天孫降臨


 こうして、再び天忍穂耳命に下界へ降りよとの命が下りましたが、彼はこう提案しました。

「下界へ降りる準備をしている間に、私には子が出来ました。この子、天津日高日子番能邇邇芸命アマツヒダカヒコ ホのニニギのミコトを下界に降ろしましょう」

 結局、天忍穂耳命は下界へ降りたくなかったんですね。

 ちなみに、番能邇邇芸命ホのニニギのミコトは高御産巣日神の娘、万幡豊秋津師比売命ヨロズハタ トヨアキツシヒメのミコトとの間に生まれた次男です。長男の邇芸速日命ニギハヤヒのミコトはどうしたのでしょうか……?

 改めて、天照大御神と高御産巣日神から番能邇邇芸命に対して、地上を委任するという命が下りました。いよいよ、天孫が地上に降臨する時です。

 ところが、道中の八つ辻に、高天原から地上まで爛々と輝く大きな目でピカピカと照らしている、異様な風体の神が立ち尽くしていました。その顔は赤く、鼻は太く長いのでした。さて、どうするか……?

 天照大御神と高御産巣日神が使者として送り出したのは、天宇受売命アメのウズメのミコトでした。

「お前はか弱い女だが、敵に向かっても気後れしない性質だ。行って、アレが何者か問いただして来い」

 早速、天宇受売命は謎の神の元へ向かいます。胸をはだけ、スカートをおへその下まで下げ、ほほほほと笑いながらの登場です。天照大御神さえ岩戸から引き出した彼女の魅力の前に、鼻の長い神もぐんにゃり。……いや、もっとカタくなったのかもしれませんが。

「私は国つ神、名は猿田毘古神サルタビコのカミと申します。天神の御子が天下りされると聞き、先導いたそうと思ってお迎えにあがりました」

 篭絡された猿田毘古神の言葉に、天照大御神と高御産巣日神もようやく安心し、ついに降臨が始まったのでした。

 天照大御神は番能邇邇芸命に、かつて自分を岩戸から引き出した八尺ヤサカの勾玉の首飾りと八咫ヤタの鏡、そして八俣の大蛇の尾から出た草那藝クサナギの剣を渡し、

「この八咫の鏡を私の魂だと思って大事に斎き祭れ」 と言いました。

 番能邇邇芸命は、天の岩位イワクラを離れ、重なる雲を威風堂々と押し分けて天の浮橋を渡り、日向の高千穂のくじふる岳に降り立ちました。何故、直接出雲に降りなかったのかは分かりません。護衛は弓矢と太刀を持った天忍日命アメのオシヒのミコト天津久米命アマツクメのミコトの二神がつとめました。

 彼には、お伴として天児屋命アメのコヤネのミコト布刀玉命フトダマのミコト、天宇受売命、伊斯許理度売命イシコリドメのミコト玉祖命タマのヤのミコトが従っていました。彼らは、それぞれ五つの職業集団の長として職を分担し、その祖となりました。この他にも、知恵の神である思兼神が政治担当として従い、更に、かつて天照大御神を岩戸から引っ張り出した手力男神タヂカラヲのカミ、門の守護神である天石門別神アメのイワトワケのカミ、食べ物の神である登由宇気神トユウケのカミが従って、それぞれの場所に鎮座しました。

 一行は「この地は朝鮮に面し、笠沙の岬を安住の地を求めて通り、日当たりの良い国である。よって、住むに大変よい土地だ」と言い、上は天に下は地底の岩に達するような立派な宮殿を建てました。

 

 ところで、別説によれば、番能邇邇芸命が地上に降り立った時、地上には光がなく、暗黒の世界でした。すると、大鉗オオツハ小鉗ヲツハという二人の土蜘蛛――土地の先住民がやってきて、

