アルビオールはダアト港に停泊させてある。だが、街の出口に近付いたところで、ルークたちは思いがけずに足止めを食うことになった。

「何ですの、あれは!」

 ナタリアが眉を曇らせる。出口が大勢の人間で塞がれていたのだが、その大半を占める奇妙な一団がいたからである。彼らは揃いの服を着ていた。上下が一体化した、灰色のぴったりしたスーツだ。老いも若きも、男も女も、全員が同じ服装をしている。横に並んで道を塞いだ彼らの前には、外へ出ようとしているらしい巡礼者や教団員たちの姿があったが、彼らが眉を上げ拳を振りかざして口々に騒いでいるのに対し、一様に口を閉ざして眉一つ動かしていない。

「あ、あの人は……!」

 息を飲んで、ティアが奇妙な一団の中の一人に目を奪われた。それは痩せた老人だ。ふさふさした眉と大きな鼻を持ち、黄色く染めた髪を馬のたてがみのように立てている。ルークも目を見開いた。

「イエモンさん!? そんな馬鹿な!」

 見覚えがある。シェリダンめ組のリーダーで、優れた譜業技術者だった。――忘れるはずもない。彼は、ルークたちを地核へ行かせるために体を張って道を開き、リグレットに無惨に殺されたのだから。

『イエモン』は、しかしルークの声にはまるで反応を見せなかった。同じ服を着た仲間たちと共に、無表情に道を塞いでいる。

「いいからそこをどけ!」

 押し合いをしていた巡礼者の一人が、痺れを切らしたように押し退けて進もうとした。しかし、灰色スーツの一人が無造作にそれを押し返す。突き飛ばされた格好になり、巡礼者は勢いよく石畳に尻餅をついた。

「しっかりなさい」

 駆け寄って、ナタリアが側にしゃがんで介抱する。

……レプリカ……

 小さなジェイドの呟きを聞きとがめて、ルークは眉根を寄せて問い返した。

「何だって?」

「彼らはレプリカではないでしょうか。以前、レプリカを軍事転用するために、特定の行動を刷り込むという実験をしていました。彼らの目は、その被験者たちによく似ています」

 そう、ジェイドが言い終わるか終わらないかの時だった。灰色スーツの一団の背後からよく通る女の声が響いた。

「標的発見。捕捉せよ」

 変化は劇的だった。それまで壁のように佇むばかりだった一団が、淀みない動きで一斉に包囲を狭め、ルークたちを取り囲んだのだ。その異様さに、巡礼者や教団員たちは悲鳴をあげてルークたちの後ろに逃げた。取り囲んだ一団の向こうから、同じ灰色のスーツをまとった女がゆっくりと近付いてくる。蜜のような金色の髪を垂らし、襟足で切り揃えていた。どうやら、彼女がこの一団のリーダーであるらしい。まだ随分と若く、少女と言っていい年頃だったが、表情はなく、空色の瞳には感情が欠片も窺えない。

 まるで、よく出来た人形か何かのように。

「姉上……」

 引きつったような声を漏らしたのは、ガイだった。

「姉上? ガイ、一体何を……」

 少女は、どう見てもガイより年上には見えない。ルークは怪訝な思いで親友を見たが、それには全く気付いた様子もなく、目を奪われたままわなわなと震え始めて、ついには大声で叫んだ。

「どうしてだ……。どうして姉上がいる!?」

「ガイ! どうしたんだ!?」

 いつにない取り乱した様子に、ルークもまた動揺する。

「フリングス将軍もいるわ! グランコクマで確かに看取った筈なのに!」

 ティアも叫んだ。金髪の少女の隣に、よく見知った淡金髪の男が現われていたのだ。ピオニー皇帝の愛するブウサギに似た色の瞳は、しかしあの温和な知性の輝きを持たず、ただガラス玉のような空虚さでこちらに向けられている。

 十六年前に死んだマリィベル・ラダン。数ヶ月前に死んだイエモン。そしてつい先日死んだフリングス。

 その写し身のような姿が、並んで無感情にルークたちを見ていた。

「他にも亡くなった方の姿が見えますわ! 大佐の言う通り、彼らはレプリカに違いありません!」

 ナタリアは青ざめている。いや、ルークもティアもガイも、一様に血の気を失ってしまっていた。まるで亡霊に取り囲まれてしまったかのようだ。

「モース様のご命令だ。殺せ」

 マリィレプリカが指示を下した。その声音は抑揚に乏しく、ひどく硬い。

「譜術では民間人を巻き込む恐れがあります。出口方向のレプリカだけを始末して、この場を……」

 油断なくレプリカたちを警戒しながら言ったジェイドに、ガイが取り乱した顔で叫んだ。

「待ってくれ! そこには俺の姉上が……マリィ姉さんがいる!」

「レプリカですよ!」

「分かってる! だが……」

「レプリカだって分かってても、イエモンさんたちを殺せる訳ないだろ」

 ルークもレプリカたちを警戒していたが、小さく吐き捨てるようにそう言った。非情な作戦を非難するように。

「それではモースの思うつぼですよ」

 ジェイドの声が苛立ちを含む。その時、決然と顔を上げてティアが杖を構えた。

「私に……任せて下さい」

 大きく息を吸って、第一音素譜歌ナイトメアを歌い始める。彼女を包んだ音素フォニムの輝きが弾けると、レプリカたちはバタバタと倒れてその場で眠りこんだ。ホッと肩の力をルークたちは抜いたが、間を置かずに、ティアまでもがドサリと倒れた。

「ティア!」

 ルークが駆け寄って覗き込む。ティアはうつ伏せの半身を両肘で起こし、真っ青な顔で仲間たちに言った。

「こんなに大勢を眠らせたことはないの。効果は長く続かないと思う。――早くここを離れましょう!」





 第四石碑の丘まで逃げて、ルークたちは一度足を止めた。

「くそ! 立て続けに色んな事が起きて、頭の中がぐちゃぐちゃだ」

 ルークは叫ぶ。六神将やヴァンの復活にプラネットストームの謎の活性化、ローレライの鍵。それだけでも大変だったというのに、障気の復活、ティアの病状悪化、アニスの裏切り、イオンの死の危機にイエモンたちのレプリカの出現……。混乱しない方がどうかしている。

預言スコアをどうしていくかどころではなくなってしまいましたわね」

 ナタリアもどこか呆然としていたが、それ以上に虚脱した様子なのはガイだった。

「まさか姉上までレプリカにされるとは思ってなかったよ」

 自分を庇って殺された姉。『女性恐怖症』として未だに心の傷となっている彼女と同じ姿を、再び目の当たりにすることになろうとは。――しかも、マリィレプリカはこちらを殺そうとしているのだ。これはどんな悪い冗談なのか。

「私たちに縁のある人のレプリカを作ることで、動揺を誘うつもりなのかもしれないわ」

 ティアは冷静に分析していた。ルークは低く吐き捨てる。

「モースの奴、どこまで汚いんだ。死んじまった人たちのレプリカを兵士に仕立て上げるなんて!」

「姉上……」

「ガイ。あれはレプリカですよ」

「頭では分かってるんだ……!」

 容赦なくジェイドに言われて、ガイはそう返した。そこで顔を歪めて、「けど……」と口ごもる。ナタリアが怒りに身を震わせた。

「わたくしたちが躊躇するのも計算ずくとは……。なんと非道な……!」

「ですが、効果的な手法ではありますよ」

「嫌なこと言うなよ!」

 まるで机上のゲームのように語るジェイドを、ルークはきつく睨む。「これは失礼」と悪びれることなく返して、ジェイドは淡々と意見を述べた。

「次に我々を阻むようなら、排除するしかないかもしれません」

「そんな! なんか良い方法ないのかよ」

「また、ティアに譜歌を頼むのですか? 私が見る限り、ティアの衰弱も酷いですよ」

 詰め寄られてもジェイドは落ち着いたものだ。ルークは俯く。

「……くそ」

「私は大丈夫よ。また襲撃されたら、止めてみせるわ」

「そんなこと言ったって……」

 見れば、ティアはまだ酷い顔色をしていた。これ以上無理をさせれば、今度は立ち上がれなくなるのかもしれない。

「色々なことが起きて混乱していますが、今一番急を要するのは、イオン様の救出です。――下手をすればイオン様は死ぬ。ルーク。浮き足立たないように。いいですね?」

「その通りよ。何をするべきなのか考えて」

 ――落ち着いて。出来ることから、一つずつ。

 飽きるほど繰り返されてきた言葉だ。惑乱し感情に呑まれて、何一つ出来ないまま終わることだけは、避けねばならない結末なのだから。

「うん……行こう。ザレッホ火山に」

 渦巻く思いはこの場は抑える。ルークは深く呼気を落とした。イオンとアニスの元へ行くために、今は歩かねばならない。


 「出来ることから一つずつ」

 ただプレイした時は殆ど印象に残らなかったんですが、ノベライズするために改めて読み込んでいると、(常にそのものズバリの言葉で出てくるわけでもないですけど)要所要所で出てくる理念のよーな。

