さて、後は食料品である。徒歩で四十分ほどの街までの道のりを、シェゾはてくてくと歩いていた。面倒くさいのでテレポートでも使いたいところだが、熱が出てきたようなのでやめておいた。空間転移系の魔法の行使は、クリアな精神状態の時に限る。経験則だ。それに、街の辺りはうじゃうじゃ生きて動き回っている人間がいるので、普段でもよほどのことがなければテレポートはしない。空間転移系の魔法は、便利な反面、危険度が高く、人が思うほどには万能ではないのだ。
それにしても、いつもなら考え事をしながら歩くのに丁度いい程度の道のりも、今日はだるくて辛かった。まぁ、薬を飲んだのだから、そのうち楽になってくるだろうが……。
「……あ、あの。あのあの。………シ、シェゾさんっ」
ぼんやりと歩いているうち、ふと、誰かに呼ばれているのに気がついた。あまりに小さな声なので聞き流すところだった。
みると、脇の池の中からうろこさかなびとが半身を出して、こちらを見ている。
――確か、セリリとかいったか?
危険はない。大人しくてひどく臆病な性格だ。ひょんなことで言葉を交わして以来、こうして時たま声をかけてくる。
「よう……」
「こ、こんにちは!」
声を返すと、両手をぎゅっと握りしめてガチガチになっていたのが、ぱっと笑った。なつきかけた小動物のようだ、と思う。
「お出かけですか?」
「ああ。街までな」
そう言って、じゃあな、と去ろうとしたが、セリリの眉がたちまち下がったのを見て考え直した。もう少しくらい付き合ってやるべきかもしれない。小動物は嫌いではない。
「お前は元気だったか?」
言うと、セリリは千切れんばかりに尻尾を振る小犬のように目を輝かせた。
「はい! 私は元気です。シェゾさんは………あれ、もしかして……熱、ありますか?」
「わかるのか?」
「はい。目がちょっと潤んでます」
「ただの風邪だ、なんてことはない。さっきウィッチのところで薬を飲んできた……し」
そこまで言ったところで、シェゾは咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……」
まだ咳を出したげにくすぐったがっている喉をごまかしつつ、そう言う。
「………」
不意に黙りこんで、セリリはじっとシェゾの顔を見上げた。これまでになく凝視している。
「……?」
「あの……シェゾさん、よくここを通りますけど……。ウィッチさんのところに行った帰りなんですよね」
「? まぁ、そうだが」
「ウィッチさんと仲がいいんですね」
「――はぁ?」
どういうわけだか、セリリは今にも泣きそうな顔になっている。
「私とウィッチさん、どっちの方が好きなんですか……って、ごめんなさい! 私になんか、こんなこと訊く権利はありませんよね」
「何を言ってるんだ?」
「そうです、私になんか何を言う権利もないんです。なのに、ちょっと話をしてもらったくらいで舞い上がって。どうせ私なんか、同情の対象なんですよね。それで優しくしてくれただけなんですよね。そうよ、友達もいない、恋人もいない、かわいそうな泣き虫の半分サカナの女の子だって思われてるだけなんだわ。なのにいい気になって声をかけたりなんかして。私なんて、私なんてどうせ全然……ごめんなさいっ!」
次第に興奮状態になって泣きわめくと、セリリは勢いよく水しぶきを上げて池の中に跳ね消えた。
「………何だったんだ……」
シェゾは半ば呆然、残り憮然と呟いた。
女の言動は、彼にとってしばしば不可解で不条理なものだが。
――今までで一番、ワケがわからん……。
そんなシェゾの全身は濡れそぼっている。勿論、セリリの上げた水しぶきのせいであった。花もほころび始めたとはいえ、まだ二月。風は冷たく体を冷やす。
「……っぷしっ!」
前髪からしずくを滴らせつつ、もう一度、シェゾは大きくクシャミをした。