ポィヤンペ〜花嫁と六人の悪党


 ポィヤンペは広い館に住んでいました。館の中には金銀の宝が置かれ、その上に積まれた立派な刀の飾りの房がゆらゆらと揺れています。物心付く以前から、ここには彼以外の誰の姿もないのですが、お腹がすけば勝手にご馳走のお椀が並び、眠くなればいつの間にか厚く毛皮が敷かれていて、心わずらうようなことは何もありません。存在しているのは館の外でひゅうひゅう唸っている風の神と吹雪の神、そしてポィヤンペだけ……。それでも彼は独り遊びをしながら朗らかに育っていきましたし、弓矢で遊ぶ年頃になると、群れ飛ぶ蚊をまとめて射抜けるほどの弓の名手になりました。

 そんなある日のことでした。ポィヤンペは積み上げられた宝の上に見慣れないものを見つけました。今まで、こんなものはなかったはずです。金の小袖、細く柔らかな黒・白・赤の糸で綴られたおどし、襟にも裾にも二つ三つの渦巻き模様が彫り込まれた広い平金が打ち付けられています。それは立派な鎧兜でした。更には、つがいの龍蛇の絡みついた意匠の太刀もあります。

 ああ、これは神からの贈りものなのだ。これを着て、一人前の男としてここを出る時がきたのだ。

 そう感じたポィヤンペは、鎧兜を身にまとい、龍蛇の太刀を持つと、長い間過ごした館を出て行きました。小高い丘の上に立って館をかえりみると、長い柵に囲まれた大きな館は朝もやの中に金色に浮かんでいましたが、よくよく見れば柵には鳥が巣を作り、裾周りにはネズミが巣食っていて、いかにも荒れ果てているのでした。ポィヤンペは姿の見えない何者かに育てられてきたものの、この館は長年の間、何の手入れもされてこなかったのです。

 

 館を出たポィヤンペは、一休みして うとうとと眠っている間に不思議な夢を見ました。

「ポィヤンペ、お前には許婚いいなずけがいるのだよ。その娘は美しさ、優しさ、家事の上手さ、礼儀正しさと、あらゆる女の美徳を兼ね備えたいい女ピリカメノコなのだ。

 だが、彼女は六人の悪党の兄たちと一緒に住んでいる。彼女の美しさと女としての徳の高さに惹かれて多くの男たちが求婚に向かったが、求婚者は七人兄妹の住む噴火口沿いの丘の上の広場で女当人と相撲をとらねばならない。悪党の兄たちはそれを見物している。ところが、女は恐るべき怪力の持ち主なのだ。次々と現れる勇猛な若者たちも片端から投げ飛ばされて、噴火口の崖には白骨が累々と重なっている。

 この娘こそがお前の妻に定められた女なのだ……」

 目を覚ましたポィヤンペは、さっそく夢で教えられた噴火口へ向かいました。ところが、途中の山道で、じっと座り込んでいる娘がいます。娘はポィヤンペを見ると、「あなたの目的地まで一緒に連れて行ってください」と言うのです。

(なんだろう、この見知らぬ女は。どうして俺に付きまとって旅の道連れになろうとするんだ? 顔も服もしぐさも並以上に美しくて良い育ちのように思えるが、ここは魑魅魍魎の跋扈する深い山の中。きっと悪霊が化けて俺を騙そうとしているに違いない……)

 ポィヤンペは娘の申し出を断ると、無視して歩き始めました。すると、娘は「ぜひとも」と訴えながら付いてきます。無視したまま歩き続け、日が暮れたのでトドマツの枝葉で狩小屋を作ると、娘はかいがいしく炊事をして美味しそうな煮込みスープを用意しました。自分は小屋には入ろうともせず、ただ貞淑に奉仕して食事を勧めます。毒が入っているかもしれない、と少しだけ飲んでみると素晴らしく美味しかったので、疑いながらも何杯もおかわりしてしまいました。