 

 それはそうと、この辺りのエピソードで目立つのは、「身も蓋もないこと言って叱られるジェイド」です。

 ジェイドは感情が薄めの人間で、だから情に惑わされることがあまりない。それは彼の長所でもある。で、感情豊かなルークたちが情に振り回されそうになっているのを見ると、ついつい口を挟んで水を差し、冷静さを促したくなるんでしょーけど。……結果として一回り以上年下のナタリアやルークにマジ叱られしています。はは。たとえそれが正論であっても、場の空気ってものも確かにありますよね。


 ダアト港からアルビオールを発進させ、ダアトの西に位置するザレッホ火山の火口上空へ飛んだ。もうもうと噴煙を上げるそこは見るからに恐ろしげだ。こんな所に本当に侵入出来るのかと思ったが、ノエルは見事な操縦で僅かな岩地に飛晃艇を降ろした。見れば、火口から細い道が奥へと続いている。

「……暑いな。息苦しい」

 降り立って、まずルークはそう言った。

「当然ですわ。魔界クリフォトに降りてからのザレッホ火山は、今まで以上に活性化しているそうですし……」

「とにかくパッセージリングのある方を目指せばいいんだよな」

 ナタリアとガイが言う。足元から小さな生き物の甲高い声が聞こえた。

「ボク、セフィロトの場所を感じるですの」

「迷ったら頼むぜ、ミュウ」

「はいですの」

 ルークの声に元気よい声が返ってくる。

 そうして、一行は細い道を辿って火口の奥へ進み始めたのだが……。




「しかし……暑いな……」

 どのくらい進んだのだろう。灼熱の溶岩の上を縫う細い岩道を行きながら、まいった、という様子でガイが言った。

「火山の中ですからねぇ。息を吸うだけでも喉や肺が焼かれるようです」

 そう返しながら、ジェイドは相変わらず汗一つかいてはいない。

「なんでジェイドは涼しそうなんだよ」

「いえいえ。暑くて死にそうですよ」

 睨むルークに肩をすくめて失笑してみせる。

「……なんかむかつくな」

 ガイがジトリとした目をして眉間に皺を寄せた。やはり軍服に何かの仕掛けでもあるのではないかと疑念が湧いたが、流石にもう、この場で脱げと迫る気にはなれない。そんな場合ではない。

「……前に来た時より暑くなってる気がするわ」

 ティアは浅い息をついている。上がった体温のせいで血色は戻っているように見えたが、いい状態とは言えないだろう。ナタリアが足元のチーグルに訊ねた。

「ミュウ。セフィロトはまだですの?」

「う〜ん、もうちょっとですの〜」

「辿り着く前にこの暑さにやられそうね」

 ティアの声が続く。彼女が自分の辛さを口に出すのは珍しいことだった。

「アニスの狙いはそれかもしれませんねぇ。私たちを一気に始末する……」

「ジェイドッ!!」

 真の怒りを込めてルークが怒鳴る。考え込む仕草をしていたジェイドは肩をすくめて失笑した。

「冗談です」

「ったく……」

 ルークは息を吐いたが、「――半分は」とジェイドが付け加えたのを聞いて絶句してしまった。他の仲間たちも同じ様子だ。

「みなさ〜ん、こっちですの〜!」

 ミュウだけは話を聞いていなかったのか気にしていないのか、少し先に進んで耳をパタパタ動かして呼んでいる。

「ご苦労様です。ミュウ」

「はいですの!」

「アイツ、無駄に元気だな……」

 ルークが呟く。

「ジェイドといいミュウといい、余計に疲れるな……」

 頭を掻いてガイがぼやいた。

「とにかく、行きましょう。急がないとイオン様が危険だわ」

「そうですわね。それにティア、あなたの体調も……」

「ああ。いつまでもこんな所にいたらまいっちまう。行こうぜ」

 そう促して、ルークが先に立って進み始めた時だった。

「ルークっ!!」

 切羽詰まった口調でティアが叫ぶ。

「うわあっ!?」

 思わず足を止めた鼻先を、唐突に巨大な火球が掠め飛んで、ルークは狼狽した叫びを上げた。

「何なんだ、一体……」

「あれだわ……」

 杖を構えて、ティアが険しい目で一方を示す。溶岩の海を挟んだ向こうに、見上げるほどに巨大な魔物が姿を見せていた。尾と首が長く、燃え盛る炎で出来たようなたてがみと巨大な翼を持っている。

「まあ! ドラゴンですわ!」

 固まっていた身体を乗り出すようにして、ナタリアが言った。竜種の魔物は色々いるが、純粋な『ドラゴン』にはなかなかお目にかかれるものではない。

「火山の中に住んでいるとは大した生命力だねぇ」

 感心したような苦笑を浮かべたガイの傍らで、ジェイドは考え深そうな顔をしている。

「この先へ進むためには、彼との対決は避けられませんね。いや、彼女かな」

「あら、大佐。ドラゴンの性別がお分かりになるの?」

 ナタリアが目を丸くする。

「ブレスの吐き出し方で……」

「すげぇ。ジェイドってなんでも知ってるなー」

 目をキラキラと輝かせてルークはジェイドを見上げた、のだが。

「……分かると面白いなーと思っただけです」

「……」

 ルークを筆頭に、仲間たちはそれぞれに沈黙した。

「……そんなこったろうと思ったぜ」

「全くだわ」

 ガイは顔を顰めて頭を掻き、ティアは頭痛をこらえるように額を押さえている。ジェイドの人となりを嫌と言うほど知っていながら、ついつい乗せられてしまった自分が呪わしい。

 その時、ドラゴンが炎の翼を打ち鳴らして舞い上がった。溶岩の海を渡ってこちらへ舞い降りる。ズゥン、と地を響かせて行く道をすっかり塞いだ。

「気をつけて! 来るわ!」

 緊張した声でティアが叫ぶ。間髪入れず、ドラゴンが口から火球を連続して吐き出した。

「くっ!」

 仲間たちはそれぞれの武器を持った手を己の眼前にかざし、その熱に耐える。

「……隙を見て攻め込むぞ!」

 耐えながらルークが叫んだ時、息継ぎのためなのか、ドラゴンが火球を吐き出すのをフッと止めた。

「今だ! 行くぞ!」

 ルークの号令で、仲間たちはドラゴンの前に駆け出した。懐に飛び込んだルークが率先して剣で斬りつける。声を上げてドラゴンは後ろ足で立ち上がり、炎をまとわりつかせた丸太のような前足を振り下ろしてきた。

「ルークっ!」

 短い苦鳴をあげてガードごと弾き飛ばされたルークを見て、ティアが叫ぶ。ガイがドラゴンの背面に回って、雄叫びと共に斬り込んだ。その隙にルークも立て直して攻撃を再開する。ドラゴンは吠え、翼を打ち鳴らして宙に舞った。

「くそ……!」

 こうなると、ルークとガイには手が出せない。ナタリアの矢は放たれ続けていたが、あの巨体に致命的ダメージを与えるには至れない。歯噛みする前で、ドラゴンはぐっと長い首をしならすと炎の息を吐き出した。先程までの断続的な火球ではなく、水のように噴出され続ける炎だ。

 ここは溶岩の海の上の狭い岩道。逃げる場所は殆どない。悲鳴を抑えて耐える仲間たちを前にして、熱風に長い髪をなびかせながらティアが杖を構えた。

 

 クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ… リュオ ズェ

 

 堅固たる守り手の調べ、第二音素譜歌フォースフィールド。少女の口から紡ぎ出された音律が音素フォニムを支配し、仲間たちの周囲に障壁を張り巡らせた。ここに逃げ場はないが、逆に言えば仲間たちの全てを障壁で覆うことが可能だった。フッと熱気が和らぐ。――が、同時にがくりとティアの膝が砕けた。

