注意!

 

TV animation『テイルズ オブ ジ アビス』ドラマCD W
ラスト・エピソード

構成・脚本:面出明美/監修:実弥島巧/音響監督:木村絵理子/音楽:桜庭統/ランティス

 TVアニメ放送終了から二ヶ月後に発売されたドラマCD。

 アニメ本編で取りこぼされてしまったエピソード《ティアのペンダント》を核にして、崩壊エルドラントにルークが消えてからタタル渓谷に《彼》が帰ってくるまでの、原作でもアニメでも描かれていない空白期間を埋めています。

 と言っても、空白期間は二年と一ヶ月もある。そのどの時期なのかは明示されていません。ただ、ティアのミュウへ向けての「でも本当に久しぶりね。三ヶ月ぶりかしら」という台詞があるので、ミュウがエルドラント崩壊直後にチーグルの森に帰って、以降ティアと会っていなかったと仮定するなら、ルークが消えてから三ヶ月後、ということになるかと思われます。

 ならば、まだほんの地獄の序の口。だからなのか、仲間たち、誰よりティアが、実に力強くルークの帰還を信じています。

 

 本当に素晴らしい話でした。キャストコメントで、ルーク役の声優さんが「アニメ本編では描かれていない、サイドストーリー的なところであったりとか、その時あの人は、みたいなね。こういうことやってたんだ、みたいなところが、非常にこう隙間が綺麗に埋まってて、滑らかに曲線を描くかのように。ストーリーがですね、紡がれていって」と仰っていた通りです。どのキャラの行動も納得できる感じで、綺麗に話が埋まっていて。アニメ化されていたらよかったのに、とつくづく思いました。…いや。アニメ化されていないからこそ、これだけたっぷり語ることが可能になったんでしょうから、これでよかったのか。

 ティアが、ペンダントを返してくれた時のルークの言葉を回想するくだりでは、じわっと涙が出ました。

 最高の「ラスト・エピソード」だったと思います。

 

01 森を訪ねて

 一人、久しぶりにチーグルの森を訪れたティア。三ヶ月ぶりにミュウと再会します。長老に借りたリングを穿いて、嬉しそうに飛び出してきたミュウでしたが、やがてハッとして問いかけてきました。

ミュウ「ティアさん! もしかして、ご主人様、帰ってきたですの?」
#ティア、一瞬言葉に詰まって、ぎこちなく微笑み
ティアいいえ、ミュウ。まだよ
ミュウ(しょんぼり)みゅう。そうですの」

 キムラスカ・マルクト両軍が崩壊したエルドラントでの捜索を続けていますが、手掛かりすら得られずに時は過ぎ、捜索自体も縮小傾向にあります。世間はルークの生還を諦め、死を認めつつある。そしてティア自身、エルドラントで捜索を続けることに意味は無いと思うようになっていました。諦めるということではない。ただ、あそこにはルークの存在を感じないのだと。

 ルークは必ず帰ると言った。だから私は信じ続けると力強く語るティアにミュウも同意し、「だから、ほんとはボク、ご主人様のお家で待っていたかったですの」とこぼしました。けれど、ルークとアッシュが帰らなかったショックでシュザンヌが倒れてしまい、ファブレ家は騒然となって、滞在し続けることが困難だったのです。

 シュザンヌの体調は、ナタリアが頻繁に見舞っていることもあって、最近は落ち着いてきているそうです。それを聞いて安堵するミュウ。他のみなさんはお元気ですのと尋ねます。ええ。みんな忙しくしているみたい、と笑顔で答えて、ティアは、つい最近ダアトを訪ねた時に会った、アニスとフローリアンの様子を語り始めるのでした。このパートおしまい。

 物語の導入となるパートです。アバン部分には、ルークとティアのエルドラントでの別れの場面が入っていて、ぐっとさせられました。

 

 それにしても、ティアはどうして今、ミュウを訪ねたのでしょうか。特別な用事があったわけでもないようなのに。寂しかったのかな。耐えられなかったのかな。癒されたかったのでしょうかチーグルのふかふかぽにょぽにょなお腹をもふもふして。

 ところで、ティアがナタリアをベタ褒めしてました。「ナタリアは、とても優しくて前向きだから。彼女といるだけで心が軽くなるもの」って。

 ティア、ナタリア大好きですね。出会ったばかりの頃なんか、(原作だと)すごくギスギスしてたのに。

 あの旅は、世界を変革し、兄や教官や…ルークと言った大切な人を失った反面で、かけがえのない仲間、親友を作る旅でもあったのだなぁと思いました。



02 ダアトの二人

 ティアの語った、アニスとフローリアンと会った時の話です。つまりティアの回想なのですが、その中でアニスが更に過去を回想していて、入れ子状になっています。

 

 ユリアシティの報告書を届けに、久しぶりにダアトを訪れたティアは、慌てた様子で走り回っていたアニスと再会しました。すわ、何か事件が? と危ぶめば、勉強時間中のフローリアンが部屋を抜け出していなくなってしまったのだとか。やんちゃなフローリアンは、中庭の高い木に登って降りられなくなっていたこともあったそうで、話を聞いたティアは子供らしくていいわと微笑みます。

 ティアも手伝ってフローリアンを探しましたが、なかなか見つかりません。アニスは、こんな時には《子守のプロ》のガイがいればいいのに、とこぼしました。ティアに促され、旅をしていた頃のグランコクマでの出来事を話します。

 その日、買い物当番だったアニスは、ルークと連れ立って集合商店に買い出しに出かけました。ところが、値切りに値切って沢山買ってホクホクしながら振り向くと、荷物を持ってくれるはずのルークがいないのです。あれだけちゃんと付いてきてと注意していたのに、まんまとはぐれてしまった模様。どうするのこの荷物。
 そこに、剣を研ぎに出しに来たと言うガイが通りかかり、荷物は彼が持ってくれることになったものの、ルークを放って帰るわけにもいきません。

アニス「はあ。ほんと、世話が焼けるんだからぁ」
ガイ「まあ、そう言わないでやってくれないか。たぶん店先で気になるものを見つけて、足を止めた間にはぐれちまったんだろう。一つのものに集中すると、他に目がいかなくなるところがあるから」
アニス「ええ〜。ルークってば子供みたい。って言うか、子供か。ほんとは、私より年下なんだもんね」
ガイ「まあね。でもこの旅で、ルークはずいぶん成長したと思うよ」
アニス「そうだね。最初は、ほんとワガママなお坊ちゃんだったもん」
ガイ(面白そうに笑って)はっはっは。それ、ルークには言わないでやってくれよ? 結構打たれ弱いところもあるから」
アニス「ガイったら過保護〜」
ガイ「とにかく。今頃は、あいつも慌てて捜してると思う。目立つ所にいたら、向こうが見つけると思うから、少し待ってみよう」
アニス「うん。分かった」

