街にボクらは戻ってきた。

 相変わらず賑やかだなぁ…。んっ?

 橋の方に、これまでになく人だかりが出来ている。

 日が過ぎると共に、閉鎖したままの橋の前に座り込む人も大分減っていたのに。…もしかして、通れるようになったのかな?

「あの、橋が通れるようになったんですか?」

 通りすがりの人を捕まえて、ボクは聞いた。

「いや…なんでも、武道の達人が魔物退治をしているらしいよ」

 その人は言った。ところが、別の人が口を挟んできた。

「え? 俺は、女の子が橋を塞いでいる魔物に襲われてるって聞いたぜ」

「あら、あたしは斧を持った大男が橋を壊しているって聞いたけど」

 人々はてんでに喋り始める。

 言ってる事はそれぞれまるで違うコトみたいなんだケド……なんだか、いやぁ〜な予感がしてきたなぁ…。

 

 ボクは橋に向かった。

 すごい人だかりだ。最初に来た時より多いかもしれない。

 橋にはロープが張ってあって、一応、奥には行けないようにしてある。ロープの側に見知った顔の係員を見つけて、ボクは近付いてみた。

「あの、今橋の上に…」

「あああぁあ〜〜っ、大変だぁ。橋が壊れたら……いやいや、あの女の子が怪我でもしたら…不祥事だ、責任問題だぁあ〜っ」

 駄目だこりゃ。

 ボクは係員を無視して、ロープをくぐって奥へ駆け出した。

「あっ、君! …ちょっと、ちょっとみなさん待って〜!!」

 つられて、他の野次馬達も勝手にロープをくぐって駆け込み始めたようだった。…でも、とりあえずボクには関係無い。

 

 しばらく走って、長い橋の真ん中辺りに辿り着いた時――ボクは予想していた通りのものをそこに見てしまった。

「ったくぅ〜〜、一体どのくらいあたくしの手を煩わせれば気が済むのよっ!」

 橋の真ん中に、まだらで半透明のぶにぶにした小山がうごめいていて、それは両方の欄干を乗り越えて河の面にまで垂れ下がっている。その前にルルーが仁王立ちになって肩をいからせていたのだ。勿論、ミノタウロスも側にいる。

「ルルー!」

「んっ…アルルじゃないのよ! あんた、このエレガントでハイソなあたくしにこんな永久作業をやらせといて、一体どこで油売ってたのよっ」

「油なんて売ってないよ? 売るほど持ってないもん」

「……。お子ちゃまのあんたには、言い回しってものは理解できなかったみたいね。

 ま、いいわ。あんたも手伝いなさい、アルル。あんたのヘナチョコな魔法でもないよりはマシよ!」

「って…ルルー、コレを全部やっつける気なの!?」

 だって、ホントに小山くらいあるのだ。

「あたりまえよ! これ以上足止め食ってるわけにはいかないのよ!」

 ルルーは拳を振り上げた。

「青春の日は短い。命短し恋せよ乙女。ああ、サタン様…。あのお方のためにも、あたくしはこんな所でいつまでもぐずぐずなんてしてられないのよっ」

 筋が通ってるような、支離滅裂なような…。

「ぷよぉーっ」

 なーんてルルーが言っている間にも、小山の少しへこんでいた部分…恐らく、ルルーがこれまで「退治」した部分なのだろう…に、どこからともなくぽこん、と新たな魔物が跳ねてきて、へこみを埋めた。

