アイヌの神話は各部族・集落ごとに異なり、「これが最も有名、正統だ」というようなものはありません。同じ神や英雄について語る神話も互いに矛盾しあったり、体系化されていません。ですから、沖縄地方の神話と同じように、幾つかの神話を並べて紹介してみることにしますね。 |
幕末、夕張郡タツコフ
かつて、まだ国土というものがなかった頃、青海原の中に油のように浮いて漂うものがありました。その"気"は燃え立ち、清らかなものは立ち昇って天に、濁ったものは凝り固まって
神々は、乗っていた雲のうち青いところを海の方に投げ入れて言いました。「水になれ!」。すると海になりました。
次に、黄色い雲を投げると土になり、島を覆い尽くしました。
次に、赤い雲を蒔いて言いました。「金銀珠玉器財となれ!」
最後に、白い雲を蒔いて「草木鳥獣魚虫となれ!」と言いました。
こうして様々なものを整えましたが、二柱の神は「誰がこの国土を統率していってくれるだろうか」と心配しました。というのも、世界にはこの二柱の神しかいなかったからです。
その時、二神の前にフクロウが飛んできました。フクロウはその大きな目をパチパチとしばたたかせましたが、それを見た二神はとても面白いと思いました。そして、この時二神で何かをしました。それが何だったのかは語られていませんが、とにかく、それによって沢山の跡継ぎの神々が産まれたのでした。
こうして産まれた神々の中に、
他には、火を起こす神や土を司る神が産まれていました。火を起こす神は粟や稗や黍の種を蒔いて育てることなどを教え(焼き畑農法?)、土を司る神は植物に関する全て、木の皮を剥いで衣服を作ることを教えました。その他にも 水を司る神、金を司る神、人間を司る神などがいて、鮭を捕り、鱒を突き、ニシンを網で捕ったり、様々な工夫を凝らして、その後に産まれた神々に技術を伝えていったのです。
江戸時代、根室ノッカマップの大首長ションコが伝えた話。
大昔、海の中に一つの島がありました。それは今の大雪山の頂で、海から出ているのはそこだけでした。そこに、
日高に伝わる話。
昔、
ところが、国造神が泥海の中の固い土地だと思ったところは、実は大きな大きなアメマスの背中でした。背中に重い荷物を載せられたアメマスが怒って暴れたので、地上は大地震になりました。ようやく事の次第に気付いた国造神は、勇猛な二柱の神にアメマスを取り押さえるよう命じました。二柱の神はさっそくアメマスを取り押さえましたが、あらん限りの力を振り絞ったので、どうにもお腹がすいてたまりません。そこで交代で一人ずつご飯を食べることにしたのですが、一人がご飯を食べ始めると、その隙を見てアメマスが暴れ、また地震が起こります。そんなわけで、神がご飯を食べるとき、この世に地震が起こるのでした。
アメマスは休みなく大きな息をついています。海の水が引いたり満ちたりするのは、アメマスが海の水を飲んだり吐いたりするからです。アメマスが風邪をひこうものなら、大変です。大きなくしゃみをすると大津波になって、海辺の集落を残らずさらってしまいます。
このように、世界はアメマスの上に作られました。ですから、アメマスのことを
また、別の話。
昔、神が世界を創造することを決意したとき、神は助手としてセキレイを地上に下ろしました。セキレイは神がツルハシと斧で開墾した土地を、爪でかき翼で打ち尾を上下して叩いて固めました。今、セキレイが尾を上下させるのは、このためなのです。
また、別の話。
天の神々が集まって、「下って人間の国土を造れ」と命じましたので、国造神は
また、別の話。
昔、世界は一面の泥しかない沼地でした。陸地となるべきものは虚しくその中を漂い、空を飛ぶ鳥もいなければ海を泳ぐ魚もいない、莫寂とした死の世界でした。やがて空の彼方から風が吹き始め、七重八重の雲が現れ、天上の神々が現われました。最も高い天に住む真の造化神は、この世で最初の鳥としてセキレイを創造しました。このセキレイこそが地上の創始者です。
