>>参考 「竜宮女房(壮族)「亀女房」「青蛙姑娘
     【蛙の王女

 

たにし女房

[異類婚姻譚]の一分派。【たにし息子/蛙の王子】の女性版とも言えようが、内容は大きく異なり、[竜宮女房]に近い。なにより、主人公は《異類》ではなく、それと結婚する人間の男の方である。

 貧しく天涯孤独ながら心根の正しい若者がおり、そんな彼が小さな貝や魚や鶏などを飼って慰めとする。するとそれが美しい娘に変身して妻となるという話で、ある意味、寂しい人間の願望を満たすための物語であり、そのように考えれば現代の青少年向けの漫画等にも類話は溢れている。ただ、漫画とは違って、これらの伝承は殆どの場合、押しかけ女房と別離する結末になっている。

 

たにし女房  中国

 あるところに農夫がいた。二十歳を少し過ぎたばかりだったが、両親は早くに亡くなり、兄弟は一人もいなかった。恋人も妻もおらず、毎日朝早く出かけては夜遅くまで田んぼの仕事をし、炊事も洗濯も自分ひとりでこなす。それが常の暮らしだった。

 そんなある日のこと、若者は田んぼで田螺を一匹見つけた。拾って手提げ籠に入れ、帰って水がめに入れておいた。

 不思議なことが起こり始めたのは、そのあくる日からだ。

 仕事を終えて家に戻ると、夕飯の支度ができていた。自分で朝にやって忘れていたのだろうか? それにしては料理がまだ温かい。次の日も、また次の日も同じことが起こった。これは不思議どころではない。隣の家の人の親切かと思って尋ねてみたが誰も知らないと言うし、若者は怪しんで、とうとうある計画を立てた。

 その日、若者はいつものように仕事に出かけたふりをして、こっそり戻りると勝手口から台所の様子を窺った。何も変わった様子はなかったが、しばらくすると水がめの中から田螺が這い登ってきて、ゆっくりと地面に這い降りた。すると、殻を脱いで人間の娘に変わったではないか。娘はかまどのところに行って、早速ご飯を炊き始めた。

 若者はそうっと家の中に入ると、田螺の殻を拾って懐に隠した。娘は若者に気づいて慌てて元の姿に戻ろうとしたが、殻はもう隠されている。彼女がどんなに返してと頼んでも取り合わず、若者は自分のかみさんになってくれと迫った。

 仕方なく娘は承知し、二人は夫婦になった。若者は気づかれないように殻を神棚の奥に隠した。

 それから、かみさんは何人もの子供を産んだ。けれども、近所の子供たちはその子達に向かってこう囃し立てるのだった。

プップップッ、おまえらの母さんタニシの殻

チンチンチン、おまえらの母さんタニシの精

 かみさんはそれを聞いて、元の世界に帰りたくてたまらなくなった。強く頼み込むと、亭主も諦めて神棚の奥から殻を取り出して返してやった。

 たちまち、かみさんも田螺の殻も見えなくなって消えてしまったそうだ。



参考文献
『中国民話集』 飯倉照平編訳 岩波文庫 1993.

※中国ではこの系統の伝承はポピュラーだそうで、晋代の『発蒙記』に既に類話が見える。【竜宮女房】との接続が強い。

白水素女  『捜神後記』

 謝端という若者がいた。親も兄弟も妻もなく、たった一人で暮らしていた。

 十七歳になったとき、彼は海で大きなにしを手に入れた。あまりに大きくて珍しいので家に持って帰って水がめに入れておいたところ、それから野良仕事から帰るたびに家の中が整えられ食事の支度ができているようになった。

 不思議に思い、出かけたふりをして様子を窺っていると、水がめの中から麗しい少女が現れて煮炊きを始め、やがて食事の支度をすっかり済ませた。謝端は中に駆け込んで、驚く少女に「あなたは誰ですか。どうして私の食事の世話をしてくれるんです」と尋ねた。

