ある人の三番目の子供について、
「この子は、馬に打ち殺されるだろう」
それで、その人はいつも気をつけて馬を避けていたが、ある時、馬を避けたことから聖ゲオルギウスの像が倒れ掛かってきて、それに潰されて死んだ。その像は聖ゲオルギウスの騎馬像だった。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
お金持ちのトルコ人がいました。旅の途中で雨に降られて、一軒の家に泊めてもらいましたが、その家はとても賑やかでした。何故って、ちょうど男の子が生まれたところだったからです。
その夜のこと、トルコ人はふと目を覚ましました。三人の女の話し声が聞こえてきます。――ああ、これは
「この子は、大きくなったらここにいるトルコ人の遺産を継ぐだろう」
「この子は、溺れて死ぬだろう」
「この子は、結婚式の日に狼に食われて死ぬだろう」
意見がまとまらなかったので、女神たちはウリス(上位の運命の女神?)を呼び寄せました。ウリスは言いました。
「三番目の予言が当たることになるだろう」
そして、女神たちは消えました。
トルコ人は、なんという残酷な運命だろうかと深く同情しました。この子をどうにか守ってやらねばなるまいと思い、名付け親(後見人)になりました。やがて子供が若者になると、花嫁を探してやりました。
さて、トルコ人は女神の予言を忘れてはいませんでした。危険な一日をやり過ごすために、特別に納屋を建てて、中に何もいないことをよく確認してから若者と花嫁を入れました。ロウソクを点けて、二人で初夜を過ごしなさい、と。
夫婦だけになったとき、ロウソクからひとしずくロウが流れました。途端にそれは膨れ上がり、一匹の狼になったかと思うと、若者に飛び掛って食い尽くしてしまいました。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※狼に食われると予言される話群では、大抵、狼は「変身」によって現れる。この話のようにロウソクが変化したり、摘んだ花が変化したり、たまたま招き入れた女性や猫が変身したりする。
ロウソクから狼が飛び出すモチーフはずいぶん唐突に思えるが、これは消されれば死ぬ「命のロウソク」のイメージが混入しているのかもしれない。人狼がロウソクの芯を抜くことで死の運命を成就させる話もある。もっとも、柔らかいロウで人形を作ることが出来るから、「動物の形をした像が死の原因になる」というモチーフの変形なのかもしれないが。
狼による死の予言の話は、シベリアのブリヤート族にもあるそうだ。そこでも、たまたま車に乗せた娘が狼に変身する。
昔、一人の領主が召使いを連れて国中を旅していました。彼らは一人の種まき男と知り合いになりましたが、彼は預言者でもありました。領主は、召使いに命じました。
「あの種まき男のところへ行って、こう尋ねるのだ。
『お前は運命を見渡せると言う。では、領主のわしはどんな死に方をし、種まきのお前はどんな死を迎えるのか?』と」
召使いは出かけていって尋ねました。すると、種まき男は言いました。
「あなたの主人は狼に食われるでしょう。私は、災難に見舞われることになるでしょう」
召使いは意気消沈して帰り、領主にこのことを伝えました。
領主は、堅固な石の城を築きました。これなら狼は入ってこれないでしょう。そうして、その中で心安らかに暮らしていましたが、ある日のこと、城の外の川で二人の王女が水浴びしながら泣いているのに気が付きました。領主は召使いをやって訊きました。
「何故、泣いているのですか」
「どうして泣かないでおれましょう、私たちは狼に食べられてしまいそうなのですから。どこへ逃げたらいいのでしょう?」
それを聞くと、領主は王女たちに同情しました。自分と似た境遇ですし、何より王女たちは美しかったですから。
領主は門を開き、王女たちを城の中にかくまいました。その晩、二人は安心して床に就いたのです。
翌朝になって、召使いはいつものように領主の寝室の扉を開きました。すると、中から二匹の狼がさっと走り出ました。王女たちが狼に変身したのです。領主は食い尽くされ、骨が一本残っていただけでした。
