この二ヶ月ほどの旅はルグニカ大陸をひたすら南に下るものだったが、カイツール軍港を出港したキャツベルトと呼ばれる連絡船は海路を北上していた。なんのことはない、これから行くケセドニアは最初に飛ばされたタタル渓谷のごく間近にあるのだと聞いて、ルークは口をあんぐりと開けてしまったものである。

「これまで散々苦労して歩いたのは何だったんだよ!」

「ローテルロー橋が落ちちまってるからなぁ……。おかげで俺も苦労したし」

 ガイは顎に手を当てて困った顔をしている。そうだ、あの橋が壊されるのを目の前で見たんだった、とルークは思い出した。土地勘の無さでうっかり橋を渡ってしまったために、こんなややこしいことになってしまったのだ。

「そういやお前、橋が落ちてんのに、どうやって俺を捜しに来れたんだ?」

「まあ、色々とな」

 ガイは笑う。

 その時、船室の扉がノックされた。赤い鎧のキムラスカ兵が入ってきて敬礼する。

「ルーク様。グランツ謡将がお呼びです。甲板でお待ち下さいとのことですが」

「ヴァン師匠せんせいが? 分かった」

 兵士は再び敬礼して去って行った。

「この船には女性士官がいないんだよな。ホッとしたような、寂しいような……」

「お前の女性恐怖症、相変わらずなのな」

 呟くガイに笑って、「じゃ、俺ちょっと行って来るわ」とルークは扉に手を掛けた。「なあルーク」と背中に声が掛かる。

「お前、俺と初めて会った時のこと、覚えてるか?」

「だから覚えてねぇっつーの。誘拐される前じゃんか」

「……そうだよな。うん。お前、全然違うもんな」

「……はぁ?」

「いや、お前がお前でよかったってことだよ」

 ガイは笑って言葉を切った。「ヘンな奴」と苦笑してルークは扉を押し開ける。

 廊下は薄暗かったが、小さな窓からは青い海が見えた。――が。しばらく歩いたところで、ルークは突然頭を押さえてうずくまる。

「ご主人様!?」

 ミュウが駆け寄ってきたのが分かったが、それ以上に大きく、頭の中に声が響いていた。

(またかよ……っ!)

 

 ――目覚めよ……早く……我が声に……

 

「いてぇっ!」

 いつものアレだ。幻聴と痛みは暫く続いたが、キーーンと響く共鳴音が引いていくと共に嘘の様に消えていった。

「くそ、折角の船なのに、頭痛とかきやがるし、ったく……」

 悪態を吐きながらルークは立ち上がる。ふと、窓の外の海に目を奪われた。

「ま、でも、悪くないかもな。海も……」

 既に船旅を始めて数日を経ている。その間、様々な海を見た。朝の海、昼の海、夕の海、夜の海。凪いでいる時、荒れ気味な時。面白いほどに相が違ったが、どれも……。

「海はすごいですの〜! 周りみんな水だけですの〜!」

 足下のミュウが騒ぎ、ルークは緩めかけた頬を引きつらせた。

「ウゼー!! いちいちはしゃぐんじゃねぇ!」

「みゅう……。ボク、海は初めてなんですの。びっくりしたんですの」

「ったく。海ったって大したことねーじゃねーか。やることもねーし、飽きちまったっつーの」

「でも、ご主人様さっき『海も悪くない』って言ってたですの」

「ば、バッカ! このブタザル! 俺が喜んでるってのか? あん?」

「みゅ、みゅぅ……」

 そんなやり取りをしながら歩いていると、廊下の端に長身の影が佇んでいるのに出くわした。いつものマルクトの軍服を身にまとい、両手をポケットに突っ込んで窓の外を見ている。

「もしも、自分が自分でなかったらどうします?」

 視線を向けないまま、不意にそう言った。

「はぁ? 何言ってんの?」

「いえ……。我ながら馬鹿な事を聞きました。忘れて下さい」

 俯いて、ジェイドは眼鏡の位置を直す。怪訝な顔で通り過ぎたルークの耳に、再度彼が呟く声が掠めた。

「いつかあなたは、私を殺したいほど恨むかもしれません。……いや、もう恨まれているか」

 ルークは視線を向けたが、彼はこちらの存在など忘れたかのように佇んでいる。

 肩をすくめて、ルークは甲板へ上がって行った。




 甲板では、イオンとアニスが並んで潮風を浴びていた。

「今回のことでインゴベルト陛下の不興を買って、和平が失敗しなければいいのですが」

 近付いたルークにイオンが言った。

「大丈夫だよ。伯父上にはちゃんと話をする。父上と母上にも頼むし」

「そういえば、ルークのお母様は陛下の妹君なんですよね」

「そういうこと。ま、安心しろって」

 胸を反らしてルークが請合うと、イオンは笑って海に視線を戻す。その瞳が翳った。

「アリエッタには……可哀想なことをしました」

 導師への反逆罪という罪状で、アリエッタはこの船の一室に閉じ込められている。

「お前、ホントに人がいいよな」

「そうでしょうか。……そんなことはありませんよ」

 どこか寂しげに微笑うイオンの横顔を見ていると、脇からアニスが真剣な顔を向けてきた。

「変なこと聞いていいですか?」

「何?」

「ルーク様はティアさんのこと、どう思ってますか?」

「ティア?」

 氷の瞳の彼女を、ルークは思い浮かべる。

(まぁ、顔は綺麗だよな。けど、いちいち説教臭ぇし……)

「うぜー」

 顔を顰めて一言で返すと、「そんな言い方よくないですぅ」とアニスも顔を顰めた。

「でも私にもチャンスがある感じで、ちょっぴり……嬉しいv えへ」

 アニスは可愛らしく笑う。僅かに頬を赤らめて、もじもじとルークを見上げた。

「私、まだ子供だけど……ルーク様のことが大好きv です」

 カーッとルークの顔が熱くなる。

「ばっ、ばっか。変なこと言うなよっ!」

 アニスは「ルーク様、かわいいv」と笑った。




 ティアは、そこから少し離れた場所で海を眺めていた。

「あなたは正式な第七音譜術士セブンスフォニマーじゃなかったのね」

「お前、前も第七音譜術士がどうとか言ってたな。それって結局何なんだ?」

「……家庭教師に習わなかった?」

 ウンザリしたようにティアは片手で額を押さえている。

「しらねーよ。記憶がねーんだもん」

「記憶障害を起こしてるのは七年前まででしょ? その後は勉強しなかったの?」

「……」

 ルークは黙って甲板の手すりまで歩いた。そこからなら、空がよく見える。

「他に覚えることが山ほどあったからな。――親の顔とかさ……」

 あの頃、満足に出来ることといえば窓から空を見上げることくらいだった。

 家族の顔を見分けることも、言葉を操ることも、歩き方すら忘れていた。――知らなかった。真っ白になっていた自分だったから。習う機会がなかったわけじゃない。習ったのかもしれない。けれど、他に覚えることがあまりに多すぎて、世界のことにまで気が回らなかったのだ。

 ティアは、しばらくの間押し黙っていた。やがて背を向け、喋りだす。

「……全ての物質には音素フォニムが含まれていて、音素は六つの属性に分かれているの」

「な、なんだよ。教える気になったのか?」

「この音素を星の地核にある記憶粒子セルパーティクルと結合させると、膨大な燃料になる。だから記憶粒子を上空の音譜帯おんぷたいに通して、世界中に燃料を供給する半永久機関を作ったの。これが、プラネットストーム」

「難しいな。……それで?」

「ところが、プラネットストームは六属性の音素と記憶粒子の突然変異を引き起こしたの。そうして誕生したのが七番目の音素。これが、第七音素セブンスフォニム。これを用いて譜術を操るのが第七音譜術士セブンスフォニマー

「なんだか途方もない話だな。でも俺は譜術士フォニマーじゃねぇぞ」

「だけどあなたは私と超振動を起こした。第七音素を使う素養があるんだわ。これだけは先天的な素質だから」

「そういや、ジェイドは使えないもんな。第七音素」

「ええ。第七音譜術士は数が少ないの。預言スコアを詠む預言士スコアラー、それに治癒術師ヒーラーも第七音譜術士ね」

 要するに、特別な音素を使える特別な譜術士ってことか……と、ルークは理解する。

「……ごめんなさい」

 不意に、ティアが謝った。

「な、なんだよ。どうしたんだよ、急に?」

「私……あなたの記憶障害のこと、軽く考えていたみたい。今まで私、あなたに意地の悪いことばかり言っていたわ。自分が恥ずかしい……」

「べ、別に、そんな……」

「本当にごめんなさい」

 そう言うと、ティアは走り去った。




 一通り甲板を見て回ったが、ヴァンはまだ来ていないようだった。

 疲れたらしく、ミュウは片隅で眠っている。ぼんやりと海を見つめていた時――また、いつもの頭痛が襲った。

「……ってぇ……いてぇ……っ!」

 あまりの痛みに悲鳴を上げ、膝が砕けてしまう。――と。

 異変が起こった。ルークの体は独りでに立ち上がり、両腕が前に伸べられていく。

(体が勝手に……動く……!?)

「な……なんで勝手に動くんだよ……」

 声だけは絞り出せた。だが、それ以外は全く自由にならない。異様な事態に、恐怖に襲われる。

 

 ――ようやく捉えた……。

 

 頭の中に声が響いた。

「だ、誰だ!」

 

 ――我と同じ力、見せてみよ……。

 

 差し伸べた両腕の先に白光が凝り始める。空気が震えて、髪や上着がヒラヒラと揺れ動いた。何かが……溢れ出そうとしている。

「お前が俺を操ってるのか!? お前何なんだ! やっぱり幻聴じゃ……」

 ルークは呼びかけたが、声は応えようとしない。

 共鳴音が頭の中にガンガンと響いた。白光は少しずつ大きくなる。それに気付いて、ルークは目を剥いた。光に飲み込まれた手すりが、消滅していく。跡形もなく。

「な、なんだよこれ……! イヤだ、やめろぉ!」

「ルーク! 落ち着け!」

 パニックを起こしかけたとき、耳に馴染んだ声が聞こえて、後ろから抱きしめられた。ルークの強張った両腕に手を添える。

「落ち着いて深呼吸しろ」

「ヴァン、師匠せんせい……っ」

 どうにか視線を動かして確認し、ルークは一気に安堵する。ふう、と息がつけた。

「……そうだ。そのままゆっくり意識を両手の先に持っていけ」

 言われたとおりに意識を集中していく。反対に、頭の芯はぼんやりしていくような気がした。あまりに頭痛と共鳴音が酷すぎるせいかもしれない。

「ルーク。私の声に耳を傾けろ。力を抜いてそのまま……」

 共鳴音は更に酷くなっていく。優しく耳に囁かれるヴァンの声を聞きながら、ルークはがくりと全身の力をなくし、気を失った。




「ルーク、大丈夫か」

 気がつくと、ルークは甲板に横たわっていた。側にヴァンが立っている。

「俺……一体何が……」

「超振動が発動したのだろう」

「超振動……? タタル渓谷に吹き飛ばされた時の……?」

「確かにあの力の正体も超振動だ。不完全ではあるがな」

 ルークは立ち上がった。

師匠せんせい……。俺どうなっちまったんだ……?」

 恐ろしかった。自分が自分でないような恐怖。そして、異様なあの力……。

「お前は、自分が誘拐され七年間も軟禁されていたことを疑問に思ったことはないか?」

「え?」

 返ってきたのは、思いがけない問いかけだった。

「それは……父上たちが心配して……」

「違う。世界でただ一人、単独で超振動を起こせるお前を、キムラスカで飼い殺しにするためだ」

 ヴァンは言った。――飼い殺し。聞き慣れない言葉を聞いて、ルークは狼狽する。

「師匠、待ってくれよ。何がなんだか……。だいたい超振動って……?」

「超振動は第七音素セブンスフォニム同士が干渉し合って発生する力だ。あらゆる物質を破壊し、再構成する。本来は特殊な条件の下、第七音譜術士セブンスフォニマーが二人いて初めて発生する」

「それを俺は一人で起こせる? 今みたいに……?」

「そうだ。訓練すれば自在に使える。それは戦争に有利に働くだろう。お前の父も国王もそれを知っている。……だからマルクトもお前を欲した」

 父も国王も知っている。

 戦争に有利に。

 ヴァンの言葉がガンガンと響いた。頭痛は治まったはずなのに、まだ痛む気がする。

「じゃあ俺は……、兵器として軟禁されてたってのか!?」

 そして気付いた。

「……まさか一生このまま!?」

 二十歳の成人の儀を迎えたら、軟禁は解かれる。自由になれるのだと、そればかりを聞かされて七年間を過ごした。けれど、兵器として利用するために閉じ込められていたのだとしたら。

「ナタリア王女と婚約しているのだから、軟禁場所が城に変わるだけだろう」

「――そんなのごめんだ! 確かに外は面倒なことが多いけど、ずっと家に閉じ込められて、戦争になったら働けなんて……」

(兵器として。俺に、……これ以上、人間を殺せって言うのか!?)

