キュロスの誕生  ギリシア 『歴史』

 メディア王アステュアゲスは、奇妙な夢を見た。娘のマンダネが膨大な量のおねしょをして、メディアの首都エクバタナを水浸しにし、更にはアジア全体を覆いつくしてしまうという夢だった。王からこの話を聞かされた夢占い師たちは、この夢は王に不吉なことが起こる前兆に違いないと言った。

 自分の地位を娘におびやかされることを恐れた王は、娘が成人するとメディア人の貴族ではなく、当時は卑しい地位にあったペルシア人の、しかも名もない男のもとに嫁がせた。マンダネが結婚してから一年たってお腹に子供ができると、アステュアゲス王はまたも不思議な夢を見た。今度は、マンダネの股の間から芽生えたブドウの木が見る間に大きな枝を広げて、アジア全体を覆いつくすという夢だった。夢占い師たちは、この夢はマンダネの生む子によってアステュアゲスが王座を追われる前兆であると告げた。そこで、王は生まれてくる子を殺すことにした。

 

 子供が生まれると、王は一番信用していた家来のハルパゴスに命じた。

「ハルパゴスよ、心して聞け。万が一にもわしのこの言いつけを破るようなことがあれば、あとできっと後悔することになるぞ。お前はマンダネが生んだ子を家に持ち帰って殺すのだ。埋葬はおまえに任せる」

 子供は死に装束に飾られてハルパゴスの手に渡された。ハルパゴスは泣きながら自分の家に帰り、妻に王の命をありのままに打ち明けた。

「それであなたはどうなさるおつもりですか」と妻に聞かれると、ハルパゴスは言った。

「まさか、言い付け通りになどするものか。わたしは人殺しの奉公などするつもりは毛頭ない。

 そのうえ、もしこのまま王が男の世継ぎなしに亡くなったら、マンダネ様が王座を継ぐことになる。その時のわたしの立場はどうなる。女王の子を殺したとなると只では済まない。しかし、このままでは今度はわたしが王に殺されるかもしれない。ここは、王家の召使いに この子の処分を任せるしかあるまいよ」

 ハルパゴスは王の牛飼いのうち、最も山奥に住んでいる男を選んで呼び出した。山奥には獣がうようよいて、子供を捨てるには最適だと思われたからだ。ハルパゴスは牛飼いに言った。

「この子を荒れ果てた山中に捨てて殺すようにと王は命じられた。もし言い付けどおりにせず、この子の命を助けるようなことがあれば、お前には恐ろしい罰が待っている。ちゃんと捨てたかどうかは、わたしが確かめる」

 牛飼いは子供を受け取ると、急いで家に帰った。何故なら、ちょうど彼の妻が出産をしていたからだ。帰ると、彼は妻に言った。

「街ではえらいことが起きているぞ。ハルパゴス様のお屋敷に着くと、家中から泣き声が聞こえてくるんだ。何事かと驚きながら中に入ると、キラキラ金色に光る綺麗な産着を着た赤ん坊が泣き声を立てている。ハルパゴス様はオレの顔を見ると、すぐにこの子を運び出して山の中の獣がいっぱいいる所に捨ててこいとお命じになった。『これは王様のご命令だ、もし言いつけを破ったりしたらひどい目に遭うぞ』と仰るのだ。

 オレはその子が誰の子か見当もつかなかったが、赤ん坊を受け取って外へ出た。だが、家中の者が人目をはばからずに泣いているのでおかしいとは思ったんだ。外へ出るとすぐに、赤ん坊を渡してくれた召使いが後からついてきて、町の外まで歩きながら何もかも教えてくれたよ。男が言うには、なんと赤ん坊はアステュアゲス王のお姫さまのマンダネ様とカンビセス様との間に生まれた子で、それを王様は殺せと仰ったというのだ。ほら、それがこの子だ」

