朽ちた斧  中国 『述異記』『列仙伝』

 晋の時代、衢州に王質という木こりが住んでいた。山に入って木を伐っているうち、一つの石室が目に付いた。

 王室が何気なく石室に入ると、中で二人の童子が棋をうっていた。王質は棋が好きだったので、そっと歩み寄って斧を置いて座り込み、その勝負を観戦し始めた。

 童子たちは王質のことなど意に介さない様子だったが、しばらくするとなつめの種のようなものをくれて「これを口に含んでいるがいい」と言う。王質は「つまらないものをくれたな。こんなものをしゃぶっても腹の足しにはならないだろうに」と思ったが、口に含んでみると、なんともいえない甘い汁が絶えずあふれ出て、すっかり飢えを忘れてしまった。

 王質がいい気分になってなおも観戦を続けていると、童子が「もう帰った方がいいだろう。ここへ来てからずいぶん月日が経ったから」と言った。「まだ一日も経たないのに、おかしな事を言うな」と思いながら何気なく斧を持ち上げようとすると、斧の柄がすっかり朽ちてしまっていた。

 王質は驚いて、急いで自分の家に帰ってみたが、誰一人見知ったものがいない。聞けば、自分が山に入ったのはもう数百年の昔であると言う。

 王質は何がなんだかわからなくなり、ただぼんやりと突っ立っていた。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.

※山に入って寝入り、目覚めると傍らに置いた銃が朽ちていた…アメリカのアーヴィングのリップ・ヴァン・ウィンクルの物語に良く似ている。こちらのほうがファンタジックだが。中国には、他に「石弓が朽ちてしまった」という話もあるそうだ。

 ちなみに、リップ・ヴァン・ウィンクルはドイツの伝説を元にしているらしい。ペーター・クラウスという男が芝生の上で二十年間眠ってすごした、という話だそうだ。



仙境に迷い込んだ男  中国 『酉陽雑俎』

 太始年中、北海の蓬球ほうきゅうという者が山で木を伐っていると、風に乗ってなんともいい香りがしてくる。それを辿ると、玉女山という山に辿りついた。宮殿があり、その門をくぐると、庭に五本の玉樹が生えている。そしてその側のお堂で、四人の美女が碁を弾いて遊んでいた。

 彼女たちは蓬球を見ると立ち上がって驚き、「何故ここに来たのです」と問うた。蓬球は「いい匂いを辿ってきました」と答え、腹が減ったので玉樹の葉にたまった露をなめていた。すると鶴に乗った女が飛来して、「何故こんな俗人の滞在を許すのか」と四人の女達をしかりつけた。蓬球は怖くなって宮殿の門から外に逃げ出した。

 振り向くと、たった今まであった宮殿は跡形もなく消えうせている。彼はすごすごと家に帰ってきたが、自分の家はないし、村人にも見知った顔がなくてぼんやりしてしまった。聞けば、今は健平年間であるという。彼はたった一日のつもりで、数十年間山に入っていたのである。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.

※異界で出会うのが全て女という点に「女神の園」的な片鱗が見えるが、ここでは婚姻の要素が無い。



海の果ての仙界  中国 『杜陽雑編』

 隋の時代、元蔵幾という男がいた。ある時、船に乗って海を渡っていったが、にわかに黒い霧がたちこめて視界がなくなり、大風と大波に揉まれて船は裂けてしまった。

 船に乗り合わせた人は老いも若いもみな溺れ死んだが、元蔵幾は板切れにつかまって半月ばかりも漂い、ついに見も知らぬ島に流れ着いた。介抱してくれた島の住人に尋ねると、そこは滄州といって、中国から幾万里も離れた場所だと言う。大変な場所に来てしまったと思ったが、島の人たちに親切にされて、そのままそこに留まった。

 島の人たちは菖蒲の花や桃の花で作った酒を飲ませてくれて、それを飲むと漂流で弱った体もすぐに元気になるのだった。

 こうして月日が流れたが、やがて元蔵幾は中国に帰りたくてたまらなくなった。島の人たちはそれを見ると、立派な船を作ってくれた。元蔵幾がそれに乗り込むと、水の流れが矢のように速く、わずか十日ほどで中国の東莱に着いた。

 元蔵幾はそれほど長く滄州に留まっていたと思わなかったが、帰りついてみると、二百年も経っていた。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.



