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青髭  フランス 『ペロー童話集』

 昔、町にも田舎にも美しい住まいを持ち、金や銀の食器、つづれ織りを張ったベッドや椅子、黄金の馬車を持つ男がいた。けれども、不幸なことにこの男には青髭が生えていたので、その醜さと不気味さから、どんな女性にも恐れられ、逃げられるばかりだった。

 彼の隣人のうち、ある身分の高い夫人に、非の打ち所のないほど美しい二人の娘がいた。青髭の男が娘のうちどちらかと結婚したいと申し込むと、姉妹は互いに押し付けあった。なにしろ、男は容姿が不気味なだけではなく、これまで何度も結婚していて、しかもその妻たちがどうなったか分からなかったのだから。

 青髭は、姉妹と母親と三、四人の親しい女たち、それに近所に住む何人かの若者を別荘の一つに招待し、丸一週間も過ごさせた。散歩、狩りに釣り、ダンスにパーティー、夜食と、楽しいことばかりが続き、一晩中ふざけあって過ごした。要は何もかもがとてもうまく運び、妹娘は屋敷の主人のあご髭がそれほど青くない、いやこの人はなかなか教養のある紳士なのだと思い始めた。それで、町に戻るとすぐに婚礼が取り交わされた。

 一ヶ月経つと、青髭は妻に向かって、大事な用で少なくとも六週間は地方に旅しなければならないと告げた。しかし留守中は大いに楽しんで欲しい、仲の良い友達を呼んでいいし、みんなで別荘に遊びに行ってもいい。そしてどこに行ってもご馳走を食べるようにと。そして家中の鍵をまとめた鍵束を渡した。

「ほら、これが二つある大きな家具部屋の鍵、これが普段使わない金と銀の食器棚の鍵、これが私の金貨と銀貨が入っている金庫の鍵、これが宝石箱の鍵、そして、これが全部の部屋の鍵が開けられる合鍵だ。そしてこの小さな鍵は、下の階の大廊下の奥にある小部屋の鍵だ。

 全部開けていいし、どこへ行ってもよろしいが、その小部屋にだけは入ってはいけない。もしここを開けるようなことをしたら、私は怒ってお前に何をするか分からない。だから固く禁じる」

 青髭の妻は、「今命じられたことは、全てきちんと守ります」と約束した。そこで青髭は妻にキスをすると、馬車に乗り込んで出かけて行った。

 青髭が出かけてしまうと、迎えが来るのを待ちきれずに、近所の女たちや仲のいい友人たちが訪ねてきた。みんなこの素晴らしい屋敷と暮らしぶりに興味津々だったのだが、青髭が怖くて近寄れなかったのだ。

 新妻は、女たちを引き連れて屋敷中の鍵を開けて見て廻った。寝室、小部屋、衣裳部屋、家具部屋。どこも素晴らしくて豪華で、女たちは友人である新妻を羨まずにはいられなかった。けれども、新妻はずっと上の空でしかなかった。決して開けてはならないと言われた小部屋が気になって気になって仕方がなかったからである。

 好奇心を抑えきれず、新妻は客人たちを置き去りにするという無作法をかえりみずに、忍び階段を使って例の小部屋へと急いだ。扉の前に立つと夫の忠告を思い出して躊躇したものの、中を見たいという誘惑に耐えられず、小さな鍵を取り出すと、震えながら鍵穴に差し込んだ。

 開いた扉の向こうには、最初は何も見えなかった。というのも窓が閉まっていて真っ暗だったからである。だがしばらくすると、床一面が固まった血で覆われていて、それが鏡のように、壁にぶら下げられた女たちの死体を映しているのが見えてきた。それは全て、かつて青髭と結婚した女たちの成れの果てだった。