 牛飼いは箱の蓋を開けて赤ん坊を妻に見せた。妻はまるまるとした赤ん坊を見ると、泣きながら夫の膝に抱きついて、どうかこの子を捨てないで、と懇願した。

「ハルパゴス様の見張りが確かめに来るから、それは無理だ。言われたとおりにしないと恐ろしい目に遭うぞ」

「赤ん坊はどうしても捨てて、死んだところを見せないといけないのね。なら、こうしてちょうだい。

 実は、今日生んだ私たちの子供は、死産だったの。ねえ、あなたはこの死産の子を捨てて、見張りに見せてちょうだい。そして、マンダネ様の子を私たちの子供として育てましょう。これなら王様の言い付けに従わなくても分かりはしないわ。私たちの子は王族のように葬ってもらえるし、生きている子は死なずにすむのよ」

 妻の言葉をもっともだと思った牛飼いは、早速その通りにした。死産の子が王家の豪華な産着でくるまれて山に捨てられ、王家の赤ん坊を自分の子として育てたのだ。

 

 赤ん坊はキュロスと名づけられ、十歳になると子供たちの遊びで王に選ばれるほどになった。しかし、傲慢な貴族の子と争ったことがきっかけで、彼の存在はアステュアゲス王に知られるところとなった。

 王は死んだはずの孫が生きていることを知って、ハルパゴスに対して強く怒った。王はハルパゴスを呼び出し、しかし本心は隠して、「実は孫を殺したことを後悔していたので、生きていることを知って喜んでいる」と言った。そして祝宴を開くから是非出席してくれ、また、ハルパゴスの一人息子を自分の孫に引き合わせたいから宮殿によこすようにと命じた。

 ハルパゴスは事態がいい方向に転んだと思い、喜び勇んで帰宅した。すぐに一人息子を宮殿に向かわせ、妻にはそのことを喜びいっぱいに話して聞かせた。

 一方、ハルパゴスの息子が宮殿に到着するなり、王はその子を殺した。その体を八つ裂きにし、肉料理を作らせた。そして、その料理を宴会でハルパゴスに食べさせたのだ。ハルパゴスがたらふく食べた頃を見計らって、王は訊いた。

「うまかったか」

「はい、おいしゅうございました」

 王は取りのけてあった子供の手足と頭を出して見せ、言った。

「おまえは、自分が何の肉を食べたのか分かるか」

 ハルパゴスは顔色一つ変えずに、「よく分かりました。わたくしは王のなさることに対して何の異存もございません」とだけ言って、息子の遺骸を持って家へ帰った。しかし、この一件で彼の心が完全にアステュアゲス王から離れたことは、疑いようがなかった。

 

 王は孫が生きていたことの吉凶を再び夢占い師たちに占わせたが、占い師たちはキュロスが子供たちの間で《王》として立派な擬似政治をしているのを見て、これで予言は成就された、もうアステュアゲス王に危険は及ばないだろう、と結論付け、王を安堵させた。――それは、実は間違いだったのだが。

 キュロスは赦され、本当の両親の家に戻されることになった。けれども、キュロスが生みの親たちに語るのは、育ての母のキュノーへの賛辞ばかりだった。今の今まで、彼は自分が本当に牛飼いの子だと思っていたのだ。

 

 キュロスが成長すると、ハルパゴスはアステュアゲス王に対する反乱を促す密書をウサギの腹に縫い込んで、キュロスに送った。キュロスは虐げられていたペルシア人たちのために立ち上がり、彼らを率いて蜂起した。アステュアゲス王は反乱の報を聞くと、何も疑わずにハルパゴスに軍を任せた。その結果、メディア軍の大半がペルシア軍に寝返り、メディア軍は崩壊した。

 王は役立たずの夢占い師たちを磔にし、自ら剣を取って戦ったが、結局キュロスに捕らえられ、王から奴隷の身に転落したのだった。

 こうして、予言は成就されたのだ。

※ヘロドトスが『歴史』に書いたエピソード。似た話は数多く見出すことが出来る。たとえば、メソポタミア神話の英雄ギルガメシュも、同様の出生のエピソードを持つようだ。

 塔に閉じ込められた母から生まれたギルガメシュは、捨てられて鷲に運ばれ、庭師に拾われて育てられる。成長して後、彼は祖父を倒して王位を奪い、予言を成就させる。ギリシア神話にも数多くある。天王神クロノスは父ウラノスに「お前は我が子に玉座を奪われる」と予言され、産まれた自分の子を全て飲み込む。逃れえた末子ゼウスが、成長して後、予言どおり父を倒して王位を奪う。