「――ティア!」

「気を散らすな、ルーク!」

 ティアの方を向いて叫んだルークに、ガイの叱声が飛ぶ。次の瞬間、地に降りたドラゴンの払った長い尾をまともに受けて、ルークは横っ飛びに吹き飛ばされていた。

「きゃああっ!」「ぐぅっ!」

 弓を構えていたナタリアに激突する。おかげで溶岩の海に転落する事だけは免れたが、二人ともすぐには起き上がれない。ティアも膝をついたままだ。

「くそ……!」

 ガイが歯噛みした時、背後から朗々とジェイドが解放した譜の響きが聞こえた。

「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊。――セイントバブル!」

 たちまち、ドラゴンを中心とした空中に第四音素フォースフォニムが集結して輝き、無数の水の泡となって躍り弾けた。ズタズタに肉を裂かれ、ドラゴンが叫ぶ。水気が濃密に漂う中に駆け込んで、ガイが剣を走らせながらニヤリと笑った。

「雪月花ってな。――氷月翔閃!」

 三日月のような弧を描いた剣の軌跡に沿って第四音素が水流となって迸り、凍り付いて刃と化す。水蒸気をもうもうと上げてドラゴンはのけぞり、長く叫びの尾を引かせながら溶岩の海へと転落していった。大きな音を立てて溶岩の柱が上がり、それもドロリとした輝きに飲まれて消える。そのまま波は静まり、ドラゴンが再び姿を現す様子はなかった。




「……ちょっと可哀相ですの」

 ドラゴンの消えた辺りを見下ろして、ミュウは少し耳を垂らしている。

「そうだな。……俺たちが勝手にあいつの家へ侵入してるんだもんな」

 ようやく立ち上がって同じように見下ろしながら、ルークも低く呟いた。

「……ふむ……」

 その背後で、ジェイドが小さく声をあげている。各人に癒しの光を当て終わったナタリアが、不思議そうに首を傾げた。

「あら、どうしましたの? 随分と晴れやかな顔をしていますわよ」

「おや、私はいつも晴れやかですよ?」

「よく言うよ……」

 ガイは呆れたように顔を顰めている。

「それで、大佐? どうしたんですの?」

「いえ、体の感覚が以前に戻ったようです。封印術アンチフォンスロット……完全に解除できたようですねぇ」

「本当ですか! 大佐!」

 明るい声をあげたのはティアだった。幾分かは回復したらしく、側に歩み寄ってくる。

「ええ。これで封印されていた術もじきに使えるようになるでしょう」

「随分時間が掛かったな」

 嬉しそうなティアの顔が何となく面白くなくて、ルークは少し無愛想にそう言った。ジェイドが封印術アンチフォンスロットで能力を封じられたのは随分前のことだ。そう。まだジェイドに会ったばかりで、初めて乗ったタルタロスで神託の盾オラクルの襲撃を受けた時だった。

「仕方ないわ。封印術アンチフォンスロットを自力で解除できる人間なんて、聞いた事がないもの」

 感銘に溢れた声でティアが言う。ルークは目を丸くした。

「ってことは、解けただけでもすげぇってことなのか」

「そうは言っても、あなたたちに追いつかれるほど時間がかかるとは。我ながら情けないです」

「何となくバカにされてるような気もするけど……。まあいいや。とにかくおめでとう!」

「これはどうも」

 明るく祝福するルークに返したジェイトの隣で、ガイは考え込む顔をしている。

「しかし、封印術アンチフォンスロットか。あんなもの大量生産された日には……」

「多分大丈夫ですよ。対人兵器にしては高価すぎますからね」

 そう言って、「何せ一個の製造に国家予算の一割弱かかるという話ですから」とジェイドは失笑してみせた。

神託の盾オラクルの皆さんは死霊使いネクロマンサーの名前がよほど脅威だったのでしょうねぇ」

「……それ、真顔で言えるアンタはすごいよ」

 引きつった顔でガイは笑う。「ありがとうございます」と、ジェイドは飄々と返した。

封印術アンチフォンスロットって、確か食らうと体が重くなるんだったよな?」

 ふと、ルークは確かめる。以前ジェイドに『どんな感じなんだ』と訊ねた時には、『全身に重りをつけて、海中散歩させられている感じ』と説明されたのだったか。

「実例的に分かりやすく説明したつもりですが……その通りです」

「しっかし、ラルゴだっけか? まあ、運がなかったよな。あんなヤツにやられるなんて……」

「面白いことを言いますね、ルーク」

 キラリと、ジェイドの眼鏡の奥の目が光った。

「あの時どこかの王族が人質になったりしたせいで私はあんな目に遭ったのだと思いましたが……」

「う……、そ、それは……」

「……何なら、あなたも封印術アンチフォンスロットを食らいますか?」

「ははっ、国家予算規模なんだろ? そんな勿体無い……」

 ニヤリと口元を歪めて言われて、ルークは微妙に後ずさる。

「遠慮しなくていいですよ。私が陛下に掛け合います。どうぞあなたは思い存分、海中散歩気分を楽しんで下さい」

「わ、ご、ごめんって! 悪かったから勘弁してくれ!」

 必死に叫ぶと、ジェイドはふっと雰囲気を和らげた。

「まあいいでしょう。とにかく、今までご迷惑をおかけしましたが、今後はもう少しお役に立てると思いますよ」

 そう言って、視線で先を促す。ドラゴンが退いた先の大地には亀裂があり、その奥へ進めるようになっているらしかった。

「……イオン様が心配です。この先へ行ってみましょう」

「……ああ」

 ルークも表情を引き締める。一行は奥へと進んだ。


 炎のドラゴン、フィアブロンクとの戦闘。見かけどおり水属性に弱いです。

 この対戦直前、「くっ! ……隙を見て攻め込むぞ!」とルークが言ってる時、ティアのスカートが相当きわどいところまでめくれています。ティアはルークより後ろにいるんですが、もし前にいたらルークは隙だらけになってたかもしれませんね! つか、ガイと大佐はティアより後ろにいたので、きっと堪能していたことでしょうね。(って、こんな非常時に女の尻ばっか見てねーよ。) いや。そもそもティアは教団服の下にはレオタードを着ているので、見えても水着と変わらないんですけど。……あ、称号を変えてメイド服とかを着せておけばよかったのかっ!? と思いましたが、他の服だと殆どめくれませんでした。教団服だからこそあそこまでめくれたってことか。(あの服、スリット深すぎですよね。)←アホな文章

 

 ジェイドの封印術アンチフォンスロット完全解除のフェイスチャットは、実際のジェイドのレベルが発生条件になります。普通に一周目プレイをしていたら崩落編結末辺りにくるんじゃないかと思うんですが、(その辺に入れ込むのを忘れてたんで)ここに入れてみる……。設定レベル的にこの辺でも問題はない……ですよね。

 

 それはともかくとして。

 セントビナー以降、ずぅううううっと姿が消えていたミュウが、ついに復活です!!