セキレイは真の造化神の命を受け、光の尾を引いて地上に舞い降りました。泥海に降り立ち、勇ましく羽ばたきながら水をはね散らし、足で泥を踏み固め、その長い尾を上下させて地ならしをしました。そのうち乾いた陸地が現れ、水は海となってさざなみを起こしました。
セキレイの働きにより、海に浮かぶ島が出来上がり、列島を形作りました。ゆえに、アイヌは世界をモシリと呼びます。モシリとは「浮かぶ土」という意味なのです。
なお、この世に最初に人間が生まれたとき、セキレイは尾を上下して、夫婦の交わる方法を教えたといいます。人間が地上に繁殖したのはセキレイのおかげなのです。アイヌはセキレイを
国造神は石の槌を作ると、一度天に帰って金の
国造神は虻田集落を作り、それから沖に見えた黄金の島に霧の橋をかけて渡って、黄金の砦に住みました。お嫁さんが欲しいなぁと思ったので、海の神の老夫婦のところに行ってみました。この夫婦には娘がありましたから。けれども老夫婦はそんな思惑を見抜いていて、からかわれて追い返されてしまいました。あんまり親ウケする男ではなかったようです、国造神。
国造りが終わったので、国造り神は天に帰りました。けれども、ある日 虻田集落を見下ろすと、ポィヤンペの家が見えました。半神の大変賢い男でしたので、彼に会いに行きました。ポィヤンペも国造神を大いに歓待して、妹をお嫁さんにくれました。ポィヤンペの妹は着飾って霧の橋をひと飛びして嫁いできました。
それから、国造神は日月を作りました。(お嫁さんとの間に産まれた、ということでしょうか?) 月は男神で黒衣を着せ、日は女神で白衣を着せて、国土の周りを巡らせました。
自分が幸せになると、他人を世話する余裕が生まれるようです。国造神はポィヤンペにお嫁さんを世話してやって、切り立った岩の上の砦に住まわせました。それから、石や木に名前を付けさせたり、毒草の知識などを人々に教えるように指導しました。つまり、自分の地上代行者、地上のリーダーに指名したんですね。やがてポィヤンペにチュプカウンクル(東に住む者)という息子が生まれ、父の跡を継ぎ、ここから人間の男女が広まり始めました。
けれども、幸せなことばかりではありません。
また、別の話。
そもそも北海道は造化神の代理の男女二神に造られたといいます。西海岸を女神、東南方面を男神が競争して造りましたが、女神は途中で姉妹神アエオイナに出会ってつい長話し、男神が終わりかかるのを見て慌てて造ったので、西海岸の地勢は粗雑だということです。
国造神に関する断片的な伝承も幾つかあります。
国造神が支笏湖を造った時、どのくらいの深さに出来上がったのか確かめようと思って入ってみたところ、股間のモノまで濡れてしまいました。海に入ってさえ膝を濡らすこともなかったのに……。怒った国造神は、湖に放した魚をみんな海に投げてしまったのです。残ったのはたった一匹の雌のアメマスで、ですから支笏湖には長い間アメマスしかいませんでした。また、この時 海に投げられた魚のうち、神の親指で頭を潰されたものがアシペプヨという海の怪物になり、漁に出た舟を見ると追ってくるのです。
また、こんな話もあります。
国造神が石狩川の支流の空知川で悪熊に大怪我をさせられたとき、神の妹は泣きながら駆けつけてきました。その鼻水は
また、こんな話もあります。
神が世界創造の仕事を終えて天に帰るとき、六十本もの黒曜石の斧を打ち捨てていきました。時が過ぎ、斧は腐れ果てて、流水に黒曜石の毒が流れ、あらゆる病気がここから生まれて、ことに風邪と肺病が猛威を振るいました。毒の水は流れ流れて湿地に至り、そこに
毒の水は更に流れて、湿地と沼から成る大河、
黒い河が海に注ぎこんで潮水と混じり合うと、恐ろしい屍食鬼などの悪霊を生み出します。これらは夜に樺の皮をこすり合わせるような音を立てて動き回り、人や熊に取り憑いて発狂させたり殺したりします。
