その日シェゾがウィッチの店に向かったのは、他にとりたてて用事がなかったことと、先日品切れで買えなかった品がそろそろ入荷しているはずだと、ふと思い出しただけのことに過ぎなかった。

 ウィッチはアルルより一つ年下で、シェゾから見れば全く「子供」と言うべき年齢の少女である。だが妙にこまっしゃくれた大人びた部分があって、少なくともアルルよりは「話が通じ」た。いずれにせよシェゾは彼女の薬学的な知識や技術には一目置いていたし、ある意味気を許してもいた。それはウィッチが「魔」に属する――より闇に近しい一族の出身だというせいかもしれないが。アルルには決してさらせない弱みも、彼女には多少なりとも相談できる。……して、ロクな結果になったためしはないが。とはいえ、「変な女」という認識もぬぐえないものがあった。上品だか崩れているのか分からない言葉づかいもそうだし、実はコレクターズマニアで、色々と(シェゾに言わせれば)変なものを集めるのに執心している点もそうだった。ほうきのコレクションとやらを延々と見せられた時は流石に閉口したものだ。しかも最近はまたおかしな物を集め始めたようで、どういうわけなのだかシェゾの服を欲しがるのである。それも目先のものが気になるのか、着ている服を欲しがるので、道端でいきなり脱がされかけたことは一度や二度ではない。……まぁ、顔を合わせればいつも、というわけでもないのでそれが救いだが、思い出したように「あなたが欲しい! ……もとい、あなたの服が欲しいですわ!」とやられるとやはり心臓に悪かった。アルル辺りに言わせれば「ボクの気持ちが分かったでしょ」ということだが、シェゾは別に自分の行動をかえりみようとは思っていない。

 それはともかく。

 マニアのウィッチの店にはかなり貴重な魔法薬材が常備されており、シェゾとしてはありがたく利用させてもらっているわけだった。……ここへ行くと何故かアルルともやたらと顔を合わせてしまうのはなんだったが。

 いつものように無造作に店の扉を開けた時、唐突にシェゾは誰かに掴みかかられた。

「シェゾっ!」

「な、何だ!? ……ルルー?」

 青い長い髪を振り立て、形のいい眉を吊り上げて怒っている美女――彼女の名をシェゾは口に上げた。ルルーは良家の子女で、外見もそれに相応しくトップレベルに美しいが、何故か超一流の格闘家でもある。魔力を持たないという彼女が繰り出す拳は岩を砕き空を切る。あれはもはや格闘ではなく、武術の形を借りた魔法の一種なのではとは密かにシェゾが考えているところであるが、なんにせよ、アルルと並んでシェゾが「やっかいだ」と思う女の双璧である。

「何でお前がここにいる?」

「ヘンタイだとは知ってたけど、あんたがここまで性根が腐ってたとは思わなかったわ!」

「……はぁ?」

「あの子に何をしたのよ、今どこにいるのよっ! キリキリ白状しなさいっ!!」

「だっ……ちょっ、待てっ、何のことだ!」

 胸元を掴まれたままがくがくと揺さぶられて、シェゾはなんとかそれだけを言う。

「とぼけないでよ! あんたがアルルをどうにかしたんでしょっ」

「アルルだと!?」

 シェゾは自分を揺さぶっていたルルーの手を掴んで止めた。

「アルルがどうかしたのか?」

「なっ……何言ってるのよ、あんたがどうにかしたんでしょ」

「俺は知らん」

「う、嘘をついたらためにならないわよ」

「あいつとはこの前ここで会ったのが最後だ!」

 黙り込んで力が抜けてしまったルルーの腕をはずし、シェゾは店内に顔を向けた。中にはカウンターのウィッチの他にもう一人、ルルーの従者の獣人・ミノタウロスの姿も見えたが、とりあえずウィッチに尋ねる。