「落ち着きなさい、ルーク」

 俯いたルークの肩に、ヴァンの手が優しく置かれた。

「まずは戦争を回避するのだ。そしてその功を内外に知らしめる。そうなれば平和を守った英雄として、お前の地位は確立される。少なくとも、理不尽な軟禁からは解放されよう」

 ルークはヴァンを見上げる。暗闇の中で縋るものを見つけたように瞳を揺らして。

「……そうかな。師匠せんせい、本当にそうなるかな」

「大丈夫だ。自信を持て。お前は選ばれたのだ。超振動という力がお前を英雄にしてくれる」

「英雄……。俺が英雄……」

 汽笛が響いた。

「着いたようだな。ここでバチカル行きの船に乗り換えだ」

 ヴァンは顔を上げ、近付く港を見やった。

 バチカルに戻れば。屋敷に帰れれば、外に出て以来降りかかってきた全ての厄介ごとから解放されるのだと思っていた。

(だけど、そうじゃなかった……!?)

 よく知っていたはずの自分を取り巻く環境が、にわかに悪意を滲ませて迫ってきて、ルークは苦しげに顔を伏せる。

「……元気を出せ、ルーク。未来の英雄が暗い顔をしていては、様にならないぞ」

 その様子に気付いて、ヴァンが安心させるように微笑みかけた。誰よりも頼りになる、敬愛してきた師の顔。

(――大丈夫だ。師匠せんせいが自信を持てって言ってくれた。俺は英雄になれるって。師匠がそう言うんだから、大丈夫なんだ)

 スッと気が楽になった。

(大丈夫。大丈夫だ)

「……はい!」

 ヴァンを見上げ、ルークは明るく頷く。

 船は、汽笛を響かせながらケセドニアの港に入っていった。


 ヴァン師匠せんせいがやらしくせぇ。

 おぼっちゃまの暢気な帰還の旅に、俄かに影が射しはじめるパートです。また、ルークの極度の物知らずに、一つの回答が出されている。

 七年前の誘拐から戻ったとき、ルークは言葉も喋れず、歩けもしない、赤ん坊状態でした。そこから出発して今の人格になったわけで。

 つまり、ルークは知識量七歳児。うわぁ。

 そして、ルークの持つ特別な力、超振動について語られます。

 と言っても、まだまだ物語は序盤なわけですが……。物語は見る角度によって様々に姿を変える。

 

 ついでに。今までずっとルークに呆れ、冷たく反発するばかりだったティアが、ここから接し方を変えて、ちょっとずつ優しくなっていきます。この時点ではまだ同情なのですが。さて……。


 ケセドニアに降り立って、まずルークが不満の声を上げたのは、ヴァンがここで一行から離脱すると告げたからだった。

「私はここで失礼する。アリエッタをダアトの監査官に引き渡さねばならぬのでな」

 ヴァンはアリエッタを抱きかかえていた。拘束はされていなかったが、彼女は未だぐったりと気を失っている。譜術か薬を使っているのかもしれない。

「えーっ! 師匠せんせいも一緒に行こうぜ」

「後から私もバチカルへ行く。わがままばかり言うものではない」

「……だってよぉ」

 優しくたしなめられて、ルークは小さな子供のように唇を尖らせた。そんな二人の様子を、ティアは少し驚いた顔で眺めている。

「乗り換えの船はキムラスカ側の港から出る。キムラスカの領事館で聞くといい。では、またバチカルでな」

 ヴァンは言い、最後に妹に優しい目を向けた。

「ティアも、ルークを頼んだぞ」

「あ……はい! 兄さん……」

 アリエッタを抱えたヴァンはマルクト領事館へ入って行った。ここからダアトへ向かうための手配をするのだろう。





 ケセドニアは砂漠に面した街である。商人ギルドによる自治権を有した、世界の流通の拠点だ。街の中央を、大きな通りが南北一直線に貫いていた。北部はマルクト領、南部はキムラスカ領ということになっているが、街の中ならば自在に行き来できる。旅券が必要になるのは街から外に出る時だけで、その際には各国の領事館で手続きを踏む必要があった。

「ご主人様、新しい街ですのっ! 砂だらけですのっ!」

 ミュウは飛び跳ねてはしゃいでいる。例によって「うるせぇ、ブタザル」とルークに罵られていたが、興奮は治まらないようだ。あちこちに天幕を張った露店が並び、それぞれが手を打ち鳴らしハンドベルを揺らしながら売り声を響かせていた。

「見てって、見てって。この街には何でもあるよ」

「豊富な薬品はうちだけだよ。さあ、買った買った」

「いらっしゃい! いらっしゃい! 船旅のお供に冷凍リンゴはいかがー?」

 エンゲーブやセントビナーで見た市場や露店とは活気がまるで違っている。砂埃が舞う中、様々な服装の人々が歩き、覗き込み、声を張り上げて、忙しなく行き交う。

「はぁ……なんだか、ごちゃごちゃすげぇ街」

「まあな。世界中のものが集まるって言われてるからな。マルクトからキムラスカへ輸出される農作物や薬草は、必ずケセドニアの領事館で監査を受けるんだよ。当然、キムラスカから輸出される物も同じ手続きをしているな」

「あなたが口にしていたものの殆どは、こうしてバチカルに流通していたのよ」

「へぇ、随分長い旅をしてきてるんだなぁ……」

 ガイとティアの説明を聞いて、ルークは素直に感心した。なにしろ、実際にその道を自分の足で歩いてきたのだ。実感もひとしおである。

「後は領事館に行って船に乗るだけだね〜」

 雑踏を潜りながらアニスが言う。キムラスカ領事館は大通りを南へ行ったところで、そう遠くはない。キムラスカ側の港も隣接していたはずだ。

「ルークの大冒険もひとまず終了か〜」

 冗談めかして笑うガイを、ルークは心外だと言いたげな目で見やった。

「おいおい、大冒険じゃねーっつの。それにバチカルに着いてもまだ終わりじゃねぇぜ」

「そうそう。ルーク様にはバチカルに着いてもまだ重大な任務が!」

「陛下への取り次ぎが残ってるか」

 イオンとジェイドを国王と対面させる約束だ。それに……。

 

『まずは戦争を回避するのだ。そしてその功を内外に知らしめる。そうなれば平和を守った英雄として、お前の地位は確立される。少なくとも、理不尽な軟禁からは解放されよう』

 

第七音素セブンスフォニム、超振動か……。そんなもんのために軟禁され続けてたまるか。

 でも戦争回避で俺の力を認めさせて、英雄になれば、自由になれる……)

「ルーク、どうかしましたか?」

 イオンに声をかけられて、ルークはハッと思いを浮上させる。

「ん、いや、なんでもねーよ。それより絶対に戦争回避しような!」

「え、ええ。勿論です」

 急に熱意の篭もった言い方をされて、イオンは少し面食らったようだった。アニスが擦り寄ってくる。

「頑張って下さいね、ルーク様ぁ。私をご両親に紹介するという任務もv

「ん? 父上たちに会いたいのか? 会ってけばいいんじゃね?」

 たちまち、アニスは興奮で頬を紅潮させて飛び跳ねた。

「マジ? 急展開な予感? きゃわー

 何が急展開なのだか。尋常ではない喜びっぷりだ。

「「よう分からん……?」」

 申し合わせたように声を重ねて、ルークとガイは揃って肩を落とした。


 ケセドニアの北部に『ディンの店』があります。あちこちの探索ポイントで入手できる交易品を納めて、代わりにアイテムを作成できるお店なのですが、この店主のディンが、とにかく変わっています。言動も口調も。二次創作者泣かせではないかと思います。ホントにキャラが掴めません。

ルーク「あんた、商売する気あるのか?」
ディン「でーもー。品が手に入らないとどうすることもできましぇん」
ルーク「ふーん。どんな品を扱うつもりなんだ?」
ディン「交易品ってやつ〜。それを職人たちに卸してアイテムを作製依頼しようと思ってるんだけども〜」
ルーク「俺たち、なんか交易品って持ってなかったか?」
ディン「うっほ! まじぽん?」
 → うそぷー
ルーク「あ。やっぱ持ってねぇわ」
ディン「も、弄ばれた!!」
ルーク「人聞きの悪いこと言うな!」
ディン「ともかく、君、名前なんて?」
ルーク「俺? ルークだけど……」
ディン「したら、ルー君。弄んだ責任を取って、交易品をウチに届けてねー」
ルーク「おい! なんだよそれ! 俺は関係ないだろ」
ディン「往来のみなさーん! このルークって人はウチを弄んでおいて……」
ルーク「だー!! やめー!! 誤解されるっつーの! ったく、どんな強引さだよ。わーったよ。交易品を持ってくればいいんだろ」
ディン「あい。頼んだ〜。したら、とっとと探しに行っちゃってね〜」
ルーク「……」

ルーク「交易品、持ってきたぜ」
ディン「おお! マジっぷか! ルー君、おめでとう! このウチ、ディンの後援者パトロンに大決定!」
ルーク「はぁ?」
ディン「いやー、マジで交易品って集めてる人少なくて〜。大助かりだ〜」
ルーク「話を勝手に進めるな!」
ディン「あん? 冷やかし? 冷やかしなの?」
ルーク「そうじゃないけど……」
ディン「よっしゃ。さすがルー君。したら、説明するよ?」

 ディンの店でしか作成できないアイテム、入手できない称号が幾つかあり、それらをコンプリートするためには この店に通うことが必要です。

 

 ところで、ディンのことを私は小柄な男だと思ってたんですが、ファミ通攻略本を見たら「年端のいかない子供ながら楽して儲けようと試行錯誤中」と書いてありました。……え、えええ? 子供? でもゲーム中ではそんな話全然出なかったのに。いくらルークでも、店主が子供だったら一言くらいそれに関することを言うと思うんですけど。(ナムコの攻略本には「子供」とは書いてありません。はて……。)


 アルマンダイン伯爵の計らいだろう、領事館に既に話は通っていた。

「ルーク様と使者の皆様ですね。ご苦労様です」

 小柄で鼻髭を生やした領事は、立ち上がって一行をねぎらってくる。

「バチカルへの船は?」

 ジェイドが訊ねた。

「ただいま準備を進めております。お時間まで街を観光されてはいかがでしょうか」

「じゃあこの隙に例の音譜盤フォンディスクを調べないか?」

 ガイが仲間たちを見渡した。コーラル城でシンクが落とした音譜盤を、彼はずっと持っていたのだ。

音譜盤フォンディスクの解析機でしたら、ケセドニア商人ギルドのアスター氏がお持ちだと思います」

 領事が言う。ガイはルークを見やった。

「ルーク、ちょっと寄ってみようぜ。バチカルに着いてからじゃジェイドも忙しいだろうし」

「興味はありますねぇ……」

 ジェイドは薄く笑っている。

「ふーん。ま、いいぜ。俺も観光してーから」

 気負わずにルークは言った。音譜盤とやらに興味はなかったが、時間が空いているというのだし。

「では、お時間になりましたら兵が報せに参ります」

 領事にそう言われ、ルークたちは再びケセドニアの街へ戻ることになった。





「ガイ、その音譜盤フォンディスクの解析してどうするんだ?」

「んー? どうするって事はないけど、六神将が持ってたものだし、なんか面白い事が分かるかも、と思ってな」

「ふーん」

「確かに貴重な情報が得られそうですよ。初歩の譜業技術の記録かもしれませんけどね」

 ジェイドが笑って言う。

「日記とかだったりしてな」

「んなわきゃねーだろ」

 ガイの軽口にルークが笑うと、

「いやいやいや。それならそれでまた、別の面白みが……」と、ジェイドは嫌な笑みを浮かべた。

「うぇー、悪趣味だな」

 呆れて場を外したルークと入れ違いに、ティアとアニスが会話に加わってきた。

「そういえば、ルークも日記をつけていたわね」

「ほえほえ? ルーク様って、日記をつけてるんですか?」

「ええ。記憶障害の再発に備えて、ということみたいね」

「どんなこと書いてるんでしょう」

「さあな? どうせ『今日はヴァン師匠せんせいが、ヴァン師匠で、ヴァン師匠だから、ヴァン師匠だった』――みたいな奴じゃないか?」

 ガイは笑ってそんなことを言う。

そんな色気のない日記なら、ルーク様に決まった恋人はいないっぽい? ――よし、もらった!!」

「……アニス? 何か言った?」

「はわわわわわっ。何でもないですぅ」

 小首を傾げたティアに、アニスは慌てて笑みを繕った。

「案外、毎日の献立を書き込んでいるのかもしれませんよ。『今日もブウサギの肉だった。ビーフが食いたい』とか」

 ジェイドが自説を披露している。

「はは、あいつそこまで食にこだわりないからなー。ただ、贅沢品しか食ってないから舌は肥えてるけどな」

「はわ〜。私も贅沢品ばかり食べたいですぅ」

 うっとりとアニスが言うと、すかさずジェイドが意地の悪い笑顔を作った。

「そんなものばかり食べていると、ブウサギになりますよ」

 アニスは頬を膨らます。

「ぶーぶー」

「ほら」

「い、今のは違いますっ! ぶー」

「ははは。ま、音譜盤フォンディスクの中身は解析してからのお楽しみ、ってとこだな」

 可笑しそうにガイが笑う一方で、ルークは誰に言うともなく疑問を口にしていた。

「で、アスターって奴はどこにいるんだ?」

「アスターの屋敷は、ちょうど街の中央辺りにあります。国境線をまたいで建っている豪邸ですよ」

 答えたのはイオンだ。どういうわけか、アスターの屋敷を知っているらしい。

「じゃ、そこに行けばいいんだな。よし、行くか」

「そうだな。でも折角だから、その前に少し買い物していかないか? ここは流通の拠点だ。面白いものがありそうだぜ?」

 ガイが口を挟んでくる。

「あーそれもいいな。見てみるか」

 満面の笑みをルークは浮かべた。本当は、今まで通り過ぎてきた露店の数々が気になって仕方がなかったのだ。





 ケセドニアの街の中では国境に意味はないが、各国の影響が皆無だというわけではない。マルクトに属する北部の市場バザールでは薬品や食材が多く売られ、キムラスカに属する南部の市場には武器防具や装備品が多い。それぞれの国の特色が確かに現われているのだった。

