>>参考 [怪兄弟]

 

陸を走る船  ノルウェー

 昔、森の辺りに三人の兄弟が住んでいました。一番上はペール、二番目はポール、そして一番若い弟の名はエスペンと言いましたが、周りには灰坊アスケラッドと呼ばれていました。というのも、この弟はいつでも座り込んだまま、炉の灰をつついたり掻き回したりしているだけの怠け者だったからです。

 ある日曜日のこと、灰坊がたまたま教会に出かけてみると、教会の前に王様の出したお触れの看板が立てられていました。

 王様は陸の上でも水の上と同じくらい早く走れる船があると聞き、それを欲しがっていました。そこで、そんな船を造る事が出来た者には王様の娘と国半分を与えよう、と国中の教会の前にお触れを出したというわけなのです。この褒美はとても魅力的でしたから、今まで多くの者が挑戦していたのですが、誰一人成功した者はいませんでした。

 家に帰って灰坊がそのことを話題にすると、一番上の兄さんのペールが、お母さんに「弁当を作っておくれよ」と頼みました。何故って、これから出かけていって、自分が船を造ってお姫様と国半分をもらえるかどうか試してみたいんだ、と言うのでした。

 ペールは、弁当を入れた袋を背中にしょって、ぐんぐん歩いていきました。すると、一人の腰の曲がったみすぼらしい爺さんに出会いました。

「あんた、どこに行くのかね?」

 その爺さんが尋ねました。

「俺は森に出かけて、父さん用の飼い葉桶を作るのさ。父さんは俺達と一緒に食事をしたがらないんでね」

「それなら、飼い葉桶になるだろうさ!」

 と爺さんは言って、また訊きました。

「あんたは、その袋の中に何を入れているのかね?」

「肥やしだよ」

「それなら、肥やしになるだろうさ!」

 と、爺さんは言いました。

 ペールはオークの森に入って行き、精一杯木を切って船に組み立てようとしました。けれども、いくら木を切って組み立てても、出切るものといったら、どれもこれも飼い葉桶ばかりです。そのうちお昼になったので、ペールは、まあ、食べることにしようと、食べ物袋を開けました。……中に入っていたのは食べ物なんかではありませんでした! ペールはすっかり嫌になってしまい、道具を片付けると家に帰ってしまいました。

 次に、中の兄さんのポールが出て行きたがりました。ポールはお母さんに弁当を作ってもらうと、それを袋に入れて背中にしょって、外に出かけていきました。その道で、一人の腰の曲がったみすぼらしい爺さんに出会いました。

「あんた、どこに行くのかね?」

 と、その爺さんが訊きました。

「ああ、俺は森に行って、ウチのちっちゃな仔豚のために、豚用の飼い葉桶を作るんだよ」

「それなら、豚用の飼い葉桶になるだろうさ!」

 と爺さんは言って、また訊きました。

「あんたは、その袋の中に何を入れているのかね?」

「肥やしだよ」

「それなら、肥やしになるだろうさ!」

 と、爺さんが言いました。

 ポールは森に入って行き、できるだけ頑張って、木を切ったり組み立てたりしました。けれども、どんなに切ってみても、形をつけてみても、できるのは飼い葉桶。豚用の飼い葉桶ばかりです。それでもポールは諦めず、午後遅くまで作業をやり続け、やっと少し何か食べないとな、と気がつきました。ところが、食べ物袋を開けても……食べ物なんてひとかけらも入っていやしません! ポールはカンカンになって袋を投げ捨てると、斧を掴んで家まで帰ってしまいました。

 こうしてポールが帰ってくると、今度は灰坊が出かけたがって、お母さんに弁当を作っておくれよ、と頼みました。

「もしかしたら、僕はその船を造って、お姫様と国半分をもらえるかもしれないよ」

「ああ、ああ、そうかもしれないね。いつも灰をつついたり掻き回したりしているだけのお前がね!」

 お母さんはそう言って、弁当は作ってくれませんでした。灰坊はオートミールのパンケーキを幾つかと、気の抜けたビールを少しだけ、こっそりと拝借して出かけました。

 こうしてしばらく歩いていくと、例の腰の曲がったみすぼらしい爺さんに出会いました。

「あんた、どこに行くのかね?」

 と、その爺さんが訊きました。

「ああ、僕は森に行くつもりなんだよ。水の上でも陸の上でも同じように走れるって船を、上手いこと造れるかどうかって思ってね。何故って、王様がお触れを出したんだ。そういう船を造れた者には、お姫様と国半分をやる、ってね」

「あんたは、その袋の中に何を入れてるのかね?」

「ああ、これ、そんなに喋りたてるほどのものじゃない。けど、これを弁当にしようってわけなんだよ」

「あんたのその弁当を少し分けてくれないかね? そうしたら、少しあんたの手助けをしてやろう」

「そりゃ、いいとも。でも、本当に大したことなくて、ただのオートミールのパンケーキと、気の抜けたビールが少しだけなんだよ」

「なに、何だって構いやしない。それさえ分けてもらいさえすれば、わしはあんたを助けてあげる」

 やがて二人が森の中の年取ったオークの木のところに来ると、爺さんは言いました。

「さあて、あんたはこの木から一欠片だけ切り取って、その欠片を、元あったところに埋め戻しておくんだ。それをやり終わったら、寝転がって眠っていてもいいよ」

 灰坊は爺さんに言われたとおりにしました。そうして眠っているうち、なんだか、木を切ったり、鋸で挽いたり、叩いたり、組み立てたり、くっつけたりしているような音を聞いた気がしました。けれど目を覚ますことが出来ないでいるうちに、爺さんに揺り起こされていました。すると、まあ、造りたいと思った船がすっかり出来上がっていて、オークの木の脇に停まっていたのです。