「一体どういうことなんだ?」

「アルルさんが行方不明なんですの」

 ウィッチは両手を胸元で組んでいる。心配というよりは困惑しているように見えた。

「行方不明……いつからだ?」

「いなくなったのは十日くらい前……この間ウチに来たすぐ後ですわ。でも、行方不明になったのは一週間前からです」

 怪訝な顔のシェゾに、気を取り直したらしいルルーが後ろから説明した。

「学校に欠席届が出てたのよ。でも、期日が過ぎても出てこないし、そのまま一週間も経っちゃったわ。家に行っても帰ってきている様子がないし、これは何かあったとしか思えないじゃない」

 そこでじろりとシェゾを睨む。

「あの子に何かするなんて、あんたしか考えられないわ! でもあんたがどこにいるのか分からないし、それであんたがよく来るっていうここで待ってたのよ」

「だから、俺は知らんと言っとろーが! ……少なくとも最初の数日分は欠席届が出てたんだろう。ということはあいつは自分の意志で留守にしたということだ。……どーせまたどこかのダンジョンでも探索してるんじゃないのか?」

「それはそーかもしれないケド……それにしたって全く何の連絡もないなんて変じゃない。あんたと違って、そういう点ちゃんとしてるわよ、アルルは」

「何でそこでいちいち俺を引き合いに出すんだよ、お前は」

「決まってるでしょ、あんたの普段の行いが悪すぎるからよ!」

「貴様……闇の剣の錆になりたいのか?」

 差し上げたシェゾの掌の空間が揺らぐ。並の者では持つことすらできない魔剣・通称「闇の剣」を、シェゾはこうして亜空間から自由に取り出すことができる。

「ルルー様!」

 巨漢のミノタウロスがルルーを庇って素早く前に出た。

「ちょっと! ケンカなら店の外でやってくださらない? 迷惑ですわっ」

「フン」

 シェゾは掌を閉じた。元々本気で剣を出す気はなかったが。

 それにしてもあいつ、一体どこへ消えたっていうんだ……?

「ウィッチ、アルルがいなくなったのは、この前俺がここに来た日だと言ったな。ということは、あいつの姿を最後に見たのはお前だっていうことか?」

「え? ええ……そういうことになりますかしら」

「何か言ってなかったのか? どこかへ行くとか……」

「別に何も……いつもの買い物をして帰りましたわ。あの人と同じくらいに」

「――あの人?」

「ええと……何とおっしゃったかしら。ほら、あなたに依頼に来た……」

「……グロスト、か」

 シェゾはわずかに眉をひそめる。

「ええ。あなたが帰ってしまったから、あの方もお帰りになったんです。アルルさんも買い物が終わったところでしたから、一緒に店を出て行かれましたわよ」

「その……グログロとかいう奴が犯人なのっ!?」

 ルルーが勢い込んで叫んだ。

「許せないわっ。とっつかまえてボコボコにしてやる! それで、そいつはどこに行ったのよっ」

「し、知りませんわよそんなの」

「何ですって!?」

「だってそんなこと何も……どこやらの街から来たって言っていただけで。ね、シェゾ」

「ああ。……落ち着けよ。別にあいつがアルルをどうにかしたと決まったわけじゃないだろう」

「だ、だけど……」

「だが、アルルはお人好しだからな。あの男の話に同情して、自分が依頼を受けたりはするかもしれん」

「そうですわね。それは有り得ますわ」

 ウィッチが納得顔で同意した。

「じゃあ、アルルはやっぱりグレグレと一緒にいるのね」

「その可能性があるってだけだがな」

 あくまでシェゾは釘を刺すが、ルルーは構わずに背筋を伸ばした。

「分かったわ! とにかく、そのグリグリのところへ行ってみるわよ。確かめてこなくちゃ何も始まらないわ」

「お供します、ルルー様!」

 ルルーは、アルルとは彼女を妃にしようとする魔王サタンを挟んで恋敵の間柄だが(それがルルーの一方的な思い込みにしろ)、それでもこういう時、率先して動く。わがままで高飛車なきつい性格のように見えても、根本は心優しい少女なのだ。