 夜が明けてポィヤンペが目を覚ますと、小屋の外で寝ていた娘はもう起きて朝食の用意をしています。

(俺の眼力で見ても、この女の正体は見抜けない。しかし、少なくとも化け物の類ではないらしいな。だが、気を許すわけにはいかないぞ)

 ポィヤンペは油断も弱みも見せまいと思い、娘には声もかけずにまたスタスタと一人先に出発しました。その後に貞淑な娘が黙って付いてきます。

 

 こうして、奇妙な二人連れは六つ無数の谷を越え六つ無数の山並みを越えて、とうとう何日目かに目的の噴火口沿いの山上にたどり着きました。そこにはおどろおどろしい噴気の音が響き、ただれ焼けた岩壁の崖の底にはかつての勇敢な若者たちの白骨が乱れ散っています。妖気ただよう赤茶けた噴煙の向こう、広場の土俵の上で、恐ろしい顔つきをした六人の悪党たちが酒を酌み交わす姿が見えます。

 その側に行くとポィヤンペは名乗りを上げました。

「我が名はポィヤンペ。名にしおう高徳の美女、御兄弟の御妹を妻に迎えたく、参上つかまつった!」

 六人の悪党はニヤリと笑うと、「よく来た。では我が妹と相撲をとるがいい。勝てば喜んで嫁にくれてやる」と答えました。どうせこの若者も犠牲になるだけだとタカをくくっていたのです。

 兄たちに呼ばれて姿を現した妹を一目見て、ポィヤンペは圧倒され、心を奪われました。その神々しいばかりの美しさ、ただよう気品、これこそ真に自分のあこがれてきた女性、神の告げた許婚に間違いありません。

(だが、こんなにも気高い女が、どんなわけで悪党たちに混じり、無垢な若者 勇気ある若者 未来ある若者たちを巫神力トゥスと怪力でもってあやめてきたのだろう)

 惚れた贔屓目というものでしょうか、今更ながらに怪しみながら相撲をとろうとすると、それまで影のように黙って従っていた貞女が「待ってください」と進み出ました。

「私に相手をさせてください」

「お前には関係ないことだろう。何を言うんだ」

 呆れて、ポィヤンペは相手にせずに土俵に出ようとしましたが、不思議な娘の決意は固いのです。

「いいえ、どうか私に先に戦わせてくださいまし。私は死んでも構わぬ身。この女の力がどの程度のものか、私との相撲でまずは測ってみるのも悪くはないでしょう。ここは、ぜひ……」

 酒を飲みながらこのやり取りを見ていた悪党たちは喜んではやし立てます。

「こりゃあ見ものだ、女同士でまずやらせたらいい」

 仕方がありません。ポィヤンペが土俵を譲ると、貞女と妹はがっぷと四つに組み合いました。そうしてみると、手弱女たおやめかと思っていた貞女は悪党どもの妹と同等の怪力を発揮し、くんずぼぐれつして勝負が決まらないのです。広場いっぱいに格闘しながら暴れまわる二人の娘は、絡み合ったままついに噴火口のふちを踏み外し、あっ、溶岩の煮えたぎる断崖の底へ……! しかし巫神力トゥスを持つ女同士、サーッと宙に舞い上がると、取っ組み合いはきりがなく続くのです。

(なんという奇妙な状況なんだ……。何もかもがおかしい。原因を突き止めることは出来ないのか?)

 ポィヤンペは自らの眼力(千里眼)を極限まで行使すべく、片目を満月のように大きく見開き、もう片目を針の穴のように小さくして、悪党どもをハッタと見据えました。すると、何かが見えてきます。

 六人の悪党たちは妹が心優しい絶世の美女であることを利用して、この一帯の国土を奪い支配しようと目論んでいたのです。そのために妹に強力な妖術をかけ、彼女に求婚しようとやってくる有望な若者と相撲を取らせては片端から殺し、やがては弱体化した国土を攻略しようという魂胆なのです。

(諸悪の根源は、この悪党どもだったか!)