 うぉおおお、待ってたぜぇええ!! つーか今までどこに隠れてたのよミュウ〜〜!! あーよかった。安心しました。


 ザレッホ火山の地下に広がる長大な洞穴。灼熱の溶岩と共にあるそこも、火口から遠ざかれば熱気は幾分か治まる。チラホラと草や地衣類を見ることが出来るほどに。そんな道の奥には吊り橋があり、それを渡ると、以前見た覚えのある光景が広がっていた。

 小さな丘のように巨大な、古い譜石がある。詠み取り作業のためか梯子などが掛けられたその周囲には机や書類、ダアトの教会へ繋がる転移の譜陣。場の周辺には幾つもの吊り橋が架かっており、その先には鉄格子のはまった牢も見える。

 そして今、その中心である開けた場で、白い法衣を着た少年が己の周囲を第七音素セブンスフォニムで輝かせながら、静かに未来の預言うたを紡ぎ続けていた。

「…………やがてそれがオールドラントの死滅を招くことになる。

 ND2019、キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を囲む。やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。

 ND2020。要塞の街はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最後なり」

 その唇が預言スコアを紡ぎ出す度に、少年の前に金色の光が集まり、透き通った新たな譜石が生み出されていく。預言を文字として中に封じ込めたそれに寄りかかるように両手をついて、荒い息の下でイオンは言葉を続けていた。

「以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、やがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう……」

 その時だった。物も言わず、そこへ駆け込んでくる影があった。ルークだ。少し遅れて、ティア、ガイ、ナタリアとジェイドが続く。イオンのやや後方に立って様子を見ていたモースが、ぎょっと身をすくませた。

「お、お前たち……!」

「やめろ、イオン! やめるんだ!」

 構わずに、イオンに駆け寄るとルークは後ろから彼の体を掴んだ。譜石から引き剥がそうとでもするように。イオンの体から力が抜け、ふわりとルークの腕の中に倒れ込む。それでも両手を差し伸ばすのをやめず、唇からは預言スコアが流れ続けた。

「……聖なる焔の光は穢れし気の浄化を求め、キムラスカの音機関都市へ向かう。そこでとがとされた力を用い、救いの術を見いだすだろう……」

 言い終わると両腕を落とし、ぐったりとなる。集まった音素フォニムが小さな譜石の欠片となり、カランと音を立てて地面に転がった。

 イオンを抱きかかえて座り込んだルークの側にティアが追いついてきて、立ったまま胸で両手を握り、悲痛な目で覗き込む。ガイはモースの前に立って牽制し、ナタリアとジェイドは吊り橋の向こうの牢へ走っていた。その中にタトリン夫妻が閉じ込められているのが見えたからだ。倒れたイオンから少し離れた場所にはアニスが立っていたが、彼女は凍りついたようにその場から動かなかった。動かないまま、ルークの腕の中のイオンを凝視している。

「イオン! しっかりしろ!」

 腕の中のイオンにルークは呼びかけた。ゆっくりと、イオンは曇りかけた瞳を上げる。

「ルーク……今のは僕があなたに送る預言スコア……。数あるあなたの未来の……一つの選択肢です……。頼るのは不本意かもしれませんが……僕にはこれぐらいしかあなたに協力することができない……」

「馬鹿野郎! 今までだってたくさん協力してくれただろ! これからだって……」

「……ルーク。そんな顔をしないで下さい。僕の代わりはたくさんいます……」

「そんなことない! 他のレプリカは俺のこと何も知らないじゃないか!」

 声を濡らしてルークは叫んだ。誰かの代わりにはなりたくない。イオン自身がそう言っていたように、ルークにとってもそれは変わらない。被験者オリジナルのイオンをルークは知らない。ルークにとって、今腕の中にいる、彼だけが。

「一緒に、チーグルの森に行ったイオンは、お前だけだ」

 誰の代わりでもない。誰も代わりになどならない。共に旅を続け、思い出を共有し合った。――彼こそがイオン。かけがえのない友なのだから。

 ふ、とイオンの瞳に柔らかな色が宿った。

「ティア、こちらに……」

 その瞳を動かし、傍らのティアに片手を伸ばす。急いでひざまずいて、ティアはイオンの手を両手で握った。

「僕が……あなたの障気を受け取ります」

「そんなことをしたら導師が……」

 驚いてティアは手を離そうとしたが、イオンはもう一方の手を伸ばして彼女の手を両手で包み込む。彼の体が金色に輝き、呼応するようにティアの体も輝いた。

「言ったでしょう。一つだけあなたを助ける方法があるって。第七音素セブンスフォニムは互いに引き合う。僕の第七音素の乖離かいりに合わせて、あなたの汚染された第七音素も貰っていきますよ」

「イオン!」

「……いいんです」

 悲痛に呼ぶルークに返すと、イオンは穏やかに微笑みを浮かべた。

「ほら……これでもう、ティアは……大丈夫……」

 ティアを包んでいた光が消える。同時に、イオンがぐったりと力を無くした。

「……イオン……さま……」

 か細く、少し離れた場所に立ったままのアニスの声が聞こえる。彼女の全身は小刻みに震えていた。伏せていた目を上げ、イオンは首を動かして彼女の姿を視界に収める。

「もう……僕を監視しなくていいんですよ……アニス……」

「ごめんなさい、イオン様! 私……私……」

 くしゃりと顔が歪み、堰を切ったようにアニスの大きな瞳から涙が零れ落ちた。水晶のようなそれを眺めながら、イオンは片手をアニスに向けて差し伸ばし、ゆっくりと微笑みを浮かべる。全てを、包み込むように。

「今まで……ありがとう……。僕の一番……大切な……」

 その囁きを最後にして。

 差し伸ばされていた手が落ちた。ハッとしてルークはイオンの顔を覗き込む。だが、伏せられた目が開く事は、最早なかった。

「……イオン様っ!」

 引き裂くようなアニスの声が響く。無言で、ルークはイオンの体を抱きしめた。その隣で、ティアは胸で両手を震えるほど握り締めてうな垂れている。

 イオンの体を包んでいた金色の光が輝きを増していった。それは見る間にイオンの体を食い尽くし、光の粒にほどくと天へ――音譜帯に流れるプラネットストームへと立ち昇って消えていく。確かだった腕の中の暖かさが、重みが薄れていくのをルークは直に感じ取った。

「く……。一番出来のいいレプリカだったが、やはり正しい預言スコアは詠めなかったか……」

 モースの声が聞こえる。イオンがいた空間を抱きしめたまま、ルークは全身がわなわなと震えるのを抑えられなかった。

預言スコア預言スコア預言スコア! 馬鹿の一つ覚えみたいに!」

 立ち上がり、モースを睨んで勢いよく片手を振る。

「そんなものがなんだって言うんだ!」

「馬鹿を言うな! 人類が存続するためには預言スコアが必要なのだ!」

「そんなものがなくたって人は生きていける!」

預言スコアの通りに生きれば繁栄が約束されているのだ! それを無視する必要があるのか!」

 言いながら、モースは火口へ向かう吊り橋の方へ後ずさっていた。ガイが追おうとしたが、すぐに立ち止まる。吊り橋を渡って、手に手に剣を持った男たちが歩み寄ってきたからである。モースを護るように周囲を囲んだ彼らは、例のぴったりした灰色の全身スーツをまとっていた。――レプリカだ。

「私は監視者だ! 人類を護り導く義務があるのだ! 私はこのレプリカ共を使って、ユリアの預言スコア通り必ず戦争を引き起こしてみせる。それこそがただ一つの救済の道だ」

 そう誓言すると、モースは素早く身を翻した。ハッとしたルークたちの前にレプリカたちが立ち塞がる。

「……どうしたらいいんですの。彼らは軍人ではありませんわ。戦うにはあまりに……」

 背後にタトリン夫妻を伴ったナタリアが、困惑した顔でそう言った。モースを捕らえるにはあのレプリカたちと戦わねばならないだろう。殺すこと自体は、恐らく難しくはない。だが……。

「その人たちは、指示する人がいなければ危害を加えません。私が保証します」

「ここはモース様を見逃して下さい。そうすれば彼らも、大人しく引き下がります」

 タトリン夫妻が訴えた。「しかし……」とジェイドは渋ったが、モースの姿が吊り橋の向こうに完全に消えたのを見て、肩をすくめて息を落とす。

「……逃げられてしまいましたね。仕方ありません」

 タトリン夫妻の言葉を証明するように、それ以上何をすることもなく、レプリカたちもゆっくりと去っていった。

「それにしても、あんなに大勢のレプリカを作り出すなんて……」

 彼らを見送って、ナタリアが呟く。

「きっとヴァンが残したフォミクリーのレプリカ情報だ。そうでなけりゃ、ホドの住民のレプリカまで作れる筈がない」

 暗い目で言ったガイに、ジェイドが冷静な声で返した。

「詮索は後にして、まずはアニスのご両親をダアトへ送り届けましょう」

 そして、立ち尽くしたままのアニスに目を向ける。

「アニス。それでいいですね?」

「…………はい」

 声は返ったが、それは掠れたように小さかった。





 タトリン夫妻に溶岩の中の道を歩かせるのは危険に過ぎる。

 停止させられていた転移の譜陣を起動させて、ルークたちはダアトの教会へ戻った。

「……イオン……あいつ……なんで惑星預言プラネットスコアなんて……」

 資料室から続く長い通路を歩きながら、ルークは苦しげな声を漏らす。イオンには、特に抵抗をしていた様子がなかった。六神将にセフィロトの扉を開けさせられていた時もそうではあったが、封咒とは違って、惑星預言プラネットスコアを詠めば即座に命に関わる事は彼にも分かっていただろうに。

