■■■■■

「……まだ目覚めませんの?」

 女は呟いた。

 それは特に誰かの答えを期待したものではなかったが、答えはちゃんと返った。

「ああ……」

 その場で応えられる者は彼しかいないのだから、彼がそうするのは当然だろう。とはいえ、そこに彼ら二人しかいないというわけではない。

 だが、他の者――二人は、女の声に応えようにも応えられない状況にある。

 彼らの前のベッドに横たわった少女と、その側の椅子に腰掛けたまま、倒れ込むようにベッドに顔を伏せている青年。

「ヤツを信じて待つしかあるまい……」

「本当に信じていいのでしょうか、こんなヘンタイを。やっぱり、あたくしが……!」

 かなり傍若無人な物言いに、男の口元が微かに歪んだ。"苦笑"の形に。

「無理を言うな。魔力を持たぬ者に、この任は厳しい。といって、私がヒトの内に入るにはあまりに容量が違い過ぎるし……な。仕方あるまい」

「だって、元々この男のせいなんですよ!? この子を、こんな……っ!」

「傷は大した物ではなかった。治療も完璧に行われていた。………状況を考えれば、ヤツをただ責めるのも酷だろう」

「でも……」

「ああ見えて、ヤツは一度交わした約は律義に履行する。大丈夫だろう」

 彼自身も疲れていたが、強いて明るく、宥めるように女に言った。そして思う。

 ――問題は、むしろ"彼女"の方かもしれない。こうまで頑強に目覚めぬというのは……。

 ――何か、他に要因があるのか……?

 彼に断言されてかなり気が楽になったのだろう。それでも、少し心配げに腰をかがめ、女は眠る少女の前髪に触れた。

「アルル……」



 

遠 い 風 景 。


 丘の上に、少女は座っていた。

 ここは彼女の特等席だ。小高いこの場所からは、遠く村の外へ伸びる道が見て取れる。

 いつも、彼女はここで待っていた。

 その道を通って、父親が帰ってくるのを。

 村の外から戻るとき、父親は大抵何かお土産を持っていた。

 それは飴玉だったりおもちゃだったり、ささやかなものだったが。

 彼女はそれを楽しみにしていたし、なにより、帰ってきた父親の顔と、笑顔になる母親の顔を見るのが好きだった。

「……でも」

 遠い道を見ながら、呟く。

「ボクは、もうここには来ないよ」

 毎日、彼女はここで待ち続けた。

 ―――あの日から。

 背の高い影が、遠い道の向こうから現れる日を待ち望み続けた。

 それが、もう決して望めぬ事だと知っていても。それでも、待ち続ける事で信じていたかったのかもしれない。

「でもね……気付いちゃったから。お母さんは何も言わないけど、ボクがここに行くのを哀しんでる」

 帰って来ない父親の影を待ち続ける娘を、哀れんでいる。

「だから……ボクは、もう来ない。お母さんに悲しい思いはさせたくないから」

 ボクはもう、待たない。

「でも、信じる気持ちを捨ててしまったわけじゃないよ。

 ――今度はボクが、捜しに行くから」

 お父さんみたいな立派で強い魔導師になって……。

 村の外へ続く道。

 遠い遠いその道を通って。

 お父さんしか行けなかったような、そんな遠くへだって行って。

 きっと、きっと………。 



  

B || NEXT || R

inserted by FC2 system