シェゾと別れて、ボクは9階に戻った。他の階へ移動できる仕掛けはなかったし、ここで新しいスイッチを見つけたので、その結果を見たかったのだ。

 思った通り、9階の開かなかった扉が開いていた。扉の奥には転送の魔法陣がある。

 この魔法陣で移動できるのは…多分11階。

 ボクはマップに新しいページを追加して、11Fと書いた。

 11階は、回転床とワープゾーンだらけの階だった。それに苦労しながら進んでいくと、壁にプレート。

"供物を探すことができないならば、どんなに回っても意味がないだろう"

 前の階にあったのと、また似たような事が書いてあるなぁ…。

 すぐ右にまたプレート。

"供物を探すことができないならば、どんなに回っても意味がないだろう"

 ……同じコト書いてあるよ…。

 って、甘かった。

 他にももう一個所、全く同じ事の書いてあるプレートがあったのだ。とどめは、次の階へ行くための扉。

"供物を手に入れられないならば、ここから永遠に抜け出せないだろう"

 しつこぉおおおいっ!

 

「えーん、えーん…」

 どこからか、泣き声が聞こえてくる。

 あれれ、誰が泣いてるんだろう。

 泣き声を頼りに行ってみると、床に小さな女の子が座り込んでしくしくと泣きじゃくっていた。

 こんなところに、子供?

「ねえ、こんなところで何故泣いてるの?」

 ボクは声を掛けた。

 女の子が顔を上げた。大きな緑の瞳。……耳がすごく尖っている。エルフ系の種族なのだろう。

「怖いよ〜」

 そう言って、しくしくと泣く。

「どうしたの、何が怖いの?」

 一体どうしたって言うんだろう?

「おばさん」

「おばさん? どこのおばさん? 叱られたの? 泣いてちゃ分からないよ」

 すると、女の子はチラリとボクを見て、わざとらしく大声で泣き喚いた。

「え〜ん、このおばさん、怖いよー!」

「なっ…。誰がおばさんだよ!」

 ボクはまだ、16歳のうら若きオトメだぞっ。

 女の子はぱっと起き上がった。その顔はけろりとしていて、涙の跡さえない。これって、嘘泣きだ!

「きゃはっ。ひっかかったぁ〜」

「ちょっ…。キミねぇ!」

 ムッとして、何か言おうとしたけど。

「シュートっ」

「きゃあっ!?」

 女の子がボクめがけて矢を放ったから、それどころじゃなかった。おもちゃの弓なんかじゃない。その子の身長くらいある大弓なのだ。当たったらシャレにならないよぉ。

「何するんだよ! 危ないじゃないか」

「えぇ〜ん、おばさんが怖いよー」

 むっきぃいい。まだおばさんって言うかぁあ!

「悪いコにはおしおきするからね! アイスストームっ」

「きゃーっ」

 女の子は悲鳴を上げる。でも、さしてこたえてないみたい。もう一度弓を構えて、キリキリと弦を引き絞る。

「ファイヤー!」

「ああっ!」

 炎が弦を焼き切った。思いっきり引き絞っていた女の子は、バランスを崩してひっくり返った。弾みで折れてしまい、弓はもう使い物にならない。

「いたずらでそんなもの使っちゃ駄目なんだからね!」

「あぁ〜ん。ごめんなさーい。アーちゃん、もうしません〜」

 泣いて謝ってる。…ちょっとやり過ぎたかな。

 と、思ったら。

 あっかんべー。そんな顔を見せると、あっという間にいなくなっちゃった。

 ま、また騙されたっ。くやしいよぉ〜〜!

  

 

 12階。

 転移してすぐの正面に、プレートがあった。

"関連する四つの単語を探して、ろうそくの灯をつけてみろ"

 四つの単語?

 この階は、長い回廊状の通路がぐるりとフロアの外周を一巡している。内側に、西に一つ、東に二つの扉があるけど、三つとも鍵がかかっていて開かなかった。

 四つの単語って…どういう意味なんだろう。

 プレートの隣には、別のプレートが二つ。

"木こり"

"ゴードウ王子とプンカン姫"

 ……なんのこっちゃ?

 歩いていくと、北の突き当たりにもプレートがあった。

"難しく考え過ぎるな"

 難しく考えるなって言ったって…。

 そもそも、何のことだかちっともわからないよ。

 ぐるぐると、ボクは回廊を回った。

 そして見つけたプレートは、次の通り。

"お嫁入り"

"万年松"

"道具"

"強い獅子"

"修繕"

"自然保護"

 関連する単語っていったって…見事なまでにバラバラだよねぇ。そもそも、この通路にろうそくなんてないぞ。

 うーん…うーん…難しく考えちゃいけないんだよね…。

 と。魔物が現れた!