穴の中の仙界  中国 『博異志』

 唐の中宗の世、房州竹山県に陰隠客という男がいた。井戸を掘ろうと二年の間地を掘らせ、穴は二千丈もの深さになったが、水はいっこうに出てこない。更に一月あまり掘らせていると、穴の中から鶏や犬やすずめ等の鳴く声が聞こえてきた。

 井戸掘りの男は驚き怪しんで、また掘り進むと、一つの穴が現れた。井戸掘りが穴に入っていくと、やがてカッと明るくなって、別天地が現れた。五色の鳥や扇のような蝶が花の間を舞い、澄み切った泉があって、華やかな御殿がそびえていた。

 井戸掘りが御殿に近づくと、金冠をかぶった二人の門番が驚いて「そなたはどうしてここに来たのか」と問うた。井戸掘りがこれまでのことを説明していると、全部話し終わらないうちに、門の中に数十人の男たちが現れた。

「どうしたのだ。急に濁った気が辺りに漂うようになったが」

 門番たちは恐れ入って、「実は、御門の外に人間界の井戸掘りが参っているのでございます」と答えた。これを聞いて、井戸掘りはここが地下の仙界であることを知った。

 門番は井戸掘りを案内して、色々な場所を見物させてくれた。見るもの聞くもの珍しく、井戸掘りはただただ夢のような心地だったが、やがて風が起こり雲が湧いて何も見えなくなると、門番が「もう帰ったほうがいいだろう」と言った。雲が晴れると、井戸掘りは見知らぬ場所に立っていた。

 なんと、そこは房州より北に三十里も離れた孤星山の頂の洞窟だった。井戸掘りは急いで故郷に帰ったが、様子がすっかり変わっている。「陰隠客さんのお宅はどこにあるかね」と尋ねると、人々は驚いてこう答えた。

「なに、陰隠客だって? そんな人は今はいないよ。なんでも三、四代前にそういう人がいたそうだがね」

 井戸掘りは驚き怪しんで、自分が井戸を掘った場所に行ってみた。しかし、そこには大きな穴がむなしく開いているだけだった。

 井戸掘りは世間と交わるのが嫌になり、五穀を断って放浪して回った。数年の後、剣閣鶏冠山の側で彼に出会ったという者がいたが、その後の行方はわからない。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.



周成と仙人  中国

 昔、遼南山の麓の周家村に周成という貧しい男が住んでいた。金はないのに子供は多く、妻は育児疲れでいつも薬を飲んでいた。

 ある年の暮れ、近所の家では年画や春聯を飾り、正月の準備で賑やかなのに、周成の家では普段どおりに薄い粥しかない。二十八日になって、とうとう妻は子供たちが不憫で耐えられず、自分の実家に行って援助を頼むようにと言った。周成は親戚知人に頼るのをよしとはしない性質だったが、背に腹は代えられない。妻の実家に出かけて行った。

 妻の実家も余裕があるわけではないが義父はけちでも欲張りでもなく、事情を察して、料理や酒を出したあとで豚肉十斤、粉二十斤、豆、凍豆腐、米粉の麺などを持たせてくれた。

 周成は安心して家路を急いだ。すると途中で、白髭の老人が泣きながら座り込んでいるのに出会った。訳を尋ねると、「食べる物がなくて年が越せそうもないのです」と言う。周成は持っていた食料をみな少しずつ分けてやって、暗くなった道を急いだ。

 ところが、突然二人の追剥ぎが立ち塞がった。周成は脳天を丸太で殴られて気を失った。

 真夜中に目を覚ますと、食料は全て奪われていた。絶望した周成は、もはや家族に顔向けできないとて木に縄をかけて首を吊ろうとしたが、枝は折れた。ならば河に飛びこもうと河辺まで行くと、真冬の寒さで凍りついている。それならばと井戸に身を投げたが、枯れ井戸だったので頭をぶつけただけだった。周成は井戸の底で「食料は全て奪われ、さりとて自殺しようとすればことごとく失敗する。天は私に生きることも死ぬことも許さないのか」と恨んだ。すると井戸の外から「周成、死ぬな」と人の声が聞こえる。そして周成の体は浮き上がり、軽々と井戸の外に出た。そこには例の白髭の老人が笑って立っていて、「周成、わしが正月の物を貸してくれる所へ連れて行ってやる」と言った。