 少女は微笑むと「私は天の河の白水素女です」と名乗った。「気立てのよいあなたが、貧しく独り身であることを天帝が哀れんで、私を遣わしたのですわ」。

 それを聞くと、謝端は感謝して「いつまでもここに留まって下さい」と頼んだが、少女は首を横に振った。

「それは駄目です。私はあなたに好いお嫁さんを探し出してから天の河に帰るつもりでしたが、この姿を見られてしまったからには、もう留まれないのです。ここに蓄えのお米を置いていきます。この螺の殻に入れて使えば、二度とお米に困ることはないでしょう」

 そう言ったかと思うと、風が吹き雨が降り出して、少女の姿は見えなくなった。


参考 --> 「翼をもらった月

呉堪  『原化記』

 常州義興県に呉堪という男がいた。両親に早く死に別れて兄弟もなく、隣家の人の世話になって成長し、県の役人となった。

 呉堪の家の前に荊渓という渓流があったが、彼が柵を作って汚れないようにしていたのでいつも清らかだった。仕事から帰ると、この流れを眺めるのが呉堪の楽しみであった。

 ある日、呉堪はこの流れのほとりで白い田螺を見つけた。彼は独り暮らしの寂しさを紛らわせるためにこれを飼うことにした。

 その翌日、呉堪が仕事から戻ると夕飯の支度ができている。きっと隣の家のお婆さんが用意してくれたのだ。そう思って食事を済ませた。翌日も、そのまた翌日もそれは続いて、十日あまりが過ぎた頃、隣家の老婆に礼を述べると、笑ってこう言われた。

「何を言ってるんだい。綺麗なお嫁さんがご飯を作っているんじゃないか」

 それは十七、八歳の綺麗な着物を着た美女で、呉堪が役所へ出かけると忙しく家事をして立ち働いている様子だという。

 呉堪はハッとした。何故か、それはあの白い田螺の化身ではないかという予感があった。

 翌日、呉堪は家を出ると役所へは行かずに隣家に隠してもらい、自宅の様子を窺っていた。果たして、美しい娘が母屋から出てきて炊事をしている。呉堪は台所へ駆け込むと、逃げようとした娘の前に立ちはだかった。娘は言った。

「私は田螺の精です。天は、あなたが渓流を清め、自分の職務を誠実に果たしていることをご存知です。あなたが独り身なのでお仕えするように命じられて参りました。どうかおそばに置いて下さいませ」

 呉堪は天に感謝し、彼女と結婚して幸せな日々を過ごした。

 呉堪が天女のような妻を得たという噂は瞬く間に広まり、県令の耳にも入った。なんとかしてその妻を手に入れたいと思ったが、呉堪の勤務ぶりは完璧で付け入る隙がない。そこで、「優秀な君を見込んで頼みたい仕事がある。出来なければ責任をとってもらうからな」と無理難題を命じた。

「蝦蟇の毛と鬼の腕を、夕刻までに持ってくるのだ」

 そんな物が手に入るはずはない。呉堪がトボトボと家に帰ると、話を聞いた妻は笑ってどこかに出かけ、やがてそれらを持って帰ってきた。

 呉堪は安堵したが、県令はおさまらない。翌日になると、今度は「蝸斗を一つ手に入れてほしい」と命じた。呉堪に話を聞くと、妻はそれなら私の実家にいますと言って、犬のような獣を連れてきた。火を食べて火の糞をする獣だという。

 呉堪が蝸斗を連れて行くと県令は怪しみ、実際に火を食べさせてみた。獣は炭火を食べて火の糞をした。県令は「こんなものは役に立たない」と怒って、家人に火の糞を片付けるように命じ、一方で呉堪を処罰しようとした。ところが火の糞を掃き出そうとした途端、箒が燃え上がって建物に燃え広がり、県令もその家族も焼け死んでしまった。

 火は県城全体を焼き、呉堪と妻の行方はこれ以降知れない。県城が焼け落ちたため、義興県も西へ移った。これが今の県城である。


参考 --> 「竜宮女房4」「梵天国



参考--> 「魚のアイナー」「ゴルラスの婦人




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