切 れ 切 れ の 夢 。
目を覚ますと、まだ暗かった。
どうしてこんな時間に目を覚ましてしまったんだろう。
…………話し声が聞こえる。そのせいで目を覚ましてしまったんだと、おぼろに考える。
「………そんな。それじゃ、あの人は……!」
「落ち着くのよ。まだそうと決まったわけではないわ」
「でも……」
「……お母さん?」
ただならぬ様子に不安を感じて、思わず呼びかける。……すぐに、後悔に変わった。はっとしたように振り向いた、母と祖母の顔。
「ねえ……どうしたの?」
知らないふりをしていればよかったのかもしれない。
布団をかぶって、百数えて。眠ってしまえば寝ている間にお化けは通りすぎて。なかった事になったかもしれないのに。
全部夢だったということになって。現実にはなにも悪い事は起こらず。
「……お父さんは? ねえ、どこに行ったの? ……帰ってこないの?」
それとも………これが夢なんだろうか?
■■■
「ダダ ダイアキュート!」
息を整えて、呪文を解き放つ。
呪文によって、魔力が更に増幅されていく。
「ファファファファ……ファイヤーっ!」
威力を増した炎が、魔物を黒焦げにした。
「そりゃないよぉ〜っ」
サテュロスは毛をチリチリにしてばたんきゅーだ。
息をついて、少女は額の汗をぬぐった。
「アルル!」
「え?」
鋭い声にハッとして振り向いた視線の先には、新たな魔物の姿がある。
「闇の剣よっ!」
裂帛の気迫と共に、闇の波動が魔物を切り裂いた。
「気を緩めるな。隙を作る前に、回りをもっと見るんだな」
「あ、ありがとう。シェゾ……」
「礼を言われるようなことではない。こんなつまらんことでお前に死なれたら、折角の魔力が勿体無いからな」
相も変らぬ台詞を吐いて、銀髪の青年は背を向ける。
小さくため息をついたものの、いつもの事ではあるし、アルルはすぐに気を取りなおした。この意地っ張りな魔導師の性格も、だいぶ飲み込めてきたものである。
「……にしても、大した魔物の数だな。一体どのくらい放置していれば、こんな化け物屋敷になるんだ?」
「そうだね。……街の人の話では、おじいさんの代の頃から誰も住んでなかったってコトだけど。……やっぱり、例の"アイテム"のせいなのかな?」
アルルにとっての事の起こりは、魔導学校のお使いで遠出した帰り道、立ち寄った街で聞いた噂話だった。
町外れの廃屋。大きなその屋敷には、魔物たちがはびこっている。
廃屋や遺跡に魔物が住みつくこと自体は決して珍しい事ではないが、人々が暮らす生活圏の中である点が問題ではあった。
これまで、幾人かが「魔物を退治する」ために屋敷の中に入って行ったが、その殆どがひどい怪我を負って逃げ帰ってきた。死人が出ていないのが幸いだが、今後も出ないという保証はない。
「でも……。 だったら、屋敷の中に入らなければいいんじゃないですか? 建物の外には出てこないんでしょう?」
と言ったアルルに、しかし街の人々は首を横に振った。
「だって、いくら中に入らないようにするって言ったって、小さな子供なんかはうっかり迷い込んだりするかもしれないじゃないの」
「それに、今は外に出てこないからといって、今後もずっと出てこないとは限らないじゃないか!」
そして、無言のうちに目でアルルに訴えたものだ。
「魔導学校に入ったような偉い魔導師さんなら、何とかできるでしょう?」と。
勿論、放っておけるようなアルルではなかった。
「それに、面白そうではあったもんね……」
魔物が集まる場所には、大抵「核」と呼べるようなものがあるもので。
強力な魔物だったり、アイテムだったりするわけだが。
街の人々の話では、それはどうやらアイテムらしい、ということだったのだ。命からがら逃げ帰ってきた者が、廃屋の二階の奥の部屋に、光り輝く宝玉らしきものがあったと言ったのである。
それが魔物達を惹き付けている「核」ならば、それを破壊すれば自然と魔物達は姿を消すはずである。
そう踏んで、カーバンクル共々廃屋に踏み込んできたアルルは、そこで顔見知りと鉢合わせた。
「シェゾ!」
「…………アルルか? 何故お前がここに……」
シェゾはシェゾで、この廃屋の噂を聞き、乗りこんできたのだった。
「じゃあ、キミも街の人たちのために魔物を追い払おうとしているんだね」
アルルはそう言ったのだが。
「はぁ? 何言ってやがる。俺はこれほどの魔物達を惹きつけるという、そのアイテムを取りに来ただけだ。それほどのアイテムだ。さぞやすごい魔力を持っているだろうからな」