「さあ、あんたはこれに乗るんだ。そして、出会った者をみんな一緒に連れて行くんだよ」

 灰坊は爺さんにお礼を言うと、歩を上げて船を発進させ、「言われたとおりにするよ」と約束しました。

 

 そうしてしばらく船を走らせていくと、背が高くて痩せこけた、一人の浮浪者に出会いました。その男は、山の側に寝転がって花崗岩の丸石を食べています。

「やあ、あんたはどういう人なんだい。こんなところに寝転がって石を食べているなんて」

「おいらは肉が好きで食べたくてたまらないんだが、胃袋は底なしで、食べても食べても腹いっぱいになったことがない。だから仕方なく石をかじっているんだよ。どうだい、おいらもその船に乗せてもらえないかい」

「いいよ、そうしたいなら」

 男は丸石を幾つか弁当に持って船に乗りました。

 それから、もうしばらく船を走らせていくと、一人の男が日の当たる丘に横になって、樽の栓をちゅうちゅう吸っているのに出会いました。

「やあ、あんたはどういう人なんだい。横になって樽の栓を吸うと、何かいいことがあるのかね?」

「樽を持ってないから、その栓を有難がるよりないんだ。俺は酒が好きで飲みたくて仕方がないんだが、喉はいつもカラカラで、いくら飲んでも満足できたためしがない。だから仕方なく栓を吸っているんだよ。どうだい、俺もその船に乗せてもらえないかい」

「いいよ、そうしたいなら」

 男は、喉が渇いたときのためにあの栓も一緒に持って船に乗りました。

 それから、またしばらく船を走らせていくと、一人の男が横になって、片方の耳を地面につけ、耳を澄ましているのに出会いました。

「やあ、あんたはどういう人なんだい。それに、横になって地面に耳をつけて聞くと、何かいいことがあるのかね?」

「俺は、耳を澄まして草の音を聞いているんです。なにしろ俺は耳がとてもよくて、草が育ってる音だって聞こえるんですよ。どうです、俺も一緒にその船に乗せてもらえますか」

「いいよ、そうしたいなら」

 この男も船に乗り込みました。

 それから、またまたしばらく船を走らせていくと、一人の男が立ったまま鉄砲を構え、何かに狙いを定めているのに出会いました。

「やあ、あんたはどういう人なんだい。一体何を狙っているのかな」

「私は、目がとてもいいんです。だから、世界の果てにあるものだって楽に撃てるんですよ。どうです、私も一緒に、その船に乗せてもらえますか」

「いいよ、そうしたいなら」

 この男も船に乗り込みました。

 それから、またまたまたしばらく船を走らせていくと、一人の男が一本の足でピョンピョン飛び跳ねているのに出会いました。しかも、もう片方の足には百六十キロほどの重りを七つもつけているのです。

「やあ、あんたは一体どういう人なんだい。そんなに片足でピョンピョン飛んで、もう片方には重りを七つもつけているなんて。そんなことして、どんないいことがあるんだ?」

「俺は、走るのがとっても速いんだ。もしも俺が両足で走ったら、世界の果てまで五分もかからないよ。どうかね、俺もその船に乗せてもらえないかね」

「いいよ、そうしたいなら」

 この男も船に乗り込み、他の仲間達と一緒になりました。

 それから、またまたまたまたしばらく船を走らせていくと、一人の男が立ったまま口をしっかり押さえているのに出会いました。

「やあ、あんたは一体、どういう人なんだい。そんな風に立ったまんましっかり口を押さえていて、何かいいことがあるのかい」

「ああ、あたしは、七つの夏と十五の冬とをこの体の中に持っているんですよ! だから気をつけて口を押さえていないといけないんです。なにしろ、そんなものがいっぺんに外に出てしまったら、世界はおしまいになってしまいますからね。それより、どうでしょう、あたしも一緒に行っていいですか?」

「いいよ、そうしたいなら」

 男は船に乗り込んで、他のみんなの中に入りました。

 

 それからわりに長いこと船を走らせて、みんなは王様の宮殿に着きました。灰坊はまっすぐ王様のところに入っていくと言いました。

「お望みの船は出来上がって、中庭に来ています。ですから、お約束のお姫様をいただきたいと思います」

 王様は、このことを喜びませんでした。というのも、灰坊は煤だらけの真っ黒けの髪ボサボサで、いかにも見掛けがよくなかったからです。こんな得体の知れない浮浪者みたいなのに娘をやるのは嫌だ。王様はそう思い、なんとか断ってしまおうと、こう言いました。

「お前に今すぐ姫をやるわけにはいかぬ。その前に、わしの持っている肉の貯蔵庫をすっかり空にしなければならん。その貯蔵庫には、肉が三百樽も収めてあるのだがな。……お前が、もしもその仕事を明日までにやれたなら、姫をお前にやるとしよう」

「僕、試してみましょう」と、灰坊は言いました。「けど、僕の仲間を一人、一緒に連れて行っていいですか」

「ああ、構わぬ。六人みんな連れて行ってもいいぞ」

(六人だろうと、どうせ出来っこないからな。)

 王様はそう思っていたのです。

 灰坊は、石食い男を貯蔵庫に連れて行きました。そして、貯蔵庫の鍵を開けたと思うと、もう、その男は貯蔵庫中の肉を食べつくしていました。残されたのは燻した小さい肩肉が六つだけ。これは、船に残っている他の仲間の分でした。

