EP




 既に、暖かい日差しが柔らかく周囲を満たしていた。

『そういえば、結局御主は昨夜も夜を徹したのだな』

 歩く彼奴の手に揺られながら、我は言った。

「そう言えばそうだな。……またどこかその辺で休むか」

 彼奴はぐっと伸びをする。

『しかし、もう道端で寝るのはやめるがよかろう』

「そうか?」

 その時。

 何かが、我の中を駆け抜けた。

 瞬間的なものだったが、なんとも言えず奇妙で鮮烈な感覚だ。

「なんだ、今のは……!」

 彼奴が呟いている。どうやら、今のそれを彼奴も感じたらしい。……いや、そうではなく、彼奴の感じたものが我に伝わったということか。

「これは魔力だ。こんなのは初めてだ……それに強い。何者だ? 一体」

 こと魔力に関しては、彼奴は非常な執着を見せる。

 故に、彼奴が休むのも忘れてその魔力の持ち主を探しに跳んだことにも、我はさして驚かなかった。あの魔力が感じられたのはほんの一瞬に過ぎなかったのだが、気を辿るのはそれほど難しくはない。見つかったら、いつものように勝負を挑んで、魔力を奪い取ってしまえばいい。

 彼奴は、もっともっと強大な魔力を身に付けなければならないのだ。

 我の主足る者。真の――になるためには。



  

 魔力の持ち主は、そう遠いところにいたわけではなかった。むしろ、近くにいたからこそそれを感じ取れたわけではある。

 その者は街道を一人で歩いていた。

 旅人なのだろう。しかし驚くほどの軽装だ。……こんななりで郊外を出歩くのは、まず魔導師である。身に着けている青を基調とした魔導装甲からして、それが裏付けられているだろう。

 とくれば、やはりこの者があの魔力の持ち主で間違いないはずだ。……はずなのだが。

「もう……。なんであんなところでいきなりドラゴンなんかが出るかなぁ。どうにか倒せたからよかったケド」

 このぶんじゃこの先の旅が思いやられるよ……。

 そんな独り言を呟きながら歩いてくるその姿を見て、流石の我も唖然としてしまった。

 それは、まだごく幼い顔立ちをした少女だったのだ。

 とはいっても、セラやリシェンに比べれば遥かに年長である。女性と少女の中間に位置する年頃で、しかし童顔のため年齢以上に幼く見えるといったところだろう。茶色い髪を肩で切り揃え、金無垢の瞳には快活な光が宿っている。その輝きだけで、彼女の性格までもが想像できそうだ。そして多分、それは間違っていないのだろうと思わせる。

「信じられん……本当にあの小娘があの魔力の持ち主なのか……?」

 物陰で彼女をうかがいながら、彼奴が呟いた。我とて同感だ。

 年齢と魔力の大きさは必ずしも相関を持たない。とはいえ、魔力は持って生まれたそれを基盤にして、多少なりとも訓練や修行によって育てられていくものだ。故に年長の者ほど強い魔力を持ち、またそれを使いこなせる術を知っているのが世の常である。……とすれば、この娘には生まれつき、余程強大な魔力が備わっていたということか。

  なんという……希有な。

「……だが、今のあいつからは、さっきほどの力は感じんな」

 それでも宮廷魔導師ほどの力は発散している。だが、確かにあの一瞬の鮮烈さには及ぶべくもなかった。とはいえ、魔力の質――抽象的な表現だが、色や匂いといったもの――は間違いなく同じだ。と、いうことは……。

『恐らくは。……力を封じているか、あるいは自覚がないのか』

 我は言った。

 自覚がなければ、自らの力を制御することはできない。……たとえ自覚しようとも、己を完全に御するのは難しいことだが。他者を支配するよりも、恐らくはずっと。

「――面白い」

 彼奴は嗤った。何かを企んだ表情だ。

「隠しているというのなら、その力を引き出してやろう。……そして、その上でその全てを俺が吸い取ってやる!」

『しかし……一体どうするつもりだ?』

「なに、方法はいくらでもあるさ。………なんにせよ、準備は必要か……」

 楽しそうに彼奴は言う。方法とやらを考えているのだろう。

 その間に少女は我らの前を通り、彼方へ通りすぎた。……我らには全く気付くことなく。まさか演技ではあるまいが……。相当鈍いと見た。

 街道に出て、彼奴はその後ろ姿を見送った。

「この調子で街道を進むのなら、移動位置の特定は出来るな。……出迎えの準備をしてやるか」

 きびすを返し、遠ざかる少女に背を向けて、彼奴は歩を踏み出す。

「行くぞ、闇の剣よ!」

『おう!』

 

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