「御子様の手で稲の穂を抜いて籾にし、四方に投げ散らせば、必ず明るくなります」と言いました。

 その通りにするとたちまち空が明るく開け、太陽と月が照り輝いたということです。

 ホのニニギとは、”穂の饒々しい”、つまり稲が豊かに実る様を表しています。天忍穂耳命の一番幼い息子である番能邇邇芸命は、最も新しい命を持った稲魂、豊饒の神であり、また、稲作という”文明”を伝える神でもありました。彼がやってきたことにより、文明という光を知らなかった暗黒の世界は、ようやく光に照らされることになるのです。




花の命・岩の命


 番能邇邇芸命が笠沙の岬にやってくると、一人の麗しい乙女に出会いました。

「お前は誰だ」

「山の神たる大山津見神オオヤマツミのカミの娘、神阿多津比売カムアタツヒメ。またの名を木花佐久夜毘売コノハナのサクヤヒメと申します」

 なるほど、乙女は咲き出す花のように可憐です。

「お前に兄弟はいるのか?」

「私には、姉、石長比売イワナガヒメがございます」

 そこまで聞くと、番能邇邇芸命は早速、言い寄りました。

「俺はお前とヤりたい契りたいと思うんだが、どうだ?」

 古代の人神だけどはストレートです。っていうか、初対面の女の子にイキナリそれはないだろう。とりあえず、一応意思をうかがっている辺り、紳士といえるの……でしょうか?

「そんなこと………私の一存では決められませんわ。お父様にお伺いしないと。お父様に申し出てください」

 古代の女性には珍しく、佐久夜毘売は慎み深く、ファザコンでもあったようです。それで、番能邇邇芸命は大山津見神に佐久夜毘売と結婚したいと申し出ました。よほどヤりたかったと見えます。

 大山津見神は、今をときめく天つ神の御子と縁付くのを喜んで、佐久夜毘売のみならず、姉の石長比売も一緒によこしました。ところが、石長比売は妹とは違って、大変醜い容貌をしていました。番能邇邇芸命は彼女に恐れをなして父親の元に送り返し、佐久夜毘売のみを留めて、一夜の契りを交わしました。

 大山津見神は、娘の石長比売を返されたことで名誉を傷つけられ、怒り、番能邇邇芸命に向かって言いました。

「私が娘を二人並べて奉りましたわけは、岩のように命が長く、花のように栄えるようにという意図でした。しかし、あなたは石長比売を送り返して佐久夜毘売だけを留めなさった。これより、天つ神の御子の寿命は、花のように儚くなるでしょう」

 こうして、番能邇邇芸命の子孫――天皇の一族の寿命は、今のように普通の人間と変わらない、短く儚いものになったのです。




火の中の出産


 さて、その後、佐久夜毘売が番能邇邇芸命の元を訪ねてきました。

「私は妊娠して、まもなく産まれる時期になりました。天つ神の御子ですから、勝手に産むわけにはいきません。ですから、申し上げにまいりました」

 すると、番能邇邇芸命は言いました。

「佐久夜毘売よ、お前はたった一夜の契りで孕んだと言うのか。フン、俺の子なものか。どうせ、国つ神の誰かの子だろう」

 番能邇邇芸命にとって、佐久夜毘売とのコトは完璧に遊びだったようです……。遊びで一族の寿命を縮める男、番能邇邇芸。つくづくスゴい王様です。

 当然、佐久夜毘売は怒りました。っていうか、キれました。

 佐久夜毘売はすぐに出入り口のない大きな建物を作り、その中に入って、その唯一の入口をも外から土で塗りつぶさせました。そして子供が生まれそうになると、外から火をかけさせたのです。

「生まれる子がもしも国つ神の子なら、無事には産まれず、私の体も火に焼かれるでしょう。天つ神の子なら、無事に産まれてくるはずです」

 どういう理屈なのかは分かりませんが。

 果たして、燃え盛り焼け落ちた建物の中で、佐久夜毘売は無事に子供を産み落としました。そして燃え杭の中から子供を抱いて出てくると、

「天つ神の御子よ、ご覧になったでしょう」

 と言いました。番能邇邇芸命はたじたじとなって言いました。

「最初から、これが俺の子であると知っていたとも。だが、疑う者があるかもしれない。だからそれを証明し、また、お前や子供らに火にも燃えない霊威のあることを知らしめようと思って、わざとお前を嘲ったんだ」