「アニスのご両親を盾に取られていたからか……。それとも……」

 やはり悲しげにナタリアが呟く。

「賢い方です。私たちが救出に来ることも分かっていて、ティアの障気を受け取るため、自分が消滅することを想定していたのかもしれません」

 そうジェイドが言い、「……そんなこと、ティアが知ったら……」と顔を曇らせたルークに、後ろからガイが声を潜めて囁いた。

「ティアは気付いていると思うぜ。アニスと同じで、さっきからずっとだんまりだ」

 ティアとアニスはガイの後ろにいる。アニスは仲間たちとも両親とも距離を置くようにずっと後ろを歩いており、ティアはそれを気遣うようにその少し前を歩いているのだ。

 彼女の足取りはしっかりしていた。彼女の体を蝕んでいた障気を、イオンが音譜帯に持って行ってくれたからだ。弱った内臓が回復するにはまだ暫くかかるだろうが、命の危険は最早ない。……それでも顔色が冴えないのは、目の前で消えていったイオンを想ってのことだろうか。

 それを思った刹那、ルークの腕に空虚な感覚が甦った。確かにあった温みと重みがどんどん消えていった、あの空恐ろしい感覚が。ぐっと目の奥が熱くなって咄嗟に顔を伏せる。

「……イオン……。どうして命を捨てるような真似を……馬鹿野郎……」

 吐き出した声はみっともなく震えていたが、自分でもどうしようもない。傍らから、ナタリアが強い目をして言った。

「ルーク。責める相手が間違っていますわ。その選択をさせたのは、モースなのですわよ」

「……そうだったな。あの野郎……」

 ルークは拳を握り締める。

「俺は何があっても、あいつを許さねぇっ!」

 瞳を上げ、強く言葉を吐き出した。


 惑星預言プラネットスコアの設定に関する考察の続き。

 ゲーム中でキャラクターたちが語る説明だけを聞いていると、「第七譜石に書かれた預言こそが惑星預言で、第一から第六の譜石に書かれたユリアの預言は惑星預言ではない」という風に思えてしまう。

 そこで攻略本に書かれている惑星預言の設定を参照してみると、以下のようになっています。

『惑星規模の未来を詠んだ膨大な預言。ユリアはローレライと契約し、その力を得ることで、初めて詠むことができた』(ナムコ公式攻略本)

『オールドラントの未来に関する預言を詠む作業のこと。BD2709年にユリアが詠んだのが最初で、現在、惑星預言を詠む力があるのはローレライ教団の導師のみである。惑星預言はユリアの預言とも呼ばれ、ローレライ教団ではこれを秘預言とし、一般公表はしていない』(ファミ通攻略本)

 ますます混乱しました。特にファミ通攻略本の説明は、前半部は「惑星規模の未来を(ユリアや導師が)詠む作業を惑星預言と呼ぶ」と読めますが、後半部には「惑星預言はユリアの預言とも呼ばれる」と書いてあります。これでは、ユリアが詠んだ預言のみを惑星預言と呼ぶかのようです。

 

 更に混乱を呼んだのは、実際のゲームの画面でした。原作ゲームでは、ルークたちが駆けつけた時、イオンは巨大な譜石に手を付いて預言を詠んでいます。その譜石は、崩落編でルークたちがその場所を訪れた時から既にそこにあったものです。

 設定上、預言士が新たに預言を詠むと、預言士の体内を通った第七音素が結晶化して譜石を作り出すことになっています。しかしゲーム画面を見る限り、この古い譜石以外、新たな譜石は存在していません。つまり、イオンは新たに預言を詠んだのではなく、古い譜石に刻まれた預言を詠んでいただけ…?

 ということは、実際に「ユリアの第七譜石=惑星預言」で、ザレッホ火山に以前からあったこの巨大な譜石こそが第七譜石だったのでしょうか?

 しかし、そう考えると幾つかの矛盾点が出てきます。なにしろ、モースはティアに命じてずっと第七譜石を探させていたのですから。第七譜石が以前からローレライ教団の手元にあったのなら、探させる必然性がありません。

 強引につじつまを合わせるならば、「ザレッホ火山にあったのは第七譜石の一部であり、モースが知りたい部分が欠けていた。しかし導師ならば譜石の一部から全てを詠み取ることが出来る。今までは、まだ利用価値のあるイオンの命を惜しんでいたが、なりふり構わなくなった」と考えることも可能です。

 ですが、ザレッホ火山のものが本当に第七譜石であったなら、それをずっと探していたティアや子供の頃に見たことのあるガイが、以前一度訪れた時に、「これはユリアの第七譜石…!」と言い出さないのは不自然ですし、モースが簡単にそこへ行く道を教えるのも変です。

 

 以上の理由から、私はノベライズ中に書いたように、「普通の預言は人の一生を詠み取るもの、惑星預言は星の一生を詠み取るもの」で、かつてユリアは惑星預言を詠んだが、それが刻まれた最後の譜石(第七譜石)が見つからなかったため、モースがイオンに新たに惑星預言を詠ませたのだ、と解釈しました。

 ルークの日記には「ユリアの預言と同じ、星の一生を詠み上げるという、惑星預言を詠ませる為だという。イオンはレプリカだから能力が劣化して、体が弱い。そんなことをすれば命を落としてしまうだろう。」と書いてありますし。

 ゲームの画面では、イオンは古い譜石から預言を詠み取っているように見えますが、それは間違いだと定義します。あまり原作否定はしたくないのですが、古い譜石から詠み取っていると解釈すると、どうしてもつじつまが合わないと思うのです。

 そんなわけで、このサイトの二次創作では、イオンが預言を詠んで新たに譜石を作り出していた、という風に状況描写を変更しました。

 

 後に入手される「イオンの譜石の欠片」というアイテムも、ゲームをサラッとプレイしただけだと、あの古い譜石の欠片であるようにしか思えません。ゲーム中のアイテム説明欄にも「イオンが最後に詠んだ惑星預言の譜石の一片」としか書いてありませんし。

 ……ですが、ルークの日記の方を読むと、

「だから俺は、火山で拾った、イオンの預言で出来た譜石の欠片をアニスにあげた。チリ一つ遺さず消えてしまったイオンの形見として。」

 と書いてあって、私の解釈でもおかしくないように読めます。…それに、イオンが生み出した譜石だと考えた方がイメージ的に美しいと思ったり。

 

 ……勝手な解釈なんですが、この辺、シナリオと実際の画面を作成したスタッフさんの解釈の間に齟齬があったか何かで、間違った画面を作ってしまい、それを曖昧に誤魔化してるんじゃないかという気がします。(あるいは、譜石を生み出すシーンを作る時間的余裕がなかったとか。)

 実際、アクゼリュス崩落のシーンでも、シナリオの意図ではその時点でタルタロスは無人のはずだったのに、ムービー製作スタッフさんが「崩落から逃げるタルタロス」を描いてしまい、仕方なく前後のティアとジェイドの台詞に改変を加えて、タルタロスには神託の盾兵が乗っていたが崩落で全滅した、という風につじつま合わせをしたのだそうです。同じようなことがここでも起こっていたんじゃないかなーと思ったり。妄想ですが。

※追記。後に発行された『キャラクターエピソードバイブル』(一迅社)を参照する限り、どうやら第七譜石に関してはこの解釈で間違っていなかったようです。

 この本に掲載されたメインシナリオライターさん作の小説には、ザレッホ火山の地下に(巨大な譜石は設置されているが)第七譜石は無い、これからイオンが(かつてのユリアと同じように)新たに預言を詠まねばならないということが明記されていました。

 

 それから、レプリカの死に方のこと。

 この後のレムの塔での描写もあって、私は長い間、レプリカは死ぬと必ず光になって消えるのだと思っていました。このサイトの二次創作もその設定で書いています。

 ですが、どうも違うんじゃないかなーと最近になって思うようになりました。レプリカは『とても消え易い』けれど、100%消えるわけではないんじゃないかと。


 タトリン夫妻の私室に、ようやく着いた。扉を開けると、二つあるベッドの片方に横たわっていた少女がよろよろと身を起こす。――妖獣のアリエッタだ。リグレットとの戦いで受けたダメージは酷いらしく、動きはぎこちなく痛々しかった。