「オラオラオラァー!」

 ふくろうみたいなくちばしと、熊みたいな体を持った魔物。アウルベアだ!(まんまな名前だけど)アウルベアは血走った目でボクを睨んだ。

「おいお前、誰の許しを得てここにいるんだ? オラァ」

「許し? 別に、誰にも許してもらってはないけど」

「ここはなァ、俺様のナワバリなんだよ。俺様の許可なく立ち入った者は、もれなく痛い目にあってもらってるんだぜ」

 長い爪を伸ばし、わざとチリチリ音をたてて打ち合わせる。

「そんなの…。ボクは、ただここを通させてもらいたいだけなんだよ。ここにいるのなんて、ほんのちょっとじゃないか」

「その割に、さっきから随分とこの辺りを回ってるよなぁ?」

「うっ…」

「とにかく、ここを通りたければ俺様と戦え。俺様に勝てたら、ここを抜けるヒントでも何でも教えてやるぜぇ」

「ホント!? 約束だね? よーし、ボク、挑戦を受けるよ。キミに勝って、約束は守ってもらうからね!」

「ふん、やれるもんならやってみやがれ。オラァー!」

 アウルベアとボクは戦った。アウルベアの攻撃は、長い爪と強い腕を使った引っかき攻撃。めったやたらに振り回し、切り裂き続ける。しかも、時にはその爪に、炎や冷気、雷を帯びてることがあるんだから厄介だ。

「ダダ ダイアキュートっ」

「オラオラァ!」

「きゃああっ」

 二の腕に焼き付くような衝撃が走る。氷を押し付けられたように感覚がなくなった。

「ファファファファ ファイヤー!」

「ふんっ」

 げげっ。必殺の一撃だったのにアウルベアはさっと身をかわす。

「お前の攻撃なんか、俺様にはお見通しなんだよっ」

「………」

 だんだん痛み始めた腕を抱えながら、ボクは呼吸を整える。

「何故だか知りたいか? 知りたいよなぁ! 俺様は、人の心が読めるんだぜ!」

 別に知りたいとも言っていないのに、アウルベアは鼻の穴を広げて言い放った。

「だから、お前は絶対に俺様には勝てない。分かったら、お祈りでも捧げてるんだな、オラァ」

「……の割に、今ボクが考えてることも読めてないと思うケド…」

「なにぃ!? 俺様に読めないことなんてなぁい!」

「ふぅん。じゃ、キミは誰の心でも、カンペキに読むことが出来るんだね?」

「おう! 当然だぜ」

「それじゃ、カーくんの心を読んでみてよっ」

 ボクは、カーくんを両手でアウルベアの前に突き出した。

「ぐ」

「何を言うかと思えば、こんな何も考えてなさそーなヤツの心を読むのはアサメシいやメザマシ前だぜ!」

 アウルベアは、じっとカーくんを見つめた。

「………」

 カーくんは、つぶらな瞳を開いて大人しく見られている。

「……………」

 アウルベアの目が、だんだん血走ってきた。

「…………………」

「ぐぅ!」

 ビクリ!

 カーくんの一声に何故だかアウルベアは飛び上がる。

「やっぱり、読めないんだ?」

「チクショウ! 俺様に読めない心があるはずがねぇ〜〜っ!! 何かの間違いだ! っていうかコイツおかしいんじゃねぇのかっ!?」

「失礼だなぁ。言わせてもらえば、キミは今ボクが考えてたことだって読めてないよ」

「何ぃ?」

「ファファファファ ファイヤーッ」

「だぁあああっ」

 アウルベアが脂汗を流している間、ボクは小さく魔力増幅の呪文を唱え続けていたのだ。

「お許しをぉ〜っ」

 毛並みがチリチリになったアウルベアは、泣きながら逃げていく。

「あっ、待ってよ! ここの謎を解くヒントを教えてくれるんでしょ!?」

「単語の最初の文字と最後の文字を注意して見ろよ。ちくしょう〜〜」

 アウルベアはいなくなった。

「最初の文字と最後の文字に注意、だって」

「ぐー」

 ボクは、マップの隅に書いておいた単語の、最初の文字と最後の文字に印をつけていった。

 

 ーどうおうじとぷんかんひ

 よめい

 んねんま

 

 よいし

 ゅうぜ

 ぜんほ

 そっか。これ、しりとりになってるんだ!

 北側のプレート、つまり万年松から時計回りにスタートすると、四つの単語がしりとりで繋がっていた。なるほどね。確かに難しく考えることじゃなかったよ。

「それはいいとして…それでどうするんだろ?」

 ろうそくに火を点けろといわれても、肝心のろうそくが……ああっ!