「音機関の部品はあまりいいものが無いな……。シェリダン製の方がずっといい」

 店頭のガラクタ(にしか、ルークには見えない)を掻き回して、ガイはそんなことを言っている。ルークはあちらの店こちらの店とうろうろしていたが、向こうから腰を揺らして歩いてきた美女が不意に絡みついてきたので、かなり驚いた。

「あらん、この辺りには似つかわしくない品のいいお方……v

「あ? な、なんだよ」

 ムチムチと肉付きのいい胸に腰。胴はきゅっとくびれている。……とはいえ初対面の人間なわけで、ルークは怪訝顔をするほかない。

「せっかくお美しいお顔立ちですのに そんな風に眉間にしわを寄せられては……ダ・イ・ナ・シですわヨ」

 女はルークの顔を覗き込み、手は彼の腹や胸の辺りを馴れ馴れしく撫で回している。

「きゃぅ……アニスのルーク様が年増にぃ……」

 頭を抱えてアニスが苦悩の声を上げた。

「あら〜ん。ごめんなさいネ。お嬢ちゃん……。お邪魔みたいだから行くわネ」

 年増、という単語に反応したのか、一瞬ピクリと青筋を浮かべたものの、女はそれ以上絡むことなくルークから離れていく。

「待ちなさい」

 ティアが立ち塞がった。

「あらん?」

「……盗ったものを返しなさい」

「へ? あーっ! 財布がねーっ!?」

 ルークが叫んだ。持たされていた個人用の財布、見事にすられていたらしい。

「……はん。ぼんくらばかりじゃなかったか。ヨーク! 後は任せた! ずらかるよ、ウルシー!」

 女は声音をきついものに変えると、周囲にいた二人の男に声をかけた。やせた男がヨーク、いかつい小男がウルシーというらしい。三人とも、海賊めいた、やけに派手な服装をしている。

 女はルークからすった財布をヨークに投げ、自分はウルシーと共に反対方向に駆け去った。ルークは、咄嗟にどちらを追えばいいのか迷ってしまう。が、ティアに迷いはなかった。財布を持って逃げようとしたヨークの足元に、ティアの投げたナイフが突き刺さる。転んだヨークが起き上がろうとした時、もうその首筋にはティアのナイフが当てられていた。

「動かないで。盗ったものを返せば無傷で解放するわ」

 ヨークは無言でティアに財布を渡す。ティアは受け取ってナイフを引いた。転がるようにヨークは逃げていく。

 しかし、彼らはそのまま逃げ去りはしなかった。間もなく、少し離れた宿屋の屋根の上に彼ら三人の姿が並ぶ。

「……俺たち『漆黒の翼』を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」

 まるで芝居か何かのようだ。見栄を切り、やっと姿を消した。

「あいつらが漆黒の翼か!」

 ルークはハッとした。

(そうだ。最初に馬車に乗ろうとした時も、エンゲーブで泥棒騒ぎがあった時も。いちいち漆黒の翼と間違われてひでー目に遭ったんじゃねぇか。そもそも、屋敷に帰るのにこんなに苦労してるのも、あいつらが橋を爆破したからだっ)

「知ってりゃもう、ぎったぎたにしてやったのにぃ!」

「あら、財布をすられた人の発言とは思えないわね」

 可笑しそうなティアのツッコミが落ちて、ルークは思わず黙り込んだ。次いで、ティアは不満げにジェイドを睨む。

「ところで、大佐はどうしてルークが財布をすられるのを黙って見逃したんですか」

「やー、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」

「……教えろよバカヤロー!」

 ルークは喚き立てた。憤懣やる方ない思いでむっつりと口を閉じた時、「やあ、あんたたちか!」と呼びかけてくる声が聞こえた。笑いながら人ごみを掻き分けて現われた男には見覚えがある。

「おじさん……確か、辻馬車の」

 タタル渓谷からエンゲーブまで乗せてくれた、辻馬車の馭者ぎょしゃだった。

「こんな所で会えるとは奇遇だよなぁー。丁度いい。あんたたちに礼が言いたかったんだ」

「何がだ?」

「ローテルロー橋が壊れて陸路で帰れなかったんだが、あの時の宝石をグランコクマで売ったら、船代に釣りまで出てね」

「う……売ったんです……か?」

 ティアは言葉を詰まらせた。

「ああ。ホントにありがとな。またいつでも馬車を利用してくれ。ま、橋が直ってからだがな」

 笑顔で去っていく男を、ティアは呆然と見送っていた。その顔をルークは覗き込む。

「おい、どうした?」

「……う、ううん。なんでもない」

「ふーん?」

 ルークが離れると、ティアは痛みをこらえるように俯いて胸を押さえた。小さく呟く。

(お母さん……ごめんね……)


 ルークの日記はそこまでヴァン師匠一色じゃないよ、ガイ兄さん。

 ……いやまあ、当たらずとも遠からずな部分もあるけど。

 というか、後に明かされてくる様々な事情を考慮してみると、ガイはルークがあそこまで純真にヴァンになついているのをどんな目で見ていたのかなぁと、薄ら寒くは思います。

 

 辻馬車の馭者。ティアのペンダントを売ったおかげで大儲けできたと、お礼を言ってきますが。何の嫌味だそれは。

 つまり、それほどの価値のあるものを、たったタタル渓谷からエンゲーブまでの馬車代として手放してしまったということで、ティアにしてみれば悲憤することでしかない。そんなことでお礼を言われても、恨みこそすれ嬉しいはずがないわけで。この親父、よほど浮かれてたのでしょうか。

 

 ところで、音譜盤フォンディスクの解析なんてしてどうするんだ、と領事館でルークがガイに訊ねるシーン。

「ルーク、ちょっと寄ってみようぜ。バチカルについてからじゃティアも忙しいだろうし」

 とガイは言うんですけど。……ティア?

 ティアはバチカルに着いたからって忙しくならないし、音譜盤に関係もしない。意味分からん。これ、「ジェイド」の間違いですよね? 多分。

 なのでこのノベライズでは「ジェイド」に変えてみました。


 イオンの言ったとおり、アスターの屋敷は街の中央、ちょうど国境をまたいだ場所に建っていた。ファブレ邸には負けるかもしれないが、この砂漠の街で花の咲き乱れる庭園に囲まれた、大した大豪邸だ。

 しばらく応接室で待たされたが、扉が開いて屋敷の主人が現われたのを見て、みんなが席から立ち上がった。――ルークを除いて。ぼんやりとそれを見つめた後、ルークも慌てて立ち上がる。どうやら、こういう時は座っていてはいけないものらしい。

「これはこれは。イオン様ではございませんか! 前もってお知らせいただければ盛大にお迎えさせていただきましたものを……」

「よいのです。忍び旅ですから」

 イオンは穏やかに微笑みを返す。

 アスターは小柄な人物だった。鉤のように曲がった大きな鼻は赤く、鼻髭がピンと左右に伸びている。頭髪はターバンで隠されていた。もしかしたら無いのかもしれない。眉は濃く、意志の強さと隙のなさを窺わせた。

「ところでアスター。頼みがあるのですが」

「我らケセドニア商人ギルド、イオン様のためならなんなりと」

「この音譜盤フォンディスクを解析したいんだ」

 ガイが言葉を継いだ。片手に持った音譜盤を差し出してみせる。

「お任せ下さい。――誰か!」

 呼ばわって、アスターはポンポンと手を叩いた。すぐにいかつい大男が現われる。

「そちらの音譜盤を解析して届けろ」

「かしこまりました」

 大男は腰を折って主人に頭を下げ、ガイに近付く。「よろしく頼む」と出された音譜盤を受け取った。部屋を出て行く。

「イオンはこいつと知り合いだったのか」

 解析にはしばらくかかるらしい。手持ち無沙汰になってルークが訊ねると、アスターが柔らかな物腰で答えた。

わたくしどもは導師のお力で、国境上にこうして流通拠点を設けることができたのでございますよ」

 さすが商人たちの長だけあってか、ルークの無礼な物言いにも目くじらを立てた様子はない。

「商人ギルドはダアトに莫大な献金をしているの。見返りに教団はケセドニアを自治区として認めさせているわけ」

 ティアが付け加えた。

 アスターはこの街一番の富豪で、裸一貫、一代でその財を築き上げた人物だ。国境際の小さな村だったケセドニアをこれほどの街に変えた功労者であり、街の代表者でもある。

「アスター様ってすっごいお金持ちですよねv 私……感激しちゃいましたv はわー、私もこんな所に住んでみたいですぅv

 アニスが両手をすってそう言った時、大男が戻ってきて音譜盤とファイルを差し出した。

「こちらが解析結果でございます」

「ありがとう」

 ガイが受け取ったそれを見て、「すごい量だな」とルークは目を丸くする。ファイルに挟まれているのは分厚い紙の束だ。

「船の上で読むか」

 ガイは厚いファイルを小脇に抱える。それを確認してジェイドが口を開いた。

「では行きましょう。お世話になりました」

「何かご入り用の節には、いつでもこのわたくしにお申し付け下さい」

 そう言うと、アスターは「ヒヒヒ」と悪人じみた声色で笑った。





 アスターの屋敷を出ると、大通りの南側からキムラスカ兵が歩いてきた。ルークたちの前に止まり、敬礼して口を開く。

「こちらにおいででしたか。船の準備が整いました。キムラスカ側の港へ……」

 その時、駆けてくる足音が聞こえた。

「――危ない!」

 ハッとしてティアが叫ぶ。

 六神将、烈風のシンクが風のように駆け込んできたのだ。狙うは、ガイ。

「うわっ!?」

 すれ違いざま二の腕に掌底を打ち込まれて、ガイは地に転がされた。立ち止まって振り返ったシンクは、既に音譜盤フォンディスクを奪い取っている。散らばったファイルをガイは素早くかき集めた。疼くような腕の痛みはすぐに引き、動かすのに問題はない。

「それをよこせ!」

 滑り込んでくるシンクから素早く身をかわした。

「ここでいさかいを起こしては迷惑です。船へ!」

「くそっ! 何なんだ!」

 ルークは悪態をつき、ジェイドの指示に従って仲間たちと共に走り出す。

「逃がすかっ!」

 シンクもその後を追ってきた。




 ケセドニア南部、キムラスカ側港。要人を乗せるための準備をすっかり整えた連絡船が停泊している埠頭に、数人の男女が疾走して来た。先頭にファイルを抱えた金髪の剣士、次いで導師の手を引いた神託の盾オラクルの少女、その後ろに護るようにぴったりと付いたマルクトの軍人。やや遅れて、灰褐色の長い髪をなびかせた神託の盾オラクルの女。全員が物も言わずに連絡船の昇降口ハッチに雪崩れ込んでいく。

 やや呆気に取られてその様子を見ていたキムラスカ兵は、彼らからずっと遅れて港に入ってきた赤い髪の少年を認めて声を掛けた。

「ルーク様。出発準備完了しております」

 暢気な兵士に、少年の焦りを含んだ声が返る。

「急いで出港しろ!」

「は?」

「追われてるんだ! 急げ!」

 ようやく埠頭まで駆けて来たルークは、片手に青いチーグルを掴んでいた。

 連絡船のスクリューが回転する。本当に急いで出港を始めた船はルークを港に取り残そうとしていたが、閉じかかる昇降口ハッチにギリギリで潜り込めた。




「……くっ、逃がしたか」

 遠ざかっていく船を、シンクは埠頭から悔しげに見送っている。――と。

「ハーッハッハッハッハッ!」

 けたたましい笑い声が頭上から降ってきた。豪華な安楽椅子に座った男が空から降りてくる。

「ドジを踏みましたね、シンク?」

「アンタか」

 振り向いて姿を確認することもせずに、シンクは短く言った。

 死神ディストだ。こんな風に笑うのも、椅子に乗って空を飛ぶのも、この男以外にありえないだろう。

「後はこの私に任せなさい。超ウルトラスーパーハイグレードな私の譜業で、あの陰湿なロン毛メガネをぎったぎたの……」

 赤い唇を歪めてディストは語ったが、陶酔した口調はそこで止まった。目の前に誰もいなくなっていることに気付いたからだ。見れば、シンクはさっさと港から出て行きかけている。

「待てーっ! 待て待ちなさいっ! 私の話がまだ終わっていない……」

「あのガイとかいう奴はカースロットでけがしてやった。いつでも傀儡くぐつに出来る」

 一瞥もせずにシンクは言った。

「アンタはフォミクリー計画の書類を確実に始末してよね」

 そのまま出て行く。椅子に座ったまま、ディストは手足を振り回して喚き散らした。

「ムキーーー!! 偉そうに!! 覚えていなさい!! 復讐日記につけておきますからね!!」


 シンクに追われて船に駆け込むシーン。他のメンバーは殆ど固まって走って行って、しかしルークだけ極端に遅れてその後から駆けて来ます。

 んん? ルークって超鈍足だったのか?