 老人は周成を連れて山に登った。そして崖の前で三度手を打ち、「開け開け開け」と三回唱えた。すると重い音を立てて岩壁が開いたではないか。中には山があり水が流れ、青い瓦のお堂が幾つか建っている。老人はその中の金銀宝珠をちりばめた小堂に周成を連れて行くと、「周成、何を借りたい?」と尋ねた。周成は金銀を借りれば後で返せなくなると思い、「お米を少し貸して下さい」と答えた。老人は懐から小さな布袋を出し、傍らの小瓶から真っ白い米を注ぐと周成にくれた。

 周成が米袋を担いで家に帰り、開けると、幾らでも米が出てきて、たちまち米置き場は満杯になった。周成は近所や周りの村の貧しい人々にもこの米を分けてやった。この米袋のお蔭で、周成は家を買い畑を買って、豊かになった。

 それから何年も過ぎた。周成は

「人さまから物を借りなくても済むようになれば、借りた物は返さなければいけない。わしはこの米袋をあの老人に返して来る」

と言って、米袋を持ってまたあの崖に行き、三回手を叩き三回開けと唱え、崖の中へ入った。

 すると、あの白髭の老人が黒髭の老人と、大きな柳の木の下で一心に碁を打っている。周成は言葉をかけて碁の邪魔をしてはいけないと思い、そっと傍に立って見ていた。だが周成は碁ができないので退屈した。木の葉は青から黄に変わり、また青になって黄に変わり、枯れ葉になってひらひら散っていく。手持ち無沙汰なので枯れ葉を掃除しようかと思った途端、目の前に箒と箕と籠が出てきた。周成は枯れ葉を掃いては籠に入れて忙しく働き、どれほど経っただろうか。

 周成がお腹が空いたなと思っていると、白髭の老人が「周成、お腹が空いたら麓の桃を取って食べるがよい」と声をかけてくれた。「有難うございます」と言って麓の桃園へ行ってみると、瑞々しい大きな桃が鈴なりになって甘い香りが漂っていた。桃を三つ食べるとお腹が一杯になった。そこへまた白髭の老人が笑いながら現れ、「周成、家が恋しくないのか?」と訊いた。

 周成はその言葉で夢から覚めたようになり、我が家を思い出した。そこで村へ帰ったが、村は全く変わっていて、町になっていた。行き交う人々は周成の知らない人ばかり。彼らは、周成という人は五百年前に米袋を返しに行って仙人になって天界へ行ったそうだ、と話してくれた。



参考文献
「周成遇仙記」/『薛天智故事選』
周成と仙人」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

※仙界で五百年も何をしてたかと言うと、そうじ。……そうじで五百年! 潔癖過ぎるとかえって損をするのか? 白髭の爺さんももっと早く「帰れ」と言ってやれよぅ。



参考 --> 「ヨニと楊の葉」「たから山のたから穴



炭焼きと竜宮  日本 秋田県

 信心深い炭焼きが毎年正月に松とゆずり葉を川に流し、竜宮に献じていると、ある正月、竜宮の乙姫から迎えが来て、「まんちよく来てくれた」と歓待された。

 そのうちに家が恋しくなり、炭焼きは土産を山ほどもらって家に帰った。ところが村の様子が変わっている。老人に尋ねると、子供のころ九十になる老人に、「炭焼き男が橋のたもとに炭俵を置いたまま行方不明になった」と聞いたと答えた。

 これを聞いて、炭焼きは既に二百年は過ぎていることに気づいた。するとたちまち体が溶けて、骨ばかりが残った。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※炭焼きと水神(竜宮)には深い関わりがあると考えられていたらしく、説話の世界ではしばしば結び付けられて語られる。金属の鋳造の際、炭(火)と水を必要とするから、などという説もある。