 困り果ててプレートの壁に寄りかかったボクは、ようやく、目の前の壁に白いスイッチがあるのに気が付いた。見れば、単語の書いてあるプレートのむかいには全てスイッチがあるみたいだ。

 もしかして…ろうそくって、このスイッチのこと?

 試しに、ボクはスイッチを押してみる事にした。

 万年松…強い獅子…自然保護…ゴードウ王子とプンカン姫。

 その順番で全てのスイッチを押し終わった時。

 ピンポーン!

 正解です、と言わんばかりにチャイムの音が鳴り響いた。

「やった、問題が解けたよ」

「ぐー!」

 鍵のかかっていた三つの扉全てが開いていた。西の扉の中には赤く輝く鍵。東の扉の一つにはまた白く輝くプラチナの鍵があって、もう一つの扉はフロアの内側へ続く扉だった。内には宝箱が二つ。ボクは赤い唐辛子と、青いハッカあめを手に入れた。

 ……なんだか、不思議な気が漂っている。これも「供物」なのかな?

 宝箱と同じように、扉も二つ見つけた。……うーん、一方には鍵がかかっていて開かないや。赤い鍵やプラチナの鍵じゃ開けることが出来ない。とりあえず開いてる方に行ってみよう。

 扉の奥には転送の魔法陣があった。すぐに行き止まりになって全然先へ進めないみたいだったけど。壁の鍵穴に赤い鍵を差し込むと、壁が開く。進むと、また行き止まり。ここはプラチナの鍵で開いた。突き当りにスイッチ。

 これを押したら、もうここから行ける場所はないみたいだ。

 引き返して12階に戻る。

 多分、これで閉まってたもう一つの扉が開いてるんじゃないかな?

 ボクが、その扉に手をかけようとしたとき。

 ヒューーーッ ズシーン!

「ごべえぇええ!」

 突然、上からまものが降ってきた!

 まものは、鳥みたいな、獣みたいな、悪魔みたいな、不思議な姿をした巨大な魔物だ。本当の名前をなんて言うのかは誰も知らない。大抵はみんな、「まもの」と呼んでいる。もしかしたら、言ってはいけない禁忌の名前なのかもしれない。

「ごべぇえええ!」

 それにしたって、このお城でこれまで遭遇した魔物の中で最も厄介な相手だというのは間違いない。

「はべぇえええ!」

 気を引き締めてかからないと。

「ふべぇえええ!」

 ……………。

「……えぇ〜〜ん!」

 何故かまものは涙をだらだら流して泣き出した。

「ど、どうしたの!?」

「ごべぇえ」

 泣きながら、まものは何かを訴えている。

「別に、ボクはキミのことを無視したワケじゃないよ。ただ、色々考えていただけで…」

「ごべ?」

「うん。だから元気出して!」

「ごべぇ!」

 まものは元気になったみたいだ。

 ……って、何でボクがまものを励まさなきゃならないんだろう?

「ごべぇえ!」

 まものが襲い掛かってきた。

「ダイアキュート!」

 ボクは魔力増幅の呪文を唱える。こいつには、生半可な威力の魔法は通用しないのだ。気合いを入れなくちゃならない。

「ダダ ダイアキュート!」

「ごず!」

「ううっ」

 まものの魔法攻撃。そう、こいつはかなり強力な魔法を使ってくる。直撃はしなかったけど。さっきアウルベアにやられた傷が、またじんじんと痛みを主張し始める。

「ダダダダ ダイアキュート!」

 でも、ヒーリングをかけているゆとりはない。…次で倒さないと!

「めず!」

「きゃあああっ」

 再びの魔法攻撃に、思わず悲鳴を上げてしまった。一瞬足元が揺らめく。次を受けたらダメかもしれない。このっ…!

「ファファファファファファ… ファイヤーっ!」

「がはぁあああっ!」

 会心の一撃!

 自分でもビックリするくらいの炎がまものを焼き焦がす。

 涙を滂沱と流しながら、まものはばたんきゅ〜した。

  

「うぅ…」

 なんとかまものは倒したものの…。

 全身がズキズキと痛む。これはヒーリングでは追い付かないダメージだ。第一、魔力自体も心もとない。

 このお城に入って数時間。ボクはもうへとへとだった。

 回復アイテムを使えばいいんだろうけど…。このお城にあるショップでは、あまりいいものを売ってないのだ。ここから買いに戻るのも面倒だし…。今後何があるのか分からないんだから、なるべくアイテムは使いたくない。

