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「ほんっっとにアンタってばスットコドッコイね! もう少しシャキシャキしなさいよっ!」

「あうう……」

 一息に言われて、ボクはただ口篭もった。

 足元には、さっき倒した魔物――トレントが、まだ薄い煙をあげている。

 木に枯れ枝の腕と鋭い目がついたトレントは、今ボクらがいるような森の中では、普通の木に紛れていてなかなか見分けづらい。

 だから、ボクらもやすやすと不意打ちなんかを食らってしまったワケなんだけど……。

 トレントは木に似ているだけあって、実際火系の攻撃に弱い。そんなに強力な魔物ではないから、落ち着いて弱点を突けば、ボクらでも充分に対抗できるはずなのだ。

 だが。

 突然横合いから襲われて、ボクはついうろたえてしまった。魔法どころじゃなかったし、一応唱えたけど暴発したりして。(怪我の功名で、一体倒したけどね。)

 おまけに、ボクがトレントの前でおろおろしていたせいで、ラーラは準備した魔法をなかなか放てなかったのだ。

 結果として、トレント三体に、ボクらは思わぬ苦戦をしてしまったのである。

「ったく……。アンタは一応、この試験の間は私のパートナーなんだからね! せめて足を引っ張らないようにしてちょうだい」

「ご、ごめん。ラーラ」

「ゴメンで済めば警察はいらなぁあいっ!

 ああ……アルルなんかと組まされてしまうなんて、なんて不幸なあ・た・し。愛しのカミュ先輩、そんなあたしに幸運を授けて下さいね」

 ラーラは芝居がかった様子で両手を組んだ。

 これはいつものこと。

 どういう訳なのか、ラーラは幼稚園の頃からカミュ先輩が大好きなのだ。

 おとといウチにカミュ先輩が遊びに来たときにも、どこで聞きつけたんだか、しっかり押しかけてきていたくらい。

 もっともそれは充分に予想できることだったので、予めお母さんには二人分のお客様の準備をしてもらってたんだけどね。

「はっ。……こんなことしてる場合じゃないわ。急ぐわよ、アルル。トップになって推薦受けて、あたしは絶対、カミュ先輩とのら〜ぶらぶvな中学ライフを送るんだから!」

「あっ、待ってよラーラ!」

 ちなみに、今ボクらが挑んでいるのは、来月に迫った卒業試験に向けての選抜試験の一つ。実技にしては珍しく、複数人での探索になっている。決められたポイントを通過し、最後に隠された魔導球を手に入れればクリアになる、ってやつ。

 ラーラにしてみれば、ボクなんかと組まされたのは実際不運だったんだろうケド………。先生に言わせれば、成績のいいラーラと正反対のボクを組ませるのは、バランス的には丁度いい、ってことらしい。

 ボクは軽く息を付く。

「………とにかく、ボクもがんばらなくっちゃね」

「ぐぐーっ!」

 ボクの肩にくっついたカーくんが、「そうだよっ」って言ってくれた。

「ありがと、カーくん」

「ぐう」

「………あのさぁ……」

 先に立っていたラーラが、いつのまにか振り向いてボクらを見ている。

「どうでもいいけど、その黄色いやつ、アンタなんで連れてきてるの?」

「ええー? ……………だって、ボクの大切なトモダチだし………」

「ぐぅう?」

 カーくんは、つぶらな瞳でラーラを見ている。その視線を受けてラーラはちょっとたじろいで、慌ててそっぽを向いた。

「………ま、いいけどね。実際、たまにヘンな光線出したりして、アンタよりはずーっと役に立つし?」

「うんっ。お弁当が余ったら食べてくれて、荷物も減るしね!」

 力いっぱい言ったら、ヘンな顔をされた。

 ………ボク、そんなにおかしなコト言ったかなぁ。

「ま、まぁ。そんなことより、方向、こっちでいいのよね?」

「うん。………大丈夫。間違いない」

 方向石と地図を見比べて、ボクは言った。ボクでも自信を持って出来るのは、マッパーくらい。

「よおし。じゃ、行くわよ」

 そしてボクらは進み始めた。………のだが。

 ぐにっ。

「うひゃっ。きゃあああ!」

 しばらく進んで。前を歩いていたラーラが、突然奇声を上げて飛びすさった。

「な、な、な、なぁにぃ〜〜!?」

 ボクも飛び退いた。

 なんか柔らかくてヘンなものを踏んだなぁ〜、って思ったんだけど。

 ボクらが踏んだもの。それは、人だったんだ。

 し、死体!?