「イオン様……」

 その視線が、部屋の入り口に並んだルークたちの間をさまよった。ただ一人の大切な人を捜すように。

「イオン様は、どこ?」

「……」

 誰も答える者はいなかった。それぞれが押し黙り、目を伏せる。不安げだったアリエッタの顔に衝撃と絶望が浮かび、次いでこの上ない怒りが燃え上がったのをルークは見た。ベッドから降り立ち、予想以上にしっかりした足取りで近付いてくる。慌てたようにパメラがそれを押し留めようとした。

「アリエッタ様! 動いてはお怪我に障ります!」

 だが、アリエッタは無言でヌイグルミを掲げて脅す。これは彼女が譜術を使う際のポーズだ。身をすくめたパメラを押し退けてアニスの前に立った。パシッ、と強い乾いた音が響く。アリエッタが平手でアニスの頬を叩いた音だった。

 頬を赤く腫らしながら、アニスは微動だにしない。アリエッタはヌイグルミを抱く腕に力を込めると、それに顔を埋めて叫んだ。

「……イオン様を殺した! アニスはイオン様を殺したんだ!」

「お待ち下さい! アニスはわたくしどもがモース様に捕らわれたため……」

「パパは黙ってて!」

 弁明をしかけたオリバーをアニスは一喝する。アリエッタに向き直り、ふてぶてしく胸を張ると倣岸に言い放った。

「そうだよ。……だから何? 根暗ッタ!」

 ヌイグルミから顔を上げ、アリエッタが憎悪に燃えた目でアニスを射抜く。

「イオン様はアリエッタの恩人。ママの仇だけじゃない。アニスはイオン様の仇! アリエッタはアニスに決闘を申し込む」

「……受けてたってあげるよ!」

「アニス!」

 悲痛にパメラが叫んだが、アニスは再び一喝する。

「いいの! こいつとは決着つけなきゃいけないんだから!」

「場所は後で立会人から知らせる。逃げたら許さないから!」

 そう言い捨てると、アリエッタは僅かによろめきながら部屋を出て行った。扉が閉まる。途端に、パメラが懸命な面持ちでアニスに詰め寄った。

「アニス! 決闘なんておやめなさい。話せば分かることもあるでしょう? アリエッタ様だってきっと……」

「ママは黙ってて!」

「アニス、でも……」

「黙っててって言ったでしょ!!」

 声の限りに叫ぶと、アニスは部屋から駆け出していった。勢いよく扉が閉まる。

「待てよ! アニス!」

 咄嗟にルークは叫んだが、追って開けた扉の向こうに、既に少女の姿は見えなかった。

「アニス……」

「アリエッタは本当にイオンが好きだったのですわね」

 悲しげに俯いて、ナタリアが声を落とす。

「アニスもだわ。ただ、二人の想っていたイオン様は、それぞれ別人だった」

 同じように俯きながらティアが言い、ルークも目を伏せた。

「イオンはレプリカだもんな。アリエッタのイオンは、とっくに……」

「悲しいですわね。誤解とすれ違いを抱いたまま、決闘だなんて……」

「アニスが責められるのなら私も責められるべきだわ。……イオン様は私の障気を取り除くために、あえてモースの言うまま惑星預言プラネットスコアを詠んだのかもしれないもの」

 ティアが声を震わせる。イオンを救うために、無理を押して駆けつけたつもりでいた。だが、結局は、それも彼に死を選ばせる行動に過ぎなかったのだとしたら。

「……自分が無力すぎて、嫌になるわ」

「ティア……」

 ナタリアが痛ましげな顔をする。しかし首を左右に振った。

「イオンが自ら死を選んだなんてこと、きっとありません。シンクが亡くなった時、イオンは泣いていましたわ。本当は死にたくなかったのだと思います。アニスもそれを知っていた筈です」

 そう言って、アニスの駆け去った扉の向こうを見やる。

「可哀想に……。両親とイオン、どちらかを選ばなければいけなかったんですわ」

「アニス……どこに行っちまったんだ」

「とにかく、手分けしてアニスを探してみましょう」

「ああ……」

「そうですわね」

 ティアの提案にルークとナタリアは頷いたが。

「……ああ、失礼。アニス捜索は皆さんにお任せします」

 ジェイドが素気無くそう言ったので、ルークはカッと頭に血を昇らせた。

「放っておく気なのか!?」

「人間一人になりたいこともあるでしょうから、私としてはそっとしておきたいんですよ」

「そっとなんてしておけないだろ!」

 冷静にジェイドは言ったが、ルークは頑なに叫んでいた。

「俺にはアニスの気持ちが分かる気がする。今のあいつは……自分の責任に押し潰されそうになって……。悪ぶって自分を追い込んでるんだ。…… 一人にしたら……押し潰されちまう。見つけてやらないと」

 アクゼリュスを崩壊させた後の自分に、ミュウがずっとついていてくれたように、ティアが受け入れてくれたように、ガイが迎えに来てくれたように。そして、その後の道をナタリアやジェイドやアニスが共に歩んでくれたように。誰かが手を差し伸べてくれなければ息もつけない、誰かが側にいてくれて初めて歩き出せる時というものが、確かにあるのだから。

「そうだな。アニスを見つけたらちゃんと慰めてやれよ」

 ガイが微かに苦い笑みを浮かべて言った。

「俺は……駄目だ。だいぶマシになったとはいえ、例の恐怖症で、逆にアニスに気を遣わせてしまうだろうからさ」

「ご両親も、今はアニスの側に行かない方がいいでしょう。……彼女を興奮させるだけでしょうから」

 ジェイドにそう言われて、タトリン夫妻は悲しげな目でルークたちに願う。

「アニスを……アニスを、お願いします」

「アニスは皆さんと一緒なら大丈夫だと信じています……」

「分かりましたわ。では、わたくしたちだけでもアニスを捜しましょう」

「ああ」

「そうね。行きましょう」

「ボクも行くですの!」

 タトリン夫妻に頷いて、ナタリアとルーク、ティア、ミュウは慌ただしく部屋を出て行った。扉が閉まる。

「……アニスとアリエッタのすれ違い……。ルークとアッシュでも起こり得たかもしれない事例ですね」

 扉の向こうの気配が遠ざかると、ぽつりとジェイドが言った。

「ナタリアとティアか……。そうだな」

 呟きを返して、ガイは僅かに苦しげな目をする。

「我ながら……フォミクリーとは、罪深い技術だと思います」

 そう言って、ジェイドは眼鏡のブリッジを指で軽く押し上げた。感情を隠す際の彼の癖だ。

「しかし、今はそれよりも気になることがあるんです。――あなたも聞いていたんでしょう? イオン様が詠んでいた惑星預言プラネットスコアの内容を」

「ああ。あんな時だったからな。断片的にしか聞き取れなかったが……」

 そうガイが返すと、ジェイドは考え深げな色を瞳に浮かべた。

「ヴァンが何を望んでレプリカ世界を作ろうとしていたのか、謎のままでした。ですが、彼は第七譜石の預言スコアを知っている。イオン様の詠んだ惑星預言が正しいのならば……」

 一度言葉を切り、ジェイドは再び言葉を紡いだ。

「ユリアは……本当に破滅の預言スコアを詠んでいたのかもしれない。もしもそうなら……ヴァンのやり方にも一理あるのかもしれない……とね」

「……だからって、今の世界と人類を滅ぼして構わないってのか!?」

「無論、そうは言いません。ヴァンの理論は飛躍に過ぎている。ですが……彼が何を思って世界を変えようとしていたのか。その一端を、私たちはようやく掴めたのかもしれない」

 そう言うと、ジェイドは口を閉ざす。ガイも苦い顔で押し黙った。





 夜になって、礼拝堂は静まり返っていた。ユリアの姿を描いた大きなステンドグラスは月光を透かし、ごく淡い色の影を床に落としている。燭台の形にデザインされた音素フォニム灯が輝く中、その光もロクに届かない片隅で、膝を抱えてうずくまっている少女の姿をルークはついに見出した。

