。

「オレは負けないっ」

 ラグナスが剣を目前に構えて集中すると、光がその刀身に輝き出した。光の力が爆発的に膨れ上がる。

 そして、そこにはシェゾに負けない身長の、すらりとした青年が出現していた。黄金の鎧がとてもよく似合っている。

 自分の光の力が極限まで高まった時、呪いが一時的に退けられ、ラグナスは真の姿に戻るのだ。

「行くぞ、ホーリーアロー!」

「望むところだ。フレイムストームっ」

 うわぁあ……。二人は魔法合戦を始めちゃったよ。周りに集まっていた野次馬たちが、とばっちりを恐れてクモの子みたいに逃げ出していく。こんな街中で魔法で戦うなんて非常識だ。……って、ボクもやったことあるからあまり人のことは言えないケド。

「やるなっ」

「フッ、お前もさっきよりはマシだぜ!」

 ……なんだか二人とも楽しそうなのは気のせいかなぁ。男の子ってよく分かんない……。

 でもでも、周りの状況は結構シャレにならないところまできていた。石畳は剥がれてえぐれてるし、壁に穴の空いてるところもあるし。なのに、熱中した二人はそれに気付かないどころかとんでもないことを言った。

「これで決めてやるぜ。ファイナル・クロスをお見舞いしてやるっ」

「なにおっ、ならばこちらはアレイアード・スペシャルだっ」

 わぁあああ〜っ。街中でそんなの使ったら……二人とも何考えてるのっ。

 どっかぁあああん。

 ボクの脳裏に木っ端微塵に吹き飛ぶ町並みが浮かんだ。

 いや、そこまではならないかもしれないけど、にしたってこの辺の建物は無事じゃすまない気がする。

 もうっ、二人ともいい加減にしろってばっ!

 割と早い段階で、ボクはシェゾの肩から振り落とされていたんだけれど……ダッシュ&ジャンプ! 今しも技を繰り出そうと構えたシェゾの指先に、ボクは思いっきり噛み付いたのだった。

 がぶり。

「びっ、…………あだだだだだだだだだだッ!」

 呆気に取られてるラグナスの前で、ボクをぶら下げたまま、シェゾはジタバタと手を振りまわした。勢いでじわじわと後ろに下がることになって、そこで自分たちがばら撒いた瓦礫を踏んづける。バランスを崩して後ろにコケて、更に塀に思い切り頭を打ちつけた。

 ごん!

 ホントにこんな音がしたんだよ。

 ヒュ〜、ガコン! ガランガラン

 続けて聞こえたのは、塀の上に置かれてた木桶が振動で落ちてきて、これまたシェゾの頭を直撃した音だった。

 流石にばたんきゅ〜はしなかったけど、シェゾはくらくらと目を回してる。ちょっと……いや、これはかなり。

「……ぶっ。あははははははははは」

 こらえきれずにラグナスが爆笑した。

「なんだそりゃ、はははははっ」

 涙まで浮かべてる。……気持ちは分かるケド。

 と。おおっ。ラグナスの体がぽんっと縮んじゃった。笑い転げてるのはブカブカの鎧を着た子供。笑って気合が抜けたせいで、光の力のレベルが下がっちゃったんだね。

「……くそっ、いつまでも笑ってんじゃねーよ!」

 頭をさすりながら立ち上がったシェゾは、げしっとラグナスの背中を蹴った。でもラグナスはまだ笑ってる。それから、またちらほらと集まってきている野次馬に、シェゾは怒鳴った。

「お前らも見てんじゃねぇ! 見世物じゃないぞっ」

 いや……見世物だよ。

 とにかく、この場はさっさと去ることだとシェゾは判断したみたい。舌打ちすると、シェゾはそこにあった店の扉を開けて入った。

「ももも〜、いらっしゃいなのー」

 そこはぷよまん本舗だった。

 

 

 ぷよまん本舗っていうのは、食料品から魔導アイテム、服飾品から日常雑貨まで殆ど取り揃えている、まぁ、なんでも屋さん。魔物の商人のもももが同族でチェーン展開している。