 しかし、「烈風」の二つ名を持ち素早さをウリにするシンクが、そのルークの更に後から走ってくるので、そういうわけではないっぽい。

 歩いていた時は手ぶらだったはずなのに、走ってくるルークは手にミュウを持っている。これから考えるに、一度逃げかけてミュウが取り残されているのに気付き、駆け戻ってミュウを拾って暫く攻撃してくるシンクとぐるぐる追いかけっこして、それから船まで逃げてきたんじゃないかなぁ。

 長髪時代のルークはミュウに対して横暴なんですが、要所ではミュウを庇うし、護ってるんですよね。……これだからミュウはルークから離れられないのでしょう。

 後、ガイ。走り出したのは一番最後で最後尾だったんですが、港に駆け込んで来た時は先頭、それも他の人を引き離してます。足が凄く速いんですね。

 

 にしても、いくら「早く船を出せ」と言われたからって、素直に早く出しすぎです。

 危うく、ルークは船に乗り遅れるところでしたよ……。(閉まるハッチの外側にぶら下がるような状態でした。片手にミュウ持って。海に落ちんでよかったな…)

 

 このケセドニア訪問一回目には、ここでこなしておかないと後に続かなくなってしまうイベントが三つ存在するので注意です。

 一つは、セントビナーでノワールファンクラブ(応援倶楽部会報)の一回目を起こしていた場合、北部の露店で会費を払って会報を受け取ること。

 次は、同じく北部で辻馬車の馭者にティアのペンダントの話を聞くこと。この二つのイベントは、今後ゲームの終盤にまで影響しますんで。

 最後は、南部の路地裏でありじごくにんからから揚げのレシピをもらうこと。(私、一周目ではそもそも ありじごくにんに気付いてませんでした。最後まで。)

 あと、南部の店で質問に答えると食料か薬品かをもらえるイベントもあります。

露店主「あんたたちバチカルの人だろう?」
ルーク「あ? そうだけど それがどうかした?」
露店主「バチカルってのは食材や、薬が高く売れるってのは本当なのかい?」
ガイ「確かにそうだな。直接輸入できないから他の商品より価値が高いんだ」
ルーク「そうなのか?」
露店主「まあな。普通はケセドニアを経由するから税金も取られるしな」
ガイ「やっぱりね。思った通りだよ」
ルーク「? 何がだよ?」
露店主「それは内緒だよ。金儲けってのは情勢を敏感に感じないとね。ありがとよ。お礼にいいもんあげるけど どっちがいい?」

 ここで「食材」と「薬品」のどちらかを選びます。薬をもらうとガイが「おまえにしては えらくまともだな」と言うんですが。ほっとけ!

露店主「試しにバチカルで売ってみるといいよ。あたしが何をしたいかわかるはずさ」
ルーク「ふーん。まあもらっとくわ」
ガイ「そうだな。あって困るモンじゃないしな」

 

 最初にアスターの屋敷へ行ってしまうと、後は全てのイベントを無視して強制的に出港イベントに突入してしまうので注意です。……つか、一周目では私はそれをやらかしたので、キムラスカ領事館の存在すら知りませんでした。

 余談ながら、アスターの屋敷へ行った時、イベントが終わると自動的に屋敷の外に出てしまいますが一度中に戻って、北側の部屋の引き出しからアニス専用装備『時をかける少年の人形』を取っておくといいかもしれません。

 

 ありじごくにんは、路地裏に何故かある蟻地獄の横に佇んでいる、覆面をして不気味な動きをしている謎の人物です。なんでも『オールドラント童話』という、この世界で有名な物語に登場するキャラクターらしい。なりきりコスプレ人物だとジェイドなんかは解釈してますが。物語のありじごくにんそのままに、アイテムや人間(!)を蟻地獄の中に投げ込んで消してしまいます。

#路地裏に奇妙な覆面着ぐるみ男がいて、体を左右に揺らし続けている。
ルーク「なんだ、こいつ?」
ありじごくにん「俺ぇ ありじごくにん〜」
ガイ「ありじごくにん?」
アニス「あ、私知ってる。『オールドラント童話』に出てくる妖精さんですよね」
ティア「でも、あれってただの作り話よ」
#ジェイドとミュウを除く全員、ありじごくにんを見つめて「……」。
ジェイド「まあ、いいんじゃないですか? 入っている本人はその気なんでしょうから」
ありじごくにん「俺ぇ ありじごくにん〜 アップルグミくれぇ」
ルーク「はぁ?」
ありじごくにん「代わりにぃ いいものぉ やるぅ」
 →くれてやる
ルーク「しょうがねぇな! ほらくれてやるよ」
#近付いて手渡す。ありじごくにん、両手で受け取ってゆっくり後ろを向き、蟻地獄の中にぺいっと捨てる。ジェイドとミュウを除く仲間たち「!」
ガイ「おいおい、捨てるなよ……」
ありじごくにん「これぇ 代わりのぉ いいものぉ」
 からあげの作り方を覚えました
アニス「あれ? 本当にいい物だ?」
ティア「よくわからないけれど貰っておきましょう」
ありじごくにん「またぁ 今度ぉ 遊ぼうぅ」
#ありじごくにん、子供番組のお兄さんのように両手を大きく振って「お別れ」の挨拶。
ルーク「あのグミって……」
ジェイド「砂まみれになって飲み込まれていきましたよ」
ガイ「それにしても よくなりきってたなぁ……」
アニス「ホント……」


「ここまで来れば追って来れないよな」

 連絡船の船室で、ルークはドカリと椅子に座って一息ついていた。海に出て結構経っている。たとえ泳いで追いかけようとしたとしても、もう追いつけはしないだろう。

「くそ……。烈風のシンクに襲われた時、書類の一部を無くしたみたいだな」

 ガイはファイルの中身を確かめながら渋い顔をしていた。

「見せて下さい」

 ジェイドはファイルを受け取って、しばらく内容に目を通す。

「同位体の研究のようですね。3.14159265358979323846……。これはローレライの音素フォニム振動数か」

「ローレライ? 同位体? 音素フォニム振動数ぅ? 訳わからねー」

 ぼやくルークに向かい、ティアが説明を始めた。

「ローレライは第七音素セブンスフォニムの意識集合体の総称よ」

 アニスが続ける。

音素フォニムは、一定以上数集まると自我を持つらしいですよ。それを操ると高等譜術を使えるんです」

 ガイが引き継いだ。

「それぞれ名前が付いてるんだ。第一音素ファーストフォニム集合体がシャドウとか、第六音素シックスフォニムがレムとか……」

 ジェイドが付け足す。

「ローレライはまだ観測されていません。いるのではないかという仮説です」

「はー、みんなよく知ってるなぁ」

「まぁ……。常識なんだよ、ホントは」

 感心した様子のルークに、ガイが少し困ったように言った。

「仕方ないわ。これから知ればいいのよ」

 ティアが言う。二段ベッドの上で足をブラブラさせながら、アニスがつまらなさそうに口を尖らせた。

「なんか……ティアってば、突然ルーク様に優しくなったね」

「そ、そんなことないわ。そ、そうだ! 音素フォニム振動数はね、全ての物質が発してるもので、指紋みたいに同じ人はいないのよ」

「ものすごい不自然な話の逸らせ方だな……」

「ガイは黙ってて! ――同位体は、音素フォニム振動数が全く同じ二つの個体のことよ。人為的に作らないと存在しないけど」

「まあ、同位体がそこらに存在していたら、あちこちで超振動が起きていい迷惑ですよ」

(――!)

 超振動。ジェイドのその言葉を聞いて、ルークはぐっと息を詰まらせた。

「同位体研究は兵器に転用できるので、軍部は注目していますねぇ」

「……」

 膝の上で手を握る。やっぱり、という思いに満たされた。

師匠せんせいの言っていた通りだ。このままだと俺は兵器にされちまう……?)

「昔研究されてたっていうフォミクリーって技術なら、同位体が作れるんですよね?」

「フォミクリーって、複写機みたいなもんだろ?」

 アニスとガイが訊ねている。

「……いえ。フォミクリーで作られるレプリカは、所詮ただの模造品です」

 珍しく、ジェイドの声音はどこか歯切れが悪かった。

「見た目はそっくりですが、音素振動数は変わってしまいます。同位体は出来ませんよ」

「……」

 イオンはずっと押し黙ったままだ。イライラしてきて、ルークは髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。

「あーもー! 訳わかんねっ! 難しい話はやめようぜ。その書類はジェイドが……」

 その時、乱暴に扉を押し開けて、キムラスカ兵が一人駆け込んで来た。はあはあと荒く息をついて、大声で報告する。

「た、大変です! ケセドニア方面から多数の魔物と……正体不明の譜業反応が!」

 直後、轟音と震動が駆け抜けた。船が大きく揺れ、扉を破壊する勢いで神託の盾オラクル兵たちが駆け込んでくる。

「いけない! 敵だわ!」

 鋭いティアの声が聞こえ、仲間たちはそれぞれ武器を取った。




 幸いにして押し込んできた人数は多くなく、全てを沈黙させるのにそう時間は掛からなかった。

「もー! どうして襲ってくるのー!」

 アニスは苛立ちを隠していない。それはそうだ。追跡から無事逃れたと思っていたばかりだったのだから。

「やっぱり、イオン様と親書をキムラスカに届けさせまいと……?」

 ティアが呟く。「船ごと沈められたりするんじゃねぇか?」と、ガイが不安な予想を述べた。

「ご主人様、大変ですの! ミュウは泳げないですの」

「うるせぇ。勝手に溺れ死ね」

 ルークはミュウを蹴飛ばした。

(嫌なこと言いやがって。俺だって泳げねーよ。泳いだことなんてないんだから)

「しかし水没させるつもりなら突入してこないでしょう」

「じゃあ船を乗っ取るつもりだ!」

 ジェイドの否定を聞いて、アニスが声を大きくする。

「やれやれ。制圧される前に船橋ブリッジを確保しろってか?」

 ガイが肩をすくめる。

「そういうことです」

神託の盾オラクルの奴ら、そんなに戦争させたいのかよ。めんどくせーなぁ……」

「面倒くさがらずに。行きますよ」

 うんざり顔のルークを軽く叱責して、ジェイドは一同を促した。

 タルタロスと違い、キャツベルトは小さな船だ。船橋ブリッジへもすぐ行ける。……逆に言えば、こちらの隠れる場所もないと言えたが。

「海上で襲われたら逃げ場がないわ。もしかしたら、敵の狙いはそこだったのかもしれないわね」

 生真面目な顔でティアが言ったが、ジェイドはフッと失笑していた。

「ただ無計画なだけでしょう」

「あれ? 大佐、なんだかテンション低くないですか? さっき自分で面倒くさがらずって言ってたのに」

「気のせいですよ。それこそ面倒なことになる前に船橋ブリッジに急ぎましょう」

「そうね。急ぎましょう」

 アニスとティアは歩を早める。その後ろで、ジェイドは内心で溜息を吐いていた。

(この一見計画性のありそうな、そのくせ、胡散臭い襲撃……。私の予想が的中しなければいいのですが……)





 さすがに海の上だ、人数を運んでは来られなかったのだろう。船内で遭遇した神託の盾オラクル兵は、予想に反してごく僅かだった。階段を上って船橋ブリッジに近付く。――と。中から物音と悲鳴が聞こえた。