「キィィ〜〜ッ、もう、さっきから何度も何度も…いいかげんにしなさいよーっ!!」

 振り向いたルルーは橋が揺れるほど地団太を踏む。

「こうなったらまとめてぷよの地獄に送ってあげるわ! ルルーインパクト…いえ、女王乱舞よっ!」

「お、お待ち下さいルルー様ぁ! そんなコトしたら橋が…」

「なによっ、ジャマする気!? ミノっ」

「ひぃい〜、イタい、イタいですルルー様っ」

 で。ボクはといえば。

「……コレ、ぷよぷよ…なんだ」

 小山を見上げて、ボクは呟いた。

 そう。小山のような魔物の正体は、小山ほどにうずたかく寄り集まった色とりどりのぷよだったのだ。…き、気持ち悪い…。

 寄り集まったぷよは、それでもそれぞれが大きな目玉を見開き、あっちを見たりこっちを見たり。くるりと器用に体を回転させていたり。

 …こんなに沢山の色のぷよを見たのは、初めてかもしれない。

 特に、青や紫のぷよは、生まれて初めて見た気がする。…突然変異ってヤツかな?

 ……でも、色の種類は、全体でもせいぜい五、六種類くらいみたいだね。

「アルル、どきなさい! これから、この忌々しいぷよ山をふっ飛ばすわ!」

 ミノタウロスを黙らせたルルーが怒鳴った。

「ルルー。ねえ、その前にボクに一度まかせてもらえないかな」

 ボクは言った。

「…なによ。あんたに自信があるっていうの?」

「ちょっと試してみたいコトがあるんだ」

「……」

 ルルーはボクを見る。

「いいわ。やってみなさい。でも、失敗したら承知しないからね!」

「ありがとう!」

 ボクはぷよの小山に向かう。

 

 初めて使う呪文だ。

 詠唱を間違えないよう、手順を狂わせないよう…頭の中でシミュレートし、精神を集中させる。

 

 天と地の狭間

 光と闇の間

 空に佇み時を司る女神よ

 我が声を聞け

 回る色が巡り

 四つの時が円環を描く時

 その門戸を開かん事を

 

「―――オ・ワ・ニ・モ!

  

 ボクは呪文を解放した。

 その瞬間。

 何かが弾けて、天空を螺旋に駆け登った。

 

「ぷよっ」「ぷよぷよぉ〜」

 本当に、時の女神が門を開いたのかは知らない。

 けれど、「女神が異界へいざなう」という言葉の通り、ぷよぷよたちが消えていったのは確かだった。

 とはいえ…ぷよたちは一瞬で消え去ったというわけではない。

 四つ以上同じ色で固まっていたぷよが消え…その消えたスキマに上のぷよが落ちてたまたま四つ以上同色の塊になるとこれが消え…。そんな風に、少しずつ、連鎖反応を起こして消えていったのだ。しかも、消える時に何とも言えないきらきらした光を出していたから、ボクの後からやってきてこの様子を目撃した野次馬達には、かなりウケていたようだった。

 …なんだかなぁ。

 そして、橋を塞いでいたぷよは消滅した。

 

 後日――無事橋が開通して、元の活気と機能を取り戻したオーイガの街には、新たな名産品として「ぷよぷよまんじゅう」なるものがお目見えしていたという。

 余談だけどね。

 

 ボクらは橋を渡り、次の街目指して歩き始めた。

「それにしてもアルル。あんた何時の間に、あんなにスゴい魔法を覚えたのよ」

 先を歩きながら、振り返ってルルーが言う。

「うーん、スゴイっていうのかなぁ…」

 ぷよを消す役にしか立たないんだもんね。

「ま、いいわ。魔導学校に着いたら、あたくしだってもっとずぅーっと! スペシャルウルトラハイクオリティにスゴい魔法を覚えてやるわよ。あんたの天下もそれまでね、アルル。オーッホッホッホ!」

「『ボクの天下』って…それは一体…」

「さ、道草の分の遅れを取り戻して、さっさと魔導学校へ向かうわよ!」

 ルルーが走り出す。

「ブモー! ルルー様、待って下さいっ」

 走るミノタウルスを目で追い、カーくんが騒いだ。

「ぐっぐー!」

「うん、ボクたちも行こう!」

 

 ボクらの旅はまだまだ続く。

 はるか古代魔導学校目指して。

 

「道草異聞」終わり

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エリーシオンの秘密

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