 ……と、思ったけど、違った。

「は……ハァ〜イv

 その人は背中にボクらの足型を付けて這いつくばったまま、ヨロヨロと片手を上げた。………なんだか嬉しそうに見えるのは……………多分気のせいだと思う………けど。

「あ、あなたは……」

 イヤミなくらい整ったその顔には、見覚えがあった。

 何日か前、イキナリ ボクを誘拐しようとしたヘンタイ………シェゾと一緒にいた、ナンパなおにーさんだ。確か、名前は……。

「インキュバスでーす。覚えていただいて光栄ですね、小さなレディー」

 インキュバスは立ちあがり、ポーズを決めた。

 ………服や長い髪が埃まみれなので、イマイチ決まらないけど……。

「あの………。こんなところで、何やってたんですか?」

「オォ〜ウ。それは聞かないでくださーい」

 無意味なオーバーアクションで、新たなポーズを取るインキュバス。

「………何よ。アルル、アンタの知り合い?」

「知り合いって言うか………」

 何なんだろう?

 あの誘拐犯のシェゾの仲間なんだから………。

「ま、まさか………」

 はっとして、ボクは後ずさった。

「ノー。そんなに警戒しないでくださいアルルさん。ミーはシェゾさんとは違って紳士ですから」

「ちょっとぉ………。もしかしてこいつ、カミュ先輩の言ってた、アルルを誘拐しようとしたヘンタイなのっ!?」

 すごおく嫌そうなラーラの声。

「ヘンタイとは心外ですねー。ミーは清く正しいインキュバス。全ての女性のしもべでーす」

 マントを広げてさっと片膝をつくと、インキュバスは恭しくラーラの手の甲にキスをした。

 うわぁあああ!

 見ていただけのボクも思わず赤くなったけど、ラーラは飛び上がらんばかりになっていた。耳まで真っ赤になっている。

「な………ななななななぁっ!?」

「可愛いリトル・レディ。近い未来、ユーが大輪の花を開かせる日に側に在れるように………これを、その証としてよいですか?」

 にっこりと笑う。女の子なら誰でも見とれてしまうような、そんな極上の笑みだ。

「……………はっ………な、何言ってんのよ! あたしは、カミュ先輩一筋なんですからね! ココロも髪の毛の一本だって、みんなみーんなカミュ先輩のものなんだからっ!」

 放しなさいよっ、と腕をはねのけられて、インキュバスは苦笑して立ちあがった。

「おやおや、振られてしまいました。………ま、ここで予約が取れても、無意味ではあるんですが」

 そして、インキュバスはボクに向き直る。

「それより、アルルさん」

「え………」

 ものすごくまじめな顔をされて、ボクは戸惑った。のだけど。

「………その荷物。いい匂いがしてますね。お昼時ですし………。よろしければ、ランチにご一緒させてもらえませんか?」

「ぐー! ぐぐっぐー!!」

 ボクが何か言うより先に、カーくんが大きな声で騒ぎ出した。

 確かにちょうどお昼だし、お腹も鳴り出してる。そろそろお弁当を食べる頃合いだ。

 でも………。

 インキュバスは、にこにことボクを見下ろしてる。

 うぅ……………。

 

 

「………で、なんでこーなるのよ」

 ムスッとしたラーラの前に、インキュバスが座っている。

 ボクらは敷き物を敷いて、その上に持ってきたお弁当を広げていた。ボクとカーくんとラーラと、インキュバス。

「どうして誘拐魔のヘンタイと一緒にお昼を食べなきゃいけないワケ!?」

「だって………"今"は別に悪いコトされてないんだもん。むしろ、さっき踏んじゃったしさ………」

「やぁー、美しいレディ達とランチができるなんて、今日はラッキーですねぇー」

 屈託なく笑うインキュバスの前では、カーくんが踊りながら口中にお弁当を詰め込んでいる。

 ラーラが怒鳴った。

「ちょっと! それ以上近付かないでよ。今度ヘンなことしたら、ファイヤーだからね!」

「オー、嫌われてしまいましたか。では、お詫びも兼ねて、ミーからもレディー達にご馳走しましょう」

 インキュバスは、奇麗な手を宙に泳がせた。

「へ………?」

 ボクらはまぬけに口を開けた。

 インキュバスの手に、何故かティーセットが現れていたのだ。

 上位の魔導師になると、亜空間にポケットを作って、そこに何でも入れて持ち運べるようになるとは聞いているケド………。

 ボクはラーラを見た。多分、ボクも同じ顔をしているんだろう。呆気に取られた顔で、ラーラは首を横に振る。

 うん………。今、魔力の発動なんて感じなかった。なのに、彼の手には現実にティーセットがある。バラの花の模様のティーポットからは湯気も出ていて、到底そこらに隠しておけるものじゃないのに。