「はぁ…………キミも、相変わらずだねぇ……」
「うるさいっ。……とにかく。いいか、俺の邪魔をするなよ。今日はアイテムを手に入れるのが先だが、もし邪魔をすると言うのであれば、容赦はしないからな」
「またぁ……。キミってば、どうしてそんなに殺気立ってるのかなぁ。ちゃんとカルシウム摂ってる?」
「やかましいわっ。とにかく、邪魔はするなよ」
「あっ待ってよシェゾ!」
「ぐえっ」
後ろからマントを引っ張られて、シェゾは潰れた声をあげた。
「引っ張るな。なんだ!」
「ねえ、協力しない?」
「協力?」
「ボクは、魔物がここからいなくなりさえすればいいんだ。キミは、そのアイテムが欲しいんでしょ。キミがそのアイテムをここから持ち出して、魔力を吸い取ってしまうって言うんなら、一石二鳥じゃない」
「…………」
「ね、一緒にいこうよ。二人で協力した方が、早くアイテムのところまで行けると思うし」
「…………いいだろう。ただし、いざって時にその言い分を翻すなよ?」
「そんなことしないよ。じゃ、行こう!」
こうして、珍しくも二人は一緒に行動することになったわけだ。
たどり着いた部屋の扉は、壊れかかっていた。
二人で何とか、押し開ける。開いたものの、扉は蝶番ごと外れて傾いてしまった。二度と使い物にはならないだろう。……使う者もいないだろうが。
「あっ、シェゾ。あれ」
部屋は思いの外に狭かった。右手にベッド。ただし、とうに壊れている。突き当りには小さな机があった。椅子と同じ、つる草をかたどった彫刻が施されたそれは、どうやら子供用のもののようで、勉強机だったらしく思える。
その、厚い埃の積もった上に、きらきらと光を放つ丸い球があった。
不思議な事に、その球自体には埃一つついていないように見える。透き通っていて、中に何かが入っているようだ。
「あれか……?」
シェゾが、歩み寄った。
床がぎしりと軋んで音をたてる。
――と。
”触らないで!”
叫び声と共に。何かが、さっと球の前に滑りこんできた。
「なっ!?」
「待って!」
反射的に魔剣を構えたシェゾを、慌ててアルルはおしとどめた。
魔物ではない。少なくとも、そう見える。
それは、小さな男の子だった。「通さない」という風に両腕を広げ、机を背にして立っている。
”触らないで……”
囁くような声で、男の子は言った。
「キミは……」
何か言いかけたアルルを、今度はシェゾがおしとどめた。こちらを見たアルルに向かい、言う。
「……アレは人間じゃない」
「……え?」
アルルは、改めて男の子を見た。
言われてみれば……その肌は不自然なほどに白い。それに、全体が不安定にゆらゆらと揺れている・・・ように見える。
「あれは、レイスだ」
「…………死霊!?」
レイスには、アルルもこれまで幾度か遭遇した事がある。
だが、その殆どがはっきりとした姿を持たない、ぼんやりとした白いシーツのようなモノだったというのに、このレイスは……わずかな違和感を除き、全くの人間のように見える。
「でも……あの子は……」
男の子は懸命に腕を広げたまま、背中にあるものを守っているかのようだ。
「ガーディアン……というほどの力はないな。あのアイテムに余程の思い入れがあるらしい。それで迷って出たか…………」
チャキリ、と音を立ててシェゾは魔剣を構えた。水晶の刀身に、反射して男の子の姿が歪んで映りこんでいる。
「シェゾ! どうするの?」
「決まってるだろう。邪魔なものは排除するまでだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
アルルはシェゾの前に回りこんだ。
「おい、何のマネだ」
「あんな小さな男の子なんだよ。可哀相じゃない。何か事情があるのなら、それを……」
「子供の姿に見えるのは生きていた時の情報に過ぎん。……それは、ただの死霊だ」
すげなく、シェゾは言い捨てた。
「だからって……」
「ジャマだ、どけっ」
「イヤだよ!」
「ぐーっ!」
唐突に。カーバンクルが鳴いた。
「え?」
男の子――レイスが、動いている。横に広げていた腕を前に伸ばして、まるでアルルにしがみつこうとでもしているかのように。
「チッ」
シェゾが、踏み出して魔剣を閃かせる。
「シェゾ! やめてっ」
「闇の剣よ、切り裂けぇっ!」
魔剣から放たれた闇の波動は、あやまたずレイスをずたずたに引き裂き、かき混ぜ、霧散させた。
そして。
「きゃああああっ!」
「アルル?」
シェゾの前で。男の子をかばうように飛び出したアルルの体が、ゆっくりと床に崩れ落ちた。