 そう見て取るなり、たちまちポィヤンペは腰の太刀を抜き放ちました。神の手によるその太刀は、鞘を離れるや閃光一瞬、いかづちがとどろきます。悪党どもは少しも慌てず刃を受けました。若造一人、酒の余興に斬って捨てられるわ、と思っていたのです。しかし打ち合ううちに"強い、こいつは只者ではない!"と気づきます。悪党たちは慌てふためいて、驚きのあまりに口や鼻から魂が抜け出さないよう手で押さえ、

「かくなるうえは、我が憑き神(守護神)に助太刀を頼もうぞ!」と叫びました。

 すると見よ、悪霊が現れ、悪党どもの刀の片側に赤いマムシ、反対側に青いマムシが絡まりました。赤いマムシの口からは赤い炎、青いマムシの口からは青い炎がゴオッと吹き出されます。ポィヤンペはそれを跳び越え、六本の刀の峰を踏んで橋のごとく渡り、悪党どもにとびかかりました。悪党どもは更に竜巻とともにマムシの口から毒の泡を飛ばしますが、ポィヤンペは霞で己の分身を二体三体と作ってはそれを身代わりにかわします。

 長い術合戦が続きましたが、ポィヤンペの装備は全て神から贈られたもの。しかも、彼には正体不明ながら強力な憑き神が憑いているらしい。敵わぬと見た悪党どもは尾根伝いに逃げ出しましたが、今まで殺された何百人もの若者に代わって復讐の鬼と化したポィヤンペはこれを断崖に追い詰め、ついに神刀で六人の首を一挙に刎ね飛ばしたのです。

 たちまち黒雲が湧き上がり、さまよい出た六つの魂は暫しユラユラとただよった後、雷に追われるように西の空へと消え去りました。

 

 悪党どもの魂が飛び去るのを見送ったポィヤンペは、ハタと、女たちの争いはどうなったかと気づきました。妹を操っていた悪党の兄たちはもはや亡く、争う理由はないはず。

 ただちに女たちの格闘現場に駆けつけたポィヤンペでしたが、一歩遅かったのです。

「きゃあーーーーーーーー!」

 長い悲鳴をあげ、ついに力尽きた貞女が煮えたぎる噴火口へ落ちていくところでした。ポィヤンペの到着と同時に彼女の魂は体を離れ、雷鳴とともに一直線に東の空へ去っていきました。愕然としてポィヤンペはそれを見送りました。人が死ぬと、善人の魂は東へ飛び、悪人の魂は西へ飛ぶといいます。では、彼女は真に心正しい、何の裏心もなくポィヤンペに仕えていてくれた娘だったのです。

(……見知らぬ手弱女よ、哀れなお前の魂、東に向かった魂。許せ、その尊い心根を見抜けなかった この俺の眼力を……)

 その時、かの悪党どもの妹、怪力の美女が、呆然とした様子で土俵に戻ってきました。兄たちの呪縛が解け、今ようやく正気を取り戻したのですが、そうしてみると、今まで自分の行ってきた数々の殺害行為が理解できないのです。ああ、それにいかに悪党とはいえ、血の繋がった家族を全て失い、天涯孤独の身となったばかり。ポィヤンペは涙を流し、娘を抱きしめるとこれまでの経緯を語りました。自らの胸の玉飾りを握りながら、娘は己の罪に驚き、嘆きの即興歌を歌いました。

 

   ヤイサマネーナ ヤイサマネーナ

   祖先の神々よ 我が憑き神よ 火の神・水の神よ

   御身たちは そも 誰がためにおわすや

   知らずして犯せし この悪行 この悪行 この悪行 この悪行 この悪行 この悪行

   我を見捨てられしか

   もはや我に残されし術は 地獄に墜ちて 西の空へと消ゆるのみ

 