 苦しい言い訳です。つくづく、ロクな男じゃありません。

 こんなムチャな方法で佐久夜毘売は己の潔白を証明しましたが、番能邇邇芸命を恨み、それ以降、彼と顔を合わそうとせず、決して床を共にしなかったということです。……当然だよなぁ。

 

 この時産まれたのは、三つ子の男の子でした。最初に、火がごおごおと照り輝いている時に産まれたのが火照命ホデリのミコト、火がぶすぶすとくすぶっている時に産まれたのが火須勢理命ホスセリのミコト、最後に、火が弱まった時に産まれたのが火遠理命ホオリのミコトです。




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 猿田毘古神って、鼻が長くて顔が赤いんでしょ。……天狗?
 同一視はされていますよ。
 彼に関しては、先住民族の長を表すとする説が有力です。海外からやってきた民族が、先住民族に女を与えて、婚姻によって味方につけた、というわけですね。
 猿田毘古神と天宇受売命って、結婚したの?
 はい。天孫を高千穂に送り届けた後、二人で猿田毘古神の故郷の伊勢の五十鈴川まで行って結婚しました。天宇受売命は、夫の名をもらって猿女君と呼ばれるようになりました。
 へぇ〜、愛が芽生えたんだねー。
 どうでしょう? 邇邇芸命は、天宇受売命にこう命じています。
「奴を陥落したお前が奴を送っていき、その名をもらい、仕えよ」
 え……それって…………。
 その後、猿田毘古神は阿邪訶アザカという土地で魚を捕っているうち、大きな貝に手を挟まれて、そのまま溺れ死んだそうです。手じゃなくて、自慢の鼻を挟まれたのかもしれませんね。
 ほへ?
 ところで、天孫が降り立ったとされる高千穂の峰ですが……。九州の宮崎県に二箇所、高千穂の名を持つ土地があります。かつては、そのどちらが本物かということで争いもあったそうですが。
 宮崎県? ……なんでそんなに遠いところに降りたのかなぁ。それに、そこに着いた時、「ここは朝鮮に面し」って言ってるよね。全然面してないよ。……あれ? 宮殿を建てたのは出雲かな? じゃあ、朝鮮に面してるのも出雲のこと?? でも、佐久夜毘売に逢ったのは鹿児島県の笠沙の岬なんだよね。
 ですから、天孫が降臨したのは実際には北部九州のどこかを指していたのではないかという説がありますね。色んな系統の神話を融合させた結果、こんなことになったのでしょう。
 朝鮮半島(韓半島)との関係はかなり指摘されています。天孫が降り立った山は「日向の高千穂のクシフル岳」「高千穂のソホリの山峯」「日向のソの高千穂峰」等と言われるのですが、「ソ」や「ソホリ」は朝鮮語の「都 Seoul」を意味するソフ、ソフリからきているとか、クシフル岳は駕洛の首露王が降臨したとされる亀旨クジ峰の変化に過ぎないとか。
 じゃあ、元は朝鮮半島(韓半島)から来た神話なのかなぁー。
 佐久夜毘売と石長比売の神話は、東南アジア系だと言われていますけどね。”石とバナナ”型神話と言います。神様が人間に石とバナナを見せて、好きなほうを選びなさい、と言います。人間がおいしいバナナを選ぶと、神様は、「石を選べば永遠の命を得たのに。お前たちはこれから、バナナのように腐って死んでいくようになるだろう」と言いました。こうして人間は死ぬ定めを持つようになった、と。
 ギリシア神話で、プロメテウスが、牛の骨と肉、どちらをどちらの取り分にするか神と人に決めさせた話も、この系統に属していますね。
 えぇえ? ……じゃあ、朝鮮と、東南アジアと……。
 佐久夜毘売が貞節を疑われて自ら火の中に入り、潔白を証明するくだりは、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」のシーター姫のエピソードを思わせます。
 うぇ〜ん、もうワケわかんないよ〜〜!
 次は、おなじみの「海幸、山幸」です。


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