ぷよまん本舗は街の中心からやや外れたところにある。中心まで行けばもっと大きなショップも何軒かあるが、中規模ながら取扱商品の網羅範囲がやけに広いこの店を、シェゾは結構気に入っていた。店主が、時には自らダンジョンを巡り歩く魔物商人のもももだけあって、たまに掘り出し物を見つけることもあるし。

「もももー、いらっしゃいませなの〜」

 ドアを押し開けて店内に入ると、すかさずもももの声がかかった。ウィッチの店とはえらい違いだ。あの店にあまり客が居着かないのは、やはり立地条件以外にも問題があるのではないかと思う。

 ウィッチの店で他の客と遭遇することは滅多にないが(たまに”アイツ”と鉢合わせるくらいだ)、この店には先客が二人いて、棚の前で品漁り……というより、立ち話に興じていた。

「あ、ヘン…コホン、シェゾさん」

「げっ、シェゾ」

 一人の声にもう一人が振り向いて、思い切り眉根を寄せて言った。ドラコケンタウロス。羽やしっぽを生やした、半人半竜族の少女だ。その横でこちらを伺うようにして身を縮めているのは、確かチコとかいう亜人の少女。柔らかな毛に覆われた耳が、横に長く飛び出している。

「ここで遭うのは珍しいわよね〜。どう、元気にしてた? まだアルルを追っ掛けてるの? ちょっとぉ、返事くらいしなよ。

 ……って。なによ、なんでこっちに来るワケ? ――やる気!?」

 牙の生えた口からちろちろと炎を吹き出しつつ、ドラコは独自のファイティングポーズを取った。女のキンキン声は、今日は特に頭に響くな……と思いつつ、シェゾは疲れた口調で言った。

「俺は、お前たちの後ろにある棚の商品を取りたいだけだが?」

「あ……」

 はっとして、少女達は左右に避けて場を開ける。シェゾは手早く目当ての品物を取った。

「な、なによー。そうならそうと、さっさと言えばいいじゃない。不機嫌そうな顔して、じっとヒトの顔見てガンたれちゃってさ」

 後ろでドラコがまだ何か言っていたが、無視してカウンターに清算に行った。正直、会話するのがかったるい。

「全部で金二千八百なのー」

「ああ」

「ちょっと、聞いてんの? そんなむっつりだから、色々と女の子にメーワクかけてるんだよ、このヘンタイ!」

「あのな………っ、ゴホ、ゴホッ」

 ”ヘンタイ”は、彼にとっては怒りのキーワードである。流石にムッとして、何か言い返そうと息を吸い込んだ途端。過敏になっている喉が反乱を起こし、激しく咳き込んでしまった。

「お客さん、風邪なのー? いい風邪薬あるのー」

「ゴホッ、……ああ、すまん。だが、薬はさっき飲んだからな」

 なんとか咳を抑えて、そう言う。

「……シェゾ、あんた風邪ひいてるの? 大丈夫?」

「ああ?」

 振り向くと、先程までとは打って変わって、心配そうな表情かおでドラコが見上げていた。雰囲気が妙にしおらしい。

「ごめん……具合悪かったのに、色々言ったりして。そういえば顔色悪いよね。熱もあるの?」

 そう言うと、魔族ならではの力でぐいとマントを掴んでシェゾの頭を引き寄せ、額に自分の額を押し当てた。バンダナ越しだが。

「熱い! ちょっと、熱あるんじゃん! 駄目だよ出歩いちゃ。早く帰って寝なくちゃ」

「な。お前はまた、イキナリ何をす」

「ぐずぐずしてない! フラフラしてちゃ、ますます悪化するよっ」

「俺だってそうしたいわっ! お前が馬鹿力で人のマントを掴むのをやめてくれたらな!」

「あ、ゴメン……」

 ぱっと手を放すと、ドラコはうつむいた。両手をもじもじと揉んでいる。しかし背中から生えた羽は、気分の高揚を示すかのように、大きく広がって上がっていた。

「シェゾさん!」

 突然、目の前に何かが差し出された。……カレールーだ。差し出しているのはチコ。

「これ、私が作ったんです。よかったら召し上がってください」

「ちょっとチコ、何言ってんの。風邪ひいてる時にカレーもないでしょ」

「あら、カレーには体をあっためる効果があるんですよ。健康にもいいはずです。それに、これ甘口ですから。そんなに刺激はないと思うんです」

 口を挟んだドラコに向かい、懸命にチコは言い募った。それからシェゾに視線を戻して。

「結構評判いいし、自分で言うのもなんだけど、おいしいって自信はあります。……あの、もし作るのが面倒なら、私、作りに行ってもいいですけど……」

「はいはいはい、カレーくらいならあたしにだって作れるよっ。大体チコ、あんたカレーは好きじゃないって言ってたじゃん。嫌いな料理を作ったって美味しく出来るわけないでしょ」

「そんなことありませんよ! そう、愛情があれば……。これ、おばあさまが言ってたんだけど」

 女同士の声高な会話は、(マジに)ガンガンと頭に響く。普段でも精神的疲労が甚大なのに、今の体調にはかなり辛い。そーとー辛い。

「なんでもいいが……。忠告に従って、俺は帰って寝る。カレールーは、くれると言うならもらっておくぜ。じゃあな……」

「あっ、待ってくださいシェゾさん。足元がふらついてるじゃないですか」

「そうだよ。一人で帰れるの?

 ……そうだ、あたしが送ってってあげる! あたしなら空を飛べるし、あんた一人くらいなら楽々運べるから、あっという間だよっ」

 確かに、それは楽そうだ。今は本当に体調も悪いことだし……と多少は心が動いたが。

「悪いが、一人で帰る。――俺に構うな」

 誰であろうと、拠点を教えるような真似をするわけにはいかないのだ。闇の魔導師としては。その緩みがいずれ、自分の身を滅ぼす。

 言葉の最後に込めた強い語気に、少女二人はかしましい口を閉じた。

 ――そうだ。こうして突き放してしまうのがいい。それが最も正しく、そして楽なやり方なのだから。

 ……と、微かな自嘲を込めつつ思えたのは、ほんの僅かな間。

「………ほんっとにつれないんだからぁ〜。でも、そこがイイんだよねぇ〜vV

「冷たいところがス・テ・キ……v

「――はぁ?」

 絶句させられたのは、シェゾの方だった。

 ――おかしい。なんなんだこの反応は。

 熱のせいで目もおかしくなっているのだろうか? 見上げてくる少女二人の視線も熱っぽく、やけに粘着質に絡み付いてくる。

「とにかく、俺は一人で帰るっ!」

 満ち満ちてくる雰囲気(具体的になんなのかはわからないが、危険だと思う)に耐えられず、シェゾはそれだけ言ってショップを飛び出した。後から思えば結構みっともない態度だったが、それもこれも風邪と熱のせいで著しく精神力が摩耗していたからだ……と、しておこう。

 



 

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