 果たして、目立つ噴水前に移動してすぐに、ルークが走ってきました。

ルーク「ごめん。通りかかった店で、ちょっと気になるものがあったから見てたら、アニスの姿を見失って」
アニス「はうあ! ガイの予想的中。さすが子守のプロ!」

 怪訝な顔になったルークに「なんでもないって」とガイが笑い、「それで、その気になるものって何だ?」と話を変えました。するとルークは落ち着かなげになり、金を貸してもらえないかとアニスに持ちかけたのです。お買い物の後だからあまり残っていない、「何が欲しいの? 高いものならみんなに相談してからにしたほうがいいと思うけど」とアニスが言うと、今度は慌てだして、ちょっと気になっただけだから、と口をつぐんでしまいます。

ガイ「いいのか? 少しくらいなら俺が貸してやってもいいが」
アニス(ジト目笑い)やっぱりガイったら過保護〜」
ルーク「ほんとにいいって! ……これは、俺が何とかしないといけないから……」
ガイ「ルーク?」

 結局、ルークが何を買いたがっていたのかは判らないまま。
 話を聞き終わると、ティアは「そう。グランコクマでそんなことが……」と考え深げに黙りこみました。彼女には、ルークが何を買おうとしていたのか、心当たりがあったからです。

 ともあれ、ここに《子守のプロ》のガイはいない。見つからないフローリアンを心配するアニスの様子を見て、遊び疲れたら帰ってくると思うわとティアが宥めると、今はあまり彼を一人にしたくないのだという答えが返ってきました。と言うのも、教団内部に、フローリアンを次代の導師にしようと言う動きが起きていたからです。

 それを聞いてティアは憤ります。フローリアンはフローリアンで、イオンの身代わりではない。アニスも頷きました。誰かの身代わりとして扱われるという、イオンが抱いていたのと同じ辛さを、フローリアンには味わわせたくないと。

 アニスはしかし、そんな動きが出るのも無理はないとも言いました。預言スコアが廃止され教団の存在意義自体が揺らいでいる今、誰もが不安を抱いている。加えて、新しい大詠師のトリトハイムは、モースに比べれば良くも悪くも押しが弱い。非常時の指導者は強引なくらいの方がいいのに、と。

アニス「ふう。――あ〜あ。私がもうちょっと大人だったらな。最終目標までの道のりは遠い……」
ティア「アニスなら、きっとなれるわ」
アニス「へ?」
ティア「ローレライ教団初の女性導師になりたいのでしょう?」
アニス「ええ〜〜っ!? なんでティアが知ってるの!? ――あ、大佐に聞いたの? (むくれて)もう、二人だけの秘密って言ったのに」
ティア「ふふ。私は応援するわ。アニスなら、きっと教団をいい方向に変えていけると思うから」
アニス「ほんと!? うん。アニスちゃんもっともっと頑張っちゃうよ♥
 ……あー。でも私の最大のライバルは、ティアだと思うんだよねー」
ティア「私?」
アニス「だって、始祖ユリアの子孫で、実力もあって人望も厚いし、ユリアシティの市長っていう後ろ盾もあ」
ティア(遮って、堅い声で)私には無理よ。そんな資格は無いもの」
アニス「っ。ティア?」
ティア「兄さんのことだけじゃなくて。……(フッと苦笑し)そうね。アニスのように、ちゃんとした目標に向かって真っ直ぐ進んでいける強さがなければ、人の上に立つことなんてできないわ。
 ……私は、まだ、あの時のまま立ち止まっている気がするの」
#言葉のないアニス。何かを言おうとするが、言えない
ティア(ハッとして声を明るくし)ごめんなさい。気にしないで、アニス。とにかく、今は早くフローリアンを探しましょう」
アニス「うん」

 その時、教会入口に近い広間の方から、大勢の人々が言い争っている声が聞こえてきました。駆けつけて、警備の神託の盾オラクル兵に事情を尋ねると、保護を求めに来た一人のレプリカを、気付いた大勢のオリジナルたちが取り囲んで非難していると言うのです。預言スコアが無くなり世界が不安になったのは、お前たちレプリカが現れたせいだ。帰れ、と。何も言い返せずに非難にさらされているレプリカ。

 憤慨したティアとアニスが止めに入ろうとした時、「やめて!」と声が響きました。現れたフローリアンの姿を見て、オリジナルの人々は息をのみ、怯んでいます。

フローリアン「どうしてこんなことするの。やめてよ!」
信者「イ、イオン様!? イオン様は亡くなった筈では」
信者「例の、イオン様のレプリカとかいう」
フローリアン「レプリカもオリジナルも、一生懸命生きてるのに。叩かれたら痛いし、優しくされたら嬉しいよ。みんなと何が違うの?」
信者「……あ、う。その……」
#ゆっくり歩み出るアニスとティア
アニス「レプリカもまた、一つの命には変わりはないんですよ。これ以上、彼らを傷つけることはやめてください」
ティア「ローレライ教団は、皆さんと同じように、彼らを守ります。それが、命を慈しむ始祖ユリアの意思に沿うと信じているからです。世界が変わり、不安な気持ちは解りますが、今は皆で力を合わせていく時だと思います。それを、皆さんもよく考えてください」
信者「……は、はい」
ティア「この人を、部屋に案内してあげてください」
神託の盾兵「は、はい。――さあ、こちらへ」
#兵士に連れられて去りかけたレプリカ、立ち止まって、フローリアンに顔を向け
レプリカ「あ、あの。ありがとうございました」
フローリアン「元気出してね!」
#レプリカ、兵士に付いて立ち去る

 事態が収まると、フローリアンは無邪気な笑顔を見せて、仔犬のようにアニスに駆け寄ってきました。勉強から逃げ出していたことなんて忘れているみたいです。しばらく見ないうちに少し大人っぽくなったみたいだわ、とティアに言われて、嬉しそうに笑いました。