 

 マンダネの尿で世界が浸ってしまうだとか、股の間からぶどうの木が伸びるという予知夢のモチーフは、日本の藤原鎌足の出生の伝承によく似ている。『多武峰縁起』や『神明鏡』に、鎌足の母がある夜、自分の玉門から藤が生え出て日本中にはびこって花を咲かせた夢を見、後に懐妊して鎌足を生んだ、とある。

 また、『編年通録』の高麗の始祖伝説によれば、松嶽郡の長の弟・宝育ポユは、鵠嶺に登って南に小便して三韓の山川に尿が溢れ、銀海に変わった夢を見、「大人物を生むだろう」と予言される。彼は二人の娘を生み、上の娘が五冠山の頂から小便をして尿が天下に溢れるという夢を見る。妹の辰義チンウイはその夢を錦織の上衣で買い取り、後に唐の粛宗皇帝との間に作帝建(高麗の太祖の祖父)を産んだ。



参考--> 雑学考[クリスマスの話]



オイディプス  ギリシア神話

 テーバイの王ラーイオスは、『己の息子に殺されるだろう。その子は家庭の崩壊の原因になるだろう』というアポロン神の神託を受けた。というのも、若き日に彼がピーサ王ペロプスの息子クリューシッポスに恋し、受け入れてもらえなかったので連れ去って殺したためであった。死に際し、クリューシッポスは大神ゼウスに呪いの成就を祈った。ラーイオスが将来、己の息子に殺されるように、と。

 神託を受けてラーイオスは身を慎んでいたが、あるとき酒に酔って妃と交わってしまい、息子が生まれた。ラーイオスはすぐさまその子を殺すように命じたが、妃のイオカステーはそれにしのびず、赤ん坊をキタイローンの山奥に捨ててくるように家臣の一人に命じた。そこは隣国コリントスとの国境だった。捨てられた子はコリントス王ポリュボスの狩人に拾われ、子供の無かった王妃メロペーがその子を我が子として育てた。

 ところで、拾われた赤ん坊の足には金のピン(または鉄串)が刺さっており(ラーイオスが刺したのだ)、子供の足は腫れあがっていた。一説には、その状態で木にぶら下げられていたという。そのため、腫れて膨れた足オイディプスという名がつけられた。

 オイディプスは成長すると体格も良くなり、運動競技では負け知らずになった。それである時、友達の一人が負けた悔しさから、オイディプスが王の実子ではないことを仄めかした。オイディプスはショックを受け、母に問いただしたが、はっきりした答えをもらえない。それで、自らデルポイに出向き、アポロン神の神託を受けることにした。

 ところが、アポロンの巫女はこう言った。

「故郷に帰ってはならぬ。もし帰れば、父を殺し母と結婚することになろう」

 オイディプスは仰天した。勿論彼は両親を愛していたので、予言の成就を恐れてコリントスには戻らなかった。さまようオイディプスが戦車に乗って三叉路に差し掛かったとき、向こうから従者を従えた二頭立て馬車がやってきた。狭い道であり、互いに道を譲ることも出来ない。馬車には厳格そうな老人が乗っていたが、この老人もオイディプスも短気で怒りっぽい性格で、言い争いが高じて手が出、ついにオイディプスは馬車を谷底に落とし、老人とその従者を殺してしまった。

 実は、この老人こそがオイディプスの実の父親のラーイオスであった。だがそんなことを知る由も無いオイディプスは、やがてテーバイの都にやってきた。都は大騒ぎしていた。ただ一人逃げ延びた従者が、王の一行が山賊に皆殺しにされたと伝えたところだったし、また、郊外の丘に怪物が現れ、人々を脅かしていたからでもあった。