さて、あの種まき男の方はどうなったのでしょうか。彼は、森に出かけたとき倒木の下敷きになって死にました。思いがけない災難に遭ったのです。このようにして予言は成就されたのでした。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※以上の類話では、ぼかされているが、領主の寝室から狼が出てきたのだから、つまり領主と王女たちは同じベッドで夜を迎えたということになる。王女たちもまた、「狼に食われた」と言っていいかもしれない。領主の方は、油断してきれいどころを寝室に引き入れたため、寝首をかかれたわけである。
初夜に、花嫁か花婿が相手に「食い殺される」というモチーフもよく見かけるものだが、性的関係を結ぶことに関する根源的な恐怖の表れなのだろうか。花婿が怪物だった、女性の膣(口)から蛇が出て噛み殺される、女性の膣に歯があって噛み千切られるなど。
ところで、『日本霊異記』にこんな話がある。
聖武天皇の御代、奇妙な歌が流行した。
(あなたを嫁に欲しいのは誰、菴知のこっちの(あっちこっち探して見つけた)万の娘よ。南無南無や、仙人が酒を一石も飲んで説法をし、山の知識のあまりに、あまりに……)
大和国十市郡菴知村の東に鏡作造という姓の富家があり、実際に万の子という美人の娘がいた。多くの求婚を断わり続けていたが、車三台に絹布を積んで持ってきた男と結婚した。大金持ちだと思ったからだ。
その晩、夜中に「痛い」と三度声がしたが、家人は初夜だからと放っておいた。
翌朝、両親が部屋を開けてみると、花婿はおらず、娘は喰い殺されて頭と指一本だけになっていた。男が持ってきた絹布は獣骨に、車はぐみの木に変わっており、人々はあの歌はこの前兆であったかと不思議がった。ある者は神の仕業と言い、ある者は鬼が喰ったと言ったが、恐らくは娘と男は前世の仇敵だったのだろう。
※この話はラトビアの例とはかなり違った雰囲気になっているが、最初に運命が示唆されること、初夜の晩に結婚相手が怪物(?)に変じて食い殺され、翌朝家人が部屋に行くと体の一部しか残っていないことなど、話の構成はよく似ている。元は同じ話型に属していた話なのではないだろうか?
昔、神と女神ライマはいつも連れ立って地上を散歩していました。ですから、人間は神と女神に会うことが出来たのです。
ある時、バルバラという少女が神に出会い、「夫が欲しい」と願いました。神は言いました。
「わしに出来るのは、健康を授けることだけじゃ。お前に夫を与えられるのはライマの他にはいないんじゃよ。予言が聞きたければ、わしに付いて来るがいい」
神はライマの家に行き、バルバラを控えの間に待たせると、酔ったふりをして奥に入っていきました。
「まぁ神様、一体どこでそんなに飲んできたんですか?」
「バルバラの結婚式でじゃよ」
「あら、おかしいですね。私はバルバラの結婚を定めませんでしたよ。あの子は処女のまま年を取って、狼に食べられる定めなのです」
その後、神はバルバラのところに戻って、「聞いたじゃろう? きっとそのようになるじゃろう」と言いました。
家に帰ってから、バルバラは兄に泣きつきました。
「兄さん、私を牧草地に連れて行かないで! 狼に食べられるから」
兄は妹の言うことを信じ、バルバラは屋敷から一歩も出ないまま時を過ごして、やがて死にました。ところが、彼女の墓を数匹の狼が掘り返して、そのなきがらをすっかり食い尽くしてしまったのでした。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※女神ライマはバルト地方の運命の女神。多くの神話で語られているように、たとえ神であっても運命の女神の定めには関与できない。
ある王に一人息子がいました。この王子が産まれたとき、居合わせた白装束の男たちが、未来をこう予言しました。
「この子は短くしか生きられないだろう。結婚式の日に、一匹の虎がこの子をさらいに来ることになっているから」
そこで、両親は息子を決して森へ入らせず、狩りにも行かせず、一人きりにすることさえありませんでした。やがて結婚が決まると、息子の住む砦を作りました。
結婚式は華々しく執り行われました。息子は妻と一緒に
「予言者が、ボクは結婚式の日に虎にさらわれると予言したんだよ。でも、運良く逃れられたみたいだね」
応えて、妻が言いました。
「あなたは虎がとても怖いのね? 臆病者はイヤよ」
「ボクは虎がどんな姿をしているかさえ知らないんだ。どうして怖がるはずがある?」
「まぁ、見たことも無いの。一度くらい虎の姿を見たくない?」
「君に出来るなら、見せてくれてもいいよ」
