………………。
気が付くと、相変らず辺りは真っ暗だった。
目がおかしくなったのかな? なんだか、小さな光がチカチカと瞬いている。
「……!?」
違う!
ボクははっと身を起こした。
光っていたのは星。部屋の壁や天井が吹き飛んでしまっていて、夜空が見えていたのだ。
お城に入っていた間に、外はすっかり夜になってしまっていたらしい。
……そういえば、公主は?
見回したけれど、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
また、眠りに就いたのかな……。
「ひょっひょっひょっひょ……」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、誰かがすごく変に笑っている。
「ぐー!」
「え…ええっ!?」
ボクは目を瞬いた。
だって。空に浮かんでいる、大きな金色の満月。笑っていたのは彼(?)だったのだ!
「ひょっひょっひょ−! エリーシオン城の秘密を解いてここまで来るとは、本当に大したものです。ひょっひょっひょ〜」
な、なんてシュールな…。
それとも、ボク、まだ寝てるのかな?
「ひょっひょっひょ。これは夢ではありませんよ」
ほっぺたをつねっていたら、お月様がそう言った。
「夢じゃないって……じゃあ、本当に月が喋ってるの?」
「そうですとも。ひょっひょっ」
「……ボク、キミに見覚えがあるよ」
「ぎくぅっ!」
「キミ、ちょっぷんだね!」
空の位置から動かないままズッコケるという、器用な技を月は見せてくれた。
「ちっがーう! 私はそんな者とは一切関係なぁいっ!!」
だって……。四角い眼鏡といい、ヘンな笑い方といい、そっくりなんだもん。
「くぅ……このデザインには問題があったか……。結構独創的でイイと思ったんだがなぁ」
「あのぉー、お月様? それで、ボクに何か用があるの?」
「お、おおっと。オホン。勿論、私はあなたの願いを叶えてあげるために現れたのです。ひょっひょっひょ〜」
「ボクの願い?」
「あなたは、見事にこのエリーシオン城の秘密を解き、誰よりも早くクリアしたのです。…この城に封印されていた、眠れる公主を倒したあなたは、その大魔力を受け継ぐ資格を得たのですよ。ひょっひょっ」
「大魔力を受け継ぐって?」
「そう。その杖こそが、大魔力を受け継ぐ者のあかし」
気が付いてみると、いつからか、ボクは手に公主の持っていたあのドクロの杖を持っていた。
「今こそ、あなたはこの世界で誰よりも偉大な魔導師になれるのです。ひょひょひょひょ!」
「………」
ボクは杖を見つめた。先端のドクロが、月光を受けて鈍く輝いている。
しばらくの間があって、ボクは口を開いた。
「ボク……。大魔力なんて、いらないや」
「ひょっ!? 偉大な魔導師になりたくないと言うのですか?」
「すっごい魔導師にはなりたいケド……、それはまだ、もっと色んな経験をして、修行を積んでからだろうし。少なくとも、今ここで誰かから力をもらって、それでなるものじゃないと思うんだ。
ボクは、本当に自分の力で世界一の魔導師になりたいと思うから……」
ちょっとだけ、惜しい気もするけれど。でも、これでいいんだよね。
そう、ボクは思う。
この杖はここに置いていこう。公主も、ゆっくり眠っていたいだろうと思うから……。
「………。
では代わりに、他の願いを一つ、叶えてさしあげましょうか」
お月様が言った。
「え? でも……」
「これは頑張ったあなたへの、私からのプレゼントですよ。ひょっひょっ」
「わぁ、ありがとう!」
「ひょひょひょ! 私はいつだってあなたのことを見守っていますからねぇ。さあ、何を願いますか?」
「うーんと……何にしようかなぁ…」
「ぐー! ぐぐっぐー」
「ひょっひょっひょっ! とても風変わりな願いですね〜。では、願い通り食べても食べてもなくならない、夢のカレーを作ってさしあげますか。ひょっひょっひょっ」
お月様がそう言うと、ボクの手の中に一皿のカレーが現れた。湯気が立っていて、とってもおいしそう……なんだけど。
「カレー…? ……なんで?
…………まさか!?」
ボクはカーくんを見る。
「キミ〜〜! カーくん!」
「ぐぐ〜!」
ケロリとして、カーくんはカレーを舌で取った。
うぅ〜。そりゃ、カーくんが黒い玉を探してくれたんだし、ボクだってカレーは大好きなんだけど。
……ん?
「そういえば、お月様もカーくんの言ってることが分かるんですか?」
「ぎくぎくぅっ!
いやその…勿論カーバンクルちゃんの気持ちは……ゲフン!
ふむふむ…私は全世界のあらゆる言語を理解することが出来るのです。ひょっひょっ」
「ふーん…。でも、お月様の声って、どこかでよく聞いてる声のような気がするなぁ。どこだったっけ……」
「ゲフゲフ……」
お月様は苦しそうに咳き込んでいる。
「ま、いいや。とにかく、もうエリーシオン城の秘密も解いたし、願いも叶えてもらったんだから。
これから学校に帰ろう、カーくん!」
「ぐ!」
――と。
「ちょっと待ったぁああ!」
「え!?」
扉の吹き飛んだ入口に、誰かが現れている。なんだか少しよれよれになっちゃってるけど、あの影は……。
「ルルー! 無事だったんだね。……あっ、それにミノタウロスとも会えたんだ!」
黙って、ルルーはつかつかとボクの方に近寄ってきた。
「あっ、痛っ!」
いきなり頭を叩かれた。
「これは、あたくしの美しい鼻を潰して、ハーピーの地獄のコンサートに取り残してくれた分よっ」
「あ、あはは……やっぱり、ハーピーに捕まってたんだ」
「それより! あんただけには願いを叶えさせるワケにはいかないわよ!」
ルルーはじろりと、ボクの持っている公主の杖を睨んだ。
「分かったわ。それがすっごい魔法が使えるようになる究極のアイテムね!? よこしなさい!」
「ええ? ちょっ…。これは違うよルルー!」
っていうか、いつのまにそんなアイテムが手に入るって話になっちゃってたんだろう?
「これはダメだったら! それに、願い事の権利はもうカーくんが使っちゃったよ!」
「嘘おっしゃい! 嫌がるのが怪しいわ。早くそれをよこしなさ〜いっ!
ミノ、何をぐずぐずしてるの? アルルを捕まえるのよっ」
「は? はいっ。ブモ〜ッ!」
「わぁあああ! ちょっとぉお」
たまらず、ボクは逃げ出した。その後をルルーとミノタウロスが追ってくる。
「あっ、逃げたわね!? キィイ、興味がないフリなんかして、やっぱりサタン様をあたくしに渡したくないってのね。許せないわぁ〜っ!」
「何でそうなるのさ! わぁあああん、もう、ムチャクチャだよぉ〜〜!」
「ぐー!」
走って行くボク達の上で、お月様は黙って金色の顔で見下ろしていた。