 新妻は恐ろしさのあまり気が遠くなり、鍵穴から抜いたばかりの鍵を取り落とした。それから少し気を取り戻して鍵を拾い上げて扉を閉ざし、自室に戻って落ち着こうとしたが、思うようにはならなかった。そして気付いたのだ。落とした鍵に血が付いてしまっていることを。

 何度も拭ったが、血は落ちなかった。洗っても磨き粉や磨き砂を使っても無駄。というのもこれは魔法の鍵であり、完全に洗い落とす方法などなかったのだ。片面の血を拭うと、もう片面に血汚れが現れるのだった。

 更に間の悪いことに、六週間後に帰るはずだった青髭が、その晩の内に帰ってきた。途中で、案件が有利に解決したことを告げる手紙を受け取ったと言うのだった。新妻は出来るだけ喜んでいるように振舞ったが、翌朝になって青髭が鍵束を返すように言ったとき、その手がひどく震えていたので、夫には妻が何をしたのかすぐに分かった。

「この中に小部屋の鍵が無いのはどういうことだ?」

「きっと、上の私の部屋のテーブルに置き忘れたのですわ」

「それならすぐ、ちゃんと私に返しなさい」

 新妻は色々な言い訳をして引き伸ばしを試みたが、結局、鍵を持ってこなければならなかった。鍵をじっと見て調べた後で、青髭は妻に尋ねた。

「何故この鍵には血が付いているのかね?」

「私、何も知りません」と、死人よりも青い顔で哀れな妻は答えた。

「あなたは何も知らないと言うが、私は知っている。小部屋に入ったな! よろしい、では奥様、あそこへ入るがいい。あそこで見たご婦人方の隣に、自分の居場所を見つけるがいい」

 妻は夫の足元に身を投げ出して、泣きながら約束を破って悪かったと詫びた。これほど美しい人がこれほど懺悔する姿には、石であろうとも懐柔されかねない力があったが、青髭は頑なに心を動かさなかった。