フローリアン「だったら嬉しいな。僕、早く大きくなって、アニスのお手伝いするんだ」
アニス「え? 私の?」
フローリアン「うん。だって、アニスはみんなが笑顔で暮らせるようにって、頑張ってるでしょ? だから、僕もそのお手伝いをするの!」
アニス(面映ゆそうに)フローリアン……。うん。そうだね。みんなで楽しく生きていくためにも、やれるだけやらなくっちゃ。決意も新たに頑張るぞー! (片手振り上げる)おー!」
フローリアン「アニス、かっこいー! 僕もやるよ!」
ティア「頑張ってね、フローリアン。でも。そのためには勉強もしっかりしなくては駄目よ」
アニス「あ! そうだよ。また部屋を抜け出して。すっごく探したんだよ。勉強さぼっちゃだめでしょ、フローリアン」
フローリアン「はーい。ごめんなさい。僕、お部屋に戻って勉強するよ。(走り出す。走りながら振り返って)でも、勉強が終わったら遊んでね、アニス。ティアも。帰っちゃやだよ!」
ティア「ふふ。――ええ。分かったわ!
 (フローリアンを見送ってから、アニスに向かって楽しそうに)ああいうところは変わっていないわね」
アニス「もー。まだまだお子様だよ」←なんて言いながら、成長に嬉しげ。お母さんみたい。

 教会に明るい笑い声が弾けます。不安な世界の中で、けれどここには確かに、真っ直ぐに未来を目指す新しい希望が芽生え始めているのでした。このパートおしまい。

 

 この物語の時期、ルークはもういません。ですがアニスの《思い出》の中の彼は生き生きとして、鮮やかに息づいています。

 このパート、フローリアンがアニスのお手伝いをすると言い出す部分からラストまでの音楽が、アニメ本編では未使用だったエピローグ用曲「Epilogue」だったので、色々と感じるものがありました。時はどんどんうつろっていきますが、世界は脈々と息づき続けて、新たな何かが生まれ続けている。世界は変わらずに美しい。

 

 叱られたフローリアンが、すぐに勉強部屋に戻っていくのが、素直だなぁと思いました。ルークだとこうはいくまい。……と、ガイやナタリアがこの場にいたら思いそう。

 フローリアンを探すアニスが、《子守のプロ》のガイがいればなぁと言ってますけど、ガイはどっちかというと、《ルークのお守りのプロ》のよーな気が…(笑)。あの《お見通し能力》が、他の子供にも適用されるかは疑問ですよ。

 アニスのパートなのに、ガイが結構目立って活躍しているあたり、脚本家さんのガイ好きが滲み出ているなぁと思います。嬉しいです。

 

 アニスが、女性導師を目指す自分の最大のライバルはティアだと言いましたが、確かにそうかも、と気付かされました。ユリアの子孫でユリアシティ市長の孫娘という立場は大きい。もしアニスが…預言スコアに選ばれたのではない身分も高くない女性が導師になれるのなら、必ずあるだろう反抗勢力が、ならばティアはどうだと担ぎ出すかもしれない。

 けど、ティア本人には全くその気はない、と。むしろ断固拒絶している。ただし前向きな理由からではなくて、私には資格がないから、という内向きな理由で。

 アニスやナタリア、ジェイドのように、世界を変え続けるために自ら高いステージへ行こうとする気概は、今のティアにはないみたいです。あの時のまま立ち止まっている気がする、と自らを評します。

 小説『黄金きんの祈り』で描かれたように、二年後、《彼》の帰還を経た時に、彼女は再び歩き出すのでしょうか。



03 存在の価値

 ジェイドの現状を語るパート。アニスパートと違ってティア本人は登場しません。明言されてませんが、構成上はこれも《ティアがミュウに語った、仲間たちの現状話》の筈ですから、実際は「大佐は今、〜しているそうよ」と伝聞式に語ったものなのでしょうか。

 ティアは、アニスが女性導師を目指していることをジェイドから聞いたそうですし、エルドラント崩壊以降にジェイドと顔を合わせて話す機会があって、そこでこの話も聞いたということかもしれません。

 

 グランコクマ収容所。その独房に収監されていたディストのもとを、ジェイドが訪れます。いよいよ処刑が決まったかとおののいたディストでしたが、ジェイドの後ろからピオニーが現れて、相変わらずの気安い調子で「いいから、出てこいよ」と、牢から引き出して手ずから枷を外したのです。

ジェイド「あなたの身柄は、正式にローレライ教団からマルクト帝国に引き渡されました」
ピオニー「そういうこと。時間がかかっちまったが、ようやく交渉が上手くいったんでな。この牢から出してやろうと思って迎えに来たんだぜ」

 ジェイドとピオニーからそう言われ、呆然とするディスト。「非常に不本意ですが、あなたに死なれると困るんです」とジェイドは話を切り出しました。

「あなたはこれより、マルクト軍の監視下に入ってもらいます。勿論、脱走などの敵対行動を取った場合には、厳しい処分が下されますから、覚悟しておいてください」
「フォミクリ―の研究を再開します。そのための協力者になってもらうと言うことです」
「勘違いはしないでください。生体フォミクリ―の……レプリカを作るためではありません。モースやあなたに作りだされ、地上に取り残された多くのレプリカ。彼らのために何が出来るのかを、何をすべきかを考えるために、研究をしたいのです」
「現在、私以外にフォミクリ―に精通している学者と言えば、あなたぐらいしかいない。ですから仕方ありません。これから毎日、こき使ってあげますから、せいぜい頑張ってくださいね」

 事態が飲み込めないディストに、あのジェイドがわざわざこんなところまでお前を迎えにきたんだぜ、それだけ頼りにされてるってことだぞとひそひそ話しかけるピオニー。ディストは感涙にむせび、出口に行きかけていたジェイドはつかつかと戻ってきて「陛下! いい加減なことを仰らないでください」と凄む。しかしピオニーは意に介さず笑うばかり。
 こうして、幼なじみの中年男三人は、揃って陰気な牢から外の世界に出たのです。

 別の場所に移されたディストとは別れ、ピオニーは私室に戻るとジェイドと話します。「サフィールの奴、相変わらずだな。だがま、これで幼なじみを処刑せずに済んで、気が楽になった」と。