「ぐぉっ! こ、こいつ……」

「このタルロウX様が頂いたズラ!」

 緊迫した場に似合わない、妙になまったユーモラスな響きの声が聞こえる。

「その譜石を返せ!」

「返さないズラ。実験に使っちゃうズラ」

 ルークたちが船橋ブリッジに入ると、甲板へ続く方の扉から誰かが飛び出していく姿が見えた。ただし、やけに小さい。ルークの腰ほどの背もないかもしれない。ついでに言えば全身が銀色で、手は長く足は短く、立方体と円筒を組み合わせたような形をしていた。……詰まるところ、どう見ても人間ではない。

 船橋ブリッジの中には船長の他に数人の船員がいたが、血が流れた様子もなく、占拠されてはいないらしい。一人、尻餅をついている船員にルークが問い掛けた。

「どうしたんだ?」

「う、奪われた! 譜石の欠片をあの変なロボットに奪われてしまった」

 ロボットって、さっきのアレか……とルークは思う。確か、タルロウXと名乗っていたか。

「譜石の欠片? 譜業に使うつもりか?」

 ガイが目を丸くしている。

「恐らくそうでしょうね。それにあの趣味の悪いロボット。やはりあれの仕業ですか……」

「大佐、心当たりがあるんですか?」

 訊ねたティアに向かい、ジェイドは軽く肩をすくめた。

「……残念ながら、少しだけ」

「とにかく、譜石の欠片は貴重な資源だ。取り戻そうぜ」

 ガイが促す。

「そうですね。それに、恐らくあのロボットの向かった先に、この襲撃の首謀者がいるはずです」

「襲撃は甲板から行われているようです。私はこの場を離れるわけにはいきませんが……」

 船長が言う。頷き合って、ルークたちは甲板へと進んだ。





 甲板にはグリフィンに似た魔物、ヒポグリフが徘徊していた。それに邪魔されるのには辟易したが、どうにかタルロウXを捕獲する。攻撃装備はまるで持っていないらしい。足が短いせいか、あまり素早くなかったのも幸いした。

「きっそー! 邪魔すんなズラ!」

 甲板の端に追い詰めると、ロボットとは思えないような悪態をつく。埒があかないと踏んだのか、ガイがスラリと腰の剣を抜いて突きつけた。

「壊されたくなかったら、大人しくその譜石を返すんだな」

「……恐喝ズラ! 極悪ズラ! でも、怖いから返すズラ」

 タルロウXは大人しくガイに譜石を渡した。……が、その後に出来た一瞬の隙をついて、パッと身を翻すと手すりの上に飛び乗る。

「覚えてろズラー!」

 そう言い捨てて、手すりの向こうに身を躍らせた。ばしゃーん、と水音が響く。

 なんとなく、全員が口を閉ざした。

「逃げてったぞ……」

 呆気に取られてルークは呟く。

「てゆーか、水に濡れて平気なの?」

 アニスが言った、まさにその時。「ギャー、ズラー!」という哀れな悲鳴が耳をつんざいた。

 再び、なんとなく沈黙が落ちる。

「もちろん、放っておきましょう」

 素気無くジェイドが言った。

「……それで、敵のボスはどこにいるんだよ! とっとと終わらせようぜ」

 疲れた顔でルークがそう言った時。

「ハーッハッハッハッ! ハーッハッハッハッ!」

 けたたましい笑い声が響き渡った。……頭上から。

 豪華な安楽椅子に座った男が、ゆっくりと空を舞い降りてくる。

「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を。我こそは神託の盾オラクル六神将、薔薇の……」

「おや、鼻垂れディストじゃないですか」

 ジェイドに朗らかに突っ込まれ、たちまち男は表情を大きく崩した。

「薔薇! バ・ラ! 薔薇のディスト様だ!」

「死神ディストでしょ」と、アニス。

「黙らっしゃい! そんな二つ名、認めるかぁっ! 薔薇だ、薔薇ぁっ!」

「なんだよ、知り合いなのか?」

 気が抜けた思いでルークはアニスたちを見返す。

「私は同じ神託の盾オラクル騎士団だから……。でも大佐は……?」

「そこの陰険ジェイドは、この天才ディスト様のかつての友」

 ディストの言葉に、しかしジェイドは肩をすくめて失笑した。

「どこのジェイドですか? そんな物好きは」

「何ですって!?」

「ほらほら、怒るとまた鼻水が出ますよ」

「キィーーー!! 出ませんよ!」

 延々と続く軽口(?)の応酬。思わず、ルークとガイはしゃがみこんで顔をつき合わせ、唸った。

「あ、あほらし……」「こういうのを置いてけぼりって言うんだな……」

 やがて気を取り直したらしい。ディストがようやく本題に入った。

「……まあいいでしょう。さあ、音譜盤フォンディスクのデータを出しなさい!」

「これですか?」

 ジェイドが出してみせたファイルを、ディストがサッと引ったくる。

「ハハハッ! 油断しましたねぇジェイド!」

「差し上げますよ。その書類の内容は全て覚えましたから」

 愉快そうに笑っていたディストの口が、はぁ? という感じに歪んだ。

「……ムキーーーーー!! 猿が私を小馬鹿にして!」

 猿のような声を上げて喚くと、顔を真っ赤にして手足をブンブンと振り回す。

「この私のスーパーウルトラゴージャスな技を食らって後悔するがいい! 行きなさい、カイザーディストR!」

 どこに隠れていたものか。巨大なロボットがドーンと音を立てて甲板に降り立った。船がゆさゆさと揺れる。

 ロボットは丸く大きな頭をしており、細い手足が付いている。頭の突起が顔の造作めいていて、全体が赤いこともあってタコを想起させる。長い手の先にはドリルやハサミが付いており、それで襲い掛かってきた。

 だが譜業機械が水に弱いことはタルロウXで証明済みだ。ジェイドの譜術で水をぶっ掛け、ルークたちがよってたかって破壊すると、ほどなく巨大ロボットは爆発を起こした。その勢いでディストは飛行安楽椅子ごとぶっ飛んで行く。そのまま、ぽちゃんと彼方の海に落ちた。

「おい……あれ……」

「殺して死ぬような男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから」

 思わず「いいのか?」と思ってしまったルークだったが、ジェイドは落ち着き払ったものである。

「それより、船橋ブリッジを見てきます」

「俺も行く。女の子たちはルークとイオンのお守りを頼む」

 譜石の欠片も返さないといけないからな、とガイは言ったが、アニスは彼の傍に擦り寄ってニヤニヤと笑った。

「あれ? ガイってばもしかして私たちが怖いのかな?」

「……ち、違うぞ。違うからなっ!」

 大声で否定しながら、ガイは凄まじい勢いで飛び退っていた。そのまま船橋ブリッジへ駆けていく。

「俺たちは……」

「怪我をしている人がいないか確認しましょう」

 呟くルークにティアが言い、「そうですね」とイオンも同意した。

「平和の使者も大変ですよねぇ……」

 アニスが大仰な動作で肩をすくめている。

「……ホントだよ」

 まだまだやるべきことは沢山だ。やれやれ、とルークは息を吐いた。


 巨大ロボと戦う前に、ディストの作った小型ロボ、タルロウXを追いかけるミニゲームがあります。船が時折揺れるので、その間はゆっくり歩かないと転んでしまい、魔物と戦闘になってしまいます。

 

 ……私、このミニゲームにどうしても勝てなかったんですが、実は船が揺れている間は「×ボタン」を押しながら操作すれば、自動的にゆっくり歩けて楽に勝てるのでした。

 タルロウXに追いつくと、ノービレ(響律符)とウイングドブーツが入手できます。負けると入手できませんが、ウイングドブーツだけは、後日ケセドニアに行った時にありじごくにんの蟻地獄を調べると拾うことが出来ます。

 ちなみに、海に落ちたタルロウXがどうなったかは、ミニゲームに負けると なんとなく分かる感じもします。蟻地獄からウイングドブーツを拾う時、ありじごくにんが それをどうやって入手したのかチラッと語るからです(笑)。

#ケセドニアで、路地裏のありじごくにんの後ろの蟻地獄を調べる。中から声
「おまえらぁ 海で拾ったぁ ゴ……宝いるかぁ。船から落ちたぁ 変なぁ機械が持ってたぁ」
 →もらっとく
「はいよぉ じゃぁなぁ」
 ウイングドブーツを手に入れました

 タルロウXもありじごくにん(?)に拾われたっぽい。

 

 あんなにペラペラ喋って自我のあるロボットを作るなんて、ディストは真の天才ですよね。しかしなんであんな喋り方なんだろー……。いやディストの趣味なのは間違いないですが。もしレプリカルークがファブレ邸に送られずディストの手元で育てられてたら、ああいう喋り方になってたのかもね。

 

 ディスト(本名はサフィール)とジェイドは幼なじみ。男三十代半ばにもなってこうだというのが、歪んだ関係というかなんというか。

 この二人と、マルクト皇帝ピオニー九世、そして後に登場するジェイドの妹の子供の頃からの関係は、今後もチラチラと語られ続けます。

 ……なんつーか、ジェイド周辺の設定はちょっと『鋼の錬金術師』っぽい。(笑) そもそも、超振動という設定もそれっぽいですけどね。


 それから更に数日の船旅を経て、連絡船キャツベルトは、ついにキムラスカ王国の首都、バチカルの港に入った。

 港では、居並ぶ兵士たちが揃って頭を下げてくる。中に立派な軍服をまとった初老の男がおり、ルークに向かって深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰国おめでとうございます」

「ごくろう」

 鷹揚にルークは返す。

「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。マルクト帝国からの和平の使者が同行しておられるとか」

 イオンが前に進み出た。

「ローレライ教団導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」

「無論です。皆様のことはこのセシル将軍が責任を持って城にお連れします」

 そう言って、ゴールドバーグは自らの傍らに立つ人物を紹介する。

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 きびきびと頭を下げたのは、薄い色の金髪を結い上げた二十代半ばと見える女性だった。青い瞳には強い意志が宿り、背筋はまっすぐに伸びている。

(セシル将軍か……)

 少しばかり、ルークは複雑な気分にとらわれた。屋敷から一歩も出られなかった彼だが、彼女の顔は知っている。何故なら、何度も屋敷で見かけたからだ。それは……。

「どうかしましたか?」

 ふと、セシルが怪訝な色を瞳に乗せた。だが彼女が視線を向けたのはルークではない。ガイだ。妙にそわそわしていた彼は、そう問われると慌てたように背筋を伸ばし、急に名乗り始めた。

「お、いや私は……ガイといいます。ルーク様の使用人です」

 使用人が率先して名乗るなど、あまりあることではない。

 が、将軍たちが眉を顰めるよりも早く、客人たちが彼に倣って次々と名乗り始めた。

「ローレライ教団神託の盾オラクル騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

「ローレライ教団神託の盾オラクル騎士団導師守護役フォンマスターガーディアン所属、アニス・タトリン奏長です」

「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 二人のキムラスカ将軍がハッと顔色を変えた。

「貴公があの、ジェイド・カーティス……!」

 セシルが唸るように声を吐き出す。

「ケセドニア北部の戦いでは、セシル将軍に痛い思いをさせられました」

「ご冗談を。……私の軍はほぼ壊滅でした」

 低く返したセシルの傍らで、ゴールドバークが探るような視線を向けている。

「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは。なるほどマルクトも本気という訳ですか」

「国境の緊張状態がホド戦争開戦時より厳しい今、本気にならざるを得ません」

「……」

 ふと、ガイの瞳に暗い色が浮かんだ。だが、誰もそれに気付くことはない。

「仰るとおりだ。ではルーク様はわたくしどもバチカル守備隊とご自宅へ……」

「待ってくれ!」

 言い掛けたゴールドバーグを遮って、ルークは声を張り上げていた。

「俺はイオンから伯父上への取り次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く!」

「ありがとう。心強いです」

 イオンが微笑む。ティアも「ルーク、見直したわ。あなたも自分の責任をきちんと理解しているのね」と嬉しそうにした。

「う、うん……まあ……」

 何故だろう。どこか後ろめたい気がして、ルークは少し目を逸らす。

(責任とか、そういうことじゃねーんだ。そうしないと、俺は……)

「承知しました。ならば公爵への使いをセシル将軍に頼みましょう。セシル将軍、行ってくれるか?」

「了解です」

 将軍たちの話はついたらしい。これで、ルークの手で和平の使者を連れて行くことが出来るのだ。

 うしろめたい気分はあっという間に吹き飛んだ。ルークは胸の中でほくそえむ。

(よし、これで英雄になるチャンスが出来たな)

 英雄になれば。自由になれる。――兵器として人を殺さなくてもいい。

(そうだよな、師匠せんせい……!)