「死んでもらわねばならん、奥様。それも今すぐに」

「どうしても死なねばならぬのでしたら、少しだけ、神様にお祈りする時間をください」

「十五分の半分だけあげよう。だがそれ以上は一秒たりとも駄目だ」

 妻は自分の部屋で一人になると、姉を呼んで尋ねた。

「アンお姉さま、お願い。塔の上に登って、兄さんたちが来ないか見て。今日会いに来てくれる約束なの。もし姿が見えたら、急ぐように合図してちょうだい」

 姉が塔の上に登ると、妹は何度も呼びかけた。

「アン、アン姉さん。何か来るのが見えなくて?」

 すると屋根の上から姉の声が返るのだった。

「何もよ。見えるのは光の中に舞い上がる砂埃、それに青々とした草だけだわ」

 そうこうしている間にも、青髭は大きな剣を片手に、大声で妻に怒鳴り始めた。

「早く降りて来い! さもないと、こっちが上がって行くぞ」

「もう少しだけお願い」と妻は答え、声を潜めて姉に呼びかけた。

「アン、アン姉さん。何か来るのが見えなくて?」

「何もよ。見えるのは光の中に舞い上がる砂埃、それに青々とした草だけだわ」

「早く降りて来いと言っている! さもないと、こっちが上って行くぞ」

「今行きます。……アン、アン姉さん。何か来るのが見えなくて?」

 すると姉が言った。

「見えてよ。砂埃の塊がこっちにやって来るわ」

「兄さんたちかしら?」

「いいえ。残念だけど、羊の群れよ」

「降りて来ないか!」と、青髭が叫んだ。

「もうちょっとだけ。……アン、アン姉さん。何か来るのが見えなくて?」

「見えてよ」と、姉は答えた。

「騎士が二人、こちらにやって来るわ。でもまだずいぶん遠いところよ。……ああよかった、兄さんたちよ。急ぐように、できるだけの合図をしてみるわ」

 そのとき、青髭が凄まじい声で叫びだしたので、家中が鳴動した。哀れな妻は階下に降り、泣き濡れて髪を振り乱して、夫の足元に身を投げ出した。

「そんなことをしても何にもならん。死んでもらうぞ!」

 青髭は片手で妻の髪を掴み、もう片手に持った剣で妻の首を切り落とそうとした。それでも、妻は夫を弱々しいまなざしで見つめて、もう少し待って欲しいと懇願した。

「いや、駄目だ。さあ、神に祈るがいい」

 青髭は腕を振り上げた――その瞬間、扉を激しくノックする音が聞こえて、思わず彼は動きを止めた。間髪入れずに扉が開き、剣を手にした二人の騎士が入ってきて青髭に駆け寄った。それが妻の兄たちで、一人は竜騎兵、もう一人は近衛騎兵であることに気付くと、青髭は逃げ出したが、兄たちはすぐに追い詰めて、彼が玄関から出る前に刺し殺してしまった。

 哀れな妹は助かったものの、殺された夫とさして変わらない様子で、兄たちにキスするために立ち上がることさえ出来ない有様だった。

 青髭には一人も跡継ぎがなかったので、財産はそっくり妻が手に入れた。その一部を使って、前々からアン姉を愛していた若い貴族と姉を結婚させ、また別の一部で二人の兄たちに隊長の地位を買ってやり、残りは自分のために使って、とても教養のある男と再婚した。この新しい夫のおかげで、青髭と暮らした頃の悪い思い出は忘れてしまった。

 

教訓

 どれほど心そそられようとも、好奇心は後悔を招くもの。実例は毎日転がっている。

 残念ながらご婦人方、浅はかな楽しみは味わった途端に色が褪せ、いつも決まって高くつく。

 

もう一つの教訓

 少しでも物がお分かりであれば、これが過ぎた時代の物語だと分かるはず。

 いかに口うるさく嫉妬深くあろうとも、これほど恐ろしい夫など、今時いようはずはない。

 なにしろ尻に敷かれた亭主ばかり。

 だから、あご髭がどんな色であろうとも、どちらが主人なのか分かりはしない。



参考文献
『完訳 ペロー童話集』 新倉朗子訳 岩波文庫 1982.

※ペロー版の「青髭」はとても有名で、この話群の代表格として扱われているものだが、実際の内容は他の類話と比べて見劣りすると個人的には感じる。とはいえ基本ではあるので最初に紹介。

 話後半部がやや崩れている。青髭に殺されそうになるシーンになって唐突に姉のアンが登場し、しかも屋根の上から状況を報せてくるのは不自然である。理屈付けようと思うなら、屋敷の中を見ようと遊びに押しかけてきた人々の中にアンがいて、そのまま妹の部屋に宿泊していたとこじつけられるだろうが。

 屋根の上にいるものと言えば鳥だ。そして喋る鳥は伝承の中では霊と同義である。思うに、屋根の上の姉は、本来のイメージでは鳥の姿でとどまっている霊だったのではないか。類話では青髭夫に殺された前妻たちは主人公の姉とされることが多く、前妻の亡霊が主人公を援助するモチーフも見られる。これらから推測して、元々は、青髭に殺された姉の亡霊が現れて主人公を援助しているシーンなのではないかと推測する。また、類話によっては主人公は殺された姉たちを復活させるものだが、この話で最後にアン姉が主人公の助力で結婚したと語られているのは、その片鱗であるかもしれない。

 ついに妻の兄たちが救援に駆けつける姿が見えたとき、青髭の叫びによって屋敷中が振動したと語られる。これは世界中の伝承において、「冥界から抜け出そうとする」際に大地や木や門や琴が鳴り響くことと、恐らく同じことを言っている。冥界と現界を隔てる門、日本神話で言うところの千引の大岩が開閉する音である。

 

青髭   ドイツ 『グリム童話』(初版)