#ピオニー、ブウサギたちの闊歩する室内に入り、腰かけて
ピオニー「ところで、なんでフォミクリ―の研究を再開する気になったんだ?」
ジェイド「陛下こそ。なぜ以前は怪我人の私を殴ってでもやめさせた研究の再開に、許可を出されたのです?」
ピオニー「あの時とは違うからさ。死者を蘇らせるための研究ではなく、今生きているレプリカたちのため。だろ?」
ジェイド「ええ」
ピオニー「俺は嬉しいんだ」
ジェイド「陛下」
ピオニー「お前は昔から妙に冷めた子供で、いつか俺たちの知らない、手の届かない遠い世界へ行ってしまうんじゃないかと恐れてた。ネビリム先生がいた頃は、これで大丈夫だと思ってたのに……あの事件で。何とか力づくでこっちの世界へ引っ張り戻した後も、俺は内心、ひやひやしてたんだ」
ジェイド「陛下…」
ピオニー「ふっ。それが今や、レプリカたちのために自ら動こうとしてる。お前をそういう風に変えたのは、あいつらとの出会いなんだな」
ジェイド「ええ。そうですね。確かに私はあの旅で、変わったのでしょう。そして、自分の罪を忘れないことだけが贖罪だと信じていた私に、新たな道を示してくれたのは、彼でしたね」

#回想。エルドラント決戦が近付いた頃(?)の、ルークとの会話
ルーク『俺、ジェイドには感謝してるんだ』
ジェイド『ルーク?』
ルーク『ジェイドがフォミクリ―を発明していなかったら、俺は、この世界に生まれてなかったんだな、って思って』
ジェイド『生まれたからこそ、これほど辛い思いをしているのに? 私が憎いと思わないのですか』
ルーク『それは、色々辛いことはあったけど。何も知らないよりはずっといい。怖いことも悲しいことも、嬉しいことも楽しいこともある。それが生きてるってことだって、俺は知った。だからジェイド。ありがとう』
#回想終わり

ジェイド「私の犯した罪が、それで消えるわけではありませんが。確かにルークの言葉に、私は救われたように思います。だから、今はここにいない彼が望んでいたことを、私がやりたいと思うんですよ」
ピオニー「そうだな。それでいいんじゃないか? 大体お前は、事を難しく考え過ぎだ。人生もうちょっと気楽に過ごした方がいいぞ」
ジェイド「あなたはお気楽過ぎです」

 ひとしきり、いつもの気の置けない会話を楽しんだ後、ジェイドとピオニーはそれぞれのすべきことをするために仕事に戻っていきます。
 部屋を退出しかけたジェイドを、書類を手にしていたピオニーが呼び止め、ニッと笑って言いました。

ピオニー「――ああ、ジェイド。研究の成果、期待しているからな」
ジェイド「期待にお応えできるよう、せいぜい頑張りますよ。鬱陶しい助手をこき使って!」

 いつもの薄い笑みを浮かべながらも力強い声でそう返すと、ジェイドは扉を閉め、自身の仕事に向かっていったのでした。このパートおしまい。

 

 ルークがジェイドに礼を言う回想は、原作には存在しないオリジナル場面です。しかし強いて言うなら、モース怪物化直後に発生するフェイスチャット《消せない過去》に近い要素があるのと、このCDの一ヶ月前に雑誌掲載された漫画『追憶のジェイド』連載第一回に、台詞回しは異なりますが意味的にほぼ同じ場面があります。

 

 この話は、ゲーム『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』収録「マルクト帝国騒動記」を参考に作られている気がします。《獄中のディストを、明るいピオニーと渋い顔のジェイドが訪ねる》《ジェイドがディストの頭脳を見込んで仕事を与え、牢から出す》という要素が共通しているからです。

 いや。「マルクト帝国〜」(レプリカ編開始前)に、「あなたの力が必要なんですよ」とジェイドに依頼され「わ、私が! ひ、必要!? そ、そうですか! わかっていましたよ。わかっていました。あなたは必ずそう言うだろうとね! やっと私の偉大さに気付いたのですね! そうですか! そうですか!」とディストが大喜びで仕事を引き受ける場面があって、今作(レプリカ編終了後)には、ジェイドに協力依頼された途端「それは……私が、必要ということですか? は、はーっはっはっは! そうですか! ようやくあなたも、私の大切さが分かったのですね!」とディストが舞い上がる場面がありますので、むしろ、前作の状況を引き継いでいる……話が繋がっている、と見るべきかもしれません。以前必要と言われて仕事を与えられたことがあるから、今回仕事を与えられると、私が必要なのですねと即座に言った、とか。まあでも、今作ではピオニーが初めて牢を訪れたらしきように語ってますので、そこは辻褄が合わないんだけど。

 繋がっている、と言えば、ピオニーに関しては、前巻ドラマCD『罪に降る雪』から繋がっているんだなと思います。ネビリム事件後、ジェイド達が逮捕してきたディストを牢に収監しながらも「サフィールが生きていて、本当はホッとしてたんだろうが」とジェイドをからかう。そして今巻では「これで幼なじみを処刑せずに済んで、気が楽になった」と笑いました。

 

 楽しくて素敵な話です。ピオニーとディストは相変わらず面白いし、対してジェイドはずっとシリアスで、彼にとってフォミクリ―研究再開がいかに重い事案なのかが伝わってくる。それぞれの言動が《らしい》と思え、納得のいく《その後》だと思えました。

 ディストは、形式上はピオニー、実質はジェイドに赦されて牢から出、ずっと渇望し続けてきた、彼と肩を並べて歩く日常をついに取り戻す。そしてジェイドは、レプリカルークに赦されたことで救われ、ついに自分自身を赦して、ピオニーに支えられながら未来へと歩きだす。失われていた子供時代の輝きを、中年男たちが取り戻したとも言える。この上ないハッピーエンドです。

 …が。反面で、もやもやする部分もありました。しかしそれは、私個人の価値観や倫理観に基づくことなので、作品の質そのものとは無関係です。以下に書いてみますが、軽く読み流していただけると幸いです。(^_^;)

 

 ジェイドが、ディストを釈放したことを「本当に良かったのか。私は少し後悔していますよ」と言うと、ピオニーは「お前も相変わらず素直じゃないなぁ」と笑います。ピオニーにとっては、幼なじみを救うのは当たり前のことで、渋って見せるのは建前、または間違って現れたヒネクレ心なのでしょう。

