方策はついたものの、領主の館がどこにあるのかが分からなかったので、一行はしばし街の中をさ迷わなければならなかった。道を訊こうにも街の人々は一歩も外に出てこないのだから仕方がない。とりあえず、街で一番大きな建物がそうなのだろうと、歩きながら探すことになったわけである。
「あら? ……火事でもあったのかしら」
再びほうきに乗ったウィッチが目を丸くする。街の一角にメチャクチャに壊れた建物があって、しかし瓦礫も取り払われないまま放置されていた。
「まさか、ここが領主館では?」
「いや……違うだろう。多分これは……神殿だな」
ミノタウロスの声にシェゾが応えた。
世界では一般に女神が信仰されているが、しかしそれは形骸化したものに過ぎない。神殿は信仰の場所というよりは人々の集会の場所、あるいは治癒や光の力を使う方術師たち……いわゆる神官たちの拠点としての意味合いが濃い。
なんにせよ、少し大きな街になら大抵備えられているもので、何があったにせよ、そこがこのような状態で放置されているというのもおかしな話ではある。
「あ……ちょっと、あれじゃないかしら」
本来大きな建物がそびえていたのだろう場所がぽっかりと切り取られて、通りの向こうまでが見渡せる。おかげで、一行はそこにそびえる領主館を発見することが出来たのであった。
門番は流石に引きこもったままではいられなかったらしい。しかし話を通すのに手間がかかり、押し問答の末、一行が中に通されたのはもうすっかり日が落ちてしまってからだった。
「ようこそ。遠いところをよくおいでましたな、ルルー嬢」
「こちらこそ、突然押しかけて申し訳ありませんわ」
ルルーはちょっと膝を曲げ、優雅に会釈した。普段を見ていると忘れがちだが、こういう姿を見ているとやはり彼女はお嬢様なのだと実感する。
「それで……今日は一体どういうご用件でしょうか」
「ええ……それが、人を捜していますの。それであなたにお話を伺いたいのですが」
「人を? ……まぁ、私でよろしければ……」
「アルルという女の子です。十日ほど前にこの辺りに来たらしいんですわ。茶色い髪に金無垢の瞳。魔導師の卵で青い魔導スーツを着ています。十六歳ですが、もっと幼く見えるかもしれません……なにしろ体つきが貧弱ですから、あたくしと違って!」
なかなか的確な説明だが、最後に余計なものが混じった。……まぁ、それはともかく。
「はぁ……よく分かりましたが、私には分かりかねます」
領主は少し目を白黒させている。「他の者にも訊いてみます」と続けた。
「宜しくお願いしますわ。あれでもあたくしの……学友ですから」
ルルーはわずかに言葉を切ってそう言った。
「……グロストという男を知っているか」
シェゾはずっと壁際で腕を組んでやり取りを聞いていたが、会話が切れたのを見て口を挟んだ。
「グロスト? ……いえ、知りませんが」
「では、イクスグレイズについては」
瞬間、領主の顔が青ざめたのを全員が見た。
「知っているようだな」
「その名を……どこで?」
「俺のところにグロストという男が来た。そいつを倒して欲しいとな。俺は断ったが、どうやらアルルがそれを引き受けたらしい」
「奴を倒す? 無理です、そんなことが……」
領主は目に見えて動揺している。
「なぜよ? あなたたち、随分そのイクスなんとかを恐れているようだけど……」
「それは勿論、最初は私たちも奴を倒そうとしました。奴が初めてこの街に現われて、災いを振りまき始めた時……。しかし、あなたがた、ここに来る時に神殿のありさまを見ませんでしたか。あれは奴の報復です。沢山の人間が死にました……」
「魔獣が神殿を破壊しましたの?」
ウィッチが首をかしげた。魔獣とは文字通り獣だ。そういう破壊を意志的に行うとは考えにくい。
「魔獣? とんでもない! 奴は人間です。人でありながら闇に身を投じた、闇の魔導師です!」
「闇の魔導師?」
一瞬、ウィッチやルルーはちらりとシェゾに視線を走らせた。シェゾの表情は動いていない。――表面上は。
「でも、わたくしたちは確かにそう……」
「元は、大人しい、気弱な人間だったのです。それが禁呪に手を染めてから、こんなことを……。今、この街を支配しているのは私じゃない。奴です! それも秩序や信頼をもってではない。恐怖でだ!」
「……ここで昔何があったのかとか、そういうことは俺には関係ないがな」
わずかな沈黙の後、シェゾは壁から背を離した。
「そいつ……イクスグレイズはどこにいるんだ?」
「に、西の丘の廃城に……」
「そうか」
「ちょ、ちょっとシェゾ、待ちなさいよ!」
シェゾが呪文を唱え始めたのを見て、慌ててルルーが呼び止めた。
「あんた独りで行く気?」
「……お前に関係ないだろ」
「関係あるわよ! あんた、アルルを助けに行くんでしょ」
シェゾはかすかに顔をしかめる。
「俺はアルルを助けに行くわけじゃないぞ」
「じゃあ何しに行くのよ。イクスなんとかを退治にでも行くっていうの?」
「違う」
シェゾはルルーを見た。
「いちいち話が食い違ってやがる……。気にいらねぇ。俺はな、状況がワケのわからんままなのがイヤなんだよ!」
そしてぽかんとしたままの領主に問う。
「おい! 本当にグロストのことは知らないんだな」
「え? は、はい」
「そうか」
言うと、シェゾは唱えた呪文を開放した。
「テレポート!」
「シェゾ!」
わずかな光を残してシェゾの姿は消えてしまう。転移したのだ。
「仕方ないわね……あたくしたちも行くわよ!」
「はい、ルルー様っ」
「「行ってみよー!」ですわね」
ルルーたちは足で階段へと向かったのだった。