 ということで、灰坊は王様のところに行って言いました。

「貯蔵庫はもう空になりました。だから、僕はもうお姫様を貰ってもいいでしょうね」

 王様は貯蔵庫に行ってみました。すると、確かに空っぽです。しかし、煤だらけの灰坊を見るにつけても、こんな男を娘婿にするなんてまっぴらだ、と王様は思います。そこでこう言いました。

「ふん。こんなことはどうでもよい。

 わしは、ビールや年代もののワインがたっぷり入った酒蔵を持っておる。ビールとワインがそれぞれ三百樽ずつ入っているのだが、その酒を飲み干して欲しい。もし、お前が明日のこの時間までにそれをすっかり飲み干せるほどの男なら、お前に姫をやることにしよう」

「僕、試してみましょう」と、灰坊は言いました。「けど、僕の仲間を一人、一緒に連れて行っていいですか」

「ああ、結構だとも」

(七人みんなでかかったって、終わりっこないさ。)

 王様はそう思っていたのです。

 灰坊は、栓吸い男を酒蔵に連れて行きました。そしてこの二人が酒蔵に入ると、王様はガチンと錠を下ろしたのです。その間、栓吸い男はどんどん酒を飲んでいきました。ただし、最後のほんの少しだけは残しておきました。というのも、船に残っている他の仲間達が、めいめいちょっとずつは飲めるようにしておいたのです。

 あくる朝になって錠が外されると、灰坊は王様のところに行って言いました。

「僕は、あのビールとワインを片付けました。ですからもう、お約束の通りにお姫様をいただきたいです」

 王様は酒蔵に降りてみました。とても信じられなかったからです。しかし、そこで見たのは空っぽの酒樽ばかりでした。ああ、でも、灰坊ときたらやっぱり煤だらけの真っ黒です。王様はこんな男を婿にするなんて嫌なことだと思い、こう言いました。

「ふん。こんなことはどうでもよい。

 もしも、お前が姫のお茶を入れるための水を世界の果てから十分のうちに汲んでこれるのなら、お前に姫も国半分もくれてやるぞ」

 というのも、そんなこと出来っこないと王様は思っていたからです。

「僕、試してみましょう」と、灰坊は言いました。そうして片跳ね男をつかまえると、

「その足の重りをすっかり外してしまって、できるだけ早く走っておくれよ。なにしろ、お姫様のお茶に使う水を、世界の果てから十分のうちに汲んで来なけりゃならないんだからね」と頼みました。

 片跳ね男は重りを外すと、それこそ、あっという間もなくどこかに行ってしまいました。ところが、五分が過ぎ七分が過ぎても戻ってきません。だんだん、王様はニコニコ、灰坊はそわそわしてきます。

 灰坊は聞き耳男を呼び寄せて、「よく耳を澄まして、あいつがどうなったのか探っておくれよ」と言いました。

「あいつは、泉の側で眠り込んでいますよ」と、聞き耳男が言いました。「俺には、あいつがいびきをかいてるのが聞こえます。それにね、魔物トロルがあいつの頭の虱を取ってやってるんです」

 そこで灰坊は大声をあげて狙い撃ち男を呼び寄せると、「そのトロルに弾を一発、お見舞いしてやってくれ」と頼みました。ええ、男はそうしました。そして、トロルの目の真ん中に撃ち当てたのです。トロルはギャーーッと吼えるような声をあげ、片跳ね男はハッと目を覚まし、王様の宮殿に駆け戻ったときには まだ一分も余裕がありました。

 灰坊は王様のところに行って言いました。

「さあ、ここにその水があります。もうお姫様をいただいたっていいでしょう。これ以上つべこべ言うことはありません」

 けれど、王様は相変わらずこの若者は煤だらけで真っ黒だなと思って、どうでも婿にしたくありませんでした。王様は言いました。

「ふん。そんなことはどうでもよい。

 わしは、大きな束にした薪を三百束持っている。それを使って、浴場サウナで麦やなんかを乾かそうというわけなのだ。そこで、もしもお前がその薪をすっかり燃やしてしまうまで浴場にいられるような男だったら、お前に姫をやるとしよう。間違いなくな」

「僕、試してみましょう」と、灰坊は言いました。「けれど、僕の仲間を一人、一緒に連れて行っていいですか?」

「ああ、六人みんなでも構わないぞ」

と、王様は言いました。何故って、

(たとえ何人いようが、熱いことには変わりがないさ。)

 と考えていたからです。

 その日の夕方、灰坊は冬夏男を連れて浴場に入っていきました。でも王様は火をガンガン焚いて、熱をうんと上げておきました。それこそ、暖炉だって熔けてしまいそうなくらいに。しかも二人は外に出ることが出来ません。何故なら、二人が中に入るとすぐに、王様は扉にかんぬきを差し込み、おまけに南京錠をいくつも掛けてしまったからです。

 浴場の中で、灰坊は冬夏男に言いました。

「まあ、冬を六つか七つ、外に放してもらわないといけないね。それだけ放したら、ちょうどいいあったかさになるだろうよ」

 冬夏男がそうすると、二人は過ごし易くなりました。けれど、夜になると寒くなってきました。灰坊は また冬夏男に言いました。

「まあ、夏を二つ三つ放して、あったまらなきゃならないね」

 こうしてすっかりいい暖かさになったので、二人はあくる日の昼近くまでぐっすり眠り込んでしまいました。

 その頃、王様は「あの二人、もうすっかり焼けてしまったことだろう」と思い込んで、浴場の扉を開け始めていました。ところが、中では灰坊と冬夏男がガチガチと歯を鳴らして震えていました。灰坊の指示で、更に冬を二つ三つ放していたからです。そして最後に残った冬一つを王様の顔にサッと吹きかけさせたので、王様の顔はひどい凍傷しもやけになってしまいました。