不幸にして悪霊に出会ったなら、「世界の果てに住む悪霊モシリ・シンナイサムが、お前のことを小心者だ、打ち懲らしてやると言っていたぞ。いくらお前でも勝てぬだろうから逃げるがいい」と言ってやるといいでしょう。これを聞くと悪霊は腹を立て、モシリ・シンナイサムに
また、こんな話もあります。
国造神が大地を造ったとき、世界の上手の端に まずは
機嫌を悪くした国造神は、木屑をフーッと吹きました。すると、それは
泥の木で失敗した国造神は、今度は春楡の枝で火起こし棒と火起こし台を作り、よく揉みますと、白い煙が立ち昇って
このようにして、国造神は人間に火を授けました。
さて、最初に泥の木の木屑から生まれた魔神たちは、自分たちの方が先に生まれたというのに、国造神が後で春楡の木屑から生まれた善神たちばかり大事にしているのを見て腹を立て、軍勢を作って国造神の城に攻めてきました。国造神は国の上手に住む善神たちにこれを迎え撃たせましたが、戦力は拮抗し、夏六年、冬六年過ぎても決着がつきません。けれども、最後に国造神がよもぎで天の神に似せた人形兵士・ノヤイモシカムイを作って援軍として差し向けると、その活躍は目覚しく、ついに善神たちが勝利を収め、魔神たちは世界の
「我ながら上出来だ。うねうねと連なる山、長々と流れる川、泥の平原に木も植え、草も生い茂った。なんと、いい眺めではないか」
けれども、満足して眺めているうちに、何かが足りないような気がしてきました。
「なんだろう? 何かを造り忘れた気がする。でも、何を作ればよいのだろうか?」
いくら考えても分かりません。国造神は、日が暮れてから夜の神に命じました。
「私は世界を造ったが、何かが足りない気がする。お前の思いつくものを造ってみてくれ」
夜の神は困りましたが、首をひねりながら足元の泥をこね回すうち、泥の人形のようなものが出来上がって、これだ、と思いました。柳の枝を折って泥に通して骨にし、頭にははこべを取って植えました。
「それでは息を通わせてみよう」
夜の神が生き扇で扇ぐと、泥はだんだん乾いて人間の肌になり、頭のはこべはふさふさした髪の毛になり、二つの目は星のように輝いてパチパチと瞬きました。
「これでよい。では、十二の欲の玉を体に入れてやろう」
食べたい、遊びたい、眠りたいなどの十二の欲を与えると、ここに完全な人間が出来上がりました。
けれども、生まれた人間たちは年を取るばかりで、いっこうに増えていきません。というのも、夜の神の造った人間はみんな男だったからです。
「宜しいですとも。私は、昼の輝きのように美しい人間を作ってみせましょう」
そうして昼の神が造った人間は、みんな女でした。
この世に男と女が一緒に暮らすようになると、どんどん子が出来て、人間は段々に数を増やしていったのでした。
こんなわけで、男の肌が浅黒いのは夜の神の手で作られたからで、女の肌が白いのは昼の神の手で作られたからなのです。そして、人間が年をとると腰が柳のように曲がるのは、柳の木を背骨に使ってあるからなのです。
アイヌ社会では、子供が生まれるとお祖父さんが川の堤に行って、柳の木で
「おお、木幣よ、汝は神であるので我らは心を込めて祈る。原始、神が人を造りたもうた時、柳の木を取って人の背骨とした。我らは汝に祈りを捧げる。神聖な柳の木幣よ、生まれた子の将来を守りたまえ」
そうして木幣を生まれた子の枕元に飾って、酒を捧げて祀るのでした。
また、こんな話もあります。
国造神が始めて人間を造ったとき、何を材料にして造ればよいのか、雀を使者にして天の神に尋ねました。天神は「木で造れ」と返事をしましたが、後になって後悔して、やはり丈夫な石で作るにこしたことがない、と思い直しました。そこでカワウソを使者に立てて、急いで下界に派遣しましたが、カワウソは途中で沢山魚のいる淵に差し掛かって、使命を忘れて夢中で魚を追いかけました。そのために伝令は間に合わず、天の神は怒ってカワウソの頭を踏みつけ、カワウソの顔は今のように扁平顔になりました。