そこで、妻は持っていたケーキ用のこね粉の残りで虎の人形を作り、駕籠の中で夫に見せました。その途端、人形は本物の虎に変わり、若者を捕まえて駕籠から飛び出すと、森の中で食い殺してしまったのでした。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※西欧には人狼の伝説があるが、中国周辺には同じく虎人の伝説がある。狼と虎は入れ替え可能のモノである。
昔、ある王夫婦に九人の息子と一人の娘がいました。その娘が生まれて三日目の夜に、
「この娘は、蛇に噛まれた傷が元で死ぬだろう」
王妃と九人の息子たちは、この言葉を聞いて嘆き、王に言いました。
「厚い壁の部屋を作らせてください。この子をそこに隠せば、死から守ることが出来ましょう。私たちが交代で部屋にいて、見張りをしますから」
兄たちに守られて成長して、王女は花嫁になる日を迎えました。花婿がぶどうをひとかご花嫁に送りましたので、花嫁はそのひと房を手に取りました。ところが、この房には一匹の小さな蛇が潜んでいたのです。花嫁は手を噛まれ、予言どおり、この傷が元で命を失ったのでした。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※ほぼ同じ話で、ぶどうに潜んでいた「蚊」に殺される話もある(セルビア、クロアチア)。日本の産神問答で、虻や蜂やノミのために死ぬ話群があることを思い出す。
ある男が、
「□月○日の×時、屋敷の中で、お前は一匹の黒い蛇に噛まれて死ぬだろう」
運命の日、男は屋敷中を掃除させて、黒い蛇が入ってこないように見張った。それから男が部屋に入ると焼け焦げた木切れがあったので、それを踏みつけたところが、そのまま死んでしまった。木切れに見えたのは、空から落ちてきた黒い蛇だった。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※空から落ちてきた焼け焦げた木切れ=蛇なのは なんだか意味不明な感じだが、それは次の「蛇に殺される3」を読めば解決するだろう。
金持ちの男に九人の娘がいた。けれども息子が一人もいなかったので、男は「こんど生む子が男でなければ殺す」と脅して、喪の印として家中黒く塗りたくった。妻は出産直前に娘と山に逃げ、そこで男の子を産んだ。一番上の娘が薪を探しに行くと、
「この子は、結婚式の日に二十歳で死ぬだろう」
弟が二十歳になって結婚しようとしたとき、姉は羊の長靴をはいて男に変装して、花嫁を迎えに行く花婿のお供に加わった。途中で休憩して長靴を脱いだ瞬間、姉は弟の上に落ちようとしている蛇を見つけた。蛇を捕らえて長靴に入れ、弟には馬車に隠れているように言って、火の中に投じた。ところが、蛇が断末魔の悲鳴を上げ始めたとき、弟はもう助かったと思って馬車の戸を開けてしまった。焼けている蛇は弟に飛び掛って額を噛み、たちまち弟は死んだ。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
※ここでは運命の回避に失敗しているが、成功する類話、成功はするが姉自身が犠牲になる類話もある。
参考--> 「蛇に殺される運の回避」「姉の献身」
王が
「この子は、結婚式の後に蛇に噛まれて死ぬだろう」
王は、息子を強運を持つ少女と結婚させた。この少女は苦労も無く八十歳まで生きると定められていた。
結婚の日、王は息子に忠告した。
「夜、お前は壁の側に寄らないようにしなさい。蛇が一匹、壁から現れるかもしれないから」
王子は父の忠告に従ったが、夜になると本当に壁から一匹の蛇が現れて、花婿を押しつぶしてしまった。
参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.
昔、ある相撲取りに易者が言いました。「あなたは、明日の十二時までにノミに食われて死ぬだろう」
運命の日、相撲取りは家から出ないで、敷居を枕にして寝ていました。ところが、梁の上から
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
※虫のノミと工具の
熊本県にも同じモチーフの話がある。
ある男が山に泊まっていると、産神が来て谷の向こうの神と問答を始める。
「男が産まれた、○日にノミに食われて死ぬ」と。
男が帰ると自分の息子が産まれていたので、ノミに食われないように気をつけていたが、大工が置き忘れていった
参考-->[刃物による死]
※虎に殺されると予言された男が、虎の像に打ち殺される話が、インドネシアにある。