 でも、そうなんだろうか? と私は思います。

 アニメ版では多くが無かったことにされていますが、ディストは沢山の犯罪を犯しています。笑いながらセントビナーの子供を襲い、レプリカたちを殺戮しました。マルクト軍から資料を盗んで神託の盾騎士団に持ち込み、ヴァンをも裏切り続けていましたし、モースを騙して人体実験を施した揚句に、人としての尊厳のない死に追いやりました。脱獄もしましたし、モースを護送していたローレライ教団の人々を皆殺しにしたこともあります。

 そんな彼が、ほんの数ヶ月の勾留のみで釈放された。監視付きではあるものの。

 ヴァンにくみしてシェリダンの惨劇を呼んだスピノザも、その頭脳を見込まれて監視付きで研究の道に戻ることを赦されています。しかし、彼とディストには決定的な違いがあると思う。スピノザは罪を心から悔い、自ら贖罪を願いました。研究は、彼にとって贖罪。対して、ディストが罪を悔いることは、恐らくないだろうと思うのです。

 彼は極度の視野狭窄で、自分が愛する僅かな人々と、好きな研究しか目に入っていません。世界のその他の部分は、彼にとって厚いフィルターの向こうにある。だから平気で殺せるし、裏切るのだと思う。(自分が愛している人に対しては優しさを発揮することも出来ますが。)これはもう、一生そのままなのだと思います。

 崇拝するジェイドに認められ、彼と共に潤沢な資金を使って研究できるとなれば、監視などペナルティにならない。ディストにとっては天国以上の至福でしょう。これからずっと、子供時代からの気の置けない友人たちと、好きなことを仕事にして、同じ目的を見ながら過ごせるのです。ネビリムはいませんが願いが叶ったと言えるのかもしれません。登場全キャラ中、最も幸せになった一人がディストなのは、間違いないと思います。

 でも、本当にそれでいいのでしょうか。

 振り子のように、ハッピーエンドを喜ぶ気持ちと、何かが間違っている、とチリチリ焦げるような気持ちが襲います。ピオニーは理解してくれない。できないのかもしれない。でも、幼なじみだから、友達だからという理由で簡単に赦すのは、一面では、間違った行為だと思うのです。特に、為政者としては。

 皇帝が自ら、非公式で牢に行ったのは、ジェイドを引っ張っていくためだったんでしょうね、「マルクト帝国騒動記」の例から推し量るなら。ジェイドとディストを仲直りさせるため。それ自体は、優しくて素晴らしい行為だと言える。しかし、皇帝の行動として見るならどうでしょうか?

 私がマルクトの国民だったら、皇帝が重犯罪者を、自分の幼なじみだからという理由で他国と交渉までして引き取り、秘かに釈放して、しかも釈放時は皇帝自ら牢に出向いて枷を外してやったなどと知ったら、あまりいい気はしません。ピオニーは国民にカリスマ的な人気を誇る平和志向の皇帝という設定ですが、宮廷内では敵は多そうだと思いました。平たく言えば、彼は身内への《贔屓》が激し過ぎる。ですから、彼の身内ではない、贔屓されない第三者には、激しく憎悪されるだろうと思いました。

 もし、皇帝が全ての国民に同等に贔屓を行うならば、もっとタチが悪いです。法が成り立たなくなるので、遠からず国が破綻すると思います。

 

 ……なんてことをぐだぐだ考えてしまいました。(^_^;)

 萌え含みのライトファンタジーでこんなこと考える方がアホだと言うことは承知しております…。ははは。

 別に、ディストが釈放されたっていいんです。彼に死刑になってほしいわけじゃないし、ハッピーエンドでよかったと思う気持ちも本当です。ただ、彼の犯した罪の重大さに対して、立場として厳しく当たるべき皇帝の態度が、あまりに軽すぎる。

 友達だからって、犯罪を犯した時には、公私のけじめはつけて下さいよ。

 せめて、ディストの釈放は兵士付きでジェイドに行かせて、ピオニーは行かないとか。……いや、それだとジェイドが行き渋るのかなぁ。ピオニーが強引に背中を押してお膳立てしてやらないと、トラウマ関連ではジェイドは動けないのかも。むむむ。それにしたって……。

 

 ともあれ。

 ドラマCD1の、旅に出る前のエピソードでは、「自分の目で見たものしか信用できませんし、何をするにも、自分でやった方が早いですから」と言い切ってたジェイドが、旅の終わった後のこの話では、ディストの力を素直に認めて協力を要請しています。独りでは無理だと。

 これもまた、旅を経てジェイドが手に入れた変化なんでしょうか。ピオニーもホッとしている様子ですし。ルークの消滅は悲しいことですが、消滅に至るまでの彼の生き方そのものが、ジェイドの意識を変え、心を成長させる糧になったんですね。



04 進むべき道

 ナタリアの現状を語るパート。ガイは聞き手としての登場なのですが、終盤の僅かな部分で彼の現状にちらりと触れ、彼の独白で終わっています。してみると、このパートの真の主役は彼なのかもしれません。

 やはりティア本人は登場しませんので、「ナタリアは〜ですって。それからガイは〜しているそうよ」みたいな伝聞形式の話、ということになるのでしょうか。ティアは誰からこの話を聞いたんでしょう。ガイ経由でジェイドからか。ナタリアと文通している、というセンもありかな?

 

 キムラスカ王国・バチカル城。庭園の小鳥の声の聞こえる回廊と思しき場所で、ドレス姿のナタリア王女の前に、老年に差し掛かった男性貴族が立っています。彼はこの国の侯爵。擦り寄らんばかりの愛想で、ナタリアにかけているのは熱っぽい誘いの言葉です。是非一度、我が家の別荘に遊びに来て下さい。息子たちも心待ちにしておりますと。ナタリアはやんわりとながら断っているのですが、一向に退く気配がありません。

 そこに、「こちらでしたか、ナタリア姫」と呼びかけながら、一人の青年が歩いてきました。マルクト帝国の名門貴族・ガルディオス伯爵。ナタリア王女とは既知の仲で、先の大戦では共に世界を救った英雄のひとり。二人は侯爵を無視して貴族らしい挨拶を交わし、やがてガイが「――おや。これはお話の邪魔をしたようで、申し訳ありません」と優雅に詫びれば、侯爵もそれ以上食い下がることは出来ず、愛想笑いを浮かべながら、すごすごと立ち去ったのでした。