「では、ルーク。案内をお願いします」

「……おう、行くぞ」

 微笑むイオンに意識を引き戻されて、ルークは一行の先に立って歩き始めた。





 バチカルは、光の王都と呼ばれる。

 音機関と精緻な細工飾りによって形作られた都市だ。縦長の層状の構造をしており、遥か下層には工業地帯や貧民街が、天空に届くかのごとき最上層には王族や貴族が住んでいる。中心街から港までなど各所は「天空客車」と呼ばれるロープウェイで結ばれ、各階層への移動は、階段の他に昇降機エレベーターも利用できる。特に、王城やファブレ公爵邸のある最上層へは昇降機なしでは向かえない。

 天空客車から中心街に降り立つと、初めてこの街を訪れたと言うアニスやミュウは、上へ高くそびえている街の威容に打たれて「大きい」と歓声を上げた。

「……すっごい街! 縦長だよぉ」

「チーグルの森の何倍もあるですの」

「ここは空の譜石が落下して出来た地面の窪みに作られた街なんだ」

 ガイが説明している。

「自然の城壁に囲まれてるって訳ね。合理的だわ」

 天空へ伸びる街を見上げて、ティアが感心した声で言った。

「ここが……バチカル?」

 同じように見上げて、ルークは怪訝な声で呟いている。

「なんだよ。初めて見たみたいな反応して……」

「仕方ねぇだろ! 覚えてねぇんだ!」

 可笑しそうに笑ったガイに向けて声を荒げる。

「そうか……。記憶失ってから外には出てなかったっけな」

 ガイは笑みを消した。ルークは苛立ちに唇を噛む。

(くそ……。ちっとも帰ってきた気がしねぇや)




 王城を目指して街を歩いていくほどに、ルークの苛立ちは大きくなっていった。

 どこもかしこも見覚えがない。知らない。初めて見たとしか思えないものばかりだ。

(なんでだよ。誘拐される前までは俺はこの街を自由に歩いていたはずなんだ。なのに、全然知らない。思い出せねぇ。コーラル城の時とおんなじだ)

 そんなルークの様子に、当然、仲間たちは気付いていた。

「ルーク、浮かない顔ね」

「折角帰ってきても、初めて来た街と変わんないんだもん。ルーク様、かわいそう……」

「ルーク、あの……」「ルーク!

 ティアとガイの声が重なった。ティアは恥ずかしそうに口を閉ざし、ガイは朗らかに続ける。

「ちょっと街ん中見ていかないか?」

「ああん? 何で今更、んなことしなきゃいけねーんだよ」

「そう言うなって。折角だし、旅先と思ってブラつきゃいいじゃねーの。あとちょっと楽しもうぜ」

「別に俺は……」

「バチカル初めての奴もいるだろ? もちっとブラついてもいいか?」

 ガイは仲間たちを見渡した。

「そうですね。僕はいいですよ」

 イオンが微笑む。

「まぁ、いいんじゃないでしょうか」

 ジェイドも笑った。

「私も!」

 アニスが明るく賛同する。

「ええ、いいと思うわ」

 ティアは優しく笑った。

「ってことで。ルーク、行こうぜ」

「……ったく。しょーがねーなぁ」

 ふっと口元が綻んでいく。ルークの顔に、満面の笑みが広がった。




 バチカルの街は大きい。本当に。

「こんなすげぇ街だったなんてよ……」

 しばらく見て回って、ルークは感嘆した声を上げていた。

「あなた、本当に何も覚えていないのね」

 少し驚いたようにティアが言う。

「あぁ。街ん中に闘技場があったり、軍の基地があったなんてな」

 特に闘技場は驚いた。今は休止中だったが、武術大会が毎年開かれているのだという。この大会は有名で、マルクトからも見物客が訪れるほどなのだそうだが、例によってルークは全く知らなかった。

「大会のことは、屋敷中でルークには隠してたんだ」とガイが言った。「だって、知ったらお前、出たいって大暴れするだろ」。そう言われると、なにやら言い返せないルークである。

「私も初めて来た時は、街のあまりの大きさに驚いたわ。ローレライ教団の修道院がバチカルにあるから、多少は知っていたつもりだったけど」

「人はウジャウジャ、施設は沢山、街は馬鹿でかい! なんか信じらんねぇよ。だって、屋敷の下にこんだけの世界が広がってたなんてな……」

「いいじゃない、とりあえず街に帰ってきたんだから。これからいっぱい見て回れば」

「まあ、こんだけ大きけりゃ暫く飽きねぇだろうけど。次はいつ屋敷から出られんのか……」

 ルークがそう呟いた時、街の喧騒を一際大きな嬌声が貫いた。

「あ、ガイよ!」

 見れば、数人の少女たちがきゃらきゃらと笑いさざめきながらガイを取り囲んでいる。

「ガイ〜 元気〜

「う、うわっ! キミたちか……」

「もうっ! キミたちって言い方がか〜わ〜い〜い〜

 既に及び腰になっているガイに、少女たちは笑って近付いた。近付かれた分だけガイは下がる。が、更に近付かれて、とうとう壁際にまで追い詰められた。

「や、やめ……やめて……」

 震えながら、腰が抜けたようにへたり込んでしまう。

「やー、幸せそうですね」

「おい! ジェイドの旦那! 助けてくれてもいいだろう! ルークでも……!」

 だが、ルークはその場に留まったままニヤニヤと笑ってみせた。屋敷でもよく見ていた光景だ。なんだか懐かしい。

「うへへ。お幸せに〜」

「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んでしまえと言いますし」

 ジェイドもとぼけた笑みでそんなことを言っている。

「もう、可哀想じゃない!」

 そんな二人を睨み付けたのは生真面目なティアだった。つかつかと少女たちに近付くと、「やめなさい。困ってるわ、彼」と注意する。元々軽い気持ちだったのだろう。少女たちはさして気にした様子もなく笑い、大人しく身を離した。

「そこが可愛いのにぃv

「ガイ! またね!」

「今度はそっちの素敵なお兄さんたちも紹介してね」

 それぞれひらひらと身を翻し、立ち去っていく。

「ティア、助かったよ!」

 へたり込んだまま、ガイはティアに心からの感謝の目を向けた。

「大丈夫?」

 まだ立ち上がれないのだろうか。無造作に近付いて助け起こそうとしたティアは、「ひゃっ!?」と悲鳴を上げたガイに飛び退かれて、目を瞬かせた。

「……あ。ご、ごめんなさい……」

 空いてしまった手を下ろす。結局、自分も彼を脅かす存在の一人なのだ。ついつい忘れてしまうが。

「……あれ。あそこにいるのって……」

 その時、アニスが一方を見て言った。雑踏の中に派手な衣装を着た三人組が見える。

「……なるほど。そいつはあたしらの得意分野だ」

「報酬は弾んでもらうゲスよ」

「しかしこいつは一大仕事になりますね、ノワール様」

 盗賊団・漆黒の翼だ。彼らがこんな所にいるのも驚きだが……。

「なんだ。またスリでもしようってのか?」

 近付いてルークが言うと、彼らはハッとして話をやめた。

「で、では頼むぞ! 失礼します。導師イオン!」

 驚いたことに、彼らと話していたのは神託の盾オラクルの兵士だった。イオンに頭を下げて、そそくさと立ち去っていく。

「へぇ〜。そちらのおぼっちゃまがイオン様かい」

 漆黒の翼の女――『ノワール様』と男二人に呼ばれていた――がイオンを眺め回した。

「何なんですか、おばさん!」

 アニスが睨みつける。

「つるぺたのおチビは黙っといで。……これから何が起こるか、楽しみにしといで。坊やたちv 行くよ! ウルシー、ヨーク」

「へいっ!」

 三人もまた去っていった。おチビと言われてアニスは怒り心頭だ。

「なんなの、あいつら! サーカス団みたいなカッコして!」

「そういや、あいつらどことなくサーカス団の『暗闇の夢』に似てるな。昔、一度見たきりだから自信はないが……」

 記憶を探るような顔でガイが呟く。

「なんだよ! お前、俺に内緒でサーカスなんか見に行ってたのかよ!」

 そんな話、今まで一度も聞いたことがない。

 ルークが思わず非難めいた声で言うと、ガイは少しばかりうろたえたように見えた。

「あ、ああ、悪い悪い……」

「……気になりますね。妙なことを企んでいそうですが」

「……ええ。それにイオン様を気にしていたみたい。どうかお気をつけて、イオン様」

 ジェイドとティアは気遣わしげな顔をする。

「はい。分かりました」

 イオンは素直に頷いた。





 昇降機を幾つも乗り継いで、一行はついに王城に入った。

 ルークの和平の使者を伴った帰還は既に知られており、謁見の間の前までは速やかに進むことが出来たのだが。

「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ち下さい」

 中に入ろうとしたところで警備兵に止められて、ルークはムッと口を曲げた。傍らのイオンを見れば、どこか不安げな色が仄見えている。

「モースってのは戦争を起こそうとしてるんだろ? 伯父上に変なことを吹き込まれる前に入ろうぜ!」

「おやめ下さい!」

「俺はファブレ公爵家のルークだ! 邪魔をするなら、お前をクビにするよう申し入れるぞ!」

 警備兵に子供じみた恫喝を返すと、ルークは扉に手を掛ける。

「ルーク、いいのでしょうか。こんな強引に……」

 イオンの声にさえ危惧と非難の色が混じっていたが、ルークは構わずに扉を開けた。

「いいんだよ」

 なにしろ、悪いのは戦争を起こそうとしているモースなのだ。正しい自分たちが堂々と行動して何が悪い。

 謁見の間に入るのは記憶にある限り初めてだ。真紅の絨毯の敷かれた広大な空間の彼方に壇があり、玉座が三つ並んでいる。中央のそれに立派な装束を着た初老の男が堂々とした態度で座っており、その前に法衣を着た恰幅のいい壮年の男が立っているのが見えた。玉座に座っているのがインゴベルト王、立っているのが大詠師モースなのだろう。

「マルクト帝国は首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点としてセントビナーまで……」

 モースがそんなことを言っている声が聞こえる。ムッとして、ルークは足音も荒々しく玉座に近付いた。玉座の傍に控えていた小柄な太鼓腹の男――恐らくは内務大臣のアルバインだ――が、気配に気付いて大声で叱り付けた。

「無礼者! 誰の許しを得て謁見の間に……」

「うるせぇ、黙ってろ!」

 口汚く怒鳴り返すと、アルバインは顔を真っ赤に染めて絶句する。

 キムラスカ・ランバルディア王国国王インゴベルト六世は、突如闖入した焔の髪をした若者を見つめた。

「その方は……ルークか? シュザンヌの息子の……!」

「そうです、伯父上」

 王城とファブレ公爵邸は目と鼻の先だったが、軟禁されて以来、ルークが伯父である国王に対面したことはない。だが、王にはすぐに分かったようだった。

「そうか! 話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。すると横にいるのが……」

「ローレライ教団の導師イオンと、マルクト軍のジェイドです」

「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます」

 イオンが言った。傍らに身を退いたモースが僅かに震えた声を上げる。

「導師イオン……。お、お捜ししておりましたぞ……」

「モース。話は後にしましょう。――陛下、こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」

「御前を失礼致します」

 スッとジェイドは跪礼をとった。

「我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

 アニスが進み出て親書を差し出した。アルバインが王に代わって受け取っている。

「伯父上。モースが言ってることはでたらめだからな。俺はこの目でマルクトを見てきた。首都には近づけなかったけど、エンゲーブやセントビナーは平和なもんだったぜ」

「な、何を言うか! ……私はマルクトの脅威を陛下に……」

「うるせっ! 戦争を起こそうとしてるんだろうが! お前マジうぜーんだよ!」

 インゴベルトが穏やかに宥めた。

「ルーク、落ち着け。こうして親書が届けられたのだ。私とて、それを無視はせぬ。――皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」

