「では、始めるぞ。

 私が道を開き、”場”を固定する。それに専念する事になるからな。シェゾ、お前は”彼女”が向こうに到達すると同時に、”アルル”をこちらに引き寄せるのだ。……出来るな? アルルの気配を探るのは得意だろう」

「――なんかムカつく言い方だが……。分かった。アルルを引き寄せる」

 サタンの言葉に、シェゾは頷いた。

 二日後。その莫大な魔力で”彼女の未来”を探り当てたサタンの指示で、ようやく”彼女”を還しアルルを取り戻すための作業が行なわれようとしていた。

 石の床には広大な魔法陣が描かれ、その中心に”彼女”。魔法陣の外、北にサタンが立ち、陣の中、南の内周内にシェゾが立っている。魔力を持たぬルルーはやや離れたところで見送りをしていた。――例え魔力があったとしても役には立たなかったであろうが。”あれ”以来、ルルーは妄想モードに浸りきっている。

「じゃあね。――始めてよ、サタン」

「うむ」

 笑顔で短い挨拶を終えた”彼女”に頷き、両腕を前方に伸ばして、サタンは呪文を唱え始めた。

 魔法陣が輝き始める。陣の中心から空間が歪み、サタンがこの部屋に張った結界の内部を存分に侵食していった。悲鳴を上げた空間は放電めいた閃きを起こし、それに伴う軽いラップ音と魔力風が渦巻き始める。

 道が――開く。

 合わせて、”捕獲”のためにシェゾは意識を凝らし始めたが、その視界で、歩を踏み出しかけていた”彼女”が不意に振り返った。

「ねぇ」

 騒々しさに紛れ、声は聞き取り辛かったが。

「――キミ、本当は聞こえていたんでしょ? ………あの時、ボクがなんて言ってたのか」

 わずかな逡巡。

「………まぁな」

 しかし、シェゾは頷いた。

 

 あの時。抱き起こした腕の中で、”彼女”は恐怖すらにじませた表情でシェゾを見つめ。そして言ったのだ。

「どうして、どうしてキミがここにいるんだよ!

 だって、キミは……………キミは、ボクが…………」

 ―――ボクが、殺したのに!

 

「そうだよ。キミはボクが殺した。……だから、ボクの帰る未来にキミは存在しない」

 言ってから、意外そうに彼女は首を傾げた。

「怒らないんだね。……嘘だと思ってる?」

「いや」

 シェゾは首を振った。

「真剣勝負だったんだろ?」

「え?」

「お前が俺を殺した時。本気で、力を出し尽くして闘ったんだろう?」

「う、うん。……勿論」

「なら……。死力を尽くして負けたんなら、それでいい」

「………」

 彼女はシェゾを見上げた。

「キミは、悔しいとか怖いとか。思わないの?」

「思ったところで、しょうがないだろう」

「しょうがないって……」

 何故か彼女は苛立った声を上げた。

「キミねぇ、そんな無気力なのはどうかと思うよ!

 ……って、ボクが言えることじゃないんだけど。でも……」

「闇の魔導師なんてものは、いずれロクな死に方をしないものだ。どこかで野たれ死ぬか、殺されるか。

 ……死力を尽くして闘って死んだのなら、かなりマシな死に方だ」

「………孫とひ孫に囲まれて、自宅で大往生、ってのはないわけ?」

 そんなことを呟いてから、彼女は少し視線を落とした。

「こんなこと……今頃解ってもしょうがないんだけどな」

 息をつく。そして顔を上げた。

「知ってると思うけど。未来は一つじゃないんだ。

 ボクにとっての過去は一つだけだけれど、キミにとっての未来は――多分、幾通りもの中から選び出せる。だから――」

 手を伸ばし。彼女はシェゾの額をコン、とノックした。

「しっかりしなよ。そんな情けないこと言ってないでさ」

 年長者の顔で見つめられて、シェゾは目を瞬かせた。

「何度過去をやり直すことになっても、ボクはきっと……真剣に闘うよ。キミに魔力をあげる気はないし、殺されるつもりも毛頭ない。

 ……でもね。あの頃のボクは全然解っていなかったから。キミが、本当は――」

 言いかけて、彼女は言葉を切った。

 これ以上は言うべきではないと判断したのだろう。”この”シェゾにとってはそうではなくとも、”彼女”にしてみれば意味のない繰り言に過ぎない。

 それは彼女の性向にも、そして――今の”心”にも添わぬことだ。

「話が長すぎたね。……もう行かなくちゃ」

 道はとうに開いている。

 

 道の中に身を躍らせた”彼女”の軌跡を追い、シェゾは意識を伸ばし続けた。やがて、過たずに目的の獲物を発見する。力を絡め、引き寄せた。

 反対に、”彼女”は遠ざかる。

 樹形状に広がる無限の時空の、その彼方に。



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