「さあ、これで僕、お姫様をもらえますかね」と、灰坊が言いました。

「ああ、姫を連れて行って、結婚して、それに国も持って行け!」

 王様は叫びました。もう「だめだ!」と言う気になれなかったのです。

 そこでみんなは結婚式を挙げて、お祝いして大騒ぎしました。

 

 かく言う私は、その騒ぎのとき、トロルの婆さんを追っ払おうと撃ち出した大砲の弾に間違えられてしまいましてね。みんなは私に、ビンに入れたお粥と籠に入れたミルクを持たせてくれて、ここにまっすぐに撃ち飛ばしたのです。そうやって、この出来事を私に話させようとした、というわけなんですよ。



参考文献
『ノルウェーの昔話』 アスビョルンセンとモー編、大塚勇三訳 福音館書店 2003.

※北欧やロシアに見られる有名な民話「空を飛ぶ船」の類話。以下、ロシアの「空を飛ぶ船」の概略を紹介する。

空を飛ぶ船  ロシア

 昔、老夫婦に三人息子があった。上の二人は賢いが末はバカなので、両親は上の二人ばかり可愛がって末っ子は邪険にし、黒いボロシャツしか着せなかった。

 ある時、王が「空飛ぶ船を造った者には王女を与える」というお触れを出す。兄二人は両親に支度をしてもらってご馳走の弁当を持って出かけるが、末っ子は散々頼んで黒パンと水しかもらえない。
(兄達の失敗のくだりは語られない。)
 道中で老人に会い、「自分にスキルはないが空飛ぶ船を造りたい。神様の助けがあるだろう」と話し、言われるままに弁当を分けようとする。すると貧しいメニューがご馳走に変わっている。老人は「お前は神に祝福されている、両親に邪険にされていても心配しなくていい」と言い、二人でたっぷり飲み食いした後、「森の一番最初の木に三回十字を切って一斧入れ、後は起こされるまでうつぶせに寝ていろ、起きると船が出来上がっているから、どこへでも出発して、途中で会った者を全て船に乗せるのだ」と指示する。

 バカは、途中で出会った「聞き耳男」、「片跳ね男」、「狙い撃ち男」、パン食いの「大食らい男」、湖の水でも足りない「大飲み男」、投げればたちまち兵隊になる不思議な薪の束を持っている「薪男」、撒けばたちまち夏や冬に気候を変える藁の束を持った「藁束男」を船に乗せて仲間にする。

 船はたまたま王宮の側を飛行し、王は空飛ぶ船を作り上げた者がいることを知る。しかし乗っているのが貧しい百姓達だと知って、娘を嫁にやるのが嫌になり、あれこれと難題を与える。「王の食事が終わらぬうちに命の水を取ってくること」、「十二頭分の牛の焼肉と十二袋分のパンをたいらげること」、「四十樽のワインを飲み干すこと」。

 命の水だけは片跳ね男が居眠りしたためにピンチに陥ったが、それ以外は全て難なく片付けられた王は、「結婚式前に風呂に入って綺麗になれ」と言って、ぐらぐら煮立った鉄の風呂釜にバカを一晩閉じ込めて殺そうとする。しかしバカは風呂の底に敷くから、と藁束男に藁を撒かせていたので、たちまち風呂は冷え、逆に冷水になってペチカで温まっていたほどだった。

 王は最後に、「明日までに一連隊の軍隊を揃えよ」と命じる。薪男が平原に薪をばら撒くと、一晩でずらりと軍隊が並んで城を囲む。

 王は観念してバカと娘を結婚させる。王から贈られた衣装を着るとバカは美々しい若者に変わり、賢く考え深い人間になる。姫は夫に夢中になり、王と王妃は婿に満足した。


参考文献
『ロシアの昔話』 内田莉莎子編訳 福音館文庫 2002.

 これらの話で、王が灰坊(バカ)を熱すぎる風呂に入れようとするのには意味がある。<死者の歌のあれこれ〜食人の神話>で触れたが、熱い風呂は「煮えたぎる(釜/大鍋)」の変形であり、これは「女神の胎=冥界」の比喩である。太陽が夕方に沈んで翌朝再び昇るように、老いた王が冥界に入って若い王として再生する、とい概念が根底にある。(醜く愚鈍な)灰坊は姫と結婚して(美しく賢い)新たな王になるために、煮えたぎる風呂で一度死んで、再生しなければならなかったのである。

 なお、四人の特異能力を持つ男達が悪賊を退治して宝物を手に入れるという朝鮮族の民話「四巨人」には、鉄の箱に閉じ込められて焼かれたとき、荒息男が冷たい息を吐いて冷やしただとか、類話によっては、リーダー格の怪力男が鉄の牢に閉じ込められて熱されたとき、壁に霜の字と風の字を書いて貼り、それによって牢内を寒くした、というエピソードがある。同じく朝鮮族の「六兄弟」にも、兄弟の一人『熱さ知らず』が暴虐知事に「処刑」として大きなカマドに閉じ込められて焼かれるが、カマドの内壁の上に「雪」、下に「氷」の字を貼っていたため、カマドを開けると逆に中で寒さに震えている、というエピソードがある。(『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.) この話では妻ぎは語られず、暴政を行う権力者に抵抗し、兄弟達が父を救うテーマになっている。 -->参考「秦の始皇帝と十人兄弟