 それもあるかもしれないが、獄炎燃え盛り生命を生み出す冥界が、燃える炉とイメージを重ね合わせられていたこと、そして炉を支配する鍛冶師や炭焼きが、一種の魔術師〜冥界につながるシャーマンと認識されていたことも、無関係ではないように思える。水場は冥界と交わるとされる場所の一つで、水底の竜宮は冥界の、水神は冥界神の一形態である。



参考--> 「竜宮童子



妖精と踊った少女  スカンジナビア

 フネン島のある村に少女が住んでいた。ある晩、原の中の小さな丘の横を通り過ぎようとすると、丘が赤い柱の上に持ち上げられていて、その下でトロル(妖精)が宴会しているのを見た。

 彼女は招かれて仲間に入り、楽しい時間を過ごした。そして家に帰ったが、様子が何もかも変わっていた。自分の家に行くと、両親はとっくの昔に死んで、家も人手に渡っているという。彼女はほんの二、三時間トロルたちと遊んだと思っていたのに、トロルたちの一分は人間界の一年にあたっていて、莫大な時間が過ぎ去っていたのだ。

 少女は大変な衝撃を受けて精神に異常をきたし、生涯回復しなかった。



参考文献
『妖精の誕生 ―フェアリー神話学―』 トマス・カイトリー著、市場泰男訳 現代教養文庫 1989.

※類似の伝承は多い。

妖精と踊った若者  イギリス

 マギリヴレーという名の百姓が、妖精が住むというグレナヴォンの森に引っ越した。

 ある晩のこと。マギリヴレーの二人の息子、ドナルドとロリーが迷子の羊を探していると、昼間はただの岩にしか見えなかった妖精の塚から明かりが漏れ、美しいダンス音楽が聞こえてきた。

「兄さん、中に入って一緒に踊ろうよ」

 ロリーは言った。ドナルドがいくら思いとどまらせようとしても無駄だった。そして、妖精の住処に飛び込んで踊りまわる妖精の渦の中に入り込んでしまった。ドナルドには妖精の住処に入る勇気は無かったので、入り口から再三 弟に「帰ろう」と呼びかけたが、ロリーは聞く耳を持たず、ドナルドは仕方なく一人で帰るより無かった。

 それから、ロリーを連れ戻すためにあらゆる手段が試みられたが、全く効果は無かった。家族がロリーのことをあきらめかけたとき、ある物知りがこう助言した。

「ロリーがいなくなってからきっかり一年と一日後に、服の中にナナカマドで作った十字架を入れて、妖精の住処に入りなさい。そして神の名においてロリーに戻るように命じ、もし自発的に戻らないなら、捕まえて引きずり出すのです。妖精たちには邪魔をする力が無いので、黙ってみているでしょう」

 ドナルドは怖かったが、思い切って言われたとおりにして、ロリーに戻るように命じた。するとロリーが言った。

「ダンスを終わりまでやらせてくれるんなら一緒に帰るよ。だって、まだ三十分しか踊ってないんだもの」

 ドナルドは問答無用でロリーの襟をひっつかみ、妖精の住処から外に引きずり出した。そして両親の元に連れ帰った。

 ロリーは自分が一年も踊っていたことが信じられなかったが、前は子牛だったのが若牛になり、生まれたての赤ん坊だったのが家の周りをよちよち歩いていたので、ついにそれを納得した。



参考文献
『妖精の誕生 ―フェアリー神話学―』 トマス・カイトリー著、市場泰男訳 現代教養文庫 1989.



天上の悦び  フランス

 ある敬虔な僧が、いつも神に願いつづけていた。

「どうか、天上の悦楽のうち、一番小さなものの一つをお示しください」

 ある朝、僧はいつものように僧院を出たが、かつて見たことも無いような美しい小鳥が飛んできて、さえずり始めた。僧が小鳥に付いて深い森の中に入っていくと、小鳥は枝にとまって歌った。――きっと、天使が小鳥の姿になって現れたに違いない。僧は木の下で鳥の声に聞きほれた。

 鳥が羽ばたいて飛び去ったので、僧は我に返り、すでに正午になっていることに気づいた。それで僧院に戻ったが、彼が見知る人は誰一人いなかったし、僧たちも誰も彼を知らなかった。

「私は今朝、僧院を出たばかりです」

「では、院長は誰でしたか?」

 僧が口にした院長の名を記録で調べてみると、僧が出かけていってから三百年経っていることが分かった。それを知ると、僧はたちどころに死んだ。



参考文献
『中世ヨーロッパの説話 ―東と西の出会い』 松原秀一著 中公文庫 1992.