「こんなところにいたのか」

 歩み寄り、傍らに立って静かに口を開く。

「みんな心配してるぜ。オリバーさんたちも……」

「パパとママのことは言わないで!」

 膝に顔をうずめたまま、少女は激しく跳ね付けた。

「……なぁ、アニス。今回のことは仕方なかったんだ。オリバーさんたちを人質に取られてたんだから」

「違うの!」

 肩を強張らせ、強い否定を込めてアニスは叫ぶ。

「私、最初からイオン様を騙してた。モースにイオン様のすること全部連絡しろって言われて……。ずっと全部報告してたの。戦争を止めようとしてたことも、ルークたちと一緒にいたことも……全部!」

「アニス……。それは……」

 ルークの顔が強張った。数瞬声を呑み、しかし何かを言おうと口を開く。だが、遮るようにアニスの叫びが続いた。

「だからっ! タルタロスが襲われたのも、六神将が待ち伏せしてたのも私のせいなんだよ!」

 タルタロスに乗っていた、無惨に命を散らした百四十名の兵士たち。待ち受けていた六神将によってもたらされた辛い戦いの数々。

 その一つ一つがルークの脳裏をよぎっていく。

 ――だが。

 

『ルーク。責める相手が間違っていますわ。その選択をさせたのは、モースなのですわよ』

 

 同時に、ナタリアが言っていた言葉も鮮明に浮かび上がった。

「それもオリバーさんたちを盾にされてたんじゃないのか」

 静かにルークは語りかける。

 そう。アニスはモースに脅迫されていたのだ。だからいたずらに責めるべきだとは思わない。だが、彼女に責任がないとも思わなかった。それをアニス自身知っている。だからこそ、責めるアリエッタの前で一切の言い訳をしなかった。

 自分の犯した罪の重さに慄いて、責任に押し潰されそうになって……。

(アクゼリュスの時の俺は、その責任から逃げようとした。俺は悪くない、悪いのは師匠せんせいだって。だけど、アニスは……。必要以上に悪ぶって自分を追い詰めてはいるけど、逃げようとはしないんだな)

 強いな、とルークは思った。

(もしも俺がアニスの立場だったら、イオンが死んだこともモースのせいにして逃げてしまうんだろう)

 可哀相だと言えば、アニスもそうだが、死んでしまったイオンやタルタロスの乗組員たちこそがそうだ。

 失われてしまったもの、付けられてしまった傷が消える事はない。いつか癒える日があるとしても、なかったことにだけは出来やしない。だからこそ、アクゼリュスで犯した罪をルークは忘れない。

(自分の犯した罪は忘れちゃいけない。――だけど)

 犯した罪は決して消えない。だが、それでも仲間たちが受け入れ、その後の道を助けてくれたように――。

(俺はアニスを認めたい。罪も、痛みも。俺たちは、仲間なんだから)

 沈黙は長かった。

「……パパたち、人がいいでしょ?」

 やがて聞こえたアニスの声は、何かが落ちたように静まっている。

「私がうんと小さい頃、騙されて、ものすごい借金作っちゃったんだ。それをモースが肩代わりしたの。だからパパたちは教会でただ働き同然で暮らしてたし、私も……モースの命令に逆らえなかった……」

「……うん」

「ずっと嫌だったよ……。イオン様ってちょっと天然って感じで、騙すの辛かった……」

「うん……」

「だけど私……パパも、ママも大好きだったから……だから……」

 アニスの声が震えた。痛ましい思いで、ルークは少女に言葉を向ける。

「アニス……。偉かったな」

「偉くない! 全然偉くない!」

 顔を伏せたまま、勢いよくアニスは頭を左右に振った。震えながら、それでも抑えられていた感情が一気に瓦解する。

「私……私……イオン様を殺しちゃった……! イオン様……私のせいで……死んじゃった……!」

 立ち上がると、アニスはもがくように両手でルークの胸にしがみついた。

「……イオン様……。私のせいで……ごめんなさい……。たった数年しか生きていないのに……。……私が……私が、死ねばよかった……。私が死んじゃえばよかったんだ……!」

 強い力でしがみつきながら、涙と嗚咽はとめどなくこぼれている。震える頭に手を載せて、ルークはそれを優しく撫で続けた。




「……アニス。これ……やるよ」

 やがて泣き枯れた少女の顔の前に、ルークはポケットから出したものを差し出した。

「ザレッホ火山で拾っておいたんだ。イオンが詠んだ預言スコアの譜石……」

「イオン様の……」

 手を伸ばしてアニスはそれを受け取る。手の平の中に収まるほどの小さな透き通った欠片だ。塵一つ残さずに消えてしまったイオンの、それは唯一遺された存在の残滓だと言えた。強く握り締め、アニスはそれを泣き腫らした頬にそっと当てる。

「……これからどうする? ダアトに残るか?」

「……ううん。一緒に行く」

 静かに問うと、アニスはそう答えた。握り締めた譜石を頬に当て、目を閉じたままで。

「イオン様が生きていたら、ルークたちに協力してたと思うから」

「分かった」

 ルークは頷く。優しい笑みを作ると促した。

「じゃあ、みんなの所へ行こう」





 礼拝堂から出ると、仲間たちが扉の向こうに並んで待っていた。

「……落ち着いたようですね」

 ルークと並んでみんなの前に立ったアニスを見て、優しくジェイドが言う。

「はい、大佐。私、もう少しみんなと一緒にいて、考えたいんです。私がこれからどうしたらいいのか」

 全身を強張らせながら、それでもはっきりとアニスは言った。隣に立つルークは見守るように彼女を見下ろしている。

「アニス。気をしっかりね」

 ナタリアが気遣わしげに声を掛けた。

 誰一人アニスを責めようとはしない。それは、これまでの旅を通して仲間たちの全員が知っていたからだ。――アニスがどれだけ全力でイオンを護ってきたか。どれほど大切にイオンを思っていたのかということを。

 責任も痛みも、アニスは強く感じているだろう。それでも彼女は逃げずに歩む道を選んだ。かつてのルークのように。一度はルークを見捨てたからこそ、今また手を離すことはしたくない。そして、全員で進むことがイオンの遺志でもあるはずだ。

 一方で、ティアは口元に手を当てて考え込んでいた。

「これからどうしたらいいのかしら? 預言スコアの件は、教団内が再編されるまで難しいと思うし。アッシュを捜すにもどこを捜したらいいのか……」

「私……イオン様の最期の預言スコアを活用して欲しい」

 アニスが言った。「ベルケンドに障気を消すための情報があるっていう、アレか……」と、ガイが記憶を探る顔をする。

「そうだな。折角イオンが俺たちに残してくれた言葉だもんな」

 ルークが頷くと、ジェイドも賛同した。

「ええ。今はそれしかないでしょう」

「だけど、俺たちは預言スコアを妄信するモースのやり方を否定した。その俺たちがイオンの預言に頼るなんて……」

 ふとルークは表情を曇らせる。

「導師イオンは、預言スコアを数ある未来の選択肢の一つとして捉えてくれと仰っていたのよ。あの方の預言通りに行動しなければいけない訳じゃない」

預言スコアを未来に生かせということですわね。無条件に従うのではなく、可能性の一つとして判断材料にして欲しいということですわ」

 ティアとナタリアが言った。アニスが悲しげな顔でルークに詰め寄る。

「イオン様の預言スコアは正確だよ。ルーク、信じられないの? それとも信じたくないの?」

「……違う。正確だってことは分かってる。信じてるからこそ、イオンの預言スコア通りに動こうとしてるんだ。だけど……」

「これが成功すれば、今後も預言スコアに頼りたくなってしまうのではないか……ですね」

 ジェイドの言葉が落ちた。ルークは目元を歪める。

「今回だけ、今回だけ……。そう言って、頼り続けない保障があるか?」

 そうなってしまったら。それはモースと変わりはしない。預言に頼りきり、いつしか、その筋書きを守る為に人を殺すことも厭わなくなるのだとしたら。

「……じゃあ、イオン様の言葉を無視するの? お願いだから、そんな事しないで」

「……そんな事はしないさ。ただ……理想と現実の差に、自分が苛ついてるだけだ……」

 泣きそうな顔のアニスにそう返して、ルークは苛立たしげに目を伏せた。

「ですが……いずれ考えなければなりませんわね。わたくしたちはヴァンの求めていた預言スコアを詠めない世界を回避しました。だからといって……預言を全肯定している訳でもありませんわ」

