洞穴の中の兄妹


 石垣島に伝わる話。

 昔、日の神テタン ガナシがアマン神に国作りを命じました。アマン神は天の七色の橋の上に立つと、大海に土石を投げ入れて天の槍矛でかき混ぜました。こうして出来たのが八重山の島々です。

 島には阿檀アダンの木が生い茂っていましたが、人も動物もいませんでした。はじめに、阿檀の林の穴からやどかりアーマンチャーが現れましました。次に、神が天から人種を降ろすと、人間の男女が出てきました。

 この男女は結婚の方法も知りませんでした。神は、それぞれ反対方向に池の周りを巡るように男女に命じました。命じられたとおり巡って行った二人は、出会ったところで思わずぶつかって抱き合い、そのまま夫婦の契りを交わしたのです。

 こうして三男次女を産み、ここから人間が増えていったのでした。

 

 また、沖縄県に伝わる別の話。

 太古、浜おもとサデフカの芽が生い茂り、やどかりアマンザが地を這い、うずらウッチャが空を駆け、最後に人間の兄妹二人がこの世に現われました。兄妹は浜おもとサデフカの芽を摘み、やどかりアマンザを取り、うずらウッチャの卵を取りして、仲良く暮らしていました。

 ところがある時、油の雨が降り注ぎ、流星が落ちて火を吹き、地上は一面の火の海になりました。兄妹は命からがら逃げ延びて、山頂の浜ひさかきホーキナーの大樹のうろに隠れました。続いて大津波が襲って、山野は一面の泥の海になり、山頂の浜ひさかきホーキナーの大樹だけが残ったのでした。

 津波が引いてから、兄妹が大樹のうろから出て山を降りようとすると、一柱の神が現れて兄妹を案内しました。神の後ろに妹が従い、妹の後ろに兄が続き、こうして山を降りていくと、石につまずいて妹が転び、妹につまづいて兄も転び、兄は妹の上に倒れて二人は抱き合う形になりました。二人は結ばれ(神様の目の前でヤッたんですか……)、妹は子を孕んだのです。

 こうして、最初に現われた兄妹の交わりにより、この世に人間が増えたのでした。

 

 波照間島に伝わる話。

 人々が背徳的な暮らしをしていたので、神は人々を滅ぼしてしまうことにしました。けれども信心深い兄妹二人だけは洞穴に逃がし、洞穴の口を白金の鍋で塞ぎました。その間、外には油の雨が降り、大火となって全てを焼き滅ぼしたのです。

 ただ二人助かった兄妹は、やがて結婚して子供を生みましたが、それは魚のような子でした。住んでいる場所が悪いのだろう、と二人は洞穴から出てその上に転居しましたが、そこで生まれたのはハブ(毒蛇)のような子でした。また転居して小屋を建てて住みました。ここに至って、ようやく人間の子供が生まれました。女の子で、新たな女アラマリヌバーといいます。彼女が波照間島の人間の祖となったのです。

 

 奄美 徳之島 伊仙町小島に伝わる話。

 昔、伊仙町の暗河クラゴーという鍾乳洞ガマに、夫婦の契りを結んだ兄妹が住んでいたといいます。あまりに仲睦まじいので周囲の人も咎めることがなく、二人は子を沢山生んで小島の村を開いたそうです。

 けれども、別の説ではこうなっています。

 昔、イーリウナリがいました。ある日、兄は妹に草履サバを二つ渡し、

「綺麗な方は俺の恋人にやってくれ。残った方はお前にやるから」と言いました。けれども、妹は綺麗な方の草履を自分のものにしてしまったのでした。

 ある日、妹は綺麗な草履を履いて暗河に水を汲みに行きました。兄が洞穴の前を通りかかり、綺麗な草履が脱いで置いてあるのを見て、てっきり中にいるのは自分の恋人だと思いました。それで、中に入って暗闇の中で女を捕まえ、契りを交わしてしまったのです。