もしも人間が石で作られていたなら、人間は不朽の命を持つことが出来たでしょう。とはいえ、木で造られたので、人間は木のように後から後から生長して増えることが出来るようになったのです。
なお、以上の神話とは別に、人間の中には山の神――
熊神系の人間かシャチ神系の人間かを見分けるには、陰毛の生え方を見ます。熊神系の人間のそれは熊のような剛毛です。一方、シャチ神系の人間のそれは両側から長い毛が寄り合って、シャチの背びれのように立っています。それぞれの人間は祖霊神の守護を受け、幸運に恵まれます。
ただし、このような毛を持っていることは、他の誰にも秘密にしておかなければなりません。偶然他の人の毛がそうであると知ったとしても、それをみだりに人に話してはなりません。もしも話したなら、神の守護を失って、幸運を逃してしまうでしょうから。
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色んな話があるけど……やっぱり、日本本土や沖縄の神話に似ているね。最初は海か湿地みたいな世界で、そこに天から神様が降りてきて。海に何か投げ入れて島を作るとか、魚の上に島があって魚が暴れると地震になるとか、セキレイが出てきて尾を振るところなんかも。フロクウの目パチパチはなんだかよく分かんないけど。 | |
やはり、共通した神話を持っている、ということなんでしょうね。 最初に世界が清と濁に分かれるのは中国や朝鮮半島(韓半島)の創世神話のスタンダードですし、セキレイが翼や尾で地面を叩いて国造りの手助けをしていますが、朝鮮半島(韓半島)には巨人が泥の大地を叩いて固めて国を作った伝承があるようですよ。それに、済州島の神話には、世界の最初に青・白・赤・黒・黄の五色の雲が漂っていた、とあります。 原初の海に一羽の鳥が降りる場所を探してさまよい、降りたところから世界が出来た、という神話も、世界中で見ることが出来ます。 |
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でも、似てるって言っても、本土や沖縄みたいに「最初は子産みに失敗する」っていうのはないよね。 | |
そうですね。兄妹の結婚、という要素が希薄な感じです。ですからその点の理屈付け、穢れ払いは必要がないのでしょう。 | |
ふぅん……。国造神も怪我をすると妹が駆けつけてきたりして、妹と仲良しみたいだけどねぇ。 | |
貞操帯も下着も外して置いていってしまってますしね。 | |
ふぇ? | |
それから、目をパチパチするフクロウには、夜に現われる魔物を見張っている番人、 |
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そうなのかぁ……。 それはそうと、ここで出てる話って、「男女の神様」が国を造るか、「国造神独り」が降りてきて造るか、二種類ある感じだよね。 独りで降りてくる国造神は、湿地で最初に降りるところがなくて岩に降りたり、泥海を引っかいて川を作ったり、セキレイとやることが似てるなぁ。 |
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国造神とセキレイは同一人物ならぬ同一神物なのかもしれませんね。 | |
え!? | |
時には鳥のようであったり、巨人のようであったり、兄妹神であったり、オキクルミ、アイヌラックル、サマイュンクル、オイナカムイなどの文化英雄神と同一神であるとされたり、国造神がどんな神なのかは はっきりしていません。 |
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色んな系統の神話があって、その別々の「世界を造った神様」がみんな国造神って呼ばれてるってことなのかな? |
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