「あの、それ………」

「バラの実と花びらで作ったお茶でーす。いい香りがしますよ」

「じゃなくて、どこから出したのよ!」

「オー、それは秘密です」

 あっさりと言って、インキュバスは笑った。

「ミーの得意技です。タネを教えるわけにはいきませんね」

「なによ、それ」

「タネが解ってしまったら、レディーを驚かせる事が出来なくなってしまうでしょうー?」

 そう言って、ウインク。

 そういえば、初めて会ったときにもバラの花を出してたりしたっけ………。

「まぁ………"ここ"では尚更、自由度がきくんですけどねー」

 更におかしなことを言いながら、インキュバスはバラのカップにお茶を注ぎ分けた。湯気を立てたそのお茶は、透き通った赤い色をしている。

「さあどうぞ、レディー」

 ボクらは顔を見合わせた。

「どうしましたか?」

「………何かヘンなもの入れてないでしょうね?」

「疑り深いですねー」

 ラーラの前にあったカップを手に取ると、インキュバスは中身を飲み干した。にっこりと笑って。

「どうですか?」

「う………。わ、解ったわよ!」

「ぐー!」

 カーくんも、器用に舌を使ってティーカップを空けている。カーくんが警戒しないってコトは………大丈夫なんだろう、な。

 お茶は、甘酸っぱい味がした。

 ご一緒したいと言ってた割に、インキュバスはそのバラのお茶以外は口にしなかった。………ただでさえカーくんが人一倍食べるから、ボクとしてはちょっとホッとしたんだけどね。

「ところで、アルルさん」

 食事も終わりに近付いた頃。カップを下ろして、インキュバスが言った。

「ミー達と一緒に、戻る気はありませんか?」

「え………?」

 ぽかんとして、ボクはインキュバスを見た。

「戻るって………」

「何言ってるのよ。後少しで魔導球のある目的地なのよ。ここまで来て戻ってたまるもんですか!」

 噛み付くラーラに、笑って。

「いえ、そうではなく。あなたが本来戻るべき場所へです、アルルさん」

「ボクが………本来、戻る場所?」

「ええ」

 何を言ってるんだろう。この間といい、まるで意味が解らない。なのに、何故だか胸がざわめいた。

 ボクが戻るべき場所? "戻る場所"って………。

「な………なんのことだか、解らないよ」

「………そうですか」

 心なしかインキュバスは声を落とした。

「ミーとしては、どちらでも構わなくはあるんですがねー。"どっち"でもさして変わりはしませんし。けれど、シェゾさんは………」

「シェゾ?」

 思わず声を返すと、インキュバスはにっこりと笑った。

「………意地でも、あなたを連れ戻そうとするでしょうね。――どんな手を使ってでも。なにしろ彼のガンコさは筋金入りですから」

「ど、どんな手を使ってでも、って………」

「………ちょっと!」

 急に怖くなったボクの前に、ラーラがずいと身を乗り出してきた。

「やっぱり、誘拐犯ね。アルルをどうしようっていうのよ!」

「何も。言ったでしょう、どちらでもいいと。ミーはただの案内人ですからね」

 そう言って、立ち上がると優雅にボクらに一礼した。

「ごちそうさまでした。素敵なランチでしたよ」

「なっ………待ちなさいよ! まだ話は終わってないわよ………きゃ!?」

 ラーラが言い終わる前に、インキュバスの姿は消えていた。つむじ風が吹き荒れて、何故かバラの花びらが舞い飛んだ。

 ――どちらを選ぶのも自由………。でも、忘れないでください。アルルさん、選ぶのはあなた自身ですから………。

「な………なんなのよーぉ!!」

 口の中に入ってしまったバラの花びらを吐き出しながら、ラーラが怒鳴っていた。



 