 けど、このままじゃ先にも進めない…。

「ぐっぐー!」

「え? 何があるの、カーくん」

 カーくんが指差す方向に行ってみると…。

「あっ、回復の泉だ!」

 この泉の水には強力な回癒効果がある。

 泉の水を飲んで、元気百倍! ボクは扉をくぐり、魔法陣で跳んだ。

  

 

 跳んだ先は、さっき歩きまわった13階の南側みたいだ。転移したすぐ隣に、少し違うデザインの扉があったけど、開かない。これも、ワープゾーンから移動した先にあったスイッチで開けられるものだった。

 さて。

 この階では、ボクは更に二つの供物を見つけていた。セリとよもぎ。

 今までに見つけた供物を全部数えてみる。……五、六、七……八つ。八つ全部ある。シェゾの言ってたことが正しいなら、これで供物は全部揃ったんだ。

 と、いうことは…多分、次の階が最後の関門になる。

「よぉーっし、がんばろうね、カーくん。一番でクリアして、願いを叶えてもらおう!」

「ぐー!」

 ボクらは、扉の奥の魔法陣に乗った。

  

 

 最後の階。

 そこは……流石に、これまでの階とはどこかが違っていた。

 やけに静まりかえってる気がする。…それでいて、奥底の方ではざわざわと騒がしいというような……。

 真っ直ぐ通路が伸びていて、突き当りに黒い扉がある。扉の横には台があり、何かが置けるようになっていた。

 扉に文字が刻んである。

"黒い玉をここに捧げよ"

 ここに置くんだよね。

 ボクは台の上に黒い玉を置いた。一瞬、キラキラと台が輝く。

"扉は開かれた。進むがよい"

 扉の文字が変わっている。音もたてず、黒い扉が開いた。

 扉を抜けると、また長くて細い通路。突き当りに同じような台と扉が見える。

 この調子で、一つずつ扉を開いていくみたいだ。

 なんだか、随分と仰々しいなぁ…。

 次の扉に捧げるものはきのこだった。そこを抜けると、次は銀のベル。

 どうやら、ここは細い通路がぐるぐると渦巻き状に中心に向かって進んでいく構造になっているようだった。

「……あれ? 誰かいるよ」

 幾つかめの扉の前に、誰かが寄りかかって眠っている。東の国のおサムライさんみたいな甲冑を身に付けた巨大なもぐら。サムライモールだ。

「どうしてこんな所で眠ってるんだろう。……生きてるのかな?」

「ぐー」

 ボクはサムライモールを覗き込む。だって、供物を捧げる台のところに眠っているから、はっきりいってジャマなのだ。

「ねぇ、起きてよ」

 揺さぶってみる。

「うーん、ムニャムニャ…。…はぁっ、そなたは!?」

「あ、起きた」

 目を覚ましたサムライモールは、何故か物も言えないくらいに驚いている。

「ちょっとそこどいてよ。これを置きたいから」

「そ、そなたは………、サムライでござるな!?」

「へ?」

 ……何を言い出すんだ?

「拙者に気配を感じさせずここまで近付くとは。さぞや名のあるサムライであろう!」

「何言ってるんだよ。ボクはサムライじゃなくて魔導師。そりゃ、まだ卵だけど。ボクはアルルって…」

「ぬぬぅ! マドーシとはいかなる流派でござるか!?」

「だから、ボクはアルル…」

「拙者、一流の剣客を目指して武者修業中の身。いざ、お手合わせを申し込むでござる!」

「だーかーらぁ!」

「勝負!」

「もぉおおおっ、話をちゃんと聞いてよ〜〜っ!!」

 結果は。

 もぐらは、割と弱かった。ファイヤーとライトニングでばたんきゅ〜。

「こ、降参いたす…」

「これからは、人にむやみに襲い掛かっちゃダメだよ」

 そう言って、先に進もうとしたんだけど。

「拙者、感動したでござる。そなたのその強さ、心映え。サムライとはかくあるべき者でござろう」

「うん。分かってくれたらいいよ、じゃあね」

「かくなるうえはそなたの弟子となり、真の武士道について学びたいと思うでござるよ!」

「へ?」

「ぜひぜひ拙者を弟子にして下されっ。否と言っても付いて行くでござるよ」

「ち、ちょっとぉ。ボクはお弟子なんていらないよー!」

「待ってくだされー!!」

 もぉおおお、やっぱり、全然人の話を聞いてなーいっ!

 

 どうにかもぐらを振り切って、ボクはフロアの中心部、最後の扉の前に立った。

 ここで最後…だよね?

 扉自体は何の変哲もない。これまでと何ら変わりのない、ただの扉だ。

「ボク達、ちゃんと一番で辿り着けたのかな?」

「ぐぅ?」

「うん、とにかく入ってみよう!」

 そして、ボクは扉を開けた。



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