 一方、若者が不思議な船に個性的な超人たちを乗せて冒険の旅をするといえば、ギリシア神話のアルゴー船冒険記が名高い。

 ところで、『片跳ね男』の虱を取ってやった挙句 銃で撃たれてしまったトロルが、登場が唐突で、かつ、なにやら可哀想な気さえするが、多分、「美しい女に化けて『片跳ね男』を膝枕し、眠り込ませていた」などというエピソードが忘れ去られて省略されているのではないだろうか。



参考 -->「世界を股にかける六人男」「ヴィラたち、馬に黍畑を食べさせる」[灰坊]



三人の従者  チェコスロバキア

 もう、ずっと昔のこと。ある国に老いた王様がいた。王様の望みはたった一つ。一人息子の王子に一日も早くお妃を見つけてやることだけだった。ある日、王様は息子を呼ぶと話し始めた。

「王子よ、よく熟れた果実は必ず地に落ちる。来年、再び美味しい実をつけるためにな。わしも、もうそうは長くあるまい。わしがまだ生きているうちに、わしにとっては義娘むすめに、そなたにとっては妃になる人を見ておきたい。そなたの婚礼を急いでおくれ」

「はい、父上。私もそうしたいのですが、愛を交わした人も、それに相応しい人もおりません」

 王様は懐を探って金色の鍵を取り出すと、王子に与えた。

「城の物見の塔へ行け。その一番上の部屋の鍵がこれじゃ。その部屋にあるものをよく見て、どれがそなたの気に入ったかをわしに教えるのじゃ。さ、行け」

 王子は躊躇うことなく物見の塔へ登っていった。この塔に登るのは初めてだったし、そこに何があるのか、一度も聞いたことがなかった。

 塔を登りつめると、天井に鉄の小さな扉が付いていた。王子は金の鍵を使い、それを押し上げると中に入った。そこは円形の大広間になっていて、天井は晴れた夜空のような濃紺一色で、銀色の星が描かれてきらめいていた。床には絹で編まれた緑のじゅうたんが敷き詰められ、周囲の高い壁には金色の格子で縁取られた十二の窓が並んでいた。それぞれの窓には水晶のガラスがはめ込まれてあり、ガラスには虹の色彩で、頭に王冠を戴いた乙女が描かれていた。一つの窓に一人。それぞれが思い思いの衣装をまとい、美しさを競うようにじっと王子を見下ろしている。王子は窓から目を離せなくなった。窓の前に立つと、ガラスの中の乙女は生きているように身動きし、微笑みかけ、口を開こうとする。

 そのうち、王子は十二の窓のうち一つだけ、白いヴェールに隠されたものがあることに気がついた。それを跳ね除けて中を覗き込むと、その窓には白い衣装をまとい、銀の帯を締め、真珠の王冠をかぶった乙女が描かれていた。十二人の中で最も美しかったが、ひどく悲しそうで、まるで墓の中から彷徨い出たような青白い顔をしていた。

 王子は、長い間その乙女の前を動けないでいた。見れば見るほど、王子の心は波立ってくる。

「この乙女が欲しい。他に用はない」

 そう言った途端、その乙女は薔薇のように頬を染め、うつむいてしまった。殆ど同時に、十二人の乙女は一斉にフッと窓から消えた。

 物見の塔を降りた王子は、父王のところに戻り、一目で好きになったあの乙女のことを話した。王は難しい顔をして暫く考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「王子よ、そなたは困ったことをしてくれた。どうしてヴェールを剥ぎ取ったのだ? まあいい、済んでしまったことをとやかく言っても仕方があるまい。実はな、あの乙女は黒い魔法使いの住む鉄の城に閉じ込められておるのだ。今まで何人もの男たちが乙女を救いに行ったが、一人として戻った者はおらぬ。鉄の城で何があったか知る者も誰もおらぬ。しかし、王子よ、行くがよい。行ってそなたの妃となる乙女を救い出すのじゃ。道中、充分心してな。そなたの帰る日を待っておるぞ」

 王子は父王に別れを告げ、馬に乗って城を出た。途中、深い森に迷い込んでしまった。いくら馬を進めても、一向に森から抜けることが出来ない。

 その時、王子の背後から、いきなり声がした。

「ヘーイ、待ってくれよーー」

 振り向くと、背の高い男がドタバタと走ってくる。

「おいらを一緒に連れて行ってくださいよ。きっと役に立ちます。後悔はさせませんぜ」

 王子は尋ねた。

「お前は、何者だ? 何が出来るんだ?」

「おいらはドロウヒー。おいらは背を無限に大きく出来るんです。ほら、あそこのモミの木のてっぺん辺りに鳥の巣が見えるでしょう? あれをこれから取ってごらんにみせます」

 すると、ドロウヒーの背がずんずん伸び始めた。モミの木と同じ高さになると、そっと巣を取り、たちまち背が縮んで元の姿にかえった。

「よく分かった。しかし、鳥の巣など欲しくはない。私は道に迷ったらしい。この森から抜ける道を探してくれ」

「ヘイ、お安いご用です」

 ドロウヒーの体はまたどんどん大きくなって、森の中で一番高い松より三倍も高く伸びた。ドロウヒーは辺りを見回して、

「あそこに森から抜けられる近道がありますぜ」

と言うと、元の大きさに戻って王子の馬のくつわを取って歩き始めた。二人はたちまち森を抜け、広々とした草原に出た。行く手はるか向こうに灰色の大岩が見えていた。まるで大きな町を取り囲む外壁のようだ。