 それから、ボクらは先に進んだ。

 日は、真上からやや北西に傾いている。ぐずぐずしている暇はなかったし、それ以上のんびりしている理由も気持ちもなかった。

「………アルル。アンタ、ほんとは何か心当りがあるんじゃないの?」

 かなり経って、地図を見るために立ち止まったとき、不意にラーラが言った。

「え? な、何が?」

「あのヘンタイ誘拐魔よ! "戻るべき場所"とか言ってたじゃない? アンタ、実はあいつらのこと、知ってるんじゃないの?」

「え、えぇー? 知らないよ、全然。この間初めて会ったんだし」

「ふぅーん? じゃあ………アレかしらね」

「アレ?」

 ずい、とラーラはボクに顔を近づけた。

「出生の秘密、ってヤツよ! 小説なんかによくあるじゃない。さる高貴な血を引く赤ん坊が、さらわれたり、お家騒動とかで庶民の家に預けられる、って話………」

 と、そこまで言ってじっとボクの顔を見、ラーラははーっとため息をついた。

「………んなワケないわね。アンタってばおじさまやおばさまそっっくり!!」

「う、うん………」

「魔法の腕だけは似なかったみたいだけど? どっちにしたって、こんなボケボケ娘に高貴な血なんて流れてるはずないわよね!」

「ボケボケってぇ………」

「じゃ、やっぱりただのヘンタイか。世の中には、あんたみたいなボケボケが好きなヘンタイも結構いるってコトよねー。それとも新手の宗教かしら? アンタいかにも騙されやすそうな顔してるもんねー。ま、気をつけなさいよ」

 勝手なことを言いながら、ラーラは茂みを掻き分けた。

 さっきからずっと聞こえていた低い音。膨大な水が流れ落ちていく響き。

 ――滝だ。

 目の前が一挙に開けて、ボクらの前に大きな滝が出現していた。

 下から見上げているわけではない。流れ落ちる滝の上から三分の一、そこを横から見ているくらいの位置だ。

「よぉっし、着いたわ!」

 ラーラの声が弾んだ。

「よかった、地図の通りだね」

「あったりまえよ! ………で、魔導球は………」

 ラーラはきょろきょろと辺りを見回した。周囲に、それらしきものは見えない。

「えっと………もう少し向こうみたいだケド………」

 ボクはメモをめくった。

 途中で見つけた"ヒント"に書かれていたのは、こんなこと。

 ――カーテンの向こうに、道はある

「カーテンって………」

 嘘でしょ、って顔でラーラがボクを見る。ボクは頷いた。多分、ううん、きっとそうなんだろう。

 流れ落ちる滝の裏側に、暗く細い道が見えていた。

「うぇ〜、ここを行くワケぇ〜?」

「うん………」

 滝の裏がえぐれて出来ているその道は、暗い。やっと一人が通れる程度の幅しかないし。おまけに、当然ながら水が滴っていてぐちゃぐちゃだ。

「もぉ〜………カミュ先輩のためよ!」

 果敢に、ラーラは道に踏み込んだ。当然、ボクも行かないわけにはいかない。

 ラーラの灯したライトの魔法を頼りに、進んで行く。

 道にはところどころ亀裂や段差が入っている。そうでなくとも、万が一流れる滝に触れたら、ひどい事になるだろう。流れ落ちる膨大な水には、ボクらの骨なんて簡単に折ってしまえる力が備わっている。

 滝の裏の、ちょうど真ん中くらいの位置だろうか。不意に、ボクらは広い場所に出た。

 壁が深くえぐれて、広間みたいになっている。その奥に、きらきらと丸く光るものが見えた。

「あった、魔導球よ!」

「やったぁ!」

 ボクらは魔導球に駆け寄った。………駆け寄ろうとした。けれど。なんてことだろう。突然闇の中の輝きが消えてしまった!

