9
夜が明けるのは早い。
狭間はほんの僅かの間に過ぎず、光と闇の間に生まれた蒼は、束の間で消えていくさだめにある。
「ここらで大丈夫だろう」
立ち止まり、彼奴は言った。
前方に街が見える。
あの街で、男は娘達の帰りを待っているのだ。
「報酬は先に受け取っている。わざわざもう一度顔を突き合わせる必要はないからな」
相変らず少女達の返事はなかった。
あの後――気まずい空気がより明瞭なものになっていたことだけは確かだ。
人は闇を忌避する。光の中で活動する種としてそれは当然の感覚であろうし、計り知れぬものに対する恐れもあろう。
闇は、死と滅びと眠りの傍にある。闇は魔を司る。闇は――人の情動を支配する。
それを理知の光で退けるか。溺れるか。向き合うか。――目を逸らし知らぬ振りをして排除するかは、人それぞれだ。
「……リシェン。行こう」
口火を切ったのはセラだった。妹を促し、手を引いて背を向ける。小さなリシェンは顔を俯け、彼奴の視線を避けるようにしていた。
やれやれ。――本当に嫌われたものだな。
二人の少女は街へ向かって小走りに駆けていく。……ふと、その片割れが止まった。
セラが振り返っていた。
少し迷っているように見える。
「………」
彼奴も何も言わないので、ひどく間が開いた。
「……あのねぇ!」
ややあって、セラが言ったのはこんな台詞だった。
「あんたは、ちゃんと自分の仕事をやり遂げた」
「………」
「あたしも、リシェンも、ちゃんと父さんに会える。……だ、だからっ」
こころもち逸らしていた視線を、初めて、セラははっきりと彼奴に向けた。
「忘れないから。……元気でね!」
そして背を向けた。少し先に立ち止まっていたリシェンと合流する。その一瞬、リシェンがちらりとこちらに視線を向けるのが見えた。
二人は今度こそ駆けて行く。
少女たちが去った後を追うように、朝日が射していった。