「おう」

「サービス期間中なのー。ぜひ買ってってーなの」

「分かった、分かった」

 成り行きで仕方なくなのか、元からここに来るつもりだったのか。シェゾは店内の物色を始めた。

 それにしても、もももは店の外のあの騒ぎを全然見ていなかったのかな。まぁ、いつもにぱーっと笑っているように見えるこの顔じゃ、内心何を考えているかなんて分からないけど。

「……特にいいものは入ってないな」

 暫くしてシェゾが言った。

「おい、店主。他に何かないのか?」

「それなら、掘り出し物があるの〜」

 そう言うと、もももは店の奥から大きな箱を取り出してきた。さぞや大きな物が……なんて思ったけど、ハズレ。箱の中に色んなアイテムが並べられていた。

「ほう」

「これはどれもすごい魔導アイテムだけどー、ワケあってお店には出せない特別品なのー。でもすごい魔力があるものばかりなのー。お客さんには特別にお見せするの〜」

 いかにも商人めいた口上をもももは言った。……けど、それって不良品って事じゃないの? でも「すごい魔力」と聞いてシェゾは目の色が変わってる。……懲りないなぁ。

 ひとつひとつアイテムの説明を受けているシェゾに付き合っていて、ボクは中の一つを目にとめた。何故だか妙に気になったのだ。

 見た感じ、何の変哲もない指輪だ。古風な意匠で、赤い石がはまっている。……どこかで見たことあったっけ?

「この指輪は?」

 タイミングよくシェゾが尋ねた。

「これは、これだけじゃ使えないのー。もう一つの指輪と対にして使うの〜」

「ほう、対があるのか」

「そうなのー、それはどんなものの姿にもなれる「変身の指輪」なのー。だけど、もし何かで元に戻れなくなったら大変なのー。この指輪は、変身の指輪の魔力を消却して、効果を打ち消すことが出来るけどー、この指輪だけじゃ何の役にも立たないのー」

 もももは言った。

「ふーん……。その、変身の指輪はどうしたんだ?」

「どこにあるのか分からないのー。でも、これは普通の指輪としてもなかなかのお買い得品なのー。彼女に買ってあげたらどうなのー?」

「……――なっ。なんで俺がアイツに指輪なんぞ買ってやらんといかんのだっ!? ……って、違うっ。俺には指輪をやるような女はおらん!」

「お客さん、それは寂しいの〜。じゃあ、この指輪をプレゼントするといいのー。それで彼女の心も捕まえられるのー」

「あのな、だからだなぁ……」

 もももが商売人らしい執念でシェゾに食い下がっていたけれど、ボクは殆ど耳に入っていなかった。

 ――変身の指輪。

 そうか、そうだったんだ!

 考えてみれば当たり前のことだったのだ。だって、指輪をはめた途端にこんなになっちゃったんだもんね。

 どうして今まで気付かなかったんだろう?

 ボクは自分の右手を見た。

 指と言うには随分ずんぐり小さくなっちゃったけど、とにかくその薬指にあの青い石の指輪はない。猫になった時に落としちゃったのか、一緒に何かもっと他のものに変化したのか。だけど、この際問題ないだろう。

 それからボクがとった行動は、はっきり言って全く誉められたものではない。だけどボクとしては必死だったし、仕方のないことだと思う。

「あ、コイツっ……!」

 ボクは、シェゾの肩からアイテムの箱の中に飛び降りると、赤い石の指輪をくわえて飛び出した。

「でさァ、言ってやったのよ。この美少女格闘家のドラコちゃんを甘く見るんじゃないわよ、ってね」

「そ、そうなんですか……。ドラコさんってすごいんですね」

 その時ちょうど店に入ってきた女の子達の足元をくぐって、ボクは店の外へ出ていった。

 後ろで、

「あっ、いった〜ぁ! ちょっとヘンタイ、何すんのよっ」「いきなり変態よばわりするなっ! ……じゃない、とにかくそこをどけ!」「なによそれ。女の子に乱暴過ぎない?」「関係あるかっ」「むっか〜☆ ケンカ売ってんの、勝負なら受けて立つわよ!」「あの、二人とも、ケンカは止めてください〜」「ええいそんな暇はないっ」「もももー。あの猫はお客さんの猫なのー。G15,000いただくのー」

 なんて声が聞こえていたけど、すぐに遠く聞こえなくなった。

 どこか邪魔の入らないところに行かなくちゃ。

 元の姿に戻るんだ!

 


NEXT!

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