ヘルラ王の伝説  イギリス/フランス

 古代ブリテンにヘルラという王がいた。(フランスで伝えられる場合、ブルターニュ王とされる。)ある日、王が狩に出かけると、不思議な小人が山羊に乗って現われた。頭でっかちで下半身が山羊で赤い長ひげを生やし、小鹿のような斑模様の毛皮を着ている。彼は丁寧な言葉遣いで威厳があり、「力ある国とそこに住む数知れぬ者たちを支配している王」と名乗った。小人のピグミー王は未来を見通していて、「地上の王のうちで最も抜きん出たヘルラ王の、来年催される結婚式に招待されることは名誉なことです」と言い、ヘルラ王の婚礼の更に一年後には自分の結婚式があるから、あなたはそれに出席することになっているのだ、と言って素早く去った。

 この翌日に果たしてフランスの王女との縁談が起こり、一年後に結婚式を挙げた。祝宴のテーブルにつくとき、ピグミー王が無数の従者を連れて現われた。あまりの人数だったので会場に入りきれなかったが、従者たちは光る絹のテントを幾つも建ててそこに入り、華やかな衣装の召使たちがそこから出ては素晴らしいワインとご馳走を運び出した。こんな素敵なサービスはその場の誰も受けたことがなかった。ピグミーの召使たちは用があればすぐに現れ、用のない時にはいなかった。楽師たちは素晴らしい音楽を奏で、贈り物を花嫁の前に積み上げた。祝宴が終わると、ピグミー王は「私は約束を守りました。一年後のちょうどこの日、あなたも私の結婚を祝ってください」と言ってテントに戻り、翌朝の夜明け前には全てが消えていた。

 ヘルラ王は約束を忘れず、一年かけて高貴な友に相応しい贈り物を集めていた。一年後にピグミー王が多くの従者と共に現われたので、王は贈り物を積んだ騎士たちと共に出発した。ほどなくして高い崖に着くと、突然、入り口の扉が現われ、一行は松明たいまつの灯された高く暗い洞穴の中に入っていった。洞穴を抜けると緑の草原があり、大きな城がそびえていた。婚礼の宴は三日三晩、楽しく行われ、贈り物の交換がなされた。

 祝宴が終わると、ヘルラ王たちは土産を積んで、再び洞穴を案内されていった。案内したピグミー王は別れ際に小さな猟犬をくれて、「王よ、この猟犬が馬の鞍から飛び降りるまで、馬から下りてはいけないと忠告しておきましょう」と言って去り、崖の扉は閉ざされた。

 王と騎士たちが馬を進めていくと、働いている農夫に会った。ヘルラ王は彼に王妃のことを尋ねた。農夫はしばらく考えてから言った。

「だんな、よく分からないけど、あんたさんは古いウェールズ語を話していなさるが、わしたちは二百年前にこの地を征服したサクソン人ですよ。あなたが尋ねなさる王妃の名をわしも聞いた覚えはあるけど、ずっと昔にこの国を支配していたヘルラ王と結婚した方だと思いますがね。聞くところによれば、王たちはずっと以前にあの高い崖から洞窟に入っていったままで、それから消息を聞かないということですよ」

 これを聞いて、ヘルラ王の騎士の幾人かが馬から地面に飛び降りたが、足が大地に触れた途端、すぐに塵となって崩れてしまった。そこで王は他の騎士たちに馬から降りるなと叫ぶと、馬を進めていった。

 ヘルラ王と騎士の一団が、狂ったように馬を駆っているのを、人々は目にすることがあると言う。彼らは猟犬が馬の鞍から飛び降りるのを待っているのに、犬は決してそうしないからだ。犬は最後の審判の日まで降りないだろうと言われている。



参考文献
『妖精Who's Who』 キャサリン・ブリッグズ著、井村君江訳 ちくま文庫 1996.
『中世ヨーロッパの説話 ―東と西の出会い』 松原秀一著 中公文庫 1992.