「使者の方々のお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内しますが……」

 アルバインが言う。しかしイオンは言った。

「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

「では、ご用がお済みでしたら城へいらして下さい」

 アルバインがそう言った一方で、モースがティアに細い目を向けてくる。

「ティアは残りなさい。例の件、お前から報告を受けねばならぬ」

「モース様。私にはルークをお屋敷に送り届ける義務がございます。後ほど改めてご報告に伺います」

「……よかろう。――それでは陛下。私はこれで失礼します」

 モースはインゴベルトに頭を下げて立ち去った。――去り際にルークを冷たく一瞥して。

「やっぱりモースの野郎、戦争を起こそうとしてるみたいだな。マルクトのことでデタラメな事を伯父上に吹き込んでたぜ」

 不愉快な気分をルークは吐き出す。小さな声でジェイドが言った。

「ともかく、陛下は親書を受け取って下さった訳ですし、お言葉通り、無下になさることもないでしょう」

「後でもっとちゃんと話できるように言っておいてやるよ」

 ルークは真面目な顔を作る。イオンとジェイドを伯父に会わせれば大丈夫だと思っていたが、事はそう単純ではないかもしれない。

「頼もしいですねぇ。さすがの七光りです」

「いちいちカンに触るヤツだな……」

「これは失礼。実際助かりました。あなたのおかげです」

「ヘッ、調子いいこと言いやがって」

 ルークが鼻を鳴らした時、玉座からインゴベルトが呼びかけてきた。

「ルークよ。実は我が妹シュザンヌが病に倒れた」

「母上が!?」

 ルークは声を上げて青ざめる。

「わしの名代としてナタリアを見舞いにやっている。よろしく頼むぞ」


 バチカル城は、王の私室の真下に罪人部屋(牢屋)があるという、素敵なお城です。

 ちなみに、城の前に建っている石碑は城の竣工を記念して建てられたもの。


 ファブレ公爵邸。

 門を警備していた白光騎士団がいち早くルークの姿を認め、「ルーク様! お帰りお待ちしておりました!」と嬉しげに声を張り上げる。

 住み慣れた場所なのに、こうして門を潜るのは記憶にある限りでは初めてで、おかしな感じだ。

 玄関ホールに入ってすぐに父であるファブレ公爵が立っているのが見えて、ルークは声を弾ませた。

「父上! ただいま帰りました」

 公爵がルークに視線を向ける。

「報告はセシル少将から受けた。無事で何よりだ。ガイもご苦労だったな」

「……はっ」

 低く答え、ガイが身を正す。

「使者の方々もご一緒か。お疲れでしょう。どうかごゆるりと」

「ありがとうございます」とイオンが頭を下げた。

「ところでルーク、ヴァン謡将は?」

師匠せんせい? ケセドニアで別れたよ。後から船で来るって……」

 公爵の隣に立っていたセシル将軍が「ファブレ公爵……。私は港に……」と彼を見上げた。

「うむ。ヴァンのことは任せた。私は登城する」

 言うなり、公爵は今ルークが入ってきたばかりの玄関へ向かう。すれ違い際、「キミのおかげでルークが吹き飛ばされたのだったな」とティアを一瞥した。

「……ご迷惑をおかけしました」

「ヴァンの妹だと聞いているが」

「はい」

「ヴァンを暗殺するつもりだったと報告を受けているが。本当はヴァンと共謀していたのではあるまいな?」

「共謀? 意味が分かりませんが」

「まあよかろう。行くぞ、セシル少将」

 セシルを従え、公爵は出て行った。

「なんか変だったな。旦那様」

 そう呟くガイの声を聞きながら、ルークは気持ちが冷えていくのを感じていた。

(俺が帰ってきたの、二ヶ月以上ぶりだぜ。なのに、殆ど顔を見もしないで、かけてくれた言葉は二言だけ。そっけなさすぎね?

 ……いや。いつものことだけど。

 どうして父上は俺に冷たいんだろう。本当に……俺を兵器にするために軟禁してた、のか……?

 ……相変わらず、セシル将軍と一緒だしな)

「ヴァン師匠せんせいがどうしたんだろう……」

「さあな……。まだバチカルに戻ってきてはいないようだが」

師匠せんせいは。再会した時、笑ってくれたのに。『よく頑張ったな』って)

「それじゃ、私もここで……」

 ティアが言った。長い間彼女を縛っていた、ルークを屋敷まで送り届けるという義務は終わった。もう一緒にいる理由はない。だが、何を思ったか、ガイが彼女を引き止めた。

「どうせなら奥様にも謝っていけよ。奥様が倒れたのは、多分ルークがいなくなったせいだぜ」

「……そうね。そうする」


 ルークと父親の間の葛藤は、ゲーム本編をサラッとプレイしただけでは気付けないことだと思います。

 しかし、ルークの日記をよく読み、サブイベントをこなすと、なんとなく見えてくる。

 ぶっちゃけ、公爵はセシル少将と不倫していると思われます。それにルークも気付いている。……ってより、周知の事実なのかもしれません。ルークが気付くくらいですから。

 

 公爵はどうしてルークに冷たいのか。それは、ガイにまつわるあるサブイベントをゲーム終盤まで根気強くこなしていくと明かされ、ルークと父親の関係に一つの解決が与えられることになります。


 屋敷の中を歩くと、使用人たちから次々と声を掛けられた。

「ルーク様、よくぞご無事で。ナタリア殿下が心配されておりましたよ」

「お戻りを心待ちにしておりました。預言スコアに良い出来事があると詠まれていたのはこのことだったのでしょう」

 白銀の鎧をまとった騎士たちが口々に笑いかけてくる。

「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」

 執事のラムダスが頭を下げた。

「ああ」

「ところでその動物……は?」

「チーグルだよ」

「ああ。ローレライ教団の聖獣……」

「ミュウですの! よろしくですの!」

「しゃべ……っ。コホン! よろしくお願いします。ミュウ……様」

「俺に押し付けられた。ペットみたいなモンだ」

「は……。左様でございますか」

 頷いて、ラムダスはミュウに何を食べさせたらいいのか考え込んでいる。

「ルーク様! お帰りなさいませ! ガイもお帰りなさい!」

 ラムダスが行ってしまうと、メイドの一人が待ちかねたように大きな声を出した。

「……あ、ああ」

 ガイはギクリとして体を退いたが、ふと気付いた顔をして少し近付く。

「ん? 泣いてたのか? 目が赤いぞ」

「え? ああ、ルーク様がやっと戻って下さったから、つい嬉しくって……。ガイったら相変わらず優しいわね」

「だ、だから近付くなって!」

 凄い速さでガイは後ろに飛び退る。メイドは可笑しそうに笑った。

「ガイって素で気障きざなのよねv

 そんなことを言いながら仕事に戻っていく。

「ルーク様! ご無事で何よりでございます!」

 次に現われたのは庭師のペールだった。相好を崩してルークを見つめ、傍らのティアに気付いて怪訝な顔をする。

「はて、そちらの娘は確か……」

「――ご迷惑をおかけしました」

 この老人も、あの時あの庭にいたのだ。ティアは頭を下げた。

「……謝るなら奥様に謝りなされ。奥様はあれ以来、ルーク様を案じるあまり伏せっておしまいになった」

「……そうします」

 静かに言ってティアは俯く。

 一方で、ジェイドは老人の顔を凝視していた。視線に気付いたペールが問いかける。

「何かご用ですか?」

「私はジェイドと申します。……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありませんか?」

 ペールはひどく驚いた顔をした。

「き、記憶にありませんな……」

 確かに、キムラスカの庭師がマルクトの軍人と顔見知りである確率は少ないだろう。

「そうですか……」

 それ以上追求することもなく、ジェイドは口を閉ざした。





 母が休んでいるはずの両親の寝室へ行くには、応接間を抜けるのが早い。

 ルークがその扉を開けると、中にいた人物が振り返った。

「ルーク!」

「げ……」

 表情を引きつらせながらも、ルークは彼女――キムラスカ王国王女にして婚約者でもあるナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの前へ歩み寄った。……渋々と。

「まあ、何ですのその態度は! わたくしがどんなに心配していたか……」

「いや、まあ、ナタリア様……。ルーク様は照れてるんですよ」

「ガイ! あなたもあなたですわ! ルークを捜しに行く前に、わたくしの所へ寄るようにと伝えていたでしょう? どうして黙って行ったのです」

 その美しい瞳でジロリとガイを睨み、ナタリアは一歩、彼に近付いた。ガイは飛び退き、柱の後ろに隠れて声を震わせる。

「お、俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」

「何故逃げるの」

「ご存知でしょう!」

 いい加減、付き合いも長い。ルークが誘拐される以前からの顔なじみだ。身分は違うが、ルークを介した幼なじみと言ってもよい。当然、ガイの女性恐怖症も承知しているわけだが。

「わたくしがルークと結婚したら、お前はわたくしの使用人になるのですよ。少しは慣れなさい!」

「む、無理ですぅ〜!」

「おかしな人。こんなに情けないのに、何故メイドたちはガイがお気に入りなのかしら」

 少しむくれた顔をして、ナタリアはルークに向き直った。これ以上ガイと話すのは諦めたらしい。

「それにしても大変ですわね。ヴァン謡将……」

師匠せんせいがどうかしたのかよ」

「あら、お父様から聞いていらっしゃらないの? あなたの今回の出奔はヴァン謡将が仕組んだものだと疑われているの」

「それで私と共謀だと……」

 思わずティアが呟く。初めてその存在に気付いたかのように、ナタリアの視線が彼女に向いた。

「あら……そちらの方は……? ――ルーク! まさか使用人に手をつけたのではありませんわよね!」

「何で俺がこんな冷血女に手ぇ出すんだ! つーか、使用人じゃねーよ! 師匠せんせいの妹だ」

「……ああ。あなたが今回の騒動の張本人の……ティアさんでしたかしら」

「んなことより、師匠せんせいはどうなっちまうんだ!」

 今まで傍観していたジェイドが口を開いた。

「姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捕らえられ、最悪処刑ということもあるのでは?」

「はぅあ! イオン様! 総長が大変ですよ!」

「そうですね。至急ダアトから抗議しましょう」

(師匠が処刑される……!?)

 ルークは幾分取り乱してナタリアに迫った。

「なあ、師匠は関係ないんだ! だから伯父上に取りなしてくれよ! 師匠を助けてくれ!」

「……分かりましたわ。ルークの頼みですもの」

 ナタリアは頷いた。両手を組んで、じっとルークを見上げて微笑む。

「その代わり、あの約束、早く思い出して下さいませね」

 ――う。いつものアレだ。ルークは憮然とする。

「ガキの頃のプロポーズの言葉なんて覚えてねっつーの!」

「!」

 アニスと、何故かティアが息を呑んだ。無論、ルークは気付かなかったが。

 誘拐から戻ってから、ナタリアといえばいつもこれだった。

(んなこと全然思い出せねーのに……)

「記憶障害のことは分かってます。でも最初に思い出す言葉があの約束だと運命的でしょうv

 頬を染め、ナタリアはうっとりと瞳を潤ませる。自分の顔が熱くなっていくのが感じられて、ルークは俄かに落ち着かなくなる。

「い、いーからとっとと帰って、伯父上に師匠の取りなししてこいよっ!」

「もう……意地悪ですわね。分かりましたわ」

 少し拗ねた声音で言うと、ナタリアは部屋を出て行った。城へ帰るのだろう。

「……ったく。ナタリアの奴は相変わらずだなぁ」

 ようやく落ち着かない気分から解放されて、ルークは肩から力を抜いた。

「早速のナタリア節だったな」

 ガイが笑う。側に寄ってこられなければ余裕しゃくしゃくなのだ、この男は。

「お姫様〜、な感じの人だったね〜。綺麗な召し物。優雅な物腰。上品なおしゃべり。あれがいわゆる上流階級? ちょっと賑やかなのも含めて」

「では、アニスも上流階級ですね」

「むー。大佐、それってどういう意味ですかぁ!」

 アニスのむくれ顔を見てガイが笑い声を上げる。「あーぁ。うるせーっての……」とルークがぼやく側で、ティアが小さな声を出した。

「……ナタリア様って綺麗な人。可愛いドレスも似合うし……」

「そうかぁ? ぎゃあぎゃあうるせーだけだよ」

「それに、ティアだって綺麗じゃないか」

 何のてらいもなくガイが言う。ティアはぱっと赤くなった。

「あ……ありがとう……」

 思わずガイに近付く。……が、ガイは飛び退いて青ざめ、震え始めた。

「……ご、ごめんなさい。うっかりしてたわ」

「いや、こっちこそスマン」

「お前さ、さらっとそういうこと言うから女に惚れられるんだよ」

 呆れた口調でルークが言う。「……思ったことを言っただけなんだがなぁ」と、ガイは困ったように頭を掻いた。


 今まで噂のみ聞けたナタリアが登場。

 なかなかパワフルなお姫様。正義感が強く、自他に厳しくて、とてもしっかりした人です。各種慈善事業を積極的に行い、国民に非常に慕われています。バチカルの市民に話しかけると殆ど「ナタリア殿下」の話なくらい。

 ルークよりも一つ年上で、従姉いとこでもある。軟禁されていたルークの元に、ヴァン以外では唯一、積極的に外から会いに来てくれていた人。

 ただ、「早く過去の記憶を思い出して」と口うるさい人物でもあるようで、それがルークには煩わしい模様。それは、彼女にとってのルークとの大切な思い出が、誘拐以前の失われた記憶の中にあるからなんですが……。

 また、自他に厳しい彼女はルークいわく「年上風を吹かせて偉そう」。彼の子供っぽい振る舞いにも色々口を出し、ビシビシしつけ(?)てくるので、ルークは彼女のことを「正義魔人」「説教魔人」とも呼んでげんなりしています(笑)。

