「はぁ……。女はワケがわからん」
街外れの街道を歩きながら、シェゾは溜息と共に呟いた。
昔から、女性の精神構造はシェゾにとっての世界最大の謎である。
自慢ではないが、外見はかなりマシな方なので、近付いてくる女は多かった。だが、暫くすると勝手に騒いで離れていく。こちらが何か反応を返しても、まるで返さなくても。冷たいだの傲慢だの、泣くわ喚くわ。学生時代には、そんな女達に散々悪評を流されたこともあった。……まぁ、こちらとしては静かになって願ったり叶ったりだったが。
女の肌に触れるのも悪くはないが、愚にもつかない日常の会話につきあう気はさらさらない。それくらいなら、どこやらの遺跡やダンジョンを探索したり、本を読んでいた方がよっぽど有意義だ。大体、女は感情の振り幅が大きい。今笑っていたかと思えばもう泣くし怒るし。感情的すぎて、およそ理性的ではない。もっと私を見て、と噛み付いたり泣いたりする暇があるなら、その間に実地や机上での鍛練を積んで
――そう。俺は常に己を磨いている。磨き、向上して……近いうちに”アイツ”を倒して魔力を奪い――そうしてやっと、”次”へ行く事が出来るのだ。
”次”が何なのかは、俺にもまだわからないのだが………。
などということを取り止めもなく考えていると、よりによってシェゾが最も”感情的”と判断し忌避する女の筆頭が現れた。
「あら、ヘンタイ魔導師じゃないの」
「……よう。筋肉ダルマ女」
豊満な肢体をきわどいドレスで包み、緩い波を持った青い髪を背中まで垂らした美女――ルルーは、案の定即座に反応し、感情むき出しに騒ぎ立てた。
「なんですって!? 誰がのーみそまで筋肉のゴツいダルマ女よっ!」
「………いつも思っていたが、お前の耳と頭脳の連携はどーなってるんだ?」
致命的な欠陥があるのではなかろうか?
「あんたにだけはそういうこと言われたくないのよ。ネクラでイヤミでヘンタイのくせにっ」
「なんでもいいが、今日はお前の相手をする気分じゃない。――っ、ゴホゴホッ」
「きゃっ。きったないわねぇ〜、唾がかかるじゃない。……もしかして、あんた風邪ひいてるの?」
「ゴホッ、――ほっとけっ、ゴホゴホッ」
「だらしないわねぇ。あんた、鍛え方が足りないのよ。あたくしをごらんなさい。風邪一つひいたことなんてなくってよ!」
そして無意味に高笑いをする。(頭にわぁんと反響する……。)咳を止めようと努力しつつ、バカが風邪をひかないというのは本当なのだな、とシェゾは愚にもつかないことを考えた。厳密には、”体力バカは”だが。
しかし、己が風邪をひいてしまったのは、闇の魔導師としての不覚、自己管理の失敗――精神的な”鍛え方が足りなかった”ことも事実である。そう思うと、痛い。ムカつくが、この女はいつも痛いところを突く。
「ゴホッ、とにかく、俺は行く。じゃあな」
「待ちなさい!」
さっさと去ろうとしたのに、強い語調で呼び止められた。
「……なんだ」
見れば、ルルーはじっとシェゾを見据えていた。先程までと違い、真正面から。痛いほど真剣な視線だ。
正々堂々を好む単純思考のこの女が、よもや病人に戦いを仕掛けてくるとは思わないが。
「シェゾ……」
一歩近付く。そこでぐっと胸を張り、傲然と言い放った。
「あたくしと結婚しなさい!」
「はぁあ!?」
有り得ない台詞を聞いた、と思った。耳が、頭脳が、理解するのを拒否している。なのに彼女は重ねて言った。
「あたくしと結婚しなさい。いいわね? じゃあ、教会に行きましょう。すぐに手配しなくては」
「ちょ……、待て、引っ張るな! なんだそれは、新手の冗談か? それにしては笑えんぞ!」
「あたくしはいつだって本気よ! ……シェゾ、あんたまさか、あたくしと結婚するのが嫌だって言うんじゃないでしょうねぇ。このナイスバディ! 美しい顔立ち! 最高の格闘家で、加えて家柄にも恥じることのない、申し分のない花嫁のこのあたくしを!」
胸の膨らみを強調するポーズを取って長い髪を書き上げ、白いうなじを見せる。
「って……。大体、サタンはどーした! お前はサタンと結婚したいと言って散々追い回していただろうが!」
「サタン様……」
はっとしたように、ルルーが言葉を詰まらせた。
「勿論、サタン様のことは好きよ……愛してるわ。でも、今のあたくしにとってサタン様は…………………そう、神なのよっ! 畏れ多くて結婚なんて出来ないわっ。あたくしの愛は永遠にサタン様のもの……。でも、それとこれは話が別よ!」
「なんだそれはっ! 大体、それなら相手は誰でもいいんじゃねぇか。よその男のところへ行け、俺に絡むなっ」
「あんたじゃなきゃ駄目なのよっ。何故だか今そう思ったのよっ。さぁ、大人しくあたくしと結婚しなさいっ!」
「だぁあっ、やめんかーっ、ゴホッ。ルルーが壊れたぁあっ。おいミノタウロス、見ていないでなんとかしろ〜〜っ!!」
格闘家としての本能むき出しで掴み掛かるルルー、必死に抵抗するシェゾ。そんな二人の様子を、ずっと背後で見つめていたミノタウロスは……。
「ブモォオオオオッ! ルルー様も、お前も、俺にとっては等しく愛する、大切なお方……。大切な二人が結ばれると言うのなら、俺は、俺は……。大人しく身を引くぜぇええっ!」
牛頭人身の大男は、苦悩のポーズを取って土煙と共にどこかへ駆け去って行った。
「お前もかぁあっ、って、この女をどーにかしてから去ってくれぇーっ! ゲホッ」
「観念して、あたくしと結婚するのよ〜〜っ!」
ドタバタと、シャレにならない捕物は続く。
ああ、万事休す。絶対絶命か!?
「サンダーッ!」
ピシャーン、と青い雷が地を撃った。
「くっ。何者!?」
さっと地面を転がって身を躱し、見回すルルー。
「シェゾ! こっちですわ!」
鷲のように舞い下りた影が、さっとシェゾの手を掴むと、そのまま強引に空へ連れ去った。たちまち、その場から離れていく。
「あっ、シェゾ! 待ちなさい、あたくしと結婚するまで逃がさないわよ〜っ!!」
そんなルルーの怒声も、あっというまに彼方へ遠ざかっていった。