「王子様、あそこにおいらの友達が歩いています」

 ドロウヒーが草原の彼方の一角を指差してそう言った。「あの男も、お供にしたら王子様のお役に立ちますぜ」

「そうか。よし、呼んでみろ。何がやれるか見ようじゃないか」

 ドロウヒーは頭が雲に隠れるほど長くなって、二、三歩行ったかと思うと友達を肩に乗せて戻り、王子の前に降ろした。その友達はずんぐりと太り、ビヤ樽のような腹をしていた。

「お前の名は? 何が出来るのか?」

「わしはシロキーと申します。広がることなら、わしにお任せください」

「そうか、では、早速見せてくれ」

「王子様、それでは急いで森へお戻りください」

 そう言うなり、シロキーは胸いっぱいに空気を吸い込み始めた。王子は、どうして森へ戻らなければならないのか分からなかったが、ドロウヒーが死に物狂いで森へ走り出したのを見ると、馬を返して森へ走った。二人が先を争うように森に飛び込んだ途端、シロキーの腹は太鼓のように膨れ出した。やがて小山ほども膨らみ、シロキーが息を吸うのをやめ、吐き出すと、森は嵐のように揺れ動いた。すっかり吐いてしまうと、元のシロキーに戻っていた。

 王子はシロキーに言った。

「驚いたものだ、お前のような人間には滅多に会えるものではない。私と一緒に来るがいい」

 三人の旅は続いた。例の大きな岩まで来ると、岩にもたれている男がいた。何故か布で目隠しをしている。

「王子様、この男もおいらたちの仲間です」と、ドロウヒーが言った。「一緒に連れて行けば、きっと役に立ちますぜ」

 そこで王子は男に尋ねた。

「お前は誰だ? どうして目隠しをしている? それじゃ何も見えないだろうに」

「とんでもねぇ、その反対ですぜ、王子様。俺はあんまり物が見えすぎて、目隠しをしないとやっていけねぇんです。この通りに目隠しはしていますが、何か見ようとすると、全て透視してそれが見えてくる。じっと見つめると、どんなものでも焼き尽くし、しまいに粉々にしてしまう。ですから、みんなは俺のことを鋭い目の男ビストロズラッキーと呼んでいます」

 ビストロズラッキーはそう言って岩に向きを変え、目隠しを外して燃えるような視線を岩に集中した。すると、岩は八方に破片を飛ばして粉々に砕け散った。あの大岩が、たちまち砂の山に変わってしまったのだ。砂の中にピカリと光るものがある。ビストロズラッキーはその一つをつまむと、王子に差し出した。それは小さな純金の塊だった。

「ほほう、見事なものだな。これだけの力を持つ者を仲間に加えぬバカはおるまい。それでは、早速だが、お前のその素晴らしい視力で、鉄の城はまだ遠いかどうか、城の中で何が起こっているのかを見てくれないか」

「王子様、たったお一人で鉄の城へ向かうのは無謀というものですぜ。ですが、俺たち三人が一緒なら、今日中にでも城に着けます。そう、城でちょうど夕飯にすればいい頃にね。今、城では俺達のために夕飯の支度が始められています」

「鉄の城で、私の花嫁は何をしているだろうか?」

 王子が重ねて問うと、ビストロズラッキーはうたうように答えた。

鉄の格子の真後ろに

高い高い塔の中

黒い魔法使いが見張ってる

 王子はたまらなくなって、三人に向かって声を上げた。

「私の花嫁を取り戻すんだ。三人とも力を貸してくれ!」

「おう!」「任せてください」「勿論ですとも!」

 三人は力強く約束すると、王子をぐるりと取り囲むようにして鉄の城へ向かって行った。高い山を登り、深い谷を渡り、障害物があれば三人の従者が力を合わせて取り除いた。

 太陽が西の空に傾き始める頃、行く手の山は次第に低くなり、森はまばらに、岩も少なくなってきた。やがて太陽が山の端にかかりだす頃、ようやく鉄の城が見えてきて、太陽が山の後ろに隠れたとき、四人は鉄の橋を渡って城門をくぐった。太陽の光が完全に消えたとき、鉄の橋はひとりでに跳ね上がり、門もひとりでに閉じた。四人は閉じ込められたのである。

 王子は中庭で馬を止めると、辺りを見回して馬を降り、うまやにつないだ。魔法使いに何もかも見透かされているような、用意周到に待ち構えられているような、そんなザラッとした予感がした。それでも臆することなく、四人は城の中へと踏み込んだ。

 中庭でも、厩でも、広間でも、部屋でも、王子達はたくさんの騎士や貴族や召使いを見かけたけれども、誰一人として身動きしない。全て魔法で石にされた人たちだった。

 四人は沢山の部屋を通り抜け、食堂に入った。そこだけには赤々とロウソクが燃え、盛りだくさんのご馳走の載ったテーブルがあり、ちゃんと四人分がセッティングされていた。王子たちはテーブルについて暫く待ったが、誰も来る様子がないので、食べるだけ食べて飲めるだけ飲んだ。あらかた平らげてしまうと眠る場所を探した。

 ――と、いきなり激しい音を立てて扉が開き、腰の曲がった老人が入ってきた。黒い衣をまとい、頭は禿げて、灰色のあご髭を膝の辺りまで垂らし、腰には鉄のたがを三本巻きつけていた。