 ナタリアが言う。

 預言スコアは人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎないのだと、いつかイオンは言っていた。だが、そう割り切るには人の心はあまりに弱い。ヴァンは、そもそもの世界の仕組みを変えてまで預言を世界から抹消しようとしていた。ルークたちはそれを回避したが、預言に頼りたくなる弱い心は絶え間なく生まれてくる。

預言スコアをどうしていくのか、だよな。なんとか事態を落ち着かせて会議に持ち込みたいな」

「そうですわね」

 ルークの言葉に、ナタリアが深く頷いた。

 しかし、障気が甦り、レプリカたちが溢れ、信仰の要たる導師イオンは崩御して。世界は今、何もかもが混迷の闇に沈んでいる。いつになれば事態は落ち着きを見せるというのだろう。

(イオン……。俺たちを導いてくれ)

 障気に覆われて今は星も見えない。窓の外に見える暗い空を見やって、ルークは胸の内で呟いた。


 この辺、アニスの裏切りに関しては、多分プレイヤー 一人一人が一家言持ってるんじゃないかなぁと思います。

 特にルーク好きなプレイヤーは、「ルークはアクゼリュスであれだけ責められた(空気がすごく険悪だった)のにアニスはお咎め無し(最初からずっと同情的)なんて、ずるい!」と思うことが多いようで。その気持ちは私もすごーく分かります。なんでぇ!? と思いましたよ、私も最初は。

 そんな感じですが、このノベライズは基本的に原作肯定主義で書いているので。

 ルークにはああだったのにずるい、じゃなくて。ルークにああだったからこそ、今回はこうなった、と。旅を通して色々な経験をして、皆が変わってきたからこそなんじゃないかな、と解釈しました。

 

 特にルークは。

 もし長髪時代のままの精神状態だったら、彼はアニスを手酷く責めたと思います。ミュウのこともすっごくキツく責めてましたよね。お前が火事を起こしたせいでライガクイーンはああなったんだと。

 そんなルークが、自分自身が取り返しのつかない罪を犯す経験を経て、他人の痛みを想像できるように変わったのです。他人の罪を赦せるように。

 私はルークのこの変化を肯定したいですし、だからアニスを何故か全く叱りも責めもしなかった仲間たちも否定はするまい、と思うようになりました。アクゼリュスを崩落させてしまったルークを赦して認めたいからこそ、ルークを一度見捨てた仲間たちも赦して認めたいのです。

 

#ただ、やはり誰一人アニスに苦言を呈しないのはキモチワルイと感じますが。代表してジェイド辺りが、一度だけでいいので叱るべきだったとは思います。「アニスはまだ子供」「不幸な境遇だった、脅迫されていた」「自分で反省できる偉い子」であっても、彼女のせいで多くの人間が死んだこと、仲間たちが何度も危機に陥ったことは事実ですから。

#反省すれば全てが帳消しになるわけではないと、ルークに対しては死の間際にすら指摘していますし、アクゼリュスを崩落させた責任をヴァンの方に問うことは一度もありません。なのに、アニスは後にモースと対峙したとき「こいつがイオン様を殺した」と自ら言いますし、それが許される。実際イオンを過労死させたのはモースですが、アニスが幇助者なのは確かです。イオンの死の直後には、イオンの死の責任をモースに全て押し付けなかったからこそアニスは偉い、と語られているので、それを忘れたかのごとくモースを罵るアニスを見ると、感情的にはかなり釈然としないです。

 

 イオンの心情は、ゲームをプレイしただけではよく分かりませんでした。モースとアニスにザレッホ火山へ連れられて行った時も全く抵抗している様子がなく、不思議でたまりませんでした。どうして唯々諾々と惑星預言を詠んで死んでいったのか?

 私は当初、イオンはアニスの裏切りがショックだったので、ほんの少し自暴自棄になっていたのではないかと考えていました。

 ゲームの三ヵ月後に発売されたファミ通攻略本の用語事典には、イオンがアニスの裏切りに気付いていたが優しさから黙っていたと書いてあり、ファミ通文庫版ノベライズやドラマCDでもその解釈で物語られています。

 ですが、私はそうは思いませんでした。何故なら、イオンがとうに知っていたなら、アニスがザレッホ火山の地下への隠し通路を知っていたことをジェイドが指摘した時、あんな風に驚いたりしないと思ったからです。私の目で見る限り、ゲーム内には、イオンがアニスがスパイだと気づいていることが窺い知れる描写は全くありませんでした。

 大好きな、一番身近にいた人間にずっと裏切られていたのだと知って、イオンはやはりショックを受けたのではないか。その前に『僕が死ねばティアを障気蝕害から救える…』と思いつめていたこともあって、死を覚悟して惑星預言を詠んだのではないか。そんな風に少し自暴自棄になっていたからこそ、崩落編の旅を通して「代わりにはなりたくない」と言えるようになっていたのに、ルークに「僕の代わりはたくさんいます」と逆戻りしたようなことを言った。でもルークが強く否定してくれたから精神の落ち着きを取り戻し、アニスに笑顔を向けて死んでいくことが出来たんじゃないか。アニスを好きだった気持ちや過ごした時間は、自分にとって偽りじゃなかったと思えたから。

 ……こんな風に解釈していたのですが。

 ゲームから一年半強後に発売されたキャラクター解説書『キャラクターエピソードバイブル』(一迅社)掲載のメインシナリオライターさん作の小説にて、イオンはアニスがスパイだと気付いていたことが明記されていました。ははは。(がっくり)

 ただ、確信していた訳ではなく、強めの疑念を抱いていた程度で、それを指摘してアニスが自分から離れたら怖いと思うあまり黙っていたのだそうです。(優しさからではなく、エゴだったんですね。)そしてモースの命で自分をザレッホ火山の地下へ連行したアニスの様子が辛そうだったので、アニスはやっぱり自分のことを大切に思ってくれていたとむしろ嬉しく思ったと説明されていました。そしてアニスのため、アニスの両親のため、ついでにティアを救うために死ぬことを決意し、短いながら精一杯生きたと満足しつつ、惑星預言を詠んだそうです。

 …んじゃルークに今更のように「僕の代わりは沢山います」と言ったのは何だったんでしょうか。

 

 さて。アリエッタに責められたアニスが部屋を飛び出していって。ゲームでは「(みんなで)手分けして探してみましょう」ってことになります。しかしタトリン夫妻の部屋を出るとすぐの所にジェイドがいて、話しかけるとこう言います。

「……ああ、失礼。アニス捜索は皆さんにお任せします。人間一人になりたいこともあるでしょうから、私としてはそっとしておきたいんですよ。それに、アニスのことより気になることがあるんです。ユリアは……本当に破滅の預言を詠んでいたのかもしれない。もしもそうなら……ヴァンのやり方にも一理あるのかもしれない……とね」

 ……ジェイド自身は、こういう時は一人になりたいと思うタイプなんですね。ルークは「一人じゃ押し潰される」と思ってましたが。

 それはともかく。後半の「ヴァンのやり方にも一理あるのかも」ってヤツ。かなり重要ポイントだと思うんですが、なぜこんな目立たないところでボソッと語られるだけに終わっているのでしょう…。もっと大きく取り上げて語ってくれてもよかった気がします。その願望を込めて、このノベライズでは少し膨らませて取り扱いました。

 

 それにしても、ホントにこの辺の物語は情報が錯綜していて、話がバラけていて、モヤモヤっと分かりにくい感じがします。…私の頭が悪いせいか?

 預言の取り扱いに関しても。

 メインシナリオでは、ナタリアがこう言うんですよね。

「わたくしたちはヴァンの求めていた預言を詠めない世界を回避しました。だからといって……預言を全肯定している訳でもありませんわ」

 ところが、その直後に発生するフェイスチャットでは、ルークがこう言います。

「俺たちは預言を否定した。その俺たちがイオンの預言に頼るなんて……」

 ……えーと……。

 矛盾はしてないんですが、なんか混乱しませんか?

 

 余談ですが、ベルケンドへ向けて出発する際、礼拝堂の入り口を護っている神託の盾兵に話しかけると

「あそこのレプリカ誰の言うことも聞かないんですよね。我々も保護はしますがその先が問題です」

 と言います。……「あそこ」って、そこにはまだ誰もいないのですが…。未来を視てるなぁ……。



 イオンの死亡後、またまたサブイベントを大量に起こせるようになります。

 これまたあまりに膨大なので、別ページに記述。→イオン死亡後に起こせるようになるサブイベント



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