空には、満天の星。

「あれっ? ねえ、今から帰るの?」

 シェゾが振り向くと、見慣れた少女の姿があった。

「なんだ。お前こそこんなところでどうした。寝てなくていいのか?」

「もうずっと寝てたんだもん。そんなに寝ていられないよ」

 笑って、アルルはそこにしゃがみこんだ。

「これをさ……。ここに埋めようと思って」

 そう言いながらアルルが見せたのは、てのひらに収まるほどの小さな玉だった。ガラスで出来たその中には、ミニチュアの家が入っている。

「いつのまにか、ずっとこれを握ってたみたいなんだ。あのお屋敷に戻そうかとも思ったけど、万が一、また魔物が増えても困るし」

 玉は、もう光り輝いてはいなかった。ただのガラス玉だ。

 アルルは手で土を掘ると、そこに玉を埋めた。

「……いいのか?」

 思わず、シェゾはそう問い掛けていた。

「何が?」

「何が……って」

 何なんだろう? 聞いておきながら、改めて問われると分からなかった。

「――いいんだ。あの子だってこの方がゆっくり眠れると思うし………それに、ボクは歩きたいから」

 地面から視線を動かさないまま、アルルは独り言のように呟いた。

 ――置いていかれたくないもんね。

「あ?」

「なんでもないっ」

 立ち上がり、アルルはぽんぽんと土をはたいた。

「それより、ありがとうシェゾ。……迎えに来てくれて」

 真っ正面から言われて、シェゾは僅かに視線をそらす。いつもの癖。

「フン。礼なんぞ言うな」

「またぁ……素直じゃないなぁ。折角感謝してるのに」

「礼を言うなら、俺だけにじゃないだろう。……俺はただ、迎えに行く役だっただけだ」

「そうだね。ルルーにも、サタンにも、それからインキュバスにもお礼を言わなくっちゃ」

「だったら、今夜は戻ってじっとしてろ。あいつらがまたおろおろするぞ」

「シェゾも心配した?」

「……な?」

 唐突に言われて、シェゾは思わず絶句する。一瞬の後、絶句した自分自身に決まり悪さを感じながら。

「おい……勘違いしてないか? アルル・ナジャ。俺はお前のことなどどうでもいい。だが、あんなことでどうにかなられては、お前の魔力が取れんからな」

「まだ言ってる。そんなにボクの魔力が欲しいかなぁ?」

「当たり前だ! お前の魔力を吸収し、この俺こそが世界最強の魔導師になるのだ!」

「キミって、いっつも言うこと同じだねぇ……ボキャブラリーが足りないんじゃないの?」

「なんだと!?」

 ムッとしたシェゾに向かい、屈託なくアルルは笑った。不機嫌な仏頂面をされても、怖くはない。そう――だいぶ飲み込めてきたものだ。このひねくれ者の魔導師の性格も。

「でも、世界一の魔導師っていうなら譲れないよ。ボクだってそのために頑張ってるんだから!」

 笑いながらアルルは言った。

 強い――ある種挑発的とも言える視線が、シェゾを射抜いた。見慣れていたはずの、けれど久しぶりに見る、その色。

「……フッ」

「あっ……。なんでそこで笑うかなぁ」

「さぁな」

「まだ笑ってる……。ボクは本気なんだからね! キミなんてぶっちぎって、置いてけぼりにして、絶対、世界一の魔導師になるんだからっ」

「できるもんならな」

「やってみせるよ!」



 道の果てに何があるのか。荒野かもしれない。沼地かもしれない。あるいは、終わりなどないのかも。懐かしい風景に再び出会うのかもしれないし、立ち止まり、自ら新たにその風景を作ることもあるのかもしれない。

 その先に何があるのだとしても。

 道は続く。心の深淵から、遥かな未来へと。






END



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