ユ メ ノ サ カ イ 。


「な、何の用なの!?」

「……お前の力が、欲しいだけだ」

「!?」

 相手のセリフにはっとした瞬間、強烈な魔力の波動がボクを襲った。スリープの呪文だ。

 だめだ。

 眠りの渦に引きずり込まれる……!


 

「大人しく牢で待っていればよいものを……。お前の力、ゆっくりと吸い取ってやるつもりだったが仕方がない。今この場で死んでもらう!」

「冗談じゃないよっ!!」

 ボクの抗議なんか意に介する様子もなく。銀髪の魔導師はボクに向かって呪文を放った。

「アレイアード!」

「わぁあっ!?」

 すさまじい衝撃に、視界が歪んだ。壁に打ち付けられ、一瞬息が止まる。

 ――古代魔導……? まさか、ホントに使える奴がいるなんて。

「まだ動けるか……。しぶとい奴だ」

「くぅっ、そんな古臭い言葉使わないでよ!」

 言いながら、ボクは素早く呪文を編み上げていく。古代魔導が使えるようなやつに、ボクの力がどこまで通用するものなのかは判らない。けれど。

「ダダ ダイアキュート!」

「こざかしい……はぁあっ!」

 魔剣を掲げて、魔導師は吠えた。これまで以上に凄まじい魔力が集中していくのが分かる。

 あれを食らえば多分………。

「アレイアード・スペシャル!」

「ジュジュジュジュ……ジュゲムっ!!」

 だけど、諦めない。ボクは絶対、魔導学校に行って――そして世界一の魔導師になるんだから!

 

■■■■■■■


「――お化け屋敷、ですか?」

「ああ。困ったもんでなぁ。あんなモンが側にあると、安心して子供を外にも出せないし」

 言いながら、おじさんは窓の外に目をやった。

 街の向こう、小高い丘の上に、大きなお屋敷が見える。

 "それ"はよく分かった。お屋敷は奇妙に目だって見えた――その荒んだ、凶々しい気配が、景色からそれを浮かせているのだ。

「魔導師か剣士か……魔物を倒せる専門家でも呼べりゃあいいんだけど。この街に住んでる魔導師はみんな腰抜けだし、ギルドに頼もうなら高額の謝礼を要求されるしな。町長はとても当てにならねぇよ」

 ぷよまんをごくりと飲み込んで、ボクは言った。

「あの……。ボクが行ってきましょうか?」

「……あんたが?」

 おじさんは目を丸くする。

「いやいや、とても駄目だ。確かにあんたは見たところ魔導師みたいだけど、あんたみたいなお嬢ちゃんには無理だろう。魔物退治なんて」

「だぁーいじょうぶ! ボク、こう見えても強いんですよ! 魔王とだって戦ったことがあるんだから」

 そう言うと、おじさんはちょっと呆れた顔でボクを見た。信じてはもらえなかったみたい……確かに、あんな魔王なんて普通想像もしないだろうケド。

「けど……高い謝礼がいるんだろう? さっきも言った通り、ここの町長はケチだからね。とても払えやしないよ」

「ボク、まだ学生だから……お金なんて要りません。これも修行だし」

「いや! そうかね。でもなぁ……。

 ところで、学生って……。もしかして、お嬢ちゃんはあの……?」

「はい、古代魔導学校で勉強してます」

「ほぉー、あの! そうか、そりゃすごい。だったら、魔王と戦ったというのも、あながち嘘ではないかもしれんなぁ。いやあ。じゃあ、お願いしても構わんかね。その、……無料で」

「ボクでお役に立てるなら……。困った人を助けるのは、魔導師の努めですから!」



「……バカか? お前」

 話を聞き終わるなり、シェゾは言った。

「な。……キミねぇ、いきなり人を馬鹿呼ばわりするのは……」

「お前、カモられてるんだよ。ったく……いいように使われやがって」

「だって! みんな困ってるんだよ。だったら何とかしてあげるべきじゃないか」

「手に余る事を安請け合いしたって、結局困るだけだろうが」

 ボクはむっとした。

「ボクには出来ないって言うの!?」

「確かにお前は強い。そこらの奴らに比べればな。だが何の装備もなく下準備もなく、こんな魔物の巣に来るのは馬鹿だといってるんだ」

「なんだよ……だったら、シェゾはどうなのさ」

「俺はいいんだよ……。俺はアイテムが手に入ればいいんで、魔物の事はどうでもいいからな」

「なんだよ、それっ」

 それでも、ボクらは一緒に行動する事になった。シェゾが探している"強い魔力を持つ"アイテムが、きっと魔物を引き付ける核になっているのだから。それがなくなれば、魔物はいなくなるはずなのだ。

 そして実際、シェゾと行動を共に出来た事は、ボクにとってはラッキーだった。この屋敷に巣食う魔物は存外に数が多く、一体や二体はともかく、戦闘が続けばいずれ苦戦は必至だっただろうからだ。それに、シェゾは魔力の元を探知する事が出来た。………そういうことにだけは鼻が利くんだよねぇ……。



”触らないで!”

 そうやって、辿り着いた最奥の間。強い魔力の潜むところ。

 そこにいたのは、小さな子供の亡霊だった。

 亡霊――レイスは、小さな玉を必死に背に庇っていた。

「ガーディアン…というほどの力はないな。あのアイテムに余程の思い入れがあるらしい。それで迷って出たか……」

 そう言って、シェゾは魔剣を構える。

「シェゾ! どうするの?」

「決まってるだろう。邪魔なものは排除するまでだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 ボクは慌ててシェゾの前に回りこんだ。

「おい、何のマネだ」

「あんな小さな男の子なんだよ。可哀相じゃない。何か事情があるのなら、それを…」

「子供の姿に見えるのは生きていた時の情報に過ぎん。…それは、ただの死霊だ」

「だからって…」

「ジャマだ、どけっ」

「イヤだよ!」

 だって、何故だかボクには解ってしまったのだ。このレイス――子供の守っているものが何か。ここは子供部屋。大事にされていた子供の部屋。

 この子が守っているのは、生きていた頃の、楽しかった頃の、大切な……。

「ぐーっ!」

「え?」

カーくんの声に振り向くと、子供がゆらりとボクに向かってその腕を差し伸べているところだった。冷たいてのひらが、ボクに触れる……。

「チッ」

 シェゾが、魔剣を振りかぶった。

「シェゾ! やめてっ」

「闇の剣よ、切り裂けぇっ!」

 咄嗟に、ボクは子供を庇うように、シェゾに背を向けて飛び出していた。

「きゃああああっ!」

 けれど。ボクを突き抜けた闇の波動は、あっさりと子供を――レイスをかき乱し、分散させた。

 ――ああ、ボクは……。

 ボクの目の前で煙のように掻き消えていく子供の向こうに、彼の守っていたもの……小さな玉が見えた。きらきらと輝いているけれど、宝玉なんかじゃない。ささやかなおもちゃだった。ガラスの中に封じ込められたミニチュアの家。赤い屋根、煙突、扉の横の郵便受け……。

 懐かしい風景だった。

 とても――。

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