ガイ(ふっ、と息を吐いてから笑い、ガラッと口調を変えて)余計なお世話だったかな? ナタリア」
ナタリア「いいえ。助かりましたわ。あのしつこさには困っていましたの」
ガイ「途中から聞いてたんだが、ありゃ何だ? ただの別荘への誘いにしては、熱心すぎる感じだったが」
ナタリア「我が国の有力貴族の一人ですわ。と言っても、自国の民のために働きもせず、自分ばかりが贅沢をして暮らすことしか考えていない、全くの役立たずです。今世界がどれほど大変なことになっているか知ろうともしないのですから。あれが国を支えるべき貴族だなどと。情けない」
ガイ(面白そうに)で。その役立たずが何を企んでるって?」
ナタリア「自分の息子とわたくしの結婚、ですわ」
ガイ「ははあ…」
ナタリア「わたくしには全くその気はないのですが、無下に断ると角が立ちますし。今は国内を一つにまとめなくてはならない大事な時ですから。余計な騒動は困るのです」
ガイ「そいつはまた。で、その息子ってのは、どんな?」
ナタリア「顔を見たらブッ飛ばして差し上げたいぐらいには、嫌な男ですわ」
ガイ(吹き出し笑いして)おいおい。言葉遣いが悪くなってるぞ? まー、長いこと一緒にいた俺たちの影響かもしれないけどな」
ナタリア「勿論、他の方の前では使いませんけれど。こうも続くと流石に厭になってきてしまって」

 そんなに多いのか、とガイが笑みを引っ込めて問えば、ナタリアは頷いて言いました。

ナタリア「ルークはもう帰らないと、殆どの者がそう思っていますわ。ファブレ公爵家でも、ルークのお墓を作ることに決めたそうです。叔母様は、反対なさっていたのだけれど。気持ちの整理を付けるためにも、その方がいいだろうとファブレ公爵が仰って」
ガイ「――そうか……」
ナタリア「ですから。婚約者を亡くしたわたくしを、慰めるなどという大義名分で取り入ろうとする者が後を絶ちませんの。彼らの狙いは、わたくしと言うより、キムラスカの王位でしょうけれど。
 わたくしの出生のことは知られていますから、このままわたくしがお父様の跡を継ぐことになるのを疎ましく思っている者もいますし」

 ガイは、困ったことがあれば仲間みんな手を貸すから言ってくれと慰め、ナタリアには国民の支持があるから、きっと立派な女王になれると励まします。一瞬、自信なさげな不安な顔を見せたものの、「わたくしも、そうなりたいと願っています」とナタリアは言いました。「それがアッシュとの約束でしたから」と。

ガイ「アッシュと?」
ナタリア「ええ。『貴族以外の人間も、貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように』。そんな国を作りたいと。
 その理想を実現することが、アッシュが生きていた証になると思うのです」

 ガイは、ナタリアならきっと出来る、と太鼓判を押して励ましました。

 ところで、ガイはどうしてバチカル城を訪れたのでしょうか? ナタリアが問えば、ピオニー陛下の使者として来た、と言います。しかし用があるのはインゴベルト陛下ではなく、ナタリアだと。

 実は、マルクト評議会の老人連中の間に、ピオニーとナタリアの結婚話が持ち上がっているというのです。まだ正式な話ではないものの、着々と準備が進んでいて、このままでは身動きが取れなくなりそうだとか。ピオニーに全くその意思はないので話を壊したい。そして、確実に話を壊すなら共犯者がいた方がいいと言う《頭がきれて底意地の悪い陛下の幼なじみの とある旦那》の提案を受けて、慌ててガイを使いに出したのだとか。

 話を聞いたナタリアは笑い、さっそく共犯者として加担することを宣言しました。当面はそんな話が起きないよう完膚なく話を壊せる作戦を練りましょう、と。
 とは言えこんな場所で話すわけにもいかないので、ナタリアの私室に移動することに。王女の部屋にあまり男性を入れるものではありませんが、ガイは紳士なので構わないとのこと。

 連れ立って歩きながら、ふとナタリアが声を沈めて言いました。

ナタリア「――ところで、エルドラントの捜索に、時々いらしていると聞きましたわ」
ガイ「ああ。あそこを探しても無駄なのは分かってるんだけど、何もせず、ただ待っているのも落ち着かなくて。(苦笑)ついあそこに行っちまうんだ」
ナタリア「解りますわ。わたくしも時々、どこかに向けて叫びたくなりますの。『何をしているのです。早く帰っていらっしゃい!』って」
ガイ「そうだな。ルークが帰ってきたら、遅いって叱り飛ばしてやればいいよ。そしてお前がいない間にこんなに凄いことをやったんだぞって威張れるように、俺たちに出来ることをしよう」
ナタリア「ええ」

 力強く頷いたナタリアの傍らを歩きながら、ガイは心の中で呼びかけていました。

ガイ(早く帰ってこい、ルーク。みんながお前を待ってる)

 約束を残したまま未だ帰らない。けれど、きっとどこかに生きていると信じる心友に向けて。
 このパートおしまい。

 

 本音を言えば、ガイがルークを捜しにエルドラントを訪れている方の話をメインで聴きたかったです。でもきっと、こういう形の方が、バランス的にはいいんですよね。

 

 こうして各自の状況を見ていくと、最も過酷な環境にいるのはナタリアなんですね。新しい世界のために道を切り拓くだけじゃない。自分自身の居場所をも守り続けなければならない。彼女は血筋という、安定の約束を持っていないから。

 ナタリアは強いなあ、と思いました。彼女も、帰らないルークに向かって叫びたくなる時があるそうですが、耐えている。ティアのように「あの時のまま立ち止まっている気がするの」と頑なな顔を見せるでなく、ガイのように、言い訳じみたことを言いながら何度もエルドラントに捜しに行ってしまうでなく。耐えながら、自分の居場所ですべきことをなしている。

 

 ナタリアが、アッシュとの約束を守ることが彼の存在の証になる、と言ってくれて、とても嬉しかったです。自分の解釈と同じだったから。

 うんうん。そうですよね。誘拐されたアッシュにとってナタリアとの約束が支えで、無論、ナタリアはエルドラント決戦後もアッシュとの約束を放棄なんてしていない。アッシュから譲り受けた夢を彼女が自分のものに昇華し実現していくことが、アッシュの存在の証明にもなるんですよね。

 

 ところで、ガイはどうして「あそこを探しても無駄なのは分かってる」と言ったのでしょうか。

 ティアと同じように、勘で、ここにルークはいないと思った? それとも、音素フォニム乖離で消えたのだから探してもいるはずがないって理屈?