 この老人こそが鉄の城の主、黒い魔法使いだった。傍らには美しい乙女を伴っている。彼女は全身に純白の衣装をまとい、腰には銀色の帯を、頭には真珠の王冠をかぶっていた。しかし表情は暗く、墓場から抜け出したような青白い顔をしていた。

 王子は一目で彼女が誰なのか分かった。一歩前に出たが、何か言うより早く、黒い魔法使いが喋りだした。

「お前が何故ここへ来たのか、わしはよく知っているぞ。この娘を取り戻しに来たのであろう。よかろう、連れて帰るがいい。だが、これから三日の間、この娘を見失わなかったらじゃ。もし探し出せなかったら、お前と同じ目的でこの城に来た他の連中と同じように、三人の家来もろとも石にしてやるからな」

 黒い魔法使いは乙女を椅子に座らせると、食堂から出て行った。

 王子は乙女から目を離せなかった。見れば見るほど美しい。王子は今までの出来事を全て話して聞かせたが、乙女は返事もしなければ表情も動かさない。まるで石像と同じようだった。乙女の両の瞳は、王子も三人の家来も映してはいなかったのだ。

 乙女が消えてしまわないように、王子は側に椅子を移し、今夜は眠るまいと思った。更に念を入れて、ドウロヒーには部屋の壁にぐるりと体を巻きつけさせ、シロキーを扉の前に座らせてネズミ一匹入れないように命じ、ビストロズラッキーは部屋の中央に見張りに立たせた。

 しかし、たちまち四人ともうたた寝をはじめ、やがて泥のように眠りこけていった。

 夜が明けると、真っ先に王子が目を覚ました。王子は乙女が部屋から消えていることに気付き、真っ青になった。王子は急いで三人を叩き起こした。

「心配ご無用ですぜ、王子様」

 ビストロズラッキーはそう言って、窓の外へ鋭く視線を走らせた。

「見えました。この城から百マイルのところに森があり、森の真ん中に古い樫の木があります。樫の木の空洞うろに樫の実があります。その実こそ、あの娘さんです。

 おい、ドロウヒーよ、俺を乗せてあの森へ連れて行ってくれ。娘さんをお連れするんだ」

 ドロウヒーはすぐに背を伸ばし、ビストロズラッキーを肩に乗せて歩き出した。一歩がなんと十マイル。ビストロズラッキーがナビゲーションを務めて、小さな小屋を一回りするほどの時間も掛けずに戻ってきた。ドロウヒーは小さな樫の実を王子に渡して言った。

「王子様、その実を床に置くのです」

 王子は実を床に置いた。その途端、木の実は例の乙女に変わっていた。

 太陽が東の空から顔を覗かせ始めるころ、乱暴に扉が開いて黒い魔法使いが入ってきた。不気味な笑いを浮かべて王子を見たが、乙女が一緒にいるのに気付くと、笑いを消してわめき声を上げた。腰に巻いた鉄の箍の一つが音を立てて弾け飛んだ。黒い魔法使いは乙女の手を掴んで連れ去っていった。

 その日、他にすることもないので王子は城の内外を見て回った。しかし、どこもかしこも生きた気配はまるでなかった。広間で石にされた男がいた。男は両手に剣を握って、今にも誰かを刺そうとしていた。また別の部屋には騎士の石像があった。何かにひどく驚き、そこから逃げ出そうとしている姿だった。炉の側にはパンを食べようとしている召使いがいた。その瞬間に石になり、可哀想に、ついにパンが口に入ることはなかったのだ。

 城の中にも外にも沢山の石像があって、それが全て、あの黒い魔法使いに石にされた者だった。また、生きていたらさぞ立派だったに違いない馬の石像もたくさんあった。木はあっても一枚の葉もつけず、庭はあっても草はなく、川はあっても水を流さず、鳥のさえずりもなければ魚の影さえない。

 朝も昼も夜も、四人は素晴らしいご馳走を振舞われた。食べるそばから次々に食べ物がひとりでに運ばれ、ワインはひとりでにグラスを満たした。夕食が済むと、扉が開き、黒い魔法使いが乙女を連れて入ってきた。

 四人は今夜こそ昨夜の失敗を繰り返すまいと誓ったが、同じことだった。一人残らず眠ってしまい、朝になって王子が目を覚ますと乙女の姿は消えていた。王子は急いでビストロズラッキーを揺すり起こした。

「おい、起きるんだビストロズラッキー! 彼女の行方を捜すんだ」

 ビストロズラッキーは鋭い視線を窓の外に向けて、あちこち見回していた。

「分かりました。ここから二百マイルのところに山があります。山には岩があって、岩の中に宝石があります。その宝石こそ娘さんです。待っていてください、ドロウヒーと二人で娘さんを連れ戻してきますぜ」

ドロウヒーはビストロズラッキーを肩に乗せ、体を伸ばすと急いで山へ向かって行った。一歩が実に二十マイル。ビストロズラッキーが燃えるような視線で山を見つめると、山は跡形もなく砕け散り、岩が見えた。岩も粉々に砕けた。ドロウヒーは砂の中からピカリと光る宝石を拾い上げ、また急いで王子の元へ運んだ。王子が宝石を床に置くと、宝石は再び例の乙女になった。

 そこへ黒い魔法使いが入ってきた。乙女の姿を認めるとその瞳には凶暴な光が宿った。腰に巻きつけた鉄の箍が、また一つ音を立てて弾け飛んだ。魔法使いは何事か口の中で呟き、乙女の手を取るとひったてるように部屋の外へ出て行った。

