テレポートは確かに便利だが、また様々な意味で難しい魔法である。
空間というそれ自体不安定なものを渡るのだから無理もない。単に、平面的な位置はそのままに、垂直的な位置だけを移動する……例えば建物の上階に転移する際に使用する「ワープ」などであればそう難しいものでもないが、テレポートの場合、出現先の座標を全て自分自身のイメージで定義付けなくてはならない。そんなわけで何度も足を運んだ場所には転移しやすいが、滅多に行ったことがない……果ては一度も行ったことがない場所への転移となると、失敗――出現位置がずれたり、全く違う場所へ行ってしまったりといったことが起こりやすかった。
また、どこへでも出現できるという点は、セキュリティやプライバシー的な問題をはらんでいたが、これは進入を懸念する側が転移妨害の結界を張ることで解決された。官公庁や実力者の屋敷、街によっては街自体の入口に張られていることもある。そういう意味ではテレポートも万能ではないのだ。
「全く、だらしないんですから」
ウィッチが毒づいた。
ルルー、ミノタウロス、ウィッチ、そしてシェゾの四人はシェゾのテレポートでイーズキールに向かったが、いささか出現場所がずれてしまい、そこから歩いて街に向かうことになった。
「いつも俺は闇の魔導師だ、って威張ってるんだから、こういう時くらいもう少し頼りになってもいいんじゃありませんこと?」
出現位置がそれなりに人里離れていたので、結構道が険しかったのだ。距離的にはそうなかったが。ずれた場所からもう一度転移を行えばよさそうなものであるが、それはシェゾが拒んだのである。
「ウルセェな……お前だってほうきに三人も四人も乗せてちゃそう飛べないだろーが! 大体お前はずっとほうきに乗ってるだろ。そう疲れるはずがないぞっ」
魔女の一族は物体を媒介として飛行移動する浮遊系の魔法――フライを得意とする。実際ウィッチは峠道をずっとほうきに乗って移動してきていた。
ウィッチは顔をしかめて胸元を掻き合わせる。
「だって……寒いんですもの」
さすがに北部だけあって気温は低かった。
「ルルーは寒くないのかしら」
「……まぁな……」
ロングスカートに帽子のウィッチや、長袖にグローブ、マントのシェゾはずっとマシなはずなのである。しかしルルーはといえば、いつものきわどいドレス……すなわち胸元と背中が大きく開き、大胆に太股を露出させるスリットの入った、早い話かなり涼しげな姿なのであった。なのに、転移した際に「結構冷えるわね」と言ったきり、彼女はその後全くそういうそぶりを見せることはない。
「あんたたちがだらしないのよ。ま、鍛え方が違うからね」
振り返ったルルーがウェーブのかかった髪をかきあげて言う。
「そうだ。ルルー様の体の丈夫さはもはや化け物並みだからな。この程度ではビクともせん」
フン、と鼻息も荒く追従したミノタウロスは……ルルーに殴られて地面に陥没した。
「ウルサイのよこの牛がっ! 誰が化け物ですって〜!?」
「す、スミマセン ルルー様っ。私はただルルー様の強さをコイツらに教えてやろうとっ……」
「キーッおだまりっ」
この短い道中でも幾度となく目にした光景である。
……コイツらいつもこんなコトやってるのか? ……やってるんだろうな。ま、俺には関係ないが……。
とはいえ、同じ男としてなんとなく、不器用なミノタウロスに哀れを感じてしまうシェゾなのであった。
とまあ、そんなことをやりながらではあったが、一行は日が暮れる前にはイーズキールの街に到着していた。出発してからは半日程度であるから、やはり全行程歩きよりは驚異的に短い移動時間である。
「とりあえず……どうと言うことのない街ですわね」
町の中ではさすがに自分の足で歩きながら、ウィッチが感想を述べた。
「まぁな……しかしあながち外れてたわけでもないようだぜ」
「え? シェゾ、どういう意味よ」
「この街……闇の気配に覆われてやがる」
シェゾは鋭い視線を周囲に巡らせている。
「そういえば……なんとなくおかしな気はしますわね。街の人たちに生気がないって言うか……じとーっと暗い感じがしますわ」
「そうね……」
頷いたルルーはシェゾに顔を向けた。
「まるであんたみたいよね」
「うるさいっ」
一言怒鳴ると、シェゾは足早に歩いて、その辺を歩いていた街の人間を捕まえた。
「おい……ちょっと尋ねたいんだが」
突然自分を引き止めたこの見慣れない黒づくめの青年を、街の男は胡乱な目つきで見る。
「人を捜している。グロストという男を知らないか?」
「グロスト? さぁ……」
男は首をひねる。
「それじゃアルルは? 茶色いおかっぱでちんちくりんの女よっ。この街に来なかったの?」
追いついてルルーが口を挟んだが、やはり男は首を横に振った。
「さぁね……知らないよ」
「本当に知らないんですの?」
そこにウィッチまで加わったので、男はしまいに目を白黒させた。
「な、なんだよ……知らないってばよ」
「それでは、イクスグレイズという名を知らないか?」
再びシェゾが尋ねた。
「俺たちは、この辺りでその魔獣が暴れているという噂を聞いて来たんだが……」
シェゾは言いかけたことを最後まで言えなかった。
「ヒイイッ!」
息を呑み、男が目に見えるほどはっきりと青ざめたのだ。明らかに異常な状態である。しかも異常なのは男だけではなく、周囲の街の人々にまでそれは及んだ。ざわめきが起こり、雰囲気が一変する。
「ちょっと……何よ」
「な、なんか変な雰囲気ですわ」
街の人々がみんなこちらを見ているので、さすがに居心地が悪い。だが、人々はこちらを害しようとしている様子でもなかった。むしろ……おびえているように見える。
「おい……」
「し、知らないっ」
「あ、待て!」
シェゾの声を振り切って男は逃げていってしまった。それがきっかけになったように、街の人々もみんな散っていってしまう。バン、バンと扉を閉める音が響いて、あっという間に辺りは無人になってしまったのだった。
「な……なんですの……?」
「さぁな……」
言いながら、シェゾはふとかがんで落ちていたものを拾い上げた。小さな子供が持つような人形だ。さっき町の人々が逃げていった時、子供連れの誰かが落としたのだろう。
「だが、イクスグレイズについてこの街の連中が何か知ってるのは間違いないようだぜ」
「これ以上ないってくらいあからさまな反応ですものね」
ウィッチが石畳にしゃがみこんで言った。
「でも、どうしましょうか。この分じゃ誰も話をしてくれませんよ」
ミノタウロスがその辺りの家の扉をノックしたが、何の反応もなかった。みんな引きこもってしまったらしい。
「……仕方ないわね」
ルルーが珍しく考え込むようなそぶりで言う。
「領主に話をつけましょう。確かこの街には王様から委任された領主がいるはずだわ」
「……そんなことできるのか?」
「ウチのお父様のコネでね。……ホントは、こういうやり方は好きじゃないんだけど」
仕方ないもの、とルルーは首をすくめた。