 いやいや。単に、三ヶ月も掘り返し続けて何も出てこないんだから、もう探しても無駄だってことは判ってるけど……ってことなのかなぁ。

 ガイにはティアのような巫女的な力はないと思うので、ティアと会った時に「ここにはルークの存在を感じないわ」などと言われて、なるほどそうなんだろう、これだけ探しても出てこないのは死んだからでも消えたからでもない。きっとあいつは別の場所で生きてる、だからここを掘っても見つからないんだ、と思った(思うことにした)、とかでしょうか。

 

 ナタリアがガイを私室に誘う。これ結構ドキッとする状況ではありますね。(^_^;)

 もっとも、メイドが控えているでしょうからホントに二人きりにはならないし、何より、ガイは女性恐怖症ですから、事件は起こりようもないのでしょうが。

 ナタリアは、ガイは紳士ですもの、と言ってましたけど、信頼半分、女性恐怖症だからとナメてる気持ち半分のような気もします(笑)。でも見栄えのいい青年貴族であることは確かなので、噂を立てて降り注ぐ結婚話を止めるのにはちょうどいいかも。他国の貴族で、もっか恋人もいませんから、噂が立ってもそんなに迷惑はかけないですし。そこまで計算してたりしたら、なかなかの策士ですね。

(とか書いてみましたが、ナタリアは潔癖な性格なので、自主的にそういう画策をすることはなさそうだと思います。)



05 思い出

 仲間たちの現状の説明が終わり、再び、チーグルの森で話すティアとミュウに場面が戻ります。まとめのパート。

 

 仲間たちそれぞれの現況を聞いて、ミュウは嬉しそうでした。みんなミュウに会いたいと言っていたわ、そのうちここに訪ねてくるんじゃないかしらと言われて、ワクワクしています。

 その時、ティアの首元に何かがキラッと光ったのに、ミュウは気がつきました。指摘されて、見事なスターサファイアのペンダントを引き出して見せたティアは、これはとても大切なものだから、綺麗だと褒めてもらえて嬉しいわと言いました。一度手放したのに戻ってきて、ますます大切なものになった。これには思い出が詰まっているから…と。そして彼女は、このペンダントにまつわる思い出を回想し始めたのです。

 旅の終わりが近づいていた、ある日のこと。夜遅く、宿の部屋をルークが訪ねてきて、渡したいものがあると言いました。「ようやく、手に入れることが出来たんだ」と。

ティア「これは……! 私のペンダント! タタル渓谷で、辻馬車に乗せてもらう代金に、馭者ぎょしゃに渡した」
ルーク「うん。その辻馬車の馭者にさ、グランコクマの市場で、偶然会ったんだ」

 アニスと一緒に買い出しに行った時のことでした。
 ペンダントについて尋ねると、馭者は申し訳なさそうに、もう売ってしまったと言いました。そこで売った先を教えてもらい、買い戻しに行ったのですが。提示された値段は、今のルークには到底買えないような大金だったのです。
 しかし諦めきれなかったルークは、きっとお金を用意するから誰にも売らないで下さいと、強く頼み込んだのでした。

ルーク(苦笑して)なんとかお金を用意して、買い戻そうとしてたんだけど、難しくて。結局、母上にお願いして借りたんだ。早くしないと売れちまうし。――あ、勿論、お金はちゃんと、母上に返すつもりだから」
#ティア、ペンダントを受け取る
ティア「……信じられないわ。もう二度と手にすることはないと覚悟していたから」
ルーク「ずっと気になってたんだ。それ、大切なものだったんだろ」
ティア「母の形見なの」
ルーク「え!? そ、そんな大事なものを手放したのか!? ……あぁ〜っ。ごめん! 俺、あの時自分のことしか考えてなくて。ほんとにごめん。……辛かっただろ」
ティア(微笑んで)あの時は仕方なかったでしょ? あなたを巻き込んでしまったのは私だし、他に代金になるものがなかったのだから」
ルーク「それでも。ほんとにごめん」
ティア「もういいのよ。でも、探し出してくれてありがとう。とても嬉しいわ。私には母の思い出は殆どないけれど、これを見るたびに温かい気持ちになれたの。兄も、これを着けている私を、よく懐かしそうに見ていた。きっと、私を通して母のことを見ていたのね」
ルーク「ティア……」
ティア「兄さんを倒すという決意は変わらないけれど、あの時の穏やかで優しい時間は、忘れたくないわ」
ルーク「うん。それでいいんじゃないかな。
 ――ふう。(息を吐いて肩の力を抜き)これで心残りの一つはなくなったな」
ティア「ルーク……!」
#ルーク、微笑って
ルーク「俺はもうすぐ消えるけど、そのペンダントみたいに、ティアの……みんなの思い出の中に残れたらいいな」

 ぽたり、と大粒の滴が落ちました。驚いて、どうして泣いてるですの、どこか痛いですのと心配してくるミュウに、大丈夫よと微笑みかけて、ティアは思い出から立ち戻って顔を上げました。

ティア「なんでもないの」
ミュウ「みゅう……」
ティア「ごめんなさい、心配をかけて。私には、泣いている暇はないもの。やらなければならないことは沢山あるわ。ルークが守ったこの世界を、よりよいものに出来るように。(息を吸い、微笑って)彼の分もね」
ミュウ「はいですの。ボクも、頑張るですの!」

 いつの間にか夕暮れが近付きつつありました。今日はボクたちのところに泊まってくださいですのと誘ってくれたミュウに嬉しそうに応じると、連れ立って歩きながらティアは心の中で呼びかけます。

ティア(あなたを思い出になんかさせないわ。きっとまた、会えるのだから)

 必ず帰るよ、と約束を残した、今はここにいない大切な彼に向かって。おしまい。

 

 小説『黄金きんの祈り』では、ティアとガイが、ルークとの関わりで共通項と対照面を持つ、対のような存在として描かれていましたが、このドラマにも近いニュアンスがあるように思います。

 他の仲間たちに関しては、世界をよりよくするために何を始めたのか、今どんな日常を送っているか、それなりに具体的に語られています。

 アニスは現実を見据えて、一歩一歩踏み重ねつつ目標目指して進んでいる。ジェイドは、未だ羅針盤は持たないながら果敢に次の海に乗り出した。ナタリアは、ティアやガイに近い鬱屈を持っているものの、アッシュとの約束を大きな支えにして、力強く歩いている。