 昔、どこかの森に三人の息子と一人の美しい娘を持った男が暮らしていた。ある日のこと、家の前に六頭だての金の馬車がぴたりと停まり、どこかの王様が降りてきて「お前の娘をわしの妻として差し出してはもらえまいか」と頼んだ。父親は自分の娘にこんな幸運が舞い込んだことを喜んで、すぐに承知した。まったくこの婿は、(見ていると何故か恐ろしい気持ちになる)青い髭が生えていること以外、何の欠点もなかったからである。

 娘は最初は青い髭を怖がったものの、父に説き伏せられて結婚を承知した。けれども、やはり薄気味悪く思う気持ちを消し去れなかったので、嫁入りの馬車が出発する直前に兄たちのところへ行って、こっそりと頼んでおいた。

「いい、兄さん。私が大きな悲鳴を出すのを聞いたら、どこにいても何を置いても、すぐに助けに来て」
「行っておいで! お前の声が聞こえたら、三人で馬に飛び乗ってすぐに駆けつけてやるからな」

 兄たちはこう約束して、妹の頬にキスしてやった。娘は青髭の馬車に乗って出発して行った。

 青髭王の屋敷に入ってみると、その美しさはこのうえなく、しかも妃の望むことは何でも叶えられた。これで夫の青い髭に慣れてしまえば何の不足もない暮らしであったが、これだけはいつまでも慣れず、夫の髭を見るたびに妃は胸のうちでギクリとしていた。

 こんな生活が続いたある日、青髭は妃に言った。

「わしは、やむを得ない事情で長い旅に出なければならん。ここに屋敷中の鍵がある。どこでも勝手に開けて何でも見て構わないが、この小さな金の鍵の合う部屋だけは、立ち入ることまかりならん。もしもこの部屋を開けたなら、あなたの命はないだろう」
「決して、仰せには背きませんわ」

 妃は鍵を受け取って約束した。それから青髭が出発すると、部屋の戸を順番に開けて見て回った。そこには世界中から集めたかのような素晴らしい宝物が山とあった。全てを見てしまい、開けてはならない部屋だけが残った。妃は考えた。この部屋の鍵だけが黄金なのよ。それなら、この中には最も価値あるものが隠されているんじゃないかしら。

 物見高い虫が妃の内心を蝕み、とうとう、彼女は金の鍵を持ってその部屋へ行き、「開けたって誰にも分かりはしないわ。それに、一目見るだけなんですもの」と言い訳をしながら鍵をぐるりと回した。

 戸が開いた途端、ひたひたと足元に血の川が流れ寄った。

 部屋の壁には死んだ女が何人もぶら下がり、中にはもう骸骨になっているのも何体かあった。

 妃は肝を潰してすぐに戸を閉めたが、その勢いで鍵穴に挿してあった鍵が飛び、血の中に落ちた。妃は手早く拾い上げて血を拭ったものの、片側を拭うともう片側に血が滲み、どうやっても清められないのだった。妃は一日中座りきりで色々と試したが、どうあっても汚点は消えない。日が暮れるまであがいて、とうとう鍵を干草の中に突っ込んだ。夜のうちに草が血を吸い取ってくれればいいと思ったのだ。

 あくる日、青髭が帰ってきた。彼はすぐに、鍵を返してくれと言った。妃はドキドキしながら鍵束を渡して、どうか青髭が金の鍵がないことに気付きませんようにと願ったが、青髭は鍵をすっかり数えてから「秘密の部屋の鍵は、どこに?」と妃の顔をじっと見た。妃は真っ赤になって言い繕った。

「あれは階上うえにございます。うっかりなくしてしまいましたが、明日探すことにいたしますわ」
「今すぐの方がいいね。今日のうちに要るのだから」
「あらまあ。あれ、本当は干草の中でなくしたんですの。見つかるかしら」

「なくしたのではないだろう!」と、青髭が怒鳴りつけた。

「血の染みを吸い取らせようと、干草の中へ突っ込んだのだ。それは、あなたがわしの言いつけに背いてあの部屋に入った、何よりの証拠だ。今度はあなたがあの部屋に入るのだ。嫌だと言おうと、それがあなたの運命だ!」

