『で、どうするつもりだ?』

 我は彼奴――我が主、シェゾ・ウィグィイに問うた。

「どうするもこうするも、とっとと乗り込んで娘を取り戻してくればいいんだろう」

 相変わらず短絡な台詞だ。これで、対外的には冷静で周到で通っているのだから、恐れ入る。

「うるさいぞ」

 ……我と彼奴は精神的にリンクしているので、多分に会話と思考が混ざる。

 ついでに言うなら精神で直接対話しているのだから、我の声は彼奴以外には全く聞こえないし、彼奴とてわざわざ声に出して我に応える必要はない。

 だが、彼奴は周囲に人がいるのでもない限り、声に出して我と語った。彼奴いわく、そうでもしないと「気がおかしくなる」のだそうだ。

 その辺の心理は、所詮ただの魔導具に過ぎない我には解らない。

「……ここら辺りのはずなんだがな」

 呟いて、彼奴は足を止めた。

 木がまばらに生えた、しかし平原と言っていい場所だ。人の手の入っていない草は勿論伸び放題で、彼奴の腰ほどまである。

 男が街の連中に聞いたホムンクルス・マスターの居場所はこの辺りということだが――実際には、正確な位置を知る者はいないらしい。

 いなくなった、というのが正しいようだが。

 街の連中が冷たいような態度を取るのにも、それなりの理由はあるのだ。

「……ん」

 足元に何か見つけたようで、彼奴が小さく声をあげた。

『石だな』

 だが、そこらの石ころではない。きちんとカッティングされた立方体の大きな石だ。明らかに人の手の入ったもの。

 彼奴は黙って草を掻き分けると、更に進む。

 石はまだまだあった。……数が多くなる。

 やがて、草は石に負け、辺りはやや開けた。

 地に横たわる巨大な白い石柱の合間から草がちょろちょろと伸びている。

 ――廃墟。

 というより、これは遺跡だろう。

「間違いない、ここだな」

 そうだ。男に教えられた場所の目印となるものが、「古代の遺跡」だった。

 現代のこの世の前にも、沢山の人の世は存在していた。そしてそれぞれの世にそれぞれの文化があった。それらが滅んだのにはまたそれぞれの理由がある。寿命もあっただろうし、破壊も、侵略もあっただろう。

 それらは消え去ったが、全てが失われるわけではない。彼奴が司る闇の魔導もそうだし、また………、……………いや。

 とにかく、それら滅んだ世の残滓はこの世にもそれなりに散見できる。魔導師の中の物好きな一派は、これらの遺跡から発見できるもののうち主に魔導に関わるものを発掘研究していたりするようだが、彼奴もその例に漏れず(研究と言うにはいささか動機が即物的なのだが)遺跡は頻繁に巡っている。

「……いわゆる、中央の古代魔導史で定義付けられているものとは別系統に属する遺跡、だな」

 石柱に刻まれた文字を指でなぞりながら、彼奴は一人ごちた。

「また、この文字か。この地方の局所的なヤツ……なのか?」

 遺跡の中には、このようにどの系統に位置付けられるのか全く解らない、異色のものも点在する。一般に言う古代魔導のものより古いのか……あるいは、今彼奴が口にしたように、単に歴史の仇花のように局所的に生まれ、知られないままに消えていった文明なのか。要は、研究がまだそこまで及んでいないということなのだが。

 一度、「御主が研究してみたらどうだ」と彼奴をたきつけてみたことがある。彼奴の返事はと言えば「そんな面倒なこと出来るか」という予測通りのものだったが。しかし、我は彼奴が自分で言うほどには怠惰でないことを知っている。また、意外に熱くなりやすい質(乗せられやすい、とも言う)であることもな。とはいえ、実際に研究しようと思えばまだまだ資料を集めなければなるまいが…………我が――しない限りは。

「……で。とりあえず一発、派手にアレイアードでもぶっ放してみるか」

 と。我が思考に沈んでいる間に、彼奴がとんでもないことを言った。

『主よ、いくらなんでも無茶苦茶だろう。敵に向かって花火を上げるつもりか?』

「だからだろ。来てみたはいいものの猫の子一匹出やしねえ。こっちからおびき出さん限り、実際この辺のどこにいるのかも分からんしな」

『それはそうだが……』

 馬鹿。というより、自分自身の実力に対する圧倒的な自信がそうさせるのだろうが。

 とはいえ。流石に短気な彼奴も、本気でそう言ったわけではなかったようだ。敵が優れた組織や情報網を持っていれば、我らがここに来た段階で既にして存在を掌握されているだろうが、何にせよ、あちらから出てこない限り強いてこちらの存在を知らせるべきではない。単に敵の殲滅を目的とするというなら先手必勝でそれもよかろうが、今回は虜囚の救出がその目的である。出来うる限り隠密に事を運ぶのが常套だ。

 我が考えに耽っていた間にも、彼奴は随分と辺りを歩き回っていたらしい。それで焦れてあえてそう言ってみたか。

「…………」

 気が済んだのか、再び黙々と辺りを探索し始めた彼奴は、つとその歩を早めた。何か見つけたのだろうか?