「な、なによアンタ!」

 違う。

 闇に溶け込む漆黒。そんな服を着た人が魔導球の前に立ったから、そんな風に見えたのだ。

「………シェゾ!」

 この間会った、得体の知れない誘拐魔――彼がそこにいた。

 どうして、ここに………。

 ――どんな手を使ってでも。

 瞬間、インキュバスの言葉が蘇って、ボクはぞっとする。

 そんなことは露知らず、身構えつつラーラが言った。

「なんなのよ………もしかして、アンタがここの試験官? アンタを倒せば試験は終了ってコト!?」

「試験官?」

 形のいい眉を微かにひそめ、シェゾはフッと嗤った。 

「そんなのもいたな……………出来の悪いイリュージョンが。邪魔だから斬り捨てたが」

「なっ………」

 言葉を詰まらせるラーラを無視し、シェゾはボクをまっすぐに見据えた。

「アルル」

 ビクリ、とボクは震えた。まるで蛇に睨まれたカエルだ。ボクの身はすくんでしまっている。

「この前も言ったが………俺は、こんなふざけた茶番に付き合っている気はないんでな。さっさと一緒に来てもらうぜ!」

 言いながら、近付いてくる。

「まっ………待ちなさいよ!」

 ラーラが、ボクの前に割り込んできた。

「試験を邪魔して、その上アルルをだなんて、アンタ一体どういうつもり!? カミュ先輩とのらぶらぶな中学生活のために、あたしはこの試験に賭けてたんだからっ。大体ねぇ………!」

「――邪魔だ」

「きゃあぁっ!!」

 一瞬。

 何が起こったのか解らなかった。でも、気が付くとラーラは遠く離れた壁にぶつかって倒れていた。ずるずると床に崩れ落ちる。

 爆裂系の魔法………?

 呪文の詠唱もなく、こんなに早く!

「ラーラ!」

 ボクはぐったりしたラーラに駆け寄った。

 滝の方ではなく壁に叩き付けられたのは幸運だったのかもしれないけれど………全身をひどく打っている。

「ヒーリング!」

 ボクは治癒呪文を唱えた………けど。駄目だ、ダメージが大きい。ボク程度のヒーリングじゃ、回復が追い付かない。

 涙がにじんだ。ボクだけならともかく(それもヤだけど)、ラーラをこんなにするなんて………。

「ふん………怒ったのか?」

「……………」

 シェゾは笑っている。――どこか面白そうに。

「ふっ。試験、か………。いいだろう、お前に付き合ってやる」

 傍らの魔導球を手に取った。

「俺と戦え、アルル!

 お前が勝てばこの球をやろう。だが、俺が勝ったら今すぐこの茶番をやめて、帰ってもらう!」

 そう言うと、シェゾはどこからか取り出した魔剣を構えた。急激な魔力の上昇で、髪やマントが風を受けたようにはためく。

「……………」

 ボクは、黙ってラーラの肩を支えて立ちあがった。

「おい………どこへ行く?」

 戸惑ったようなシェゾの声を無視して、突き当たりへ。そこには緊急脱出用の魔法陣が設置してある。学校に直通しているはずだ。

「なっ………。まさか、逃げるというのか!? アルル!」

「アルル………」

 ラーラが、苦しそうな声で呟いた。

「なにやって………んのよ。魔導球を取らなきゃ………試験は失格になっちゃう………のよ………?」

「イヤだよ………」

 ボクは言った。

「ボクは戦わない。ラーラを学校に連れていく方が先だよ」

「なにを………言ってんの? アンタは………っ。ここで逃げ………たら………っ!」

「試験なんて、どうでもいいんだっ!!」

 ボクは叫んだ。ラーラが口をつぐむ。勢いのまま振り返り、ボクはシェゾを睨んだ。

「撃てば? キミにはボクみたいな子供を倒すなんて簡単でしょ。呪文も唱えずに魔法を放てるような魔導師に、ボクみたいな落ちこぼれの子供がかなうはずないじゃないか。勝負だなんて言って、キミはボクをなぶってるだけなんだ!」 

 シェゾは言葉を失っている……………ように見える。

「ボクは誰とも戦いたくなんかない。試験に失格したって、魔導学校に行けなくたっていい。ここにいるラーラの………友達の方が、ずっと大切だよっ!」

「………………バカ………っ」

 それだけ呟いて。

 痛みのせいだろう。ラーラは気を失ってしまった。

「ラーラ!」

 ぐずぐずしている暇はない。ラーラを支え、ボクは魔法陣に乗った。

「お前が………? 戦わずして、勝負を放棄するというのか。アルル・ナジャ………」

 呆然としたシェゾの声が聞こえる。

 思わず振り返ったボクの目が彼の表情を捉えたのは、ほんの一瞬。

 既に動作していた魔法陣は、たちまちボクらをその場から運び去っていた。



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