 妃は否応なしに鍵を取りに行かされた。持ってきた鍵には、血の染みがまだ沢山付いていた。

「さあ、覚悟しなさい。今日のうちに死ぬのだから」

 青髭はそう言いながら大きなナイフを持ち出してきて、妃を玄関ホールへ連れ出した。

「死ぬ前にお祈りだけはさせてください」
「では、行っておいで。だが大急ぎだぞ。ゆっくりしている時間はないからな」

 許しが出たので妃は階段を駆け上がって、窓から頭を出して声の限りに叫んだ。

 兄さん、兄さん、来てちょうだい! 助けて!

 その頃、兄たちは森の中で冷たいワインを飲んでいたが、一番下の兄が耳を澄ました。

「妹の悲鳴が聞こえたような気がする。それっ、大急ぎで助けに行こう!」

 言うが早いか三人はひらりと馬に飛び乗って、疾風のように駆け出した。

 妹の方はと言えば、生きている心地もなくひざまずいていた。下からはナイフを研ぐ合間に青髭の声が聞こえてくる。

「どうだ、もうお祈りは終わったか」

 妃は窓から外を見たが、遠くに羊か牛の群れが立てるような土煙が見えるばかりだ。もう一度声を振り絞った。

 兄さん、兄さん、来てちょうだい! 助けて!

「早く降りて来い。連れに行くぞ。ナイフは研いでしまった!」

 青髭が怒鳴る。妃はまた外を見た。すると、兄たちが飛ぶ鳥のように平原を馬で駆けて来るのが見えた。

 兄さん、兄さん、来てちょうだい! 助けて!

 死に物狂いの声を妃があげたとき、間近に至っていた末の兄が「安心しろ、もう一息だ、すぐに行く!」と叫び返すのが聞こえた。

「お祈りはもう沢山だ。これ以上は待てぬ。来なければ連れて行くぞ」
「いやぁ! もう少し、もう少しよ。兄さんたち三人へのお祈りが済むまで」

 頓着せずに青髭は階段を上がってきて、妃を引き摺り下ろした。髪を鷲掴みにし、今まさに心臓にナイフを突き立てようとした、その瞬間。玄関の大扉が叩き壊され、三人の兄たちが押し入ってきた。彼らは妹を青髭の手からもぎ取ったかと思うと、長剣を抜き放って青髭を斬り倒した。

 青髭は血の部屋へ引きずり込まれ、今まで自分が殺してきた女たちの間にぶら下げられた。

 兄たちは妹を大事に家に連れ帰り、青髭の財産は残らず妹のものになった。


参考文献
『完訳 グリム童話集』 金田鬼一訳 岩波文庫 1979.

※『グリム童話』の初版に収められていたが、『ペロー童話集』のものとあまりに近くドイツ的ではないという理由で、以降の版からは削除されている。個人的にはペローの「青髭」よりも構成がしっかりしていて、良い出来であると思う。

 青髭がナイフを研ぐくだりは、【童子と人食い鬼】系の話で人食い(山姥)が夜中に包丁を研ぐモチーフと近いように思える。 

白い鳩  フランス

 ある大公が、妻と息子と娘と共に城に住んでいた。息子は二十歳になると結婚して、身分相応の先祖代々の館に住んだが、娘は途方もない考えの持ち主で、青髭の王子でなければ結婚しないと誓いを立てて、全ての求婚を拒んでいた。

 ある日、ラッパを鳴り響かせて華々しい一行が城を訪れた。それは狩りの名手として聞こえる巨人で、青髭をたくわえていた。娘は青髭の巨人が気に入り、次の日には婚礼が行われた。青髭の巨人は暫く城に逗留して、王と狩りを楽しむなどして優れた力を見せたものだが、やがて自分の城へ帰る日が来て、妻である大公の娘を連れて行くことになった。