 その怪物はスピンクスといい、顔は人間の女だが体は獅子、それに鳥の翼を持っていた。彼女は丘を通る者に謎をかけ、解けなければ食べてしまう。謎が解ければスピンクスの禍いも去る、と神託に言われていたが、今までその謎を解いた者はいなかった。

 ラーイオス王が死んだので王妃イオカステーの兄弟のクレオーンが摂政になり、

『スピンクスの謎を解いてこれを退治した者には王位を継がせ、王妃イオカステーを妻として与える』

という布告をした。

 オイディプスはスピンクスのいる丘に出かけて行った。スピンクスは尋ねた。

『朝は四本足、昼は二本足、夜には三本足で歩くのは何か』

 オイディプスは答えた。

「生まれたときは四肢で這い、その後二本足で立って、老人になると杖を第三の足にする。それは、人間だ」

 スピンクスは謎を解かれたことを恥じ、自ら谷に身を投げて死んだ。

 オイディプスはテーバイの王位を継ぎ、イオカステーと結婚した。彼は知らなかったが、こうして預言は全て成就されたのだった。

 

 数年が経ち、オイディプスは市民に尊崇され、妃との間には二男二女ももうけていた。ところが、凶作と伝染病の流行が起こった。アポロン神に伺いを立てると、先王を殺した者の穢れのためであるから、その者を国外追放せねばならぬ、という。オイディプスは自ら犯人捜索の布告を出した。彼は、自分がかつて山道で殺した老人が先王ラーイオスだとも、ましてや実の父親であるとも気付いていなかったのだ。

 ちょうどその最中にコリントスから使者が来て、ポリュボス王が亡くなったので帰国して欲しい、と促した。しかしまだ母が生きている、預言を成就させないためにも帰るわけにいかない……と言ったところ、使者は語った。実は、あなた様は王の実の息子ではありません。かつて私がキタイローンの山中で拾った捨て子なのです。その子の足には金のピンが刺さっており、足が腫れておりました。ですから、預言を恐れる必要はございません。どうぞお帰りくださいませ……。

 それを聞くなり、イオカステーは黙って奥の部屋にさがった。彼女には分かったのだ。自分の夫が何者で、また、前の夫が誰に殺されたのかも。絶望のままに彼女は首を吊り、死んだ。全ての事情を知ったオイディプスは、自分の運命を呪って両目を潰し、テーバイを去った。



参考文献
『ギリシア神話 神々の時代/英雄の時代』 カール・ケレーニイ著、植田兼義訳 中公文庫 1985.
『ギリシア神話〈上、下〉』 呉茂一著 新潮文庫 1979.
『ギリシア・ローマ神話』 ブルフィンチ著 角川文庫 1970.
『ギリシア・ローマ神話辞典』 高津春繁著 岩波書店 1960.

※有名な悲劇。なお、オイディプスの最期には諸説ある。

 [簒奪の定め]と[夫婦の因縁]の二つの要素が出ている。

 異説によると、イオカステーが新たな夫が自分の息子であることに気付くのは、彼の足にピンの傷跡があるのを見たからだという。これは[夫婦の因縁]で、妻の顔に残った傷を見て、夫がかつて殺しかけた子供であることに気付く、というモチーフと対応している。

 なお、この話の中世版とでも言うべきものに「イスカリオテのユダ」伝説がある。ユダが生まれたとき、母親は「この子は全国民を破滅させる極悪人になる」という夢を見る。(または、運命の女神の予言を受ける。)そこで子を箱に入れて海に捨てるが、イスカリオテ島の子供のない王妃に拾われて育てられる。しかし王妃に本当の子供が生まれたため微妙な立場になり、ついに王妃の実子を殺してしまう。島からエルサレムに逃れたユダは、そうと知らずに実の父親を殺し、実の母と結婚する。後に真実を知った彼はキリストに救いを求めるが、最後にはキリストさえ売り渡す……。類話によっては、ユダのあばら骨のところに身体的な印があり、それゆえに実の母子で結婚していたことが判明する。([夫婦の因縁]参照)



参考--> 「川の息子」「踵を縫った糸」「妊婦と三人のナラチニツァたち




inserted by FC2 system