世界の始まり

 遠い昔、天は地に地は天に互いにくっ付いて、混じり合っておりました。やがて甑餅の層ががれるようにペロリと天地が離れますと、天からは青い露が降り、地からは黒い霧が湧き出し、露霧つゆきりは合水して万物が生じます。東には青い雲が、西には白い雲が、南には赤い雲が、北には黒い雲が、中央には黄色い雲が漂っています。巨大な天皇鶏が頭をもたげ、地皇鶏が翼を広げ、人皇鶏が尾を振って、朝を報せるように鳴き声をあげますと、闇は払われ、天地開闢となりました。

 青々として清い天は層のように重なった神々の世界を作り、地には人間が湧いて、山が起き、川が流れ、海が現れます。

 ところが、そのころの天には太陽が二つ、月も二つありました。原初の神(青衣童子/盤古)の額と後頭部に二つずつあった眼が変わったものだとも言いますし、天帝(天地王/地府王)が送り出したものだとも言われます。

 太陽と月のおかげで世界は照らされ、夜と昼が出来、東西南北の区別も付くようになったのですが、二つずつは多すぎました。世界の全ての生き物は、昼には焼け枯れて死に、夜には凍えて死ぬ、砂漠に住んでいるかのような苦しみを味わっていました。




大星王と小星王〜太陽を射る

 そんな頃、地上に大星王テビョルワン(先門)と小星王ソビョルワン(後門)という双子の少年が住んでいました。二人には父親がいません。十五歳になると、兄の大星王は母(梅花園夫人/白珠老婆の娘/パク王の娘・パジ王)に尋ねました。

「私の父は何処いずこにおられますか」

「あなたの父は人間ではありません。天におられる神、天地王(天下宮堂七星/天主王)なのです。

 その昔、天地王は地上に降臨されて、我家で歓待を受けました。この時の一夜の交わりで生まれたのが、お前たち二人なのですよ」

 ガーン! パパは神様ですか。しかし、大星王は冷静です。それとも、あまりにアレな話なので慎重になったのでしょうか。

「その証拠はあるんですか」

 すると、母は三つに折れた櫛と、筆一本と、糸一尋ひとひろ、夕顔の種三粒を出してきました。ワケがわかりません。

「これで一体どうせよと仰られるのです?」

「正月初亥の日に夕顔の種をまくと、夕顔のつるが天界まで伸びていきます。それを伝って天まで昇っておいきなさい。きっと父に逢えることでしょう」

 そこで、兄弟は言われた日に夕顔の種をまきました。すると本当につるが伸びたので上って行くと、天界に着き、父に逢うことができました。姓名を名乗って証拠の品を見せますと、うむ、確かに我が子である、と認められます。

「ところで、最近の地上の様子はどうだね」

「はい、この世には太陽が二つ、月も二つあるために、昼には日光で人が焼け死に、夜には月光で人が凍死しております」

「そうか……。では、これを授けよう」

 父は千斤(600kg)もあるような鉄の弓矢を持ってこさせました。そしてそれを渡しながら、

「これで太陽を一つ、月を一つ射落とすのだ」

と命じたのです。

 一説によれば、この天地王こそが二つずつの太陽と月を送り出した張本人なわけですが、ようやくマズかったコトに気付いたようですね。

 さておき、こんな重い弓、こわい弓を、一体誰が使えるでしょうか。これは、神の子である大星・小星兄弟にしかできないことでした。大星王は二つの太陽のうち、後ろから来る方を射ました。すると、それは東海にキラキラと昇る東山明星に変わりました。小星王は二つの月のうち、後ろから来る方を射ました。すると、それは西海にキラキラと沈む朧星おぼろぼしに変わりました。また、南に老人星、北には北斗七星、牽牛星、織女星、星座のメインである二十八宿などが現れて、夜空に煌き、配置されました。

 こうして「自然の秩序」が完成し、地上の生き物は毎日毎晩の苦しみから解放されて、安心して暮らせるようになったのです。




大星王と小星王〜花咲かせ競争

 天地王は息子たちの仕事に満足し、自分の領地を分け与えることに決めました。

「兄の大星王はこの世を、弟の小星王はあの世を治めるがいい」

 けれども、小星王はこの言いつけが不満でした。どうして僕があの世なんかへ行かなくちゃならないんだろう。僕だってこの世を治めたいのに。そこで、兄に知恵比べを挑みました。もしも兄が答えられなかったなら、この世は自分に譲るべきだ、と言うのです。

 一年中青々と葉の茂るのは、どんな木か?

 岡の上の草は茂らず、谷間の草はよく茂るのは何故か?

 人の頭の毛は長いが脚の毛は短いのは何故か?