 娘をこよなく愛していた母は、こっそりと娘に言った。

「どんな持参金をあげましょう。お金? でもあちらにはお城も宝もあるわね。では馬? それこそ巨人は素晴らしいものを持っているはずね。だから三羽の小鳥をあげましょう。私の鳥小屋の宝、黒い鳩と白い鳩と赤い鳩を。そうすれば、遠くへ行ってしまうあなたの消息を知ることが出来るでしょう。
 よくお聞きなさい、あなたが元気で夫婦仲も良い時は赤い鳩を飛ばしてちょうだい。病気の時は白いのを。でも、もしも仲違いしたり不幸が起きたときには、すぐに黒い鳩を飛ばすのよ」

 もちろん、両親は花嫁に付き添って巨人の領地まで送ったのだが、数日後には帰らなければならなかった。

 

 さて、狩りが大好きな巨人の夫は、出かける前に妻に鍵束を渡して言った。

「ここに九本の鍵があって、一部屋ずつ開けることが出来る。でも、九番目の鍵を使って奥の部屋に入ってはいけない」

 夫が猟犬を連れて馬に乗って出かけてしまうと、好奇心の強い妻は家中を見て回った。八つの部屋を全て開けて見たが、九番目の鍵が回したくて回したくて、指が震えるほどだった。

「仕方ないわ。運を天に任せて九番目の部屋を見てしまおう」

 鍵を回して扉を開くと、血でいっぱいのたらいが目に入った。血は上から滴り落ちて、たらいの中に溜まっている……。見上げてみて、妻は手から鍵を取り落とした。薄暗がりの中、八人の女の死体が、顎を鉤に引っ掛けられて、ゆらゆらとぶら下がっていた。

 妻はなんとか気を静めて血溜りの中から鍵を拾い、扉を閉めた。しかしどんなに拭っても、鍵に付いた血の汚れは落とすことが出来なかった。夫の帰りを待つ不安な気持ちは、次第に恐怖に変わった。

 やがて帰宅した夫は、妻に鍵束の返却を求めた。

「さあ、鍵を」
「あとでお渡ししますわ」
「今すぐ持ってくるんだ」

 仕方なく、妻は九本の鍵を揃えて夫に渡した。夫は九番目の鍵に血の汚れが付いているのを見ると、妻に言った。

「どうやら、お前は死体を数えたようだな。お前にも死んでもらおう。階上うえに上がって一番いい服に着替えるがいい。一時間後、遅くとも一時間半後には、お前は九番目の鉤に吊るされるのだ。さあ、行って最後の化粧をして来い」

 哀れな妻は気の遠くなる思いだったが、やっとのことで塔の上まで上り、父の城へ向けて黒い鳩を飛ばした。

「黒い鳩よ、急いでお行き。一時間後に死ぬことになったと伝えるのよ。白い鳩、お前は屋根の上で道を見張っておくれ」

 それから不幸な妻は自分の部屋に入り、最後の化粧に取り掛かった。そして時々、開いた窓から屋根の鳩に訊ねるのだった。

 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

 階下では巨人がジャンジャン火を焚き、巨大な鍋で油を煮立てていた。棒で鍋の油をかき回す音が、タプ、タプ、タプと、柱時計の秒針の音のように時を刻んでいた。その仕事の合間を縫って、巨人は大きな声を家中に響き渡らせた。

「もう支度は終わったか!」

 すると二階から妻が答えた。

 最期のときだから
 婚礼のブラウスに着替えるのを待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「太陽と風だけ」と、屋根の上から白い鳩が答えた。

 階下ではもう油が煮えたぎっている。タプ、タプ、タプと。

「もう支度は終わったか!」

 すると二階から妻が答えた。

 最期のときだから
 婚礼のベストに着替えるのを待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「太陽と風だけ」と、屋根の上から白い鳩が答えた。