「草が踏みしだかれてる」

『ああ……確かに』

 背の高い草が押しのけられ、倒れ……わずかであるが、細く道筋のようなものが出来ている。

 敵はゴーストではない。実体を持った人間や魔物達……少なくとも、与えられた情報によれば、そうだ。とすれば、この辺りにあるらしい拠点からの出入りには何らかの痕跡を残すのが当然。

 どうやら、なんとかそれを見つけることが出来たらしいな。……本気で花火を上げてしまう前に。

 細い草の径を抜けると、再び、崩れかけた石材が草を圧倒する場所に出た。とはいえ先程の場所よりはずっと狭い。そして、いかにも建物跡といった感じに石材が点在していたそことは違い、ここのそれは変わった作りをしていた。

 中央に彼奴より少し高いくらいのやや細めの石柱が建っている。頂点は崩れていた。かつては彫像かなにか……それなりの意匠が施されてあったのかもしれない。周囲にもそれより低い石柱が幾つもあって、よくよく見れば、それらは中央の柱を中心に、綺麗な円陣を描いていた。足元に散らばる石は放射状に円環内に収まっており、不揃いながらも円状に石畳を敷き詰めた風情である。

「ストーンサークル……石円陣か」

 彼奴の呟きの通り。これは現代の魔導の体系で言うなら、魔法陣に相当するものだ。

 そして周囲を見る限り、ここから更に別の場所へと導く「径」は見当たらない。……とくれば。

 彼奴は片手で頭を掻く仕草をしつつ、言った。

「さて。……で、コイツはどうやれば発動するんだったかな」

 通常の魔法陣であれば、手続きはそう難しくはない。魔導の知識がある者なら、設定をいじることも出来るだろう。

 だが……これは専門外だ。

 少なくとも、今の彼奴にとっては。

「……!」

 しかし、どうやら考える必要はなかったらしい。

 円陣に踏み込んだ彼奴の胸元が淡く光った。とほぼ同時に、円陣自体も光る。通常の魔法陣と同じように足元から照らすように差した光の中に、より強い光で石材一面に細かな文字が浮かび上がっているのが見えている。

 刹那、お馴染みの浮遊感があり、我らは別の場所へと転移した。

 ――恐らくはこの遺跡の地下、今だ滅び去っていない過去の迷宮へと。



 

 遺跡と呼ばれるものは、何故か地下迷宮を持っていることが多い。

 単に地上の遺物が破壊されてしまい、難を逃れた地下の遺構が目立つのか、あるいはその時代において地上の建造物よりも地下のそれの方が重要視されていたのか。その辺りは中央の研究者達の議論を賑わす一端であるようなのだが。

 各地の遺跡を巡る彼奴――そして当然それと共にある我にとって、結果的にこういった地下迷宮は慣れ親しんだ場所ではある。ついでに言うのなら、彼奴と初めて出会ったのもこういう場所だったな。

 無明の中に時間と共に降り積もった静けさと、「死」や「魔」といったものの匂い。

 ――いわく、「闇」に満たされた。

「……なんか知らんが、役に立ったみたいだな」

 胸元を押さえ、彼奴が呟いた。

『そうだな……何をまた不服そうな顔をしているのだ? ふふ、まさにあつらえたような状況ではないか。それを手に入れた直後に、それが役立つこの依頼を受けたのだからな。少々、「運命」とやらを感じるぞ』

 わざと大げさに言ってやると、案の定、彼奴は眉間の皺を深くした。

「俺は、そういう決めつけた言い方はキライなんだよ」

 子供のようにふてた顔をしている。……いや、こういう部分、彼奴はまだ子供なのかもしれない。どんな人間にもそういう部分はあるだろうが。

『分かった。運命だなんて言い方は大げさ過ぎたな。単なる偶然だ。御主も言っていただろう、この地方の特色かとな。あの森にあった遺跡とここと……たまたま同じ形式の魔導文化だったのが、うまい方向に働いたな』

「………そうあっさりひるがえされると、なんか腹が立つな……」

 言いながら、彼奴は我を両手で横に持ち、刀身の平を自分に向けてそこに映る自分を見つめた。

 口元にかすかに呪文を唱えながら、じっと目を凝らす。

 目的のモノの気配を探り、また自分の周囲の様子を探る――探知の呪文だ。自分自身の気を樹枝のように広げていく術で、実際には何の媒介も必要としないはずだが、人は、広げる気と相反して己の意識を束ねるために、大抵何らかの依り代を必要とする。水晶球やカード、せいぜい魔導杖が一般的だが、彼奴は我を使っているわけだ。

 刀身を見てはいるが、そこに何かが見えるわけではない。見えたにしてもそれは術者の発想の補助になるものに過ぎない。……が、とりあえず我は尋ねた。

『何か見えたか』

「ああ……」

 彼奴は目を閉じる。得たイメージを意識の中で確認するように。

 その映像は精神的リンクしている我にも視る事が出来た。

 大まかに、この地下迷宮の構造が見て取れた。何層にも重なっている。それほど深くはないが、浅くもない。ここはその最も浅い層であるらしい。そしてその重なる層のいたるところに赤い光点が光っていた。この迷宮に存在する生ある者――ここではアンデッドモンスターも含まれてしまうので語弊があるが――とにかく、自律意思を持って蠢くモノ、だ。

 それなりに数は多い。

「面倒だな」

 小さく舌打ちすると、彼奴は我を下ろして歩き始めた。

『娘の居場所は判ったのか?』

「まぁ、多分……な」

 彼奴にしては歯切れの悪い言い方だ。

「人の気配が、四つある」

 彼奴は言った。

「とりあえず、一番近いところへ行ってみるか」


 


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