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 音を立てて、刃と刃が打ち合った。

 剣は、手首の先だけで持つものではない。腕全体で柔軟に振るえば、打ち合ったときの衝撃も受け流せる。

 勿論、そんなことは百も承知であり、身に付いた技術でもあったが、それでも腕にビリビリと痺れが走った。それだけ、相手の攻撃が重いということだ。

 能力は見た目に左右されない。特に、魔族――人族・獣以外の種族をそう総称する――であれば、尚更だ。だから、この、己の身長の半分以下しかない小さな敵が、これほどの膂力を発揮しようとも驚愕には値しない。

「はぁぁああ〜〜っ、斬っ!」

 小さな身長を生かした懐への鋭い突きを横へ避ける。その流れのまま剣で相手の刀を振り払うと、それは打ち上げられて宙をくるくると舞った。

「ぬうっ、しまった!」

 東の国風の鎧兜を装備したモグラ風魔物――サムライモールが高く叫ぶ。

「ここまでだ。覚悟しろっ」

 その期を逃さず、ラグナス・ビシャシは次の動作に入った。背に垂らした真紅のマントが激しくはためいたが、今しも吹き始めた強い風のせいばかりではあるまい。全身から、まとう鎧に負けない黄金の"気"の輝きが、物理的な圧力さえ伴って、きらめき立ちのぼっている。

「うっおおおおぉおおぉおっ」

 実際、ここまで追い詰めるのには並々ならぬ苦労をした。地下中に張り巡らされたモグラ穴を這い、紛れ込んだ魔物と戦い、追い詰めては逃げられ、逃げられては追いかけして、やっとのことでこの場面にまでこぎつけたのだ。

 幾つもの世界を渡り、それらを滅亡の淵から華々しく救ってきた勇者が、何故こんな地味な戦いを……と嘆く向きもあろうが、まぁ、霞を食べては生活は出来ぬもの。巨悪はそうそうその辺をうろついてはいないものだし、地に付いた足なく流浪している身としては、仕事を選り好んではいられないものなのである。

「お百姓さんたちが丹精込めて育てた畑を荒らす悪党め、正義の裁きを受けろ! ――ファーイナルクローーー」

 と、必殺の技を放とうとした、まさにその瞬間。

「チェストーーーぉ!」

「うわぁ!?」

 突如、軽い衝撃と共に視界が白くかすんだ。勢いのまま十字の剣撃は放ったが、すっぽ抜けたような手ごたえのなさになる。

 数瞬後、頭に網を被せられたのだと悟った。――悟ったが。

「なっ、なんだ?」

 どうしてそんなことをされるのかまでは悟れない。振り向くと、見下ろしている青い瞳と目が合った。長い金髪で、黒い服で、箒に乗って宙に浮いている。魔女だ。彼女はその手に長い柄の捕虫網を持っていて、それをラグナスの頭に振り下ろしているのだった。

「あ、あら……。わたくしとしたことが、手元が狂ったようですわね。失礼」

 照れ隠しなのか、おーほほほほほと高笑いを始める。

「何と間違えれば、人の頭に網なんて被せられるんだ……?」

 網を外しながら、流石にムッとして言うと、なぜか魔女はピリピリと反応した。

「なんですの、人が折角謝ってさしあげていますのに、その言い方は。失礼ですわっ」

「え? 今、謝っていたのか?」

 ラグナスは素で驚く。魔女はますます激昂した。

「んまーっ、ますます失礼ですわ。大体あなた、何ですの、その金ピカリンの鎧は! そんなものを着てギラギラ光っているから、わたくしの目がくらんで失敗してしまうのですわ」

「な、な……。そんなことを言うなら、君だって全身黒づくめだろう。俺のこの鎧は、由緒正しい女神の……」

「わたくしの服だって、由緒正しい魔女の装束ですわ。魔女の伝統にケチをつけるとは、なかなかいい度胸ですわね」

 売り言葉に買い言葉。わいわいと言い始めた二人に向かい、遠慮半分、呆れ半分でアルルが声をかけた。

「あのー。そんなことやっている間に、逃げられちゃってるんだけど……」

 辺りをくるくるしていた風の精霊は飛んで行きかけており、サムライモールは新たに引き抜いたダイコン二本を抱えて、掘った穴の中にそそくさとダイブしている。

 どうやら、ここ数日の勇者の苦労は、水泡に帰したようだった。

 


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