 大星王は、これらの問いを全て見事に解きました。それでも、小星王は諦め切れません。

「じゃあ、花咲かせ競争をしよう。それぞれの側に花のつぼみを挿した花瓶を置いて眠って、あくる朝に花が咲いていた方がこの世の主だ」

 そこで、二人は花瓶を置いて寝ました。ところが、小星王が夜中に眼を覚ますと、兄の花瓶に花が咲いています。

(なんてことだ! でも、今なら誰も見ていない……)

 どうしてもこの世が欲しかった小星王は、こっそりと花を入れ替えてしまいました。

「さあ、僕のほうに花が咲いたよ。この世は僕のものだ!」

 朝になると、小星王は勝ち誇って言いました。大星王は逆らいませんでしたが、自分が治めることになったあの世に立ち去りながら、ただ、こう言いました。

「お前は嘘をついてこの世を手に入れた。だから、この世は混乱することになるだろう」

 果たして、獣や植物が人語を話しはじめ、鬼神ゆうれいと人間の区別がつかなくなり、自然の秩序が再び崩れて、この世は大いに混乱しました。一説によれば、太陽と月が二つずつになったのはこの時だったと言われています。

 小星王はこの混乱を鎮めることが出来ず、大星王(または、大星王の遣わした者たち)が余分な太陽と月を射落とし、松皮や胡椒の粉を撒き散らして獣や植物の舌を痺れさせて言葉を奪い、体重を量って鬼神と人間を区別する仕事を成しました。けれども細かい整備は行われなかったので、今でもこの世には嘘がはびこり、混乱が続いているのです。




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 朝鮮半島(韓半島)の創世神話は、古い時代に文献にまとめられることがなく、巫女たちの口伝えの巫歌ムーガによって伝えられてきました。概ね似たような物語を伝えていますが、それぞれ異なる部分も多く、これが決定版、というものはありません。
 ねえねえ、この大星王と小星王の花咲かせ競争の話って、沖縄地方の神話とそっくりだね。
 はい。そちらで紹介していますように、朝鮮半島(韓半島)に伝わるこのタイプの神話には主人公が弥勒と釈迦になっているものがあり、その類話はブリヤート族や沖縄地方にも存在しています。
 主人公が弥勒と釈迦でないものなら、もっと他にも見出すことが出来ますね。
 この神話は、朝鮮半島(韓半島)を通って沖縄地方に伝わってきたのかなぁ。
 それは分かりませんが……。沖縄・朝鮮半島(韓半島)双方で、この話に続けてバッタが火をこの世にもたらしたエピソードが語られていますし、そう遠く離れたものではないのは確かなようですね。
 大星王と小星王って、太陽と月を射落としちゃうんだけど、なんとなーく、自分たち自身が太陽と月の化身だって感じ。「大きな星」は太陽で、「小さな星」は月だとか。
 そうですね。大星王たちは天に昇って父王に逢いますが、同じようなタイプの伝承は世界中に見られて、「太陽の子」と呼ばれていますよ。
 天のお父さんは、太陽の神様なんだね。
 朝鮮半島(韓半島)の創世神話は、この他にも異なるタイプのものが幾つか存在します。折角なので、幾つか簡単に紹介してみましょう。

1. 世界の始まりに弥勒が誕生し、くっついていた天地を引き剥がして四隅に銅の柱を建てた。弥勒は二つずつの日月を一つずつにし、星辰を作り、衣服を作った。天から五匹の虫が金銀のお盆に落ちてきて、それが人間の祖となった。
 この後、釈迦が出現し、この世を奪おうと弥勒に三つの勝負を挑んだ。最後の花咲かせ競争のとき、釈迦は自分と弥勒の花を摩り替えて勝ち、弥勒は「釈迦の世は混乱した末世になる」と予言して去った。
 果たして、三千人とてもたくさんの僧と一千人たくさんの居士が出現した。かつて世界に火はなく、生のものを大量に食べていたのだが、ハツカネズミから発火法を教わって、火を通したものを食べるようになっていた。釈迦は焼いた鹿の串肉を三千人の僧に食べさせた。すると、僧たちは死んでしまった。(火による調理――文明を知ることにより、人間は死すべき存在になった。なお、鹿は死と再生を象徴する獣。)ただ二人の僧だけは肉を食べなかったので死ななかったが、やがて死んで松と岩に変わった。(文明を拒否した者は不変の命を得たが、自然物に戻ってしまった。)

2. かつて、世界は鳥が人語を喋り草木が歩き、馬の頭に角が生え牛の首にたてがみが生えるような、秩序のない混沌世界であった。やがて自然に天地が剥がれて天地開闢し、弥勒は鴨緑アプノク山の黄土をこねて人間の男女を作った。
 ところが、弥勒の世を奪おうと釈迦が侵入してきた。聖人の碁、将棋、作った石船での舟遊びの三つの勝負を挑んだが、弥勒に勝つことができない。最後に山菊の花咲かせ競争をして、眠っている間に弥勒の花を奪って勝利し、この世の支配権を獲得した。弥勒はこの世の混乱を予言して去った。
 果たして二つずつの日月が出現し、人々は昼に焼け死に夜に凍え死ぬ。釈迦は日月の整備を仏様に頼むため、西天国へ出発する。その道中で鹿の肉を噛んで水、空、陸に吐き出すと、魚、鳥、獣が出現したのだった。
 釈迦は日月を整備して星を作ったが、今でもこの世の罪悪は続いている。

3. 昔、この世は見渡す限りの泥の海だった。あるとき、天の姫君の指輪が転げ落ち、泥の海に沈んだ。天帝は一人の大将を呼び、指輪探しを命じた。大将は泥の海をかき回し、泥を投げ、ひっかいた。やがて泥はその形に固まって大地となり、山や川や海が現れた。
 へぇえ、最後の泥を引っ掻き回す話は、アイヌの神話にそっくりだね。
 この他にも、洗濯女が浮島を根付いた大地に変える話、移動中の巨人が疲れて水を飲み、飲みすぎて下痢をして、その便が山脈になったと語る話などもあります。


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