 ところで、ナタリアはルークを探しに行くガイに「出発前に自分のところに来い」と命じていたようですが。もしかしたら、ガイにくっついて自らルークを探しに行くつもりだったんじゃないかなぁ。この人の性格と行動力なら充分ありえる。

 

 余談ですが、応接間に玄関側から入るか寝室側から入るかで、ちょっとだけキャラクターの演技が変わります。玄関側から入るとナタリアが駆け寄ってくる。寝室側から入るとルークの方がナタリアに歩み寄ります。

 

 屋敷にいる白光騎士団やメイドに話しかけると、皆ルークの帰還をすごく喜んでくれていて、嬉しさのあまり泣いてしまうメイドすらいます。ルークの屋敷での人気は悪くなかったっぽい。


 両親の寝室に入ると、ベッドに横たわっていたルークの母、シュザンヌが身を起こした。

「おお、ルーク! 本当にルークなのね……。母は心配しておりました。お前がまた よからぬ輩にさらわれたのではないかと……」

 ルークはベッドサイドまで歩み寄る。安心させるように微笑みを見せた。

「大丈夫だよ。こうして帰ってきたんだしさ」

「――奥様、お許し下さい」

 後ろで急にティアが両膝をついたので、ぎょっとしてルークは振り返った。

「私が場所柄もわきまえず我が兄を討ち果たさんとしたため、ご子息を巻き込んでしまいました」

 両手を組み、懺悔の姿勢をとっている。

「……あなたがヴァンの妹という、ティアさん?」

「はい」

「……そう。では今回のことはルークの命を狙った よからぬ者の仕業ではなかったのですね」

「ローレライとユリアにかけて、違うと断言します」

「ありがとう。でもティアさん、何があったかわたくしには分かりませんが、あなたも実の兄を討とうなどと考えるのはおやめなさい。血縁同士戦うのは、悲しいことです」

「お言葉……ありがたく承りました」

 ティアはこうべを垂れた。




「ルーク様のお屋敷ぃ、すごいじゃないですかぁ。こんな素敵な所にあってぇ〜」

 寝室から退出して回廊を歩いていると、アニスがウキウキした様子ではしゃぎ始めた。

「そうか? 俺はこんな高い場所にあるなんて知らなかったからな」

「場所もそうですけど〜、建物も立派じゃないですかぁ〜」

「ふーん。普通だろ、こんなの」

「あぁ〜ん、もう、ご謙遜してぇv でも、そういうところも素敵ですぅ。アニスも、こんなお家に住んでみたいなぁ〜☆」

 アニスは可愛らしくルークに擦り寄った。が。

「ミュウはチーグルの森がいいですの。チーグルの森の方が素敵ですの〜」

「だーっ、勝手に話に入ってくるな、このブタザル!」「みゅうぅぅ……」

 ルークはミュウをぐりぐりしはじめた。……ので、アニスが「ちっ、邪魔しやがって……」と低く呟いたのには気付かなかったりした。

 回廊を抜けて、再び玄関ホールに出る。

「色々なものが飾ってあって、流石は公爵家のお屋敷ね」

 気分が落ち着いてきたのか、興味深げな顔でティアが辺りを見回した。ルークは素っ気ない。

「俺には何がなんだかサッパリだし、興味もねぇからなぁ」

「勿体無いねぇ。屋敷の中には由緒正しいものが、沢山飾られてるんだぜ?」

「じゃあ、あの柱に飾ってあるあの剣も、何かいわれが?」

 苦笑いするガイにティアが尋ねると、彼はふと表情を固くした。

「……ああ、あの剣が気になったのか。あれは……」

「ん、ペール。そんなところでどうしたんだ?」

 件の剣の飾られた柱の前に庭師の老人が佇んでいるのを見つけて、ルークが声を出した。

「これはルーク様」

 頭を下げてくるペールの隣に立って、ルークは、例の剣を見上げる。

「この剣を見てたのか」

「はい……。懐かしい思い出の詰まった剣でございますから……」

「ペール!」

 不意に、ガイが鋭い声を出した。

「そ、そうでした。申し訳ございません」

「何が申し訳ないんだよ? それにガイも急に大きな声出して……」

「……いや、何でもないんだよ。気にするな」

 ガイは小さく笑う。

「この剣のいわれだったよな。……聞いた話じゃ、何かの戦いで、敵の、……首級と一緒に持って来たものらしいな……」

「首級って……」

「首だよ。大将の首だ」

 ぎょっとして、ルークは顔を引きつらせた。

「……う。なんか、あの剣が怖くなってきたな……。でも、この剣が懐かしいって、何でだ?」

「だから、気にするなって言ったろ」

「気になるっつーの」と、ルークが唇を尖らせたので、ガイは苦笑する。

「そうだな。俺が賭けに負けたら話してやるよ」

「賭け? 何だよ、そりゃ」

「忘れちまったか? なら、賭けが終わるまでは秘密だ」

「ちぇっ」

 ルークは軽くむくれる。ガイが笑った。





 そろそろ時間も遅くなってきた。

 名残は尽きないが、もう旅の仲間たちとも別れなければならない。

「じゃあ俺も行くわ。お前の捜索を、俺みたいな使用人風情に任されたって白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」

 ルークが私室に引き上げることになると、ガイがそう言った。

「僕たちもおいとましますね」

 イオンが言う。彼らの寝室は王城に用意されている。

「ミュウはくたくたですの〜」

「うるせー! ブタザル!」「みゅう……」

「ははは。久しぶりの我が家なんだ。休める時に休んどこうや」

「これからも大変そうだしね〜」

 ガイの言葉にアニスが頷く。ジェイドも続けた。

「そう。大変ですよ。まだ戦争が回避されたわけではないのですから」

「ルークは……明日からはどうするの?」

 ティアが見つめてくる。

「そうだな……。ヴァン師匠せんせいのことも気になるし、明日……父上に聞いてみる」

「……全ては明日、ですね」

 静かなイオンの言葉が響いた。

 それにしても、恐らくこの面々が再び共に旅をすることはないのだろうが。

 仲間たちは一人、また一人とファブレ邸を出て行った。

「ルーク様。アニスのこと……忘れないで下さいね」

「……なかなか興味深かったです。ありがとう」

 アニスが言い、ジェイドも、いささか引っ掛かる物言いではあったが微笑む。

「じゃあな」

 短くルークは声を返した。二ヶ月半。長いような短いような時間だ。その間を共有した彼ら。

「……私もモース様に報告があるから行くわ」

 最後にティアが言った。

「あ……ああ……」

 何だか急に寂しくなった気がして、ルークは自分に驚いた。

(こんなにウゼェ冷血女はいないって思ってたのに。……二ヶ月半、毎日一緒にいたからかな)

「優しいお母様ね。大切にしなさい」

「何だよ。お前に言われる筋合いねーよ」

「そうね。……それじゃ」

「あ、ちょっと待てよ」

 ティアは出て行く。その背が妙に寂しげに見えて、咄嗟にルークは彼女を呼び止めていた。

「……何?」

「あんま気にすんなよ」

「?」

「母上が倒れたのは、元から体が弱いだけだから」

「……ありがとう」

 微笑みを浮かべる。そして、ティアは立ち去った。


 母親は父親と違ってルークに優しい。ルークは、日記に

「母上は俺の帰宅を大げさに喜んでくれた。父上も母上の半分ぐらい優しくしてくれればいいのにな」と書いてます。

 ……けど、ゲーム冒頭で母親に色々心配されると「うぜーなぁ」とか煙たそうにしてましたけどね。(まぁ、普通の男の子的反応ですが。)

 

 部屋で寝る前に、ルークの奥義書イベント、ガイの奥義伝承イベント、宝刀ガルディオスイベントそれぞれの第一回目を起こしておくのが吉。

ルークの奥義書1
#玄関ホールの隅でラムダスと二人のメイドが話している。
ラムダス「……よいな。くれぐれもこのことを おぼっちゃまに知られぬようにな」
ルーク「……俺に何を隠してるんだ?」
ラムダス「おぼっちゃま!? い、いえ……私どもは何も……」
ルーク「ラムダス! 俺には話せねぇってのか!?」
ラムダス「……実は、先程倉庫を整理しておりましたところ メイドの一人が誤ってヴァン謡将からお預かりしていた物まで処分してしまい……」
ルーク「な、なんだと!?」
メイドA「も、申し訳ありません!」
#メイドの一人、頭を下げる。
ラムダス「いえ、おぼっちゃま。これは執事である私の責任でございます」
#憮然とするルーク。メイドを叱れない。
ルーク「……で、師匠から預かってたものってなんだ?」
ラムダス「おぼっちゃまをご指導するための教材でございます。確かアルバート流の奥義書だとか……」
ルーク「奥義書!? そんな大事なもの! どこに捨てたんだ!」
ラムダス「いえ……それが旅の商人に売ってしまったとかで……」
ルーク「な、何ぃ!? そいつはどこにいる!?」
ラムダス「定期船に乗ると言っていましたから もしかしたらまだ港に……」
ルーク「くそっ! 追いかけるぞ!」
ラムダス「おぼっちゃま。奥義書の代金の150000ガルドでございます」
ティア「それほどの大金が必要になるとは思えません。多すぎます」
ルーク「お前、余計なこと言うな」
ラムダス「さようでございますか。では、少ないですが」
 ルークは20000ガルドを手に入れた
メイドA「申し訳ございませんルーク様……」
メイドB「ああ、ルーク様…… なんとお詫びしたらよいのか」

#港に駆け込むルークとガイ。
ルーク「そこの行商人! 待て!」
行商人「はい?」
ルーク「俺はファブレ家の者だ。先程買った奥義書を返せ。代金は返す!」
行商人「残念ですが、これはもう私の商売道具でございます。すでにお譲りいただいた四つの奥義書の内、三つは売れてしまいました」
ルーク「なんだと! そんなの詐欺じゃねぇかっ!」
行商人「そう言われましても……。今手元にある奥義書でしたら20000ガルドで売らせていただきますが」
 → 払ってやるよ
ルーク「……くそ、足下みやがって。わかったよ、払ってやる」
 ルークは20000ガルドを支払った
行商人「こちらが奥義書初級編でございます」
 アルバート流奥義書を手に入れました
 ルークは魔神拳を修得しました

ルーク「残りは誰に売ったんだ?」
行商人「好事家の方々に譲りました。皆様、それぞれの国に帰られたようです。それでは、私も船が参りましたので失礼します」
#行商人、立ち去る。
ルーク「くそ……。探して買い戻さないと」
ガイ「買い戻すって資金はどうするんだ?」
ルーク「父上か母上に言って……」
ガイ「そんなことしたらメイドの失敗が旦那様たちの耳に入って下手をすればクビになるぞ」
ルーク「しるかよ……って言いたいトコだが、それは……」
ジェイド「まあ、まだ肝心の奥義書がどこにあるかもわからないんです。見つかってからでもいいでしょう」
ルーク「……まあ、そうだな」

 このエピソードには個人的に気になる点が二つあります。一つは、ラムダスたちが誤ってルークの教材を売ってしまったことを、当初秘密にしようとしていたところ。たまたまルークが気付かなかったら、黙ったままにしてた……んだよね?

 そしてその後、両親に話して奥義書を買い戻そうとしたルークに、ガイは言います。

「そんなことしたらメイドの失敗が旦那様たちの耳に入って下手をすればクビになるぞ」

 ……あれ。なんだこれ。使用人全体で仲間のミスを隠蔽してる……。ファブレ公爵家の使用人たちって……いやそのゲフン。結束力は高そうです。

 そして、情に訴えられかけると使用人にも強く出られないルークなのでした。……使用人たちに操作されてるなぁ。

 あと、ラムダスが買い戻し資金を出そうとしたら『それほどの大金が必要になるとは思えません。多すぎます』と言うティアは不可解。余ったら返せばいいんだしさ……。そもそも、ルーク(ファブレ家)の買い物なんだし。なんで赤の他人のあなたがそんな指示をするの?

 ちなみに、奥義書を売り払ってしまったメイドの名前は「マキ」。

 

ガイの奥義伝承1
ペール 「そういえば、ガイ。皆さんの足手まといになってはおらぬか?」
ガイ「どうかな。何しろ強い方々ばかりだからね」
ペール「……そうか。もしも機会があったら東のザオ砂漠に住む、ギィという老人を訪ねてみなさい。ペールからの紹介だと言えば おまえの剣技に役立つ事を教えてくれるだろう」
ガイ「わかった」

 後に明かされますが、実はペールはガイの剣の師でもあるのです。

 このエピソードは、師としてガイに接するペールの姿が見られるという点で珍しい。ちなみにこの場にはルークも同席しています。この時点のルークはペールが剣を扱えることすら知らないはずなんですが。暢気な子だよねつくづく……。

 

 この他、インゴベルトと会った後でバチカル城の客室へ行くと、ティアがメイド服にうっとりするイベントが起こります。(詳細は別ページに紹介



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