「でも……どこに行ったのか分かりませんわよ」

 がくっ、とルルーはこけた。

「なによ……あんたたちホントに何も聞いてないの?」

「そんなこと言われましても困りますわ。わたくしはただ、魔獣……イクスグレイズが暴れているとかって横で伺っていただけで」

「その、魔獣の噂を辿っていくしかありませんな」

「そうね……」

「――イーズキールだ」

「え?」

 シェゾの脈絡のない言葉に、全員が呆気に取られて彼を見た。

「イーズキールというと……確か大陸北部の街ですな」

「なによシェゾ、あんた知ってたんならもっと早く言いなさいよっ」

「そうですわよ。グロストさんから別にお話を伺っていたんですの?」

「違う」

 それぞれにまくしたてる三人にシェゾはうざったそうに一言返した。

「言葉だ。あの男、わずかだがなまってただろ。あれは北部のなまりだ。あの地域で街と言えるのはイーズキールくらいだからな」

「へえ……シェゾ、あんた結構もの考えてたのねえ」

「あのな……ケンカ売ってんのか?」

「なによ、誉めてあげてるんじゃない」

「こ、このアマ……」

「何ですって?」

「ま、まぁまぁルルー様……」

 こんな時、いつもならアルルが仲裁に入るところであるが、今彼女はいない。決死の覚悟のミノタウロスは懸命に話題を変えようとした。ああ、涙ぐましい。

「それより、早くイーズキールへ向かいましょう。あそこはかなり遠いですから急がないと大変ですよ」

「それもそうね。ヘンタイに構ってる暇はないわ」

「誰がヘンタイだっっ」

 しかしシェゾの声は無視される。

「屋敷に戻って準備しましょ。全く、アルルも困った子よねぇ。人に面倒ばかりかけるんだから。ま、しょうがないわね。こ・の! あたくしが面倒見てやらなくっちゃ」

 アルルも、ルルーにだけはそう言われたくなかったであろうが。

 無視されたシェゾはいらだたしげに舌を鳴らすと身を翻した。そのまま戸口に向かったところでウィッチに呼びとめられる。

「シェゾ! もしかしてあなたもイーズキールへ向かいますの?」

「俺は、そいつらみたいにちんたら歩いていく気はないがな」

 無視していたルルーが俄かに興味深げな顔をして覗き込んだ。

「あら……どーいう風の吹き回し? アンタが進んでアルルを助けに行くなんて」

「あのな……。俺は別にアルルを助けに行くわけじゃないぞ」

「じゃあ何だっていうの?」

「グロストは最初は俺に依頼に来ていた。もし、本当にアルルがあいつに何かされたというのなら、それは俺にも無関係のことじゃないだろう」

「ふーん。……ところで、同じところに行くのなら行動は一緒にした方が効率いいわよね」

「は?」

「あんたと一緒に行くなんて嫌だけど、仕方がないわ。このナーイスバディの美女のあたくしの仲間に入れてあげるんだから、感謝しなさいっ」

 おーほほほ、と唐突にルルーは高笑いを始める。

 おお……出たぞ。状況を強引に押し切ろうとする時のルルー様の必殺技だっ。……と、ミノタウロスが思ったなどということは当然シェゾには知る由もない。

「おい、ちょっと待て! なんで俺がお前たちと一緒に行かなきゃならないんだ? 」

「仕方ないでしょ。歩いて行ってちゃ時間がかかりすぎるんですもの」

「……俺に、お前らごとテレポートを使わせる気か!?」

 シェゾは空間を渡る高位魔法・テレポートの使い手である。移動距離や出現位置に殆ど制限のない便利な魔法だが、反面、明確に転移先をイメージ出来る想像力や、不安定な空間を瞬間的に読んで渡る集中力が必要とされ、使える者はいても使いこなせる者はそうはいない。より安定し、形式化された転送の魔法陣等が一般には使われているが、その設置数は少ないのが実状である。

「一度に三人なんぞ、冗談じゃないぞ!」

「あ、四人ですわ」

 ぎょっとして見ると、カウンターの中でウィッチがにこにこと手を挙げていた。

「ウィッチ……」

「私の店で発端が起きたんですもの。おいそれと無視してはいられませんわ」

 ほうきを持ってウィッチはカウンターから出てくる。

「それに、アルルさんはあれでウチの店のお得意様ですもの。わたくし、まだ店に閑古鳥を鳴かせる気はありませんのよ!」

第一回終わり



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