 対してティアとガイは聞き手・語り部の位置にいて、やや異質な描かれ方をしています。「泣いている暇はないもの。やらなければならないことは沢山あるわ。ルークが守ったこの世界を、よりよいものに出来るように」「お前がいない間にこんなに凄いことをやったんだぞって威張れるように、俺たちに出来ることをしよう」と前向きな決意を口に忙しく立ち働いているらしいことは判るものの、一方では、「私は、まだ、あの時のまま立ち止まっている気がするの」と暗い拒絶を見せたり、何度もエルドラントに捜しに行ってしまうと語られていて、ルークを失った過去を重く、生々しく引きずっているように描かれている。加えて言うなら、それぞれの物語をルークへ向けた独白で締める形式も揃えられています。

 アニメ本編のエピローグは原作と比べると雰囲気が明るく、原作では特にキリキリして見えたティアとガイの態度も穏やかだったので、これが健全なんだと思いつつも寂しかった。ですから、このドラマのティアやガイが、理屈では御せない悲しみや迷いや意地を潜め持ち、重く苦しんでいるのだと垣間見せてくれて、申し訳ないけれど、嬉しかったです。



 細かいこと幾つか。

 辻馬車の馭者のこと。原作の馭者は、再会するなり訊かれてもないのに一方的に、あのペンダントを売って大金が手に入ったありがとうと礼を言ってきて、ティアがショックを受けてるのに構いもしない。無神経と言うか、ちょっとイラッとさせられる感じなのですが、こちらの馭者は、まずはルークとティアの無事を喜んできて、ルークが尋ねるまでペンダントを売ったことを話しません。普通の人になってます(笑)。

 ティアのペンダントのこと。原作設定では、本編開始一年前くらいにユリアシティでの士官訓練が修了した際、リグレットを介して初めてヴァンからティアに渡されたことになっています。そして兄妹は別の場所に住んで滅多に会えず、半年後には決裂している。
 というわけで、おかしいとは言えませんが、ヴァンがペンダントを着けたティアを見て《よく》懐かしそうにしていたという状況は、少し不思議な感じかもしれません。…アニメ版では、ティアは小さい頃からずっとペンダントを持っていた、と考えてもいいのかな。

 ティアの涙のこと。アニメ版では本当に、エピローグで《彼》を迎えるまで、ティアは目を潤ませることはあっても涙は流さない、という縛り設定が消滅してるんですね。ここで早くも泣いちゃった。



みんなの思い出の中に残れたらいいな
 ティアの《思い出》の中の、ルークのこの台詞部分にエコーが掛けられていて、ぐぐっときて泣けてしまいました。

 ルークはアッシュに記憶を残し、仲間たちには思い出を遺した。

 ファブレ公爵は、渋る妻を説き伏せてルークの墓を建てることを決めた。いつまでも悲しみに伏せって止まっているわけにはいかないから、強いてけじめをつけて歩き出すためでしょう。一方ティアは、体は動き続けながら、心ではルークを思い出になんてさせないわと強く思う。思い出の中の彼を反芻しながら。

 それでも、二年後に《彼》が帰って来た時、けじめをつけざるを得なくなります。その時ティアは、ガイは、何を思うでしょうか。

 そんなことを、色々と考えさせられました。




 それはそうと、ルークは母上に借りたお金を返すことが出来たのでしょうか?

 一日 時間とって、付きっきりで肩もみとか本の朗読とか料理とかして、それで返したことにしてたりして。

 シュザンヌも折々に、この、思いがけず授かっていたもう一人の息子のことを思い返すのでしょうね。

 

 ルークは決して、綺麗なだけの人間ではなかった。嫌なところ、駄目なところも沢山ありました。でも今、こうして思い返してみると、浮かぶのは彼の優しいところや純粋なところ、笑っている顔ばかりです。



キャストコメント

 これでTVアニメ本編のドラマCDは最後。とはいえ、テイルズオブシリーズは長いので今後も色々ある気がしますと、声優さん方が仰っていましたが、本当にその通りで。この後も、お祭りゲームやら特典ドラマCDやらファンディスクやら、色々と出ましたね。

 殆どの声優さんが、だから寂しくないまたお会いしましょう応援よろしく的なことを仰った中で、ジェイド役の声優さんが違うことを仰っていて印象的でした。ティア役の声優さんが凄く共感しておられたのも心に残りました。色々な役・色々なパターンを演じる声優さんだからこそ感じることなんだろうなぁと。

子安「僕は松本さんと違って、ものすごい終わった感があるんですよね。やっぱり何て言うんですかね、本編に続く、この、ストーリーの中での、なんか終結みたいな感じがして。ね? 勿論ゲームとかね、まだこの後出たりとか、CDドラマとかまた、ちょっとやったりとかするかもしれませんけど。なんか……どんどんなんか、別のもの…の。キャラクターが出てきてるような感じがして」
ゆかな「それはね、同感です」
子安「そうなんです。だからなんかね、どんどんどんどん違ったジェイドが出来ていくんだけど。なんか本編に付随した、本当の、この、なんか、まっさらなジェイドっぽいものが」
ゆかな「そしてその、ずっと続いてきた感じのものはなんか、一区切り」
子安「そう。ま、ねぇ。一区切りで。ちょっといなくなっちゃうような気がして。それが一番寂しいですね」

 なるほどなぁ、確かになぁと思いました。今後、本編派生の新作が作られるとしても、オリジナルからはどんどん逸脱していく。ギャグドラマは過ぎると別方向に進化してキャラ崩壊しますし、お祭りゲームだとみんなパラレルワールドの別人で生い立ちから違う。『マイソロ2』ゴールデンビクトリーのジェイドなんか、はっちゃけぶりが凄かったです。オリジナルは完結してるのだから仕方ないし、新作があること自体が幸せなのですが、やっぱり寂しいもので。

 このコメントを聞いて、ああ、オリジナルの『アビス』から続いていた正統な物語は、ここで区切りがついて終わったんだなァと思いました。逆に言えば、それだけの感慨を抱かせるほどに、このドラマCDの内容が「ラスト・エピソード」としての説得力を持っていたのだと思います。

 TVアニメだけだと、尺が足りなくて色々消化不良な思いが残っていたのですが、それが大部分消化されたように思います。このドラマCDを聴いてよかったです。

 

 スタッフの皆様方、お疲れさまでした。ありがとうございました。また、ここまで感想を読んで下さった方も、ありがとうございました。


 



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