 タプ、タプ、タプと、不吉な杓子が音を立てる。

「もう支度は終わったか!」

 最期のときだから
 婚礼のスカートに穿き替えるのを待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「太陽と風だけ」

 タプ、タプ、タプ。

「もう支度は終わったか!」

 最期のときだから
 婚礼のドレスに着替えるのを待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「地平線に土煙が見えるわ」

 タプ、タプ、タプ。

「油が煮えたぎっているぞ。いい加減に降りてこないか!」

 最期のときだから
 婚礼のストッキングを履くのを待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「ずっと遠くに、馬に乗った人が二人、土煙をあげてやって来るわ」

 階下では、真っ赤に燃えた火の上に油が溢れ出している。タプ、タプ、タプ。

「降りて来い、さもないと上がっていくぞ!」

 最期のときだから
 婚礼の頭巾を被るまで待って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「馬に乗った二人がだいぶ近付いてきてるわ」

 タプ、タプ、タプ。油はなおも溢れ続けている。

「降りろ、命令だ!」

 いよいよ最期。
 降りるわ、降りるわ。婚礼の花束を持って。
 白い鳩よ、何か来るのが見えないかしら?

「馬が着いたわ」と、屋根の上から白い鳩が答えた。

 バンバンと戸を叩く音がした。しかし戸には抜かりなくかんぬきがはめてある。妻はゆっくりと階段を降りていく。戸の外の騎手たちは玄関に馬を突っ込ませると突破した。剣をかざし、馬に乗ったまま駆け込む。

「何をしておるのだ!」と、騎手の一人が婿に向かって怒鳴った。それは妻の父である大公だった。

「これはよいところにお越しで。妻が正装で参ります。さあ、食卓におつきください。宴会を始めましょう」

 しゃあしゃあと巨人は言った。そこでみんなは、何も足りないものはなくワインも充分の、完璧な食事を味わった。すると巨人はぐっすりと眠ってしまった。ワインを飲みすぎたのか、誰かが食事に眠り薬でも入れたのか。いびきをかいて眠る巨人の口に、客人たちは漏斗ろうとを当て、大きな柄杓で煮えたぎった油を注ぎ込んだ。巨人は喉を焼かれ、息を詰まらせて死んだ。それからこの油で洗うと、鍵に付いていた血の染みは消えてしまった。

 これだけのことを終えると、三人は帰っていった。彼らは面倒な手続きもなく、堂々と巨人の全財産を相続したのだ。

 

 彼らは二つもの城の持ち主になった。この世には持ち過ぎた者がおり、一方には(私を含めて)あまり持たない者がいる。悲しいけど、それが現実ってものなんだよね。


参考文献
 『フランス民話集』 新倉朗子編訳 岩波文庫 1993.

※明言されていないが、大公と共に城に飛び込んできた騎手の一人は、主人公の兄なのだろう。

 この話に登場する「巨人」は大きくて醜い怪物のことではなく、いわゆる「妖精」で、背が高く美しい姿をした、キリスト教以前の神である。それは彼が青い髭を持つことにも表されている。狩りが大の得意のこの夫は、狩猟を守護する古い神の匂いを存分に残している。鉤に引っ掛けられてぶら下げられた女たちの死体は、ちょうど、食肉倉庫か生ハムの貯蔵庫にぶら下がる牛や豚の肉のようである。

 最後にワインを飲んで眠った隙に、煮えた油を口に注ぎこまれて倒されるくだりは、私たち日本人にとっては八俣大蛇ヤマタのオロチや山姥の最期としてお馴染みのモチーフだ。(八俣大蛇は酒を飲んで眠った隙に倒され、山姥は焼けた石を餅の代わりに食わされて死ぬ。)考えてみれば、八俣大蛇も何人もの妻を求めては食い殺していた魔神であった。

参考 --> 「思い上がった娘」「王女と山賊の結婚



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