墓掘り男  ドイツ

 昔、墓地で墓穴を掘るのを生業にする、墓掘り男がいました。

 ある日、墓穴を掘っていると、土の中から死人の骨が出てきました。彼はその頭蓋骨を足で突ついて、陽気に叫びました。

「今夜はうちへ食事に来いよ!」

 ところが、驚いたことに突然その頭蓋骨が声を出して、返事をしたではありませんか。

「よしきた、では何時に行ったらいいかな?」

 墓掘り男は答えました。「七時にさ」

 しかし、彼は心配になってきて、牧師のところへ行って、どうしたらいいかと訊きました。牧師は言いました――家に帰ったら食事の用意をして、信心深い本を読んでいるように、と。

 墓掘り男は、牧師に言われたとおりにしました。七時になると、戸を叩く音がして、ふらふらした様子の男が入ってきて言いました。

「お前さんが夕飯に招待したんで、わしはやってきたよ!」

 墓掘り男は不安を感じながらも言いました。

「よく来てくれました。どうぞ座って食べてください」

 客は食べ終わると、お礼を述べてから、どうか明日の晩の同じ時刻に、うちへ食事に来て下さいと言いました。墓掘り男はなお不安になって、どうも行けそうもありませんと辞退したのですが、客はどこまでも来てくれといいます。とうとう彼は、行くことを承知するしかありませんでした。

 その晩、墓掘りは心配で眠れませんでした。朝になると、彼はもう一度牧師のところへ行って、今度はどうしたらいいのですかと訊きました。牧師は言いました――いったん招待を受けてしまったのだから、安心して墓地の指定された場所へ行くがいい。だけど私はその前に、死人のために聖なる晩餐を供えておくつもりだと。

 かつきり七時に、墓掘り男は、死人の言った場所に出向きました。すると亡霊が一つの扉を開けました。彼らはその部屋から次の部屋へ進んで行きましたが、そこでは一人の女が夕食の支度をしていました。亡霊が言いました。

「夕飯がまだできていません。ちょっと窓辺に行って、外の通りを見ていてください」

 墓掘りが見ると、窓の外にあった一本のオリーブの木の上で、二匹の白い犬がケンカをしていて、木から葉が一枚落ちました。

 亡霊は墓掘りに何が見えましたかと訊きました。彼はオリーブの木と二匹の犬のことを話しました。すると亡霊は言いました。

「オリーブの葉が何を意味するかは、今お話するわけにはいかないが、二匹の犬は、生きている間にいつも争っていた二人の人間なのです」と。

 そしてまた彼は言いました。

「まだ夕飯ができないから、そこに立って、もう少し外を見ていてください」

 今度 墓掘り男が見たのは、二人の女が一つのふるいを奪い合って、それで互いに打ち合っている姿でした。それからまた、一人の男が、ふるいの車で土を運んでいるのも見えました。そうしている間に、またもや一枚の葉が、木から落ちました。

「今度は何が見えましたか。やっと夕飯ができましたが」と訊いて、亡霊は墓掘りが見た物事をこう説明してくれました――あの二人の女は、生きている間にも始終ケンカしていたし、あの男は百姓で、いつも隣人の土地を少しずつ鋤き盗っていたのだ、と。

 それから二人は、立派な食事をしましたが、食べ終わるまでに、三枚目の葉がオリーブの木から落ちたのです。

 墓掘り男はお礼を述べて、亡霊と共にまた二つの部屋を抜けて、墓地に出ました。ところが、町に来てみると、辺りの様子がすっかり変わっているではありませんか。

 彼は牧師のところへ尋ねて行きましたが、牧師は彼のことを全然知りませんでした。墓掘りは自分の経験したことを話しました。すると牧師はようやく、ある古い記録の中で、三百年前に一人の男がここの墓地で姿を消したきり、二度と現れなかったという報告を読んだことがあるのを思い出したのでした。墓掘り男がその落ちるのを見たオリーブの葉の一枚一枚が百年ずつで、三百年があっという間に過ぎ去っていたのでした。

 牧師を尋ねた時の墓掘り男は、まだ若い男でしたが、牧師が古い記録を探し出して呼んで聞かせているうちに、彼の髪の毛はみるみる白くなっていって、ついには雪のように白くなったかと思うと、彼はそこに打ち倒れて死んだのでした。



参考文献
『新編 世界むかし話集(2) ドイツ・スイス編』 山室静編著 現代教養文庫 1976.