 歌い終わるなり、娘はポィヤンペの胸から走り出て、自ら噴火口へと……。

「待て!」

 その袖をつかみ、ポィヤンペは娘を引き戻しました。

「許婚殿よ、早まるな。俺とあなたは神の定めた夫婦なのだから、その縁を軽んじてくれるな。

 知らずに犯してしまった悪行の償いに、二人で死んだ若者たちの供養をしよう。その魂が神々の国へ行けるように。

 残された国土が いや栄えるように勤めることこそ、真の償いなのではないか」

 ポィヤンペに説得されてさめざめと涙を流した娘は、彼と新家庭を築くべく、共にポィヤンペの館へと帰っていったのでした。

 

 ポィヤンペの館に帰ると、女性の美徳をことごとく持ち合わせた新妻は、古い館を磨き上げてたちまち新築同然にしてしまいました。こうして満ち足りた日々が過ぎたある夜、ポィヤンペは不思議な夢を見ました。あのポィヤンペを助けた貞女、山上の格闘で死んだ謎の娘が夢枕に立ち、こう語ったのです。

「お聞きなさいポィヤンペ。私はワシ王の姫です。父王の命であなたの尊い使命を力の及ぶ限り助けようと、あなたが幼い日より 食事の世話 衣服の世話 戦い方の教授など、姿こそ見せないものの常に付き添って行ってきました。

 こうしてあなたを育てたのは、あなたの両親がワシ神を心から敬い、大切に祀ってきたからです。ですから、あなたが生まれてまもなく彼らが亡くなると、父は恩返しとして私を遣わし、あなたの世話をさせたのです。

 あなたが六人の悪党を退治しに出かけたときには、ワシ王自身が助太刀に出るつもりでした。けれども仕事があり、老体でもあります。ですからやはり私が行き、かりそめの姿を現してあなたの命を守ったのです。

 ですからポィヤンペよ、神の定めた夫婦よ、我が父王の御心を決して忘れることなく、何かあれば拝み祈りなさい。父王も私もあなたたちの憑き神として子々孫々まで守護しますから」

 ポィヤンペは何か一言答えようとしましたが、夢枕のワシ姫は立ち昇る煙のように消えてしまいました。

 目覚めたポィヤンペは妻に全てを語ると、ワシ王父娘の神に感謝し、かつ、妻の過去を詫びるべく、盛大な祭りを開催しました。その規模は近隣にかつてないほどでした。

 やがて子供たちが生まれ、孫たちが生まれ、ポィヤンペ夫妻は老いましたけれども、ワシ姫の言葉を決して忘れることはなく、何かがあれば拝み祈り、子々孫々までそうするように語り伝えたということです。




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 おおー! 守護神召喚でアイテム強化したり、火や毒を吹いたり、女の子たちが空を飛びながら格闘したり、なんかスゴイ、面白い。マンガみたーい。
 昔から伝わる話だからって今の時代の話と違ってたり、古臭いってことはないんだね。いつの時代のどこの人も根っこは同じなんだ……。
 ポィヤンペの物語は数多く存在し、まとまりはありません。せいぜい、赤ん坊の頃に両親と死に別れる辺りが共通していることが多いくらいでしょうか?
 なお、ポィヤンペの名は「小さな・年少の内陸人」というほどの意味で、まぁ、「陸の若大将」とでもいったところでしょうか。
 ポィヤンペが、魔神と同じ顔をしてるね。片目を満月みたいに開いて片目を点みたいに小さくして。これって、千里眼でものを見るためだったんだ。
 けど、ポィヤンペって人間のはずなのに、超能力とか持ってて不思議な感じ。神様に育てられたからなのかな?
 アイヌラックルが「人間のような神」なのに対して、ポィヤンペは「神のような人間」なのですね。
 さて、まだまだ物語は無数にありますが、これでアイヌの神話は終わりです。興味のある方はそれぞれで調べてみてくださいね。
 次回からはいよいよ日本を出て、海外の神話になります。


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