 実の兄と交わったことを恥じ、妹は身を投げて死にました。今でも、彼女はウナリ神として洞穴に祀られています。




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 んー……。この四つの話、似ている話のような、なんだか違うような。とりあえず、みんな兄妹が穴の中から出てくるか、中に隠れるけど。なんでかなぁ。
 元々「兄妹が結婚して人間の祖となった」というエピソードがあって、それが時代や場所ごとにアレンジされて変化していったんでしょうね。聖書のアダムとイブだって兄妹ですし。
 石垣島の話の二人は、結婚の方法も知らないんだね。ぐるぐる巡って出遭ったところで結婚するのって、日本本土の神話の伊邪那岐と伊邪那美みたい。
 そうですね。波照間島の話も、やはり伊邪那岐と伊邪那美と同じ系統の神話といえるでしょう。兄妹で結婚して、最初は正常な子供が生まれないところなど同じですし。
 沖縄地方の類話には、結婚の方法を知らない兄妹が、イモリやジュゴン、バッタやカモメの交尾する様子を見て学ぶものも多くて、本当によく似ています。
 それって、どっちかがどっちかの神話を真似してるってコト?
 いいえ。似ているのは「どちらかが影響を与えた」からではなく、「持っている神話が同じ系統に属している」からだ、と言われていますね。……波照間島の伝承ととても似た話は、台湾や中国南部、インドネシアにも伝わっていますよ。
 神様が人間を滅ぼして二人だけ生き残るのは、聖書の「ノアの方舟」みたいだね。
 そうですね。ノアの方舟系統の、「大洪水で人間が滅んで一組の男女だけが生き残る」神話が世界中にあることはよく知られています。中でも、中国や東南アジアに伝わるものは、生き残った男女が兄妹であり、その結婚で生まれるのが異常児であるなど、沖縄地方に伝わっているものとかなり近いです。
 波照間島の話では兄妹は白金の鍋の中に隠れて助かりますが、中国や東南アジアに伝わる類話には、金属製の太鼓や箱に隠れるものがあります。――金属製の箱に隠れた者は沈んで死に、木の箱に隠れた者だけ浮いて生き残るんですけどね。
 また、中国のイ族の伝承では、洪水で世界が滅ぶ前に、大火で一度世界が滅んだことになっています。……洪水の前に世界が大火で滅んだとするのはアステカ神話でも同じです。イ族の伝承では、世界が火に覆われた時、一組の男女が洞窟に逃げ込み、その入り口を水気のある木が倒れて塞いだので助かった、とされています。北欧の神話でも、いずれ世界が火に包まれて神々もろとも滅ぶとき、唯一焼け残る大樹ユグドラシルの中から一組の男女が現れる、と予言されています。
 あっちもこっちも似た話でいっぱいだぁ……。これって、どういうこと? 世界が水で滅んだり火で滅んだりしたことが、昔本当にあったのかなぁ? それとも、伝言ゲームみたいに同じ話をどんどん伝えて、地球一周したのかな。
 本当にあったことだ、という説を唱える人たちもいますね。実際のところはわかりませんけれど。
 これらの類話では、洪水や大火、戦争といった災害や人災で世界が滅ぶというのがセオリーですが、沖縄のような島々では、「大津波で他の島民は皆死んだ」「どこか別の場所から無人島に漂着」というバリエーションもあります。この設定での類話は、八丈島にも伝わっているんですよ。
 元々海に囲まれている島ならではのアレンジなんだね。
 ところで、アマン神の立ってた天の七色の橋って、もしかして虹? 伊邪那岐と伊邪那美の立ってた天の浮橋に似てるけど、もしかして、それも虹のことかなぁ。
 そういう説もありますね。
 ところで、大海原に天から石を落としたり砂を撒いたりして陸地を作る神話は、世界中で見ることが出来ます。反対に、水の底の土を取ってきてそれを撒いて陸地にしたり、水の底から陸地を釣り上げたりする話もあります。
 んん……。そういえば、島建国建は波に海の底の土を巻き上げてもらって、それで島を作っていたよね。波にぷかぷか浮いてる浮島だったケド……。
 最初に作られた島は出来損ないだったわけです。そこで、島釘を刺して固定し、完成させます。壱岐や大分県の姫島などにも同様の伝承が伝わっているんですよ。島が生きて暴れまわっていたため、神がそれに杭などを刺して固定した、と。
 島が生きて暴れてたの!?
 大地が魚や亀、ワニや蛇などの巨大な水棲生物そのものだった、とする伝承も世界中にあります。沖縄地方では、一般に大ウナギが大地だったと考えられています。同様の伝承は日本本土にだってあるんですよ。
 ほへ?
 ホラ、ナマズが暴れると地震になる、って言うでしょう。
 ああっ!!
 日本の下には大きなナマズがいて、それを鹿島明神が要石で押さえつけて動かないようにしている、と言い伝えられているんですね。
 要石が島釘なんだね。
 ちなみに鹿島明神は、日本本土の神話に登場した建御雷神のことです。
 パッと見は違うみたいで、日本本土の伝承も沖縄の伝承も繋がってるんだね。……けど、最後の徳之島の話みたいなのはどうかな?
 これも、よく似ていて、かつよく知られた伝承が日本本土にありますよ。道祖神の伝承ですね。兄妹がそうと知らずに関係を結んでしまい、恥じて自ら死ぬ――これまた、日本に限らず、世界のあちこちでよく似た話を見ることが出来ます。例えば、フィンランドの叙事詩「カレワラ」にも、生き別れの兄妹がそうと知らずに出逢って関係を結び、二人とも自殺するエピソードがあります。ただ、日本の話の場合は、死した二人を祀って神にしているわけですけど。
 徳之島の話では死んで祀られたのは妹だけですが、日本本土でも、福岡や長崎に伝わる道祖神伝承では、死んで(殺されて)祀られたのは娘だけです。
 どこまでいっても繋がってるんだね。なんだかスゴイ!


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