その瞬間、廃城が大きく揺れた。
「ちょっ、ちょっと何!?」
「こっちからでしたわ!」
駆けつけたルルーたちは、何事かが起こったらしいその部屋のありさまを見て息を飲んだ。
部屋の中央で何か巨大な爆発でも起こったらしい。床はすりばち状に大きくえぐれ、砕け散った床材が辺りに飛び散っている。天井は崩れ、吹き抜けのように遠く星が光って見えた。
「アルル!」
えぐれた床に、瓦礫に半ば埋もれるようにして倒れている少女の姿を認めて、ルルーが悲鳴のような声をあげて走った。遅れて、ウィッチが叫ぶ。
「シェゾっ!」
銀髪の青年は、アルルを抱きしめるような形でうつぶせている。細かな砂や石が黒い服に降り積もって、妙に白茶けて見えた。
二人は、倒れたまま動かない。
「ちょっと……ジョーダンじゃないわよ……アルル、アルルしっかりしなさいよ!」
「ルルー様、頭を打っているかもしれません。あまり揺すらない方が」
「…………気を、失っているだけだ……」
「シェゾ!」
シェゾがうつぶせていた顔を上げて、こちらを見ていた。
「だ、大丈夫ですの?」
「ああ……ちょっとくらくらするがな」
目が回るのか、しきりに頭を振りながら、シェゾは身を起こす。
「ぐー!」
どこに隠れていたのか、カーバンクルが駆け寄ってくると、気絶しているアルルにぴたりと寄り添った。それを見てシェゾはふと目を和ませる。
「一体、何が起こったっていうんですの?」
「話は、後だ……それより、今はあいつが先だ」
「え?」
その時、瓦礫を跳ね除けて一頭の獣が起き上がった。漆黒の毛並みの狼に似たそれは、しかし牛ほどに巨大である。
「魔獣っ!?」
「ちょっと、ここにいるのは闇の魔導師じゃなかったのっ!?」
「いや。あれは恐らく……この城のどこかにいる闇の魔導師――本物のイクスグレイズが作ったイリュージョン・モンスターだ」
「なんですって?」
「奴に闇の力は効かない……。おまけに、魔力の塊だからな。半端な魔法じゃ無効化されちまう」
「なるほど……それじゃあたくしたちの出番ってコトね」
ルルーは滑らかな動作で身構えた。
「気をつけろ、奴は速いぞ」
「誰に言ってるのよっ」
ルルーが跳んだ。そのまま、魔獣に向かって鋭い蹴り。続いて突きを放つが、魔獣は飛び退いてそれを避ける。
「ミノっ」
「一撃ッ!」
ミノタウロスが振り下ろした巨大な斧から衝撃を飛ばし、横からの攻撃に魔獣はたまらず態勢を崩す。その機を逃さず、ルルーは一瞬で魔獣の懐に飛び込んだ。
「いくわよっ、……女王乱舞ッ」
蹴り、突き、投げ……全ての技が渾然となった、見事と言うしかないコンビネーションだ。反撃の間もなく魔獣はボロボロにされ、最後の蹴りで一方に弾き飛ばされる。
「きゃっ!?」
気絶したままのアルルと、彼女を看るウィッチのすぐ側に魔獣は落ち、床の瓦礫を跳ね飛ばして止まった。だが……所詮はイリュージョンだからなのか。ルルーの必殺の技を受けてなお、よろめきつつも魔獣は立ち上がったではないか。
「あ……」
魔獣と近距離で向き合うことになり、ウィッチが身をすくませる。
「くっ!」
駆けつけようとしたルルーはすんでで留まった。ウィッチの前に、彼女を庇うように飛びこんだ男がいたからだ。
「シェゾっ、……ちょっとあんた、あんたの攻撃は効かないんでしょっ。引っ込んでなさいよっ」
「フン」
構わず、シェゾは目の前の魔獣を見据えた。
「イリュージョンなんぞで、よくもまあ俺をてこずらせてくれたよな……」
シェゾは言った。魔獣は低く呻りを上げながらシェゾを見据えている。
「だが……いいかげん終わりにしようぜ。くだらない遊びはな」
シェゾはゆっくりと魔剣を構える。そこには既に魔力が集中しつつあり、透き通った刀身に光と影がめまぐるしく交錯していた。それはどんどん激しくなり、頂点に達すると、剣は己の内自身から「闇」を生み出した。それは見る間に刀身を覆い、剣は漆黒の刃と化す。だが、魔力の集中は止まらない。闇が剣の柄から剣先に向かって流れ、膨らんでいく。
「ウィッチ、そいつのことは任せたぜ」
「え?」
魔獣が咆えた。何かを計っていたかのような仕草をやめ、シェゾに襲いかかる。
シェゾは魔剣を正眼に構えた。
「闇の剣よ、その真の力を解き放て! アレイアード・スペシャルっ!」
魔獣自身が飛びかかってきた勢いのまま。シェゾは魔獣を切り裂いた。剣の斬撃ではない。剣に宿った圧倒的な「闇」の力の奔流。その流れが、魔獣を形作っていた魔力自体を分断していた。
「……それが強大な炎ならば、小さな炎を吹き消せる……」
防御魔法で己とアルルを闇の濁流から守りながら、ウィッチはそう呟いていた。