 その日も前日と同じように過ぎ、夕食が済むと黒い魔法使いが乙女を連れて入ってきた。彼は王子の目を鋭く見つめ、冷笑して言った。

「勝つのはお前かわしか、いずれ分かるじゃろう!」

 魔法使いが出て行くと、今夜こそ何が何でも眠るまいと約束しあって、四人は椅子にさえ座らなかった。一晩中歩き回っていようというのだ。しかし、一人が眠り、二人目がうたた寝をはじめ、ついに四人とも朝まで目を覚ますことがなかった。

 あくる朝、真っ先に目を覚ました王子は、乙女の姿が見えないのを知ると叫んだ。

「ビストロズラッキー、起きてくれ! 彼女がまたいないんだ。すぐに探してくれ!」

 ビストロズラッキーは、随分長い間窓の外を見つめていた。

「ああ、王子様、遥か遠くです。ここから三百マイル彼方に黒い海があります。海の底に貝があり、貝の中に黄金の指輪があります。その指輪こそ娘さんです。でも、心配には及びませんぜ。すぐに連れて戻ります。今度はシロキーの力も借りましょう」

 ドロウヒーは左肩にシロヒーを、右肩にビストロズラッキーを乗せて、スルスルと体を伸ばすと黒い海へと歩き始めた。一歩がなんと三十マイル。

 黒い海に着くと、ビストロズラッキーの指示でドロウヒーが精一杯 腕を伸ばしたものの、海の底まで届かない。

「ちょいお待ち、わしが力を貸すぜ」

 シロキーはそう言って息を吸い込み、腹を最大に膨らませると、そのまま海端に座り込んで海の水を呑み始めた。海水はどんどん減って、ドロウヒーは簡単に貝を拾うことが出来た。貝をこじ開けて黄金の指輪を取り出し、二人の仲間を肩に乗せ、王子の許へ急いだ。

 ところが、海水を呑んだシロキーが一緒なので、重くて早く走れない。途中で深い谷にシロキーを降ろした。シロキーが海水を吐き出すと、深い谷は水でいっぱいになった。シロキーをその場に残して、二人は道を急いだ。

 一方、城では王子がイライラしながら三人の帰りを待っていた。既に太陽は西へ傾きかけているのに、三人が帰ってくる様子はない。

 太陽が沈みきった時、凄まじい音と共に扉が開いて、黒い魔法使いが入ってきた。乙女の姿が見えないのを確認するとニタリと薄気味悪く笑い、更に一歩、部屋に踏み込んできた。

 その瞬間、窓から黄金の指輪が飛び込んできて床に転がった。瞬き一つの後に、そこには乙女が立っていた。全てを見ていたビストロズラッキーと、急ぎに急いだドロウヒーが、ギリギリで投げ込んだのだ。

 黒い魔法使いは、城が揺れるほどの雄たけびを上げた。腰に巻いた三つ目の箍が弾け飛んだ時、彼は一羽のカラスになって窓から飛び去っていった。

「ありがとうございます、王子様。わたくしは救われました」

 王子は、乙女の表情が甦って、口を開いて頭を下げるのを見た。その頬は薔薇色に染まっていた。

 城の中も外も、全ての命あるものが息を吹き返した。剣で誰かを突き刺そうとしていた男の剣は空を切った。男はホッとしたように剣を鞘に納めた。逃げようとしていた騎士は勢い余って床に転び、鼻を嫌というほどぶっつけた。炉の側でパンを食べようとしていた召使いは、美味しそうにほおばった。石にされていた全ての人が生き返ったのだ。城の周りでは、木が長い冬から解放されたかのように葉をつけ始め、庭には一斉に草花が萌え開き、空の高みでひばりが歌い、川はサラサラと流れて小魚の群れが影を落とした。どこもかしこも生き生きと甦り、どこもかしこも楽しさに満ち溢れていた。

 人々は王子の許につめかけ、口々に礼を言った。王子は答えた。

「私に礼など無用のことです。三人の家来がいなかったら、私も皆さんのように石にされていたに違いないのですから」

 

 こうして、王子は美しい花嫁を連れて、三人の家来と共に故郷に帰ってきた。魔法を解かれた人々も、みんなその後に従っていた。

 老いた父王は息子の帰還を見て涙を流して喜んだ。殆ど絶望的だと考えていたのだ。すぐに婚礼と即位の準備が始められ、お祝いは二十一日間に及んだ。

 式が終わると、三人の家来は若い王の前に進み出てこう言った。

「王様、おいらたちはまた旅に出て仕事を見つけなくてはいけません」

「何を言うのだ。どこへも行かず、ずっとこの城に留まってくれ。そなたたちに、生涯困らぬような全てのものを与えよう。何も旅をして仕事を探す必要はあるまい」

 しかし、三人には安楽の人生など論外だった。王様から永遠の暇をもらい、どこへともなく旅立っていった。

 今でも、三人は世界のどこかを旅しているに違いない。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹國弘訳編 恒文社 1980.

※三人の従者が何故進んで王子の供になったかは説明されていない。必要な時に自ら現れ、成し遂げると自ら消え去ってしまう、あたかも神の使いとして現れたかのごとき彼らは、日本の「雉の子太郎」の従者達を思い出させる。

 黒い魔法使いは、銀のベルトの乙女を誘拐した魔物であるようにも思えるし、娘の婿候補に無理難題を与える、娘を溺愛し束縛する父親のようにも思える。実際、『グリム童話』の類話「六人の家来」(KHM134)で主人公に難題を課すのは、乙女の実母の魔女になっている。

 黒い魔法使いが最後にカラスになって飛び去るのは、彼の魂が飛び去った――《死》の比喩である。




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