※「オリーブの葉が何を意味するかは、今お話するわけにはいかないが」って……。確信犯だな、亡霊男! 夕飯の支度もわざと遅らせたんじゃないのか? そして、「安心して墓地の指定された場所へ行くがいい」って……いいかげんだぞ、牧師さん! 全然役に立ってません。

 死後の世界で罪を犯した人間が獣になったり不毛の作業を行っていて、地獄めぐりとしての側面もある。二匹の犬がオリーブの《木の上で》争っている点も興味深い。樹上=天=死後の世界の思想の片鱗か。



忠実な友  オーストリア

 ある時、二人の友達が固く握手をして誓いました――先に死んだほうは、帰ってきて、もう一人に向こうの国がどんな風だか話すということを。

 さて、一方の男が花婿になって結婚式を挙げていた頃、もう一方の男が死にました。花婿がお祝いの席に座っていると、急に扉が開いて、死んだ友達が入ってきました。

「ちょっと来いよ」

「これから結婚式を挙げるところなんだから、今はダメだよ」

「握手して固く約束したんだから、来なけりゃだめだ。ほんの三十分 一緒に来てくれたら、永遠というものを見せてやるよ」

 そこで花婿は言いました。

「みなさん、しばらく楽しくやっていてください。私は三十分ほど出かけてきますから」

 こうして二人は墓地へ行って、友達の墓のところから下へ降りていきました。下には馬車が待っていて、バラの花や芝生の中を縫う美しい道を走って行きました。

 しばらく行くと、ずっと前にこの花婿から恋人を奪った男が道端に立っていて、両手を上げて花婿に許しを乞うて、「どうかお願いですから、私の妻を取ってください」と言いました。しかし花婿は、友達の忠告に従って言いました。「その必要はありません」

 それからまたしばらく行くと、牛を二、三頭連れた男が立っていました。それは、昔 牛のことで花婿を騙した男でした。「お願いですからこの牛を取って下さい」と言いましたが、今度も花婿は、友達の助言で「その必要はありません」と答えました。

 やがて二人は鉄の門の前に来ました。門の向こうには神様が座っていらっしゃいましたが、巨人のように大きい方でしたので、花婿は仰天してしまい、きびすを返して足の続く限り逃げました。

 ああ、愛する神様にお会いすると、友達に前もって教えられていたなら、花婿も恐れを抱くことなく、神様にお願いしてそこに留まって、永遠の幸福にあずかることができたでしょうに!

 けれど、彼は走りに走って、とうとう天国の外に出たのでした。

 すると、木の切り株の上に、一人のとても年取った老人が座っていたので、花婿は訊いてみました。

「この辺りに結婚式をやっているレストランはありませんでしょうか。私は三十分前にそこを出てきたのですが、今はどこにも見当たりませんが」

 すると、老人は言いました。

「わしが今 座っている場所は、昔 墓地だったのだ。そしてその下の方にレストランがあった。しかし、それは百年前のことだよ。話によると、ある時 結婚式の席から一人の男が永遠の国へ行ったということだ。その男はほんの三十分ほど出かけてくると言ったそうだが、それきり帰ってこなかったのじゃ」

 それを聞いて、花婿はもう一度恐ろしいショックを受けて、その場を立ち去りました。そしてそれきり彼の姿を見かけた者は、一人もいないのです。



参考文献
「永遠の国へ行った花婿」/『新編 世界むかし話集(2) ドイツ・スイス編』 山室静編著 現代教養文庫 1976.

※いよいよ《冥界めぐり》の要素が強い。

 あの世(永遠の国)への憧れと賛美、そして、異界から帰った男が死なずにどこかへ姿を消すくだりは、中国の類話に似ている。一方、現世に帰った男がひどく年取った老人に訊いて超時間の経過を知